地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第345回 大橋敦夫さん:「こぴっと」全盛!―山梨の方言グッズ近況―

筆者:
2016年1月16日

第230回「週末は山梨にいました。―山梨の方言グッズ事情2012―」で取り上げた山梨の方言グッズの近況を調査してきました。2012年の時点では,方言絵はがきやハンカチなど,オーソドックスな商品を目にしました。また,取り上げられている方言も,「かじる」〔掻く〕など,外から見ると面白みを感じるものが使われていました。

その後,NHKの連続テレビ小説「花子とアン」の大ヒットは,方言グッズの世界にも,大きな影響を与えたようです。ドラマの舞台となっただけでなく,甲州弁もふんだんに使われたので,「こぴっと」〔ちゃんと〕「てっ!」〔えっ!〕などをあしらったグッズが出回るようになりました。

まず,「買える方言」としては,甲州名物のワインのラベル(3種類)です。

「呑んどくんなって」【写真1左】
  〔呑んでください〕
「はんで呑めし」
  〔いつも呑んでください〕
「おんだあが育てた葡萄が こぴっと した葡萄酒に なったっちゅうこんさ, ふんだから はんで呑んでくりょうし」【写真1右】
  〔俺が育てた葡萄がちゃんとした葡萄酒になったということさ。それだから,いつも呑んでくださいよ。〕

 

(画像はクリックで全体表示)

【写真1】
【写真1】甲州弁のラベルが貼られた地元産ワイン

 

次に目に飛び込んできたのが,これまた当地の名物「ほうとう」のコピーです。

「今夜は 甲州名物 ほうとうずら こぴっと!! 作ってくりょう!」【写真2】

【写真2】
【写真2】甲州名物「ほうとう」も甲州弁でアピール

第314回「マスメディアが後押し(山梨県の方言)」で紹介された「甲州弁No.1決定戦」でも,「こぴっと」がトップになっていましたね。

以上のほかに,「買える方言」として,次のような例を確認しました。

○甲州弁スタンプ:
「こぴっとしろし」〔しっかり。ちゃんと〕
「がんばってくりょう」〔がんばってください。〕
「てっ!」〔えっ!まあ!:驚いた時に出る言葉〕
「いいさよ」〔いいよ。大丈夫だよ。〕
「ちょびちょびしちょし」〔調子にのるなよ。〕
「ほうずら」〔そうでしょう。だよね。:同意を求める言葉〕
○甲州弁ストラップ:
「てっ!」「こぴっとしろし!」
○和菓子(饅頭):
「なんずらまんじゅう」〔なんでしょう饅頭〕

また,「買えない方言」としては,次の例を見つけました。

○観光案内チラシ:
「石和温泉『こぴっと朝めし』」(石和温泉観光協会)
○ホテルの広告:
「泊まっていくじゃん。お城のそばに。」〔泊まっていきましょう〕

人気を誇った方言グッズですが,ドラマの放送終了後には,富士山の世界遺産登録というビッグニュースが飛び込み,今や,これらの商品はやや影が薄くなり,売り場は富士山関連グッズ全盛です。

『魅せる方言』でも紹介されている「甲州弁かるた」など,従来の商品に加えて,今後,どんなものが登場してくるか,その展開に注目したいところです。

◇その他、山梨の地域語の回へのリンク

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。