« 地域語の経済と社会 第87回 - 辞書の定価 »

日本語社会 のぞきキャラくり 第78回 異人たち(下)

2010年 2月 21日 日曜日 筆者: 定延 利之

異人たち(下)

 「品」「格」「性」「年」という4つの尺度は、「私たち」の発話キャラクタをとらえる上では重要だが、「『異人』たち」(広義)の発話キャラクタをとらえる上ではそうではない。そもそも「私たち」の発話キャラクタと「『異人』たち」の発話キャラクタは性質が違う。「私たち」の発話キャラクタは、発動が「臨時的」とはかぎらず「本来」的にも発動され得るものであり、「品」「格」「性」「年」の尺度に沿ってびっしり隙間なく並んでいる。他方、「『異人』たち」の発話キャラクタはもっぱら「臨時」的に発動され、ポツンポツンと散発的なあり方をしている、と述べてきた(第76回第77回)。このように発話キャラクタを「私たち」のタイプと「『異人』たち」のタイプに二分することは、ことばの実態ともよく合っている。

 たとえば、『男』と違って『女』が体言の文を好むという現象を振り返ってみよう。そこで観察されたのは、『男』なら「雨だよ」と言うところで、『女』は助動詞「だ」なしで、むきだしの体言「雨」に「よ」を付けて「雨よ」と言う、といったことだった(第66回)。

 だが、実はこの観察を乱す、やっかいな『男』ども、『女』どもがいるのである。

 「あたりまえだよ」と言わず、体言「あたりまえ」に「よ」を直接付けて「あたりめぇよ」と見得を切る『男』。体言「俺」に「よ」を直接付けて「何を隠そう、それがこの俺よ」とうそぶく『男』。体言「こと」「わけ」に「よ」を直接付けて「知れたことよ」「俺のことよ」「いいってことよ」「てなわけよ」などと言う『男』。いったい何者か、だとぉ?

 何言ってやんでぇ。決まってらい。こちとら『江戸っ子』よ。「あたりまえだよ」なんて言うかってんだ。そいつぁ、俺じゃあねぇ。俺の嬶(かか)ぁよ。

 そうだよおまぃさん。そいつぁあたしのことばだよ。ちょっとあんた、文法屋かい? あたしゃこれでも女だよ。寝言言ってると承知しないよ。

 と、このように観察を乱すやっかい者は、『江戸っ子』の男女だけではない。また例を挙げれば、「うれしいわ」と言う『女』のように、文末で「わ」を発する『男』たちもいる。といっても、「いま頃になって根拠書類を出せって言われても、そりゃあ無茶だな。そりゃあ誰だって困るわ」と理屈を語るような、あまり『男』っぽくない『男』たちのことではない。そいつらはいいのだ。あまり『男』っぽくない『男』が時として『女』のような口をきくことは別段不思議ではないのだから。

 問題なのは、「おのれ、目にもの見せてくれるわ」などと憤怒に燃えて「わ」の文を吼える『侍』である。『侍』が怒るとこのように、「文末の「わ」は『女』っぽい。少なくとも『男』っぽくない」という、せっかくの観察が台無しになるのである。困った奴、とはなにごと。おぬしの方こそ、真っ二つにしてくれるわ。

 以上で見てきたように、「発動のされ方」(第76回)、「あり方」(第77回)、「しゃべることば」(今回)という3つの点において、「『異人』たち」の発話キャラクタは、私たちの発話キャラクタと違っている。これらの点からすれば、「『異人』たち」のタイプと「私たち」のタイプという発話キャラクタの2タイプを分けて考えることは、それなりにもっともなことだと言えるだろう。

 私がここしばらく述べようとしてきたのは(第57回~)、「それぞれの発話キャラクタの大体の特徴は、「品」「格」「性」「年」という4つの尺度に基づいて記述することができる」ということである。これは「『異人』たち」のタイプはとりあえず陳列棚にしまって、『私たち』の発話キャラクタに目を凝らした場合の話だという但し書きを、少し詳しく入れさせてもらった。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は⇒「日本語社会 のぞきキャラくり」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「日本語社会 のぞきキャラくり」目次へ

◇この連載の中国語版と英語版
  中国語版⇒角色大世界――日本
  英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters

【筆者プロフィール】

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

* * *

【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。

2010年 2月 21日