地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第323回 日高貢一郎さん: 方言調査のお礼に『「ありがとう」の方言手拭い』

2015年3月7日

全国各地の伝統的な方言が,マスメディアや学校教育の影響などで変容が進んでいるのはよく指摘されることですが,そういう状況を前にして,方言研究者たちはいま精力的に方言調査を進めています。

話し手の皆さんが,貴重な時間を割いて熱心に方言を教えてくださったことに対する感謝の気持ちを表し,お礼として差し上げるには何がいいのか,研究者たちはあれこれ考え,それぞれに苦心し工夫しています。

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【写真1】全国の「ありがとう」を地図化した方言手拭い
【写真1】全国の「ありがとう」
を地図化した方言手拭い

【写真1】はその一例で,全国の方言での「ありがとう」を意味するあいさつことばを記号化し,日本地図の上にプリントしたものです。方言研究者の竹田晃子(たけだ・こうこ)さんが方言調査のお礼・記念用にと作ったものです。これを包装した袋には,出典や語形について簡潔な解説を付けた説明書も添えられています。

載っている方言は,各地域から代表的な定型表現を選び,北は北海道のスミマセン,ドーモ,ゴチソーサマ,東北のオーキニ,メーワクカケタ,モッケダ,ショーシ,タイヘンダ,関東のスミマセン,中部地方のゴチソーサマ,スミマセン,ショーシ,北陸のキノドク,関西~四国のオーキニ,ダンダン,中国地方のダンダン,タエガタイ,九州のオーキニ,ダンダン,スミマセン,そして沖縄のオボラ,ニヘー,タンディガータンディ,フコラサまでの都合15の語形が並んでいます。

併せて,外国語の英語,スペイン語,ロシア語,ポルトガル語,フランス語,ドイツ語,イタリア語,中国語(簡体字・繁体字),それに韓国語の〔ありがとう〕も並べてあります。

また,これとは別に,同じようなデザインのクリアフォルダー【写真2】もあります。

【写真2】同様なデザインのクリアファイル
【写真2】同様なデザインのクリアファイル

いずれもささやかなものではありますが,お金で買えないものを……と,方言にちなんだ品々を独自に作り,それをお礼の品の一つとして,あるいは記念品として差し上げると,けっこう喜ばれます。調査が終わった後,感謝とお礼のことばに添えて渡すと,これに載っている方言がきっかけになって,またその土地の方言についての話がひとしきり弾みます。

お礼の品として,もちろん手や汗を拭く厚手の西洋タオルの場合もありますが,こういう方言地図や特徴的な方言を印刷するには日本手拭いのほうが好都合です。それに,持ち運ぶのにもかさばらずに重くなく,お菓子などのように賞味期限や日持ちのことを心配しなくていいですし,何より店で売っているものではありませんから,珍しいというのも大きな利点です。内容も方言に関する事柄ですから,もらったほうの話し手の皆さんも思い出のよすがになり,方言調査の何よりの記念になります。

また,方言について書かれた一般向きの本,例えばこの連載を単行本化した『魅せる方言』なども,本好きの方には喜ばれますし,格好のお礼候補の一つになります。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。