地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第182回 井上史雄さん:方言聖書(山浦訳)とグロータース神父
Dialect translation of The Bible (by Dr Yamaura) and Reverend Willem A. Grootaers

筆者:
2011年12月24日

『ガリラヤのイェシュー』という本が出ました。新約聖書の訳です。全国各地の方言を使い分けて、当時の多言語状況を、生き生きと写しています。このシリーズで扱っている「見える方言」のうちの、方言本(第48回第53回)の一つです。聖書は、文語訳より口語訳が分かりやすいのですが、それよりもこの方言訳は、中身に納得が行きます。【写真】のマルコ伝では、街の人は京都弁で、キリストの弟子ペトロは岩手県大船渡付近のケセン語で話しています。肝心のイエスキリストも「ガリラヤの里言葉」としてのケセン語を話します。

(写真はクリックで拡大します)

【写真1】
【写真1『ガリラヤのイェシュー』マルコ伝14】

発行はイー・ピックス出版という会社で、インターネットで注文できます。

  »»//www.epix.co.jp/book-yamaura.html

この会社では、『ケセン語訳聖書』を朗読CD付きで出しました。東日本大震災の津波で倉庫が水につかりましたが、包装されていた聖書は無事でした。「お水くぐりの聖書」としてテレビにも登場し、ほぼ完売したようです。

著者の山浦玄嗣(はるつぐ)さんは熱心なクリスチャンの医師で、大津波の被害にもめげず、被災者の診察で大活躍しました。

方言研究とキリスト教というと、もう一人思い浮かびます。グロータース(Willem A. Grootaers)さんです。カトリックの神父が本業ですが、日本にキリスト教以外に方言地理学(言語地理学)も広めました。2011年は生誕100年にあたりますが、まったく偶然に三つの異なった言語での紹介文が書かれました。神の采配でしょうか。日本語の紹介論文「新日本語学者列伝 グロータース」(沢木幹栄)は、雑誌「日本語学」11月号に載っています。

他はインターネットで読めます。一つは英語で、インターネットジャーナルDialctologiaに載ったものです。

  »»”First dialectologists Willem A. GROOTAERS”.
    (PDFファイル〔89.8KB〕)

もう一つはオランダ語で、以下で見られます。画像が多いので、中身の見当がつきます。オランダ語で書いてあっても理解できたという、満足感にひたれます。

  »»Auwera (2011) “Belgische taalkundigen in de wereld”.
   (powerpoint2010ファイル〔7.7MB〕)

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。