地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第344回 山下暁美さん:読み聞かせる方言

筆者:
2015年12月26日

方言使用には,観光客向けと地元向けがあります。観光客向けは,経済を反映したグッズやみやげ品,ポスターなどです。一方,地元向けは文化の継承のためとも言うべきもので,絵本やまんが,かるたなどです。若者世代(第98回,214回,328回)や子ども世代(31回,216回)が自らの地元文化を楽しみ,地域の結束力やアンデンティティを確認する働きがあります。

というわけで今回,紹介するのは,関西弁の絵本です。岡田よしたか著『はずかしがりやのバナナくん』(株式会社PHP研究所)【写真1】です。著者の岡田さんは,大阪生まれの絵描きさんで,絵も文も岡田さんによるものです。

この絵本は,地の文は共通語で,会話文は関西弁で書かれています。つまり,知的情報は共通語で,情的な会話は方言です。方言による会話によって,登場するバナナくんやくしカツのおじさんの気持ちが,生き生きと伝わってきます。

(画像はクリックで拡大表示)

【写真1】
【写真1】
【写真2】
【写真2】

「よっしゃ どんどん いくでー」【写真2】
「うわー,やったら できるねんなあ!」
「これも みんな くしカツさんの おかげや。 そうや くしカツさんも いっしょに うたお!」

といったぐあいです。

岡田さんからのメッセージです。

アニメなどを見ているとアクションも派手で,過激な内容が多いです。この絵本を子どもたちに読み聞かせて,大人も子どももいっしょになってジワッとクスッとくる静かなおもしろさを味わってほしいです。

「関西弁のアクセントやイントネーションが難しい」という声を聞くことがありますが,そんなときは,読み手は,出身地のことばやもっとしっくりくることばに置き換えて,読んでくださったらいいと思います。そうすれば話のニュアンスが子どもたちに伝わり,一層絵本が大好きになります。

絵本のなかでは,関西弁が「ジワッとクスッとくる静かなおもしろさ」に一役かっています。子どもたちが,読み聞かせの中で聞いた方言を,家庭内や友達との会話に使って楽しめば大成功です。なお,関西弁を使った絵本は,ネットで調べるとたくさん出て来ます。方言えほん,方言かるた(第33回),方言トランプ(第208回)などは,観光客向けというより,地元向け文化グッズと言えます。地元の方言で読み聞かせる絵本は,方言を通して郷土の文化を子どもたちに伝えます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。