地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第41回 田中宣廣さん:「観光の方言メッセージの応用型・発展型」

筆者:
2009年3月28日

ここ数回(第31回第32回第36回第37回第39回,他)で観光の方言メッセージについてお話ししています。

そのなかで私の回では,構成方式つまり『型』の観点から分類して見ていっています。

第31回では,「いらっしゃいませ」もしくは「いらっしゃいました」の意の方言と,「地名」または「地名+『-へ』の方言」で構成されるメッセージを,『基本型』だと紹介しました。全国至る所で見ることができます。私どもで記録した例はおびただしい数にのぼっています。

第36回では,第32回でも紹介された,観光の方言メッセージの原型「おいでませ山口へ」による各地の『基本型』について考えてみました。

復習のため今回も例を示しましょう。岩手県のJR盛岡駅新幹線コンコースの歓迎メッセージ【写真1】は,典型的な例ですね。また,あねっこバスガイドの前掛け「よぐおでんすた」(岩手県盛岡市,「お」は手で隠れています)【写真2】は使い方のおもしろい例です。

【写真1】
【写真1 馬っこと駅長さんが盛岡弁で歓迎】
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【写真2】
【写真2 バスの「あねっこガイド」】
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今回は,第36回で予告したとおり,観光の方言メッセージの“他の構成型”について考えます。

『基本型』以外の,“他の構成型”には大きく分けて二つの種類があります。

一つは,基本型をもとに,「他の内容」が多く加えられたものです。『応用型』と呼びましょう。「よぐ来たなはん ついでに、あちこちよく見でくなんせ」(よくいらっしゃいました。この機会にあちこちよく見てくださいな,掲示場所:岩手県JR盛岡駅新幹線コンコース)【写真3】などです。この例では「ついでに」以降の部分が,多く加えられた「他の内容」です。

【写真3】
【写真3 長いけど心が休まります】
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今一つは,「いらっしゃい」と「地名」による『基本型』とは根本的な組み立てが異なるものです。『発展型』と呼びましょう。「いってっみんべー」(行ってみよう,発信元:山形県天童市,掲示場所:山形県山形市山寺駅)【写真4】,「温泉さ入つて心も体もぬぐだまつぺえす」(温泉に入って心も体も温まりましょう,掲示場所:岩手県JR宮古駅,現地発音は[オンセンサ ヘァーッテ コゴロモ カラダモ ヌグダマッペァース])【写真5】などです。

【写真4】
【写真4 方言で全体を締めています】
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【写真5】
【写真5 ちょー横長です】
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こう見てきますと,メッセージの『型』と目的は関連していることが判ります。『基本型』と『応用型』は,観光客の誘致と歓迎のどちらにも使っていますね。「いらっしゃいませ」の意のことばが両方に使えるからですね。掲示地点が,発信元から離れた地点なら誘致,発信元の現地なら歓迎になります。

それに対して,『発展型』は勧誘また宣伝の目的になるようです。

それと,「温泉さ…」の例は,第31回でお話しした《方向》の点で珍しいものです。この掲示は,先のとおりJR宮古駅にあり,発信元は,掲示地点の岩手県宮古市にある旅行業者です。宮古市は,陸中海岸国立公園の中心地ですが,この掲示は,そこを訪れた観光客への歓迎メッセージではありません。ここが珍しいところです。JR宮古駅を利用する《地域住民に向けたメッセージ》で,東日本や北海道各地の温泉地への旅行を勧誘しているのです。それを,宮古の方言で表現しています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。