歴史で謎解き!フランス語文法

第30回 前置詞と定冠詞の縮約が起こるのはなぜ?

2021年11月19日

フランス語学習の初級の難関のひとつ、前置詞と定冠詞の縮約。どうしてくっついてしまったの? なぜ « de » と « à » だけ? 定冠詞 « la » が縮約を起こさないのはなぜ? 今回は、その疑問を歴史から解決していきます。

 

学生:オー、シャンゼリゼー、オー、シャンゼリゼー♪

 

先生:おお、なんか楽しそうだね。

 

学生:あ、先生、こんにちは。いや、実はぱっとしない気分なんですけど、この歌のサビの部分を歌っていると気持ちが盛り上がるんですよ。「おーっ、行くぜ、パリのシャンゼリゼに!」って感じで。

 

先生:確かに心浮き立つよね。でもこのサビの最初の「オー」は、感嘆詞の「おー」ではないんだよ。

 

学生:えー、そうなんですか! シャンゼリゼ通りに来て「おーっ」って感動しているのかと思ってましたよ。

 

先生:場所を示す前置詞 « à » と定冠詞複数 « les » の縮約形の « aux » なんだよ。だから « aux Champs-Élysées » 「シャンゼリゼ通りで」という意味だね。

 

学生:そうだったんですか。ところで先生、前置詞と定冠詞の縮約ってどういうことですか?

 

先生:これはまだ習っていなかったかな? フランス語では前置詞の « de » と « à » の後ろに、定冠詞男性単数の « le » か定冠詞複数の « les » が続くとき、前置詞と定冠詞が融合して一語になってしまうんだよ。この現象を縮約と言うんだ。

 

de + le → du
de + les → des
à + le → au
à + les → aux

 

学生:あ、習ってましたね。思い出しました。でもなぜ2つの語がつながってしまうのですか?

 

先生:定冠詞はアクセントを持たない弱い語だから、直前の語と融合してしまったんだね。

 

学生:融合するのはともかく、なぜ « le » や « les » が消滅してしまうのでしょうか?

 

先生:フランス語では、[l] の音は後ろに子音が続くと多くの場合、母音化して [u] になるんだよ[注1]。例えば « cheval »「馬」の複数形が « chevaux » になったのはこのためなんだ[注2]。12世紀の終わりまでは複数を示す語尾の -s は発音されていて、複数形は « chevals » と書かれていた。後続する [s] の影響で、[l]が母音化して « chevaus » となり、さらに語末の [s] が発音されなくなり、二重母音 « au » が単母音化して、[ʃəvo] になった。これと同じような現象が前置詞と定冠詞の縮約にも起こったんだよ

 

学生:でも先生、縮約が起こる « de + le »、« de + les »、« à + le »、« à + les » のいずれの組み合わせも、[l] の後ろは子音ではないですよ? [l] が母音化する条件は、後続する音が子音の場合ですよね?

 

先生:そうだね。でも定冠詞 « le » や « les » の母音 [ə] や [e] は弱くて不安定な音だったので、消失してしまったんだろうね[注4]。それで冠詞に続く名詞の語頭の子音と [l] がくっついて、[l] が母音化し、母音化して [u] になった l が前置詞と縮約したんだね。

 

学生:単数の定冠詞の後ろに母音で始まる名詞が続くと、縮約は起こりませんよね。例えば « *au auteur » とか « *du esprit » とかにはなりません。

 

先生:後ろに母音で始まる名詞が来ると、前置詞と結びつくのではなく、定冠詞 « le » の母音が落ちて後続する名詞と音声的に一体化するんだ。エリズィオンだね。意味的にも冠詞は名詞との結合が強いからね。

 

学生:なぜ定冠詞女性単数の « la » は前置詞と縮約を起こさないのでしょうか?

 

先生:« la » の母音 [a] は明瞭な母音だったので、そのまま維持され、前置詞との縮約をまぬがれたということみたいだね[注4]

 

学生:なぜ前置詞のなかで « de » と « à » だけが、定冠詞と縮約を起こしたのでしょうか?

 

先生:それはこの2つの前置詞は他の前置詞に比べて圧倒的に使用頻度が高いからだろうね[注5]。でも古フランス語では前置詞 « en » も定冠詞と縮約されて、« en + le » の縮約形 « eu, ou » や « en + les » の縮約形 « es » が用いられていたんだ。

 

学生:え、« en » に縮約形があったのですか? でも前置詞の « en » のあとは無冠詞名詞だったように思うのですが。

 

先生:古フランス語の時代は前置詞 « en » が定冠詞付きの名詞と使われることが珍しくなかったんだ。今でも en l’occurrence「この場合」とか、en l’air「空中に」、en la circonstance「こういう状況で」といった表現で、« en » は定冠詞とともに使われているよ。ただ en leen les という表現は古フランス語の段階には、« eu, ou » や « es » という縮約形が用いられ、16世紀にこれらの縮約形が廃れてしまったので成句として現代語には残っていないのだけど[注6]

 

学生:どうして « en » の縮約形は廃れてしまったのでしょうか?

 

先生:« en + le » の縮約形の « eu, ou » は、発音と意味が似ていた « au » と混同されて、16世紀に淘汰されてしまったんだ。フランス語の季節は、春以外は « en + 季節名 » で、春だけが « au printemps » になっているけれど、この « au » は « à + le » の縮約形ではなくて、« en + le » の縮約形 « ou » が混同されたものなんだね。だから春につく前置詞も、もともとは « en » だったんだよ[注7]。« en + les » の縮約形 « es » の使用は、« aux » と競合するようになって徐々に廃れていくのだけど、17世紀の古典期フランス語の時代までは用いられていた。現代フランス語でも « docteur ès lettres »「文学博士」などの学位の称号として、« ès » は使われているけどね[注8]

 

学生:季節の前置詞で printemps だけ « au » なのは気になっていました。本来は春につく前置詞も « en » だったんですね。

 

先生:そう。だから « au printemps » は、「オー! 春だ!」って、春の到来の喜びに声を上げていたというわけじゃないんだよ。

 

学生:先生、「オー・プランタン」って歌はないですから。そういう勘違いをする人はいないと思いますよ。

 

[注]

  1. LABORDERIE, Noëlle, Précis de phonétique historique, Paris, Armand Colin, 2015, p. 53.
  2. « cheval, chevaux » の語尾については本コラムの第5回「名詞の複数形を示すのに « x » を使うのはなぜ?」(2019年8月16日)を参照のこと。
  3. 定冠詞男性単数 le はラテン語の指示形容詞 ille の対格単数形 illum に由来し、定冠詞男女複数は ille の対格複数形 illosillas に由来する(本コラムの第4回「定冠詞って、どうやってできたの?」(2019年7月19日)を参照のこと)。ラテン語の対格複数形の語末 -s の前の [o]、[a] は、フランス語では [e] になるが、この変化は歴史的音韻変化の法則では説明できない。現代フランス語では定冠詞複数 les の母音は [e] だが、古フランス語では定冠詞複数 les の母音はあいまいで弱く、そのために定冠詞男性単数 le の母音と同様に消失し、前置詞と定冠詞の縮約をもたらしたのだと考えられる。Cf. ANDRIEUX-REIX, Nelly et BAUMGARTNER, Emmanuèle, Ancien français. Exercices de morphologie, Paris, PUF, 1990, p. 31 ; MARCHELLO-NIZIA, Christiane, et als., Grande grammaire historique du français, Berlin, Walter de Gruyter, 2020, p. 667.
  4. ザンク,ガストン『古仏語』、岡田真知夫訳、白水社、1994年、p. 41.
  5. 古フランス語には、ここで挙げた à, de, en 以外にも、contre + le > les : contrel, contreu / contre、entre + les > entres といった縮約の例もあった。Cf. BURIDANT, Claude, Grammaire du français médiéval, Strasbourg, CNL, 2021, §79.
  6. 朝倉季雄『新フランス文法辞典』、木下光一校閲、白水社、2002年、p. 190.
  7. GREVISSE, Maurice et GOOSSE, André, Le Bon usage, Bruxelles, De Boeck, 2008 (14e éd.), § 1050 b).
  8. MARCHELLO-NIZIA, Christiane, op. cit, p. 670.

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』『仏検準2級・3級対応 クラウン フランス語単語 中級』『仏検4級・5級対応 クラウン フランス語単語 入門』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

フランス語ってムズカシイ? 覚えることがいっぱいあって、文法は必要以上に煩雑……。

「歴史で謎解き! フランス語文法」では、はじめて勉強する人たちが感じる「なぜこうなった!?」という疑問に、フランス語がこれまでたどってきた歴史から答えます。「なぜ?」がわかると、フランス語の勉強がもっと楽しくなる!

毎月第3金曜日に公開。どうぞお楽しみに。