【今週のことわざ】天道是か非か

2008年 6月 30日 月曜日 筆者: yama

今週のことわざは「天道是か非か」です。

天道(てんどう)(ぜ)か非(ひ)

出典

史記(しき)・伯夷(はくい)列伝

意味

この世の秩序や運命は果たして正しい者に味方しているのか。この世にはほんとうに正しい道理があるのか。「天道」は、人間をつかさどる人力を超えた宿命。宇宙を支配する力。「是か非か」は、正しいのか、まちがっているのかということ。運命に対する基本的な疑問を表した句である。


【今週のことわざ】朝三暮四

2008年 6月 23日 月曜日 筆者: yama

今週のことわざは「朝三暮四」です。

朝三暮四(ちょうさんぼし)

出典

列子(れっし)・黄帝(こうてい)―荘子(そうじ)・斉物論(せいぶつろん)

意味

ごまかすこと。うまくまるめ込むこと。また、どちらにしても大差のないこと。また、目先の利益にとらわれて大局を見失うことをいう。この句は本来『荘子(そうじ)』にあったものを列子(れっし)(=列禦寇(れつぎょこう))が改めたものといわれているが、その前後関係は断言できない。「朝三暮四」とは「朝三つ、夕方四つ」ということで、「朝四つ、夕方三つ」と実質は変わらないのに、言葉を換えて言いくるめることをいう。『列子』では、内容は変わらないのに、言葉だけで言いくるめるのが、聖人のやり口だといっている。『荘子』では、人は愚にもつかぬ差にこだわりがちであることを指摘している。


【今週のことわざ】蛇足

2008年 6月 16日 月曜日 筆者: yama

今週のことわざは「蛇足」です。

蛇足(だそく)

出典

戦国策(せんごくさく)・斉(せい)

意味

余分なものをつけ加えること。あっても役にたたないもの。


【今週のことわざ】千里の馬は常に有れども伯楽は常には有らず

2008年 6月 2日 月曜日 筆者: yama

今週のことわざは「千里の馬は常に有れども伯楽は常には有らず」です。

千里(せんり)の馬(うま)は常(つね)に有(あ)れども伯楽(はくらく)は常(つね)には有(あ)らず

出典

韓愈(かんゆ)・雑説(ざつせつ)・四首・其四

意味

いかに才能のある者も、それを認めてくれる人がいなければ、力を発揮できない。「千里の馬」は、一日に千里も走ることのできる名馬。「伯楽(はくらく)」は、もともと星の名で、天上で馬の世話をするのが役目であったというが、転じて馬の素養を見分ける人をいうようになった。この句は漢(かん)の『韓詩外伝(かんしがいでん)』に「驥(き)(=名馬)をして伯楽を得ざらしむれば、安(いずく)んぞ千里の足を得ん」という同じ意味の句があり、『戦国策(せんごくさく)』秦(しん)策にも、孫陽(そんよう)という馬の鑑定人が、名馬に塩運びをさせてしまったという話があり、かなり古くから伝えられていた物語と思われるが、有名になったのは、韓愈(かんゆ)の「雑説(ざつせつ)」からである。「雑説」は、「随想」という意味。


【今週のことわざ】推敲

2008年 5月 26日 月曜日 筆者: yama

今週のことわざは「推敲」です。

推敲(すいこう)

出典

唐詩紀事(とうしきじ)・賈島(かとう)

意味

文章・詩などの辞句を練ること。「推」は、押すこと。「敲(こう)」は、たたくこと。作文作詞に苦心をする。


【今週のことわざ】助長

2008年 5月 12日 月曜日 筆者: yama

今週のことわざは「助長」です。

助長(じょちょう)

出典

孟子(もうし)・公孫丑(こうそんちゅう)・上

意味

現在では、成長を助けるという意味に用いる。本来そういう意味であるが、原典では、無理やりに成長させようとする、余計なことをしてかえって害を招く、やり過ぎなど、否定的な用い方がされている。


【今週のことわざ】四面楚歌

2008年 5月 5日 月曜日 筆者: yama

今週のことわざは「四面楚歌」です。

四面(しめん)楚歌(そか)

出典

史記(しき)・項羽(こうう)本紀(ほんぎ)

意味

まわり中が敵であること。一人の味方もいないこと。四方を敵に囲まれ、孤立無援な状態のたとえ。「楚歌(そか)」は楚の国(=今の湖南(こなん)省周辺だが、中南部中国を指すことが多い)で歌われる歌。


【今週のことわざ】塞翁が馬

2008年 4月 28日 月曜日 筆者: yama

塞翁(さいおう)が馬(うま)

出典

淮南子(えなんじ)・人間訓(じんかんくん)

意味

人の世の運命の吉凶禍福は予測できない。禍(わざわ)いも悲しむに及ばず、福も喜ぶにはあたらないという意味に用いる。どちらかといえば、禍いに遭ってもいずれ福も訪れることがあるというほうに多く使用される。「塞翁(さいおう)」とは、国境の塞(とりで)の近くに住んでいる老人という意味だが、原典には、「塞上に近き人」の「父」という言葉で出てきて、直接「翁」という語は用いられていない。班固(はんこ)の『幽通賦(ゆうつうふ)』、また、『後漢書(ごかんじょ)』蔡邕(さいよう)伝には、『淮南子(えなんじ)』のこの語をふまえて「北叟(ほくそう)(=北のとりでの老人)」の語を用いている。


【今週のことわざ】五十歩百歩

2008年 4月 21日 月曜日 筆者: yama

今週のことわざは「五十歩百歩」です。

五十歩百歩(ごじっぽひゃっぽ)

出典

孟子(もうし)・梁恵王(りょうけいおう)・上

意味

たいして違いがない。本質的な相違はない。戦場で、五十歩逃げた者も、逃げたという点では変わりがなく、ただ、わずかな距離の差があるに過ぎないという意味。

原文

孟子対曰、王好戦。請以戦喩。塡然鼓之、兵刃既接、棄甲曳兵而走。或百歩而後止、或五十歩而後止。以五十歩、笑百歩則何如。曰、不可。直不百歩耳。是亦走也。曰、王如知此、則無民之多於隣国也。〔孟子(もうし)(こた)えて曰(いわ)く、王戦いを好む。謂う戦いを以(もっ)て喩(たと)えん。塡然(てんぜん)としてこれを鼓し、兵刃(へいじん)既に接し、甲を棄(す)て兵を曳(ひ)きて走る。或(あるい)は百歩にして後(のち)(とど)まり、或は五十歩にして後止まる。五十歩を以て百歩を笑わば則(すなわ)ち何如(いかん)、と。曰く、不可(ふか)なり。直(た)だ百歩ならざるのみ。これ亦(ま)た走るなり、と。曰く、王如(も)しこれを知らば、則ち民の隣国より多きを望むこと無(なか)れ、と。〕

訳文

(梁(りょう)の恵王(けいおう)が孟子(もうし)に、「自分は、人民に対して、いつも心をくばっている。凶作の地の人民は豊作の地に移すようにしている。これほど他の国よりも善政を行っているのに、人民は自分を慕って、各地から集まってこないのはどうしてだろう。」と言ったので、)孟子は答えた。「王様は戦争がお好きだから、戦争をたとえにして申し上げます。進軍の太鼓が鳴り、刀と刀が触れ合う接近戦になって、鎧(よろい)・甲(かぶと)や武器を捨て逃げだす者が出てきて、ある者は百歩、ある者は五十歩退却して止まったとします。このとき五十歩逃げた者が、百歩逃げた者を、自分より臆病だと言って笑ったらどうでしょうか。」王が言った。「それは間違っている。百歩逃げなかったというだけで、逃げたことには変わりがない。」孟子が言った。「王様にその道理がおわかりになるのでしたら、あなたの国の人民が、隣国より多くなることをお望みになどならないことです。(人民が苦しむのを凶作のせいにするようでは、他国の政治と大差がないのです。)」

解説

恵王(けいおう)が、凶作のとき、自分の米倉を開いて民を救済しようともせず、これを凶作のせいにしているのは、まだほんとうの善政とはいえず、それは人を殺しておいて、自分のせいではなく、凶器のせいだというようなものだといって、真の善政(=王道政治)はいかにあるべきかを説いた話である。

三省堂「中国故事成語辞典」金岡照光編より

【今週のことわざ】黄粱一炊の夢

2008年 4月 14日 月曜日 筆者: yama

今週のことわざは「黄粱一炊の夢」です。

黄粱(こうりょう)一炊(いっすい)の夢(ゆめ)

出典

沈中記(ちんちゅうき)

意味

栄枯盛衰も、ほんのひとときの夢のように、はかないものである。「黄粱(こうりょう)」は、きび。「一炊(いっすい)」は、米や粟(あわ)・きびなどを炊く時間を指す。きびが炊ける間に見た昼寝の夢、束(つか)の間(ま)の夢のこと。本文の引用は、『太平広記(たいへいこうき)』巻八二・呂翁(りょおう)に拠(よ)った。『沈中記(ちんちゅうき)』の本文はテキストによって文字の異同が多い。


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