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地域語の経済と社会 第67回

2009年 9月 26日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第67回「世界唯一の方言チョコレート―リトアニアの方言区画」
The world’s only dialect chocolate — Dialect division of LITHUANIA (LIETUVA)

(画像はクリックで拡大します)
リトアニアのチョコレート(ケース)
【写真1 チョコレートのケース】
リトアニアのチョコレート(中身)
【写真2 チョコレート(中身)】

 方言研究についての小さな国際会議がありました。3年ごとに開かれているので、前に会った人と再会して近況を報告しあうのも楽しみの一つです。2009年の開催地はスロベニアという、かつてのユーゴスラビアの北西の独立国です。初日の休憩時間に、見覚えのある女性がにこやかに近付いて来て、「リトアニアの方言区画のチョコレートです」と言って、板チョコをくれました。LIETUVAと書いてある箱をみると、地図の形のチョコレートは5個の地域に区切られていて、それぞれに名前が付いています。方言区画の地図はいくつかの国で市販されていますが、みやげもののチョコレートでは初めてです。【写真1、2】

 6年前のリトアニアでの国際会議のときに方言区画に関係する発表をし、また主催者たちに小さなみやげものを持って行ったのを、覚えてくれていたのでしょう。G. Kaciuskieneさんでした。

 幸いに日本の方言みやげが、ホテルに置いてありました。直前に札幌に行って、「とうきびチョコレート」を買っておいたのです。「標準語のトウモロコシを北海道ではトウキビと言って、それをみやげものの名前にも使っている」と書いて(口で言っても通じないからですが)、次の日にお返しに渡しました。

 そのあとでチョコレートの箱の裏の説明をよく見たら、「歴史的な地域によって分割したリトアニアの地図」と書いてあります。日本からの他の研究者に言ったら、「現在の学問的な方言区画とは違うのではないか」とケチを付けられてしまいました。女性からチョコレートをもらって舞い上がってはいけないと、さとす意図もあったのでしょう。でもリトアニアの方言の専門家が言うのですから、歴史的な地域は国民の方言区画の意識と一致するのでしょう。

 一般人の方言意識は、昔の政治的領域に支配されるようです。例えば日本でも青森県の人は「南部弁と津軽弁は違う」と言い、実際に江戸時代の旧藩の違いが影響を与えています。愛知県でも古い国の区分を使って「三河と尾張は違う」と言うし、広島県でも「備後弁と(安芸の国の)広島弁は違う」と言います。ドイツの方言の違いも中世の封建国家や、さらに昔のゲルマン民族の支配地域と結び付けて説明されます。リトアニアのチョコレートも、民衆の方言区画の意識を示すものと考えていいでしょう。

 だとすると今のところ世界唯一の方言区画チョコレートという貴重品です。冷蔵庫で永久保存すべきでしょうか?

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『社会方言学論考―新方言の基盤』『日本語ウォッチング』井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)、『日本語は年速一キロで動く』(講談社現代新書)、『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)『日本語ウォッチング』(岩波新書)、『その敬語では恥をかく!』(PHP新書)、『言語楽さんぽ』『社会方言学論考―新方言の基盤』(ともに明治書院)、監修に『方言と地図』(フレーベル館、最新刊)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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2009年 9月 26日