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地域語の経済と社会 第346回 ちょっとお休み

2016年 1月 30日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第346回 ちょっとお休み

 皆さんにお知らせです。この連載は今回を含めて5回の第350回までで少しお休みを戴くこととなりました。それで今回のテーマは「お休み」です。地域の中の『休憩』に関する方言拡張活用を2例取り上げます。

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【写真1】九戸村「んだ…なす」(クリックで全体を表示)
【写真1】九戸村「んだ…なす」

 まず,岩手県九戸村(くのへむら)伊保内(いぼない)地区の,飲食店兼フリー休憩スペース「お休み処 んだ…なす」〔(お休み処)そうです(ね)〕です【写真1】。この地区を代表する方言による方言ネーミングです。前半の「んだ」は,東北弁によくある「そうだ」の意の方言です。後半の「なす」は,岩手県で文末に用いられて丁寧の意を表す方言です。元は「―なもし」だと言われています。岩手県内では,この変異形が実に豊富で,それだけで岩手県内のどの場所か分かるほどです。九戸村など内陸部では「―ナス」が多く聞かれます。沿岸部の宮古市では中心部で「―ナス」,市の南端の津軽石地区では「―ネース」,その隣の山田町では「―ナース」です。この3地点は南北約30kmの範囲に位置しています。文末のことばを聞いて出身地が分かります。「―ナムシ」(山田町船越地区や洋野町中野地区など)と元の形に近い語形が残っているところもあります。[注]

 この例では,使われている方言の意味より,地元の方言であること,それ自体に重要な意味があることが分かります。方言が地域の人々を集める力の大きさがよく理解できます。このお店は個人営業の飲食店です。お客の中心は地域の皆さんです。時間帯によっては地元の岩手県立伊保内高校の生徒さんで席が埋まります。そういう高校生のなかには,進学や就職により村を離れる人もいます。でも,自分を育ててくれたふるさとを,方言を軸に一生忘れないでいてほしいものです。

【写真2】宮古市「おやすめんせ」(クリックで全体を表示)
【写真2】宮古市「おやすめんせ」

 もう一つは,岩手県宮古市の自動車用品販売店の駐車場にある休憩~喫煙スペース「おやすめんせ」〔休憩してください〕です【写真2】。語構成は,この連載の第1回「岩手の酒っこ ひゃっこぐしておあげんせ」で紹介した方言ネーミングのお酒「岩手の酒っこ ひゃっこくして おあげんせ」の「おあげんせ」,また,商店街のいすの方言メッセージ「おすわれんせ」と同じです。江戸時代に近畿地方で優勢だった敬語法[お+(動詞連用形)+ある]に,東北地方の方言で丁寧の意を表す「―す」の命令形「―せ」が付いた構成です。「おやすめんせ」のもとは「お+休み+ある+せ」です。この店舗は全国チェーンの支店ですが,お客は地域の人なので,地域の方言で親しみやすさを考えているものです。

 今回の2例,お店に種々相違点があるものの,心と体を休めるためには,方言のなかでも優しく語りかけることばが適切だとの共通点を見出すことができます。読者の皆さん,この連載のお休みの間も,そういう方言の役割や力について考えていただけると幸いです。

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[注解]「―なもし」が元の方言の敬語は日本全体にあります。橘正一(昭和初期の岩手の方言研究者)が「ナモシの分布」(1930年『方言』五2)で整理しています。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『魅せる方言 地域語の底力』『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 経営情報学科長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。2008年から長きにわたって、方言研究の第一線でご活躍中の先生方からリレー連載をしていただいておりました。350回にて休載となります。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

地域語の経済と社会 第341回 手作りの方言小辞典

2015年 11月 14日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第341回 手作りの方言小辞典

 この連載はテーマの副題を「方言みやげ・グッズとその周辺」としています。その理由は,方言の拡張活用の展開される源の用法であると考えられるからです。方言みやげ・グッズとは,方言を書いた観光みやげ(方言を書いた,のれんや湯呑み,絵はがき,他)などの「商品」です。お店とお客の間の売り物を買うという,はっきりとした関係があります。観光客歓迎の方言メッセージですと,そういう商取引を『促す』のにもよく使われています。

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【写真1】秋田弁講座(クリックで全体表示)
【写真1】秋田弁講座
【写真2】おもっつぇ~!! わらぁ~さる!! 宮古弁(クリックで全体表示)
【写真2】おもっつぇ~!! わらぁ~さる!! 宮古弁

 そこに最近目にするのが,手作り(手書き)の方言小辞典です。観光地のみやげ物店の店内に,方言を列挙して共通語訳などの説明を付けています。パソコンや情報ネットワークが発達した現代に,最も素朴な方法で作成しているのも興味深い事例です。2例挙げます。

 はじめに,秋田県仙北市のJR[注1]角館(かくのだて[注2])駅です。模造紙を使い,駅待合室から入るとすぐ目に入る高い場所に掲示されている「秋田弁講座」です【写真1】。「いいふりこぎ」〔見栄っぱり〕,「ほんじなし」〔ぬけてる〕,「せば」〔じゃあ〕をはじめとする秋田の方言の代表例が30語列挙され,共通語訳と用例文が付いています。その下には,使用状況を説明したイラスト「食卓の秋田弁」もあります(ただし,こちらは印刷【写真1クリック】)。

 もう一つは岩手県宮古市の宮古駅です。駅施設内でなく,JR山田線の駅と三陸鉄道北リアス線の駅の中間に位置しています。この連載の第101回「『市』を挙げての方言メッセージ~『おおきに』と『おでんせ』」でも紹介した店舗ですが,第101回での出入り口の例はなくなり,その替わりのように店内に掲示されています。やはり模造紙に手書きで作成されています【写真2】。こちらはタイトルも方言で,『おもっつぇ~!! わらぁ~さる!! 宮古弁』〔おもしろい!! 思わず笑えてくる!! 宮古弁〕(「‐サル」=岩手県中北部で優勢な自発表現)としています。「あわぇーっこ」〔奥まった小路:第336回「『Miyako♡あうぇーこなび』~高校生が作った街案内~」で紹介〕,「えんずう」〔窮屈。しっくりこない〕,「とつこ」〔絡まる〕など,この方言の代表例が模造紙4枚に39語(タイトルの2語も入れれば41語)列挙されています【写真2クリック】。

 こういう用例を取り上げたのは,手書き作成であることのほか,分類について考える必要もあるからです。売り物でないので買えませんが,方言グッズの一種と見なせます。方言提示の手法は,方言のれんなどと同様ですし,明らかに観光客に地域特性としての方言を理解していただく目的があるからです。方言メッセージの変種と考えてもいいかもしれません。

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[注1]角館駅は,JR田沢湖線(秋田新幹線)と秋田内陸縦貫鉄道(通称,内陸線)の二つあり,両方とも方言メッセージでお出迎えしています。JRでは「えぐきてけだんし」〔よく来てくださいました〕,内陸線では「のってけれ内陸線」〔乗ってください内陸線〕です。

[注2]角館の現地発音について青年層(若者)では[カグダデ]です。高年層(年配者)では前鼻音が残っていて[カグンダデ]です。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『魅せる方言 地域語の底力』『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 経営情報学科長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

地域語の経済と社会 第336回 『Miyako♡あうぇーこなび』~高校生が作った街案内~

2015年 9月 5日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第336回 『Miyako♡あうぇーこなび』~高校生が作った街案内~

 今回は,岩手県宮古市の中心商店街の案内パンフレット『Miyako♡あうぇーこなび』【写真1】【写真2】の方言ネーミングです。2つの観点から考えます。

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【写真1】『Miyako♡あうぇーこなび』表紙
【写真1】『Miyako♡あうぇーこなび』表紙
【写真2】『Miyako♡あうぇーこなび』内容
【写真2】『Miyako♡あうぇーこなび』内容

 まず,方言を考えます。後部の「なび」は方言でなく,カーナビの「ナビ:navigation」の意味の一つ「誘導」です。前部の「あうぇーこ」〔奥まった小路:正確な発音は[awɛːkko]〕が方言です。宮古方言の代表の一つに挙げられます。

 この小路は,京都市中心部のように格子状に街路が構成された街にみられます。こういう区画形状の街では,隣り合う建物同士の間に,街路から区画の奥に入るための(狭い)通路があります。この小路,京都ではロージと呼ばれます。東北地方では「アワイ〔間〕+コ」を語源とする地点が多く,宮古などでは「アウェーッコ」です[後注]

 この小路の発生は,室町時代以降の町屋敷に掛かる直接税「地子」(じし/ちし:現代の固定資産税に相当)が起源です。こういう街では,ほとんどの建物が街路に接する部分を短くして街路から奥に細長い構造です。よく『うなぎの寝床』と呼ばれますね。区画内での細長い建物と建物の間の通路も幅狭く細長いものになります。地子は街路に接する部分(間口)の長さ(接道の長さ)により税額が決まっていました(現代の固定資産税も税額算出の一部にこの方式を継承)。町屋敷は節税のため街路に接する部分の長さをできるだけ短くしました。建物の面積は街路から奥に伸ばすことで確保したので『うなぎの寝床』になりました。そこに,区画の反対側の街路への近道,また,奥の建物への通路として小路が設置されました。

 2つ目の観点は『Miyako♡あうぇーこなび』の制作者です。「ユースみやっこベース」という高校生のグループ(http://miyakkobase.jimdo.com/)です。次代を担う世代が方言を活用していまして,地域や方言の将来にとって大いに結構なことだと思います。制作の中心メンバー4名が現在,宮古短期大学部学生赤十字奉仕団で活躍しています。『あうぇーこなび』はhttp://miyakkobase.jimdo.com/プレゼン大会/宮古市のマップ制作/にも紹介があります。

 * 

[注]伊藤麟市『宮古の方言と敬語』(1982年,田中タイプ印刷)の「各地(方言)比較表」に,岩手県内各地と秋田県鹿角市の諸方言の「奥まった小路」の方言形一覧があります(pp.184-185,表記は原典のまま。掲載順は引用にあたり調整)。

宮古:アワェーッコ 川井:アワェコ
田老:アワェコ 盛岡:アワェ
山田:アワェーッコ 遠野:ヒエァーコ,ヒシエァコ
大槌:アワイッコ 和賀:アエダコ
釜石:アエッコ 福岡(現二戸市):カミヨデ
大船渡:アワェーッコ   鹿角市(秋田県):アワェコ

無回答の地点:新里,岩泉,沢内,田野畑,久慈(田中調査ではロジ)

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『魅せる方言 地域語の底力』『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 経営情報学科長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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地域語の経済と社会 第331回 方言による特殊詐欺被害防止策

2015年 6月 27日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第331回 方言による特殊詐欺被害防止策

 今回は,犯罪被害を方言で防止する意図の方言メッセージと方言ネーミングです。本題の前にタイトルについて少し説明します。「特殊詐欺」は最近マスコミでよく目に耳にする用語です。以前,孫や息子になりすます「オレオレ詐欺」と呼ばれたものなど,多種多様な手口があり,これらの総称です。2004年12月から「振り込め詐欺」と呼ばれました。さらに,現金を持たせる手口も出てきたため,別の呼称が必要となり,2013年5月に「母さん助けて詐欺」が出ました。これが定着せず,また,前のとおり,手口がさまざまなので,マスコミ等では「特殊……」が主流となっています。

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【写真1】気ぃつけておくれやっしゃ~ 【写真2】もうかるちゃ詐欺
左:【写真1】気ぃつけておくれやっしゃ~
右:【写真2】もうかるちゃ詐欺

 それでは本題です。一つ目は方言メッセージの用例です。滋賀県警察による「振り込め詐欺に 気ぃつけておくれやっしゃ~」〔振り込め詐欺に気をつけてくださいね〕です【写真1】。そもそも特殊詐欺は主に高齢者を狙います。そこで方言の出番です。共通語より方言の方が身近に感じてもらえるのはこの連載の趣旨の基本です。対象が高齢者なら,より大きな効果が期待できます。この用例は,純粋に滋賀県の方言というより,同県出身で,滋賀県警察の「振り込め詐欺根絶大使」(2014年11月任命)の末成由美さんの名せりふがもとです。末成さんといえば,吉本新喜劇で「ごめんやして,おくれやして,ごめんやっしゃ~」[注1]と挨拶し,舞台上の他の人物がコケるのがパターンですね。

 二つ目は方言ネーミングの用例です。富山県警察の「もうかるちゃ詐欺」〔(必ず)儲かりますよ詐欺〕[注2]です【写真2】。出資金の何倍もの利益が確実にある,という投資型の手口ですね。特殊詐欺を富山の方言で表現することで,より身近に防犯意識を持ってもらうわけです。この幟は富山駅前交番に立てられていました[注3]。富山での方言による犯罪被害防止は,交番のすぐ隣の富山駅南第2自転車駐車場にも「カギかけんまいけ!」〔(自転車の)鍵を掛けましょう〕の方言メッセージが大きく出されていました。

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[注1]最近は末尾が「…やっし~」ですが,スウィング吉本ビル(大阪市中央区:元の「なんば花月」跡地,現「なんばグランド花月」至近)の入り口には,このままが出ています

[注2]富山方言の「-ちゃ」について「第308回 富山県の観光PR誌『ねまるちゃ』」に説明があります

[注3]用例の取材は2014年11月でした。北陸新幹線開業に伴う駅周辺整備事業のため,2012年1月19日から仮駅舎の西側に移転しているときでした

 

《謝辞》資料撮影にご協力いただいた大津駅前交番と富山駅前交番,また,資料掲載をお許しいただいた滋賀県警察(生活安全部 生活安全企画課 犯罪抑止係)および,株式会社よしもとクリエイティブ・エージェンシーに,この場を借りて感謝申し上げます。

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 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 経営情報学科長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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地域語の経済と社会 第326回 JAの方言活用から分かる方言の機能

2015年 4月 18日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第326回 JAの方言活用から分かる方言の機能

 JA(農業協同組合:農協)での方言の拡張活用例は,方言の機能を分かりやすく教えてくれます。意外と少ない[注1]ものの,最近少しずつ見られます。組合名の方言ネーミングに「JA秋田おばこ」と「JA栗っこ」(宮城県)の2例があります[注2]

【写真1】おらほの農業
【写真1】おらほの農業
(クリックで掲示状況表示:黄色枠内が看板)
よってあべ
【写真2】よってあべ
(クリックで掲示状況表示)

 先に用例を見ます。一つ目は岩手県紫波町(しわちょう)のJA岩手中央穀類乾燥調製施設の方言メッセージ「おらほの農業金メダル」〔この地区の農作物は世界一〕です【写真1】。JR東北本線日詰(ひづめ)駅の西隣です。

 もう一つは岩手県葛巻町(くずまきまち)江刈(えかり)地区のJA新岩手くずまき楽農センターの方言ネーミング「よってあべ」〔寄って行こう〕です【写真2】[注3]

 先の農協での用例の性質の2点(1.元は少ない,2.最近見られる)こそ,方言の拡張活用の機能がよく理解できる事実です。方言の拡張活用の大きな目的は二つ=A.外来者にその土地を印象づける,B.その土地の人にあらためて地域に目を向けてもらう=です。以前,農協には二つとも必要性の低いものでした。農協の基本性質:地域密着が理由です。A関連:農産物の一般的流通経路は[生産者→農協→市場→仲卸→小売→消費者]です。以前,生産者と仲卸以降の業者や消費者との接触は基本的にないことでした。B関連:地域密着が当たり前の農協として,その土地の人にあらためて目を向けてもらう努力はしなくてよいことでした。

 それが現在は異なっています。生産物の販売促進には,仲卸や小売業者また消費者に生産環境や生産状況の理解が必要です。直接の取り引きがなくても,その土地を訪れてこれらの用例を目にする人は皆,顧客の有力候補です。それに何より,農協は今や地域密着でなくなっています。両例の組合名「岩手中央」「新岩手」とも,管轄範囲は関係者でないと分かりづらい名称です。以前は市町村単位で農協がありましたが,今は行政の平成の大合併より広い範囲で大規模合併が進みました[注4]。広い岩手県でも7組合です[注5]。そこで方言の「地域に目を向けさせる」機能が注目されました。東日本大震災後の「方言エール」の多発と同様,ふるさとから生まれた方言が,ふるさとのために働いています。

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[注1]農協は農協3事業(経済・信用・共済)から金融機関であり流通事業者です。経営情報学科学生の就職支援のため,私は岩手県内各農協を訪問し,その都度,方言の拡張活用例を注意深く探しています

[注2]全国農業協同組合中央会のウェブサイトより

[注3]JA新岩手には雫石町(しずくいしちょう)に「花牛米菜(かうべな)」もあります

[注4]奈良県と沖縄県は,1県1組合に合併されました

[注5]本文中の2組合と,花巻,岩手ふるさと,岩手江刺,いわて平泉,大船渡市,です

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『魅せる方言 地域語の底力』『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 経営情報学科長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
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地域語の経済と社会 第321回 『めんこい』『わらす』に託す方言標語

2015年 2月 7日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第321回 『めんこい』『わらす』に託す方言標語

 今回は岩手県で「子ども」に意図を託した方言看板・ポスター類の用例を2例紹介します[注1]。一つは,遠野(とおの)市の綾織(あやおり)交差点[注2]南東側角の回転式[注3]交通標語です。「我が町の めんこい子らを ひくでねぇ」〔我が町のかわいい子どもたちをひくでない〕です【写真1】。「めんこい」は,かわいいの意味の有名な東北方言ですね。この「めんこい」に安全運転の願いを託しています。続く部分も「ひくでねえ」で,「めんこい」だけでなく,全体を言語実態に忠実に示して方言標語の効果を高めています[注4]

(画像はクリックで全体表示)
【写真1】遠野市綾織交差点の「めんこい子らをひくでねえ」(クリックで全体)
【写真1】遠野市綾織交差点の
「めんこい子らをひくでねえ」
【写真2】大船渡市の「わらしァど見でっぞ」(クリックで全体)
【写真2】大船渡市の「わらしァど見でっぞ」

 もう一つは,大船渡(おおふなと)市の環境美化標語「やめろ!! ゴミ投げんのは わらしァど見でっぞ」〔やめろ。ゴミを捨てるのは。子どもたちが見ているぞ〕です【写真2】。「投げる」は,捨てるの意味の東北方言です。投擲の意味ではありません。「わらしァど」は,やはり有名な東北方言の子どもを表す「ワラス」と複数を表す「-アド」で「子どもたち」です。実際の発音は[ワラシャド]です。続く「見でっぞ」も方言の発音で示して[注5]効果を確かなものにしています。

 この2用例は,大人に子どもの存在を意識させて行動を律するのが目的で,そこに方言を活用して効果を高めています。また,「めんこい」も「わらす」も年配者だけに残る『昔懐かしい方言』ではありません。現在小学生や幼稚園児を持つ若い世代でも勢力を保ち,子どもたちもよく聞いて知っています。これらの標語は(たとえば運転する)大人だけでなく,一緒にいる子どもたちも理解します。標語に反する行動をとろうとすれば,子どもたちからも戒めの言葉や冷たい視線が来るでしょう。この標語は言葉と現実の子どもの両方からの訴えの2倍の効果も期待できます。これら標語の寿命は,この先も続きます。

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[注1]子ども関係の用例は,第216回「子ども向けの方言の拡張活用」で紹介しています。

[注2]太平洋沿岸の釜石(かまいし)市と内陸部の花巻(はなまき)市を結ぶ国道283号線と,岩手県庁所在地の盛岡(もりおか)市から花巻市大迫(おおはさま)地区を経て遠野に至る国道396号線が合流する交差点です。ここは文化の交流点と言われ,各地の人や物が交わる遠野郷の西側の入り口です。岩手県の方言研究では重要な場所です。

[注3]ドラム缶を三つ縦につないで”羽根”を付け,風車式に回転します。近く(約1km東方)の道の駅が「遠野風の丘」(第266回「こびる」で用例等を紹介)の名のように,風の強いところです。羽根を境の赤,青,黄の3面に交通標語が示されています。方言標語はこの青の面のものだけです。

[注4]連続2母音の融合(ない→ねぇ)を表現しています。

[注5]語中タ行音の濁音化(て→で)と有声促音(見テルゾのルが促音化してもゾは濁音のままで,濁音の直前に促音があります)です。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『魅せる方言 地域語の底力』『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 経営情報学科長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

地域語の経済と社会 第316 回 『鉄のふるさと』から『ふるさとのことば』へ―釜石駅の歓迎メッセージ―

2014年 11月 22日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第316回 『鉄のふるさと』から『ふるさとのことば』へ―釜石駅の歓迎メッセージ―

 今回は,岩手県釜石市のJR釜石駅の方言メッセージを紹介します。降り立ったお客を「よくおでんした釜石へ」〔よくいらっしゃいました釜石へ〕でお出迎えです【写真1】。ホームに向かうお客は「またおでんせ釜石へ」〔またいらっしゃい釜石へ〕でお見送りです【写真2】。地方の駅の方言メッセージは,最近珍しくもありませんが,釜石では『ふるさとを見直す』大きな意味があります。

(画像はクリックで拡大全体表示)
【写真1】釜石駅お出迎えの方言メッセージ
【写真1】釜石駅お出迎えの方言メッセージ
【写真2】釜石駅お見送りの方言メッセージ
【写真2】釜石駅お見送りの方言メッセージ

 以前,【写真1】の場所のメッセージは,「鉄のふるさと釜石へようこそ」でした[注1]。釜石は,江戸時代末期に日本の近代製鉄が始まった「鉄のふるさと」です[注2]。それが,平成24(2012)年12月の東北沿岸4駅一斉リニューアル時[注3]に,方言メッセージに替えられました。

 平成23(2011)年3月の東日本大震災以降,方言エールの同時多発的使用に象徴される『ふるさと(のことば)の見直し』が各地でありました。釜石でも同様でしたが,他の地域とは趣旨が異なります。他では震災以前も方言の拡張活用が相応にありました。釜石は方言の拡張活用例の少ない土地でした[注4]。明治から昭和に『鉄の町』として発展してきました。製鉄所の従業員など他地方からの転入者も多い土地でした。方言調査で製鉄所の前の道路を指して「あの道から向こう(は,人の生活やことばが違う)」とのご説明もありました。

 伝統的方言も勢力があります。震災後は「ふるさと釜石」の見方が強くなりました。第251回「最近の『方言エール』」(【写真4】釜石の復興の印「まる」,【写真5】意思を示す幟(クリックで他の例も表示します))などのように方言の拡張活用例が大きく増えたのです。あらためて「地域語の底力」の大きさ強さが実感されます。

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[注1]第46回「『かきくけこ』―5文字で完結する観光の方言メッセージ―」【写真5】の陸中山田駅の例(東日本大震災で焼失)と同じJR東日本盛岡支社の統一デザインの横断幕でした。

[注2]安政4年12月(1864年1月),大島高任(おおしま たかとう)により日本初の商用高炉が稼動開始しました。

[注3]1日に宮古駅(岩手県宮古市),2日に気仙沼(けせんぬま)駅(宮城県気仙沼市),8日に当駅,15日に盛(さかり)駅(岩手県大船渡市)です。

[注4]釜石の震災前からの方言の拡張活用例は3例みとめます。JR釜石駅待合室の物産展示ウインドー「見だんせ!かまいし」(方言メッセージ:2007年~),地域ラジオ番組「釜石やっぺしFM」(方言ネーミング:2010年~),只越町「まちかど交流館・かだって」(方言ネーミング:2012年~:震災津波で傾斜,解体後「みんなの家・かだって」として再建)です。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

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地域語の経済と社会 第311回 日本赤十字社による方言の拡張活用

2014年 9月 13日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第311回 日本赤十字社による方言の拡張活用

 私の個人的関係(あとで説明)から,日本赤十字社の方言の拡張活用(方言ネーミング)を紹介します。

(クリックで外観)
【写真1】受付の「まいど」(クリックで外観)
【写真1】受付の「まいど」

 一つは,大阪市中心部を南北に走る御堂筋の南端にある「まいどなんば献血ルーム」(大阪市中央区難波)http://www.wanonaka.jp/namba/です【写真1】。「まいど」は感謝の気持ちを表す有名な大阪方言ですね。「毎度おおきに」が略されて前半部が残ったものとも言われます。同ルームは,平成22(2010)年9月に開所し,今月で4周年です。大阪方言の例は,この連載でも何回も取り上げた(リンクは末尾:代表的なもの)ように,方言の拡張活用例の種類・数ともに,おそらく世界一だと思います。井上史雄著『変わる方言 動く標準語』(2007年,筑摩書房)p.73のグラフにも示されています。そのなかから「まいど」を選んだ理由を,同ルーム所長さん(献血ルーム設置準備委員会事務局から携わられ,事情をよくご存知)が教えてくださいました。「『まいど』ということばは,今でも大阪を象徴する代表的な言葉(方言)」とのことです。表記は,ローマ字書きなど最終の3案からひらがなが選ばれました。

(クリックで全体)
【写真2】(お加減)『なじょだす』(クリックで全体)
【写真2】(お加減)『なじょだす』

 もう一つは,岩手県の盛岡赤十字病院(盛岡市三本柳)の広報誌『なじょだす』です【写真2】。前半「なじょ」は古代語の「なでふ」(発音は「ナジョー」)の残存で,「どのように」の意味です。後半の「-だす」は丁寧の意の文末詞です。ここでは,盛岡方言で,患者さんに自覚症状を尋ねる「(お加減)いかがですか?」の意味です(実際に発するときは,文末に上昇イントネーションが掛かります)。同誌の表紙にも説明があります。病院として患者さんに語りかける最初のことばを誌名に選んだわけです。患者さんが医師に心を開いて症状を説明するよう誘導するため,方言で語りかけるのが有効だとの研究成果もあります。大病院でも,このように細やかな工夫がされています。

 私は,岩手県立大学宮古短期大学部で学生赤十字奉仕団の顧問をしています。平成21(2009)年に正式に活動を開始して現在6年目です。日本赤十字社特別社員でもあります。献血のお手伝いや東日本大震災の被災者支援のなか,このような用例に接しました。

《謝辞》日本赤十字社大阪府赤十字血液センター「まいどなんば献血ルーム」,とくに同ルーム所長さんには,記事作成にあたり,特別のご厚意を賜りました。あつく御礼申し上げます。

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第271回:公務員募集の方言活用
第262回:大阪方言10万円
第261回:方言の拡張活用はじめて物語
第227回:方言絵はがきのピーク 大阪弁
第192回:グーグルマップにみる大阪方言「マイド」の世界進出
第191回:大阪弁の薬
第141回:『いちびり精神』による天保山登頂記
第116回:大阪弁の威力
第94回:おいしい方言(大阪府)
第17回:方言Tシャツの使用価値―大阪と沖縄―

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言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
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『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
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地域語の経済と社会 第306回 世界文化遺産ご来訪者への歓迎方言メッセージ

2014年 7月 5日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第306回 世界文化遺産ご来訪者への歓迎方言メッセージ

 世界文化遺産のある岩手県平泉町を訪れる人たちへの歓迎と見送りに,方言メッセージが使われています。平泉への玄関口,一関市の一ノ関駅(「いちのせき」の表記は市と駅で異なります)です。新幹線改札から駅東口への通路に,出口に向かうと見える面に「よぐ来たねぇ ゆっくりしてってけらいね!」〔よく来たね ゆっくりしていってくださいね〕【写真1】,改札口に向かうと見える面に「また来てけらいねぇ」〔また来てくださいね〕【写真2】とあります。

(画像はクリックで全体表示)
【写真1】一ノ関駅お出迎えメッセージ
【写真1】
一ノ関駅お出迎えメッセージ
【写真2】一ノ関駅お見送りメッセージ
【写真2】
一ノ関駅お見送りメッセージ

 ここで使われている方言の「-けらいね/ねぇ」は,第286回「ケロ」および第291回中の《第286回の補遺》での「-ケロ」と同じ語源です。「-クレル」が変化した「-ケル」の,岩手県の県南部から宮城県にかけて使われている要請の形式「-ケライ」に,文末で優しさの意を添える「-ネ/-ネェ」が接続した表現です。

 平泉町の中尊寺金色堂は日本の国宝であり,2011(平成23)年6月に世界文化遺産「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」に,その中心として登録されました。その参詣拠点が南隣の一関です。松尾芭蕉も『奥の細道』の旅では,1689(元禄2)年5月13日に一関から平泉を(もちろん歩いて)往復しています。そのときの発句が,有名な「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」と「五月雨(さみだれ)の 降り残してや 光堂」(注:光堂=金色堂)です。

 この方言メッセージも世界遺産ほどでないものの貴重です。一関や平泉がある岩手県の両磐(りょうばん:東磐井と西磐井)地域は,方言の拡張活用例の少ない地域です。方言調査で伺うと年配のかたは昔ながらの方言をよく残しています。方言による昔話の会なども開かれています。しかし,方言みやげ・グッズは見当たらず,方言ネーミングの施設は,何度も注意深く捜して1件見つけました(一関市大町の飲食店「ちょっこら」)。一関市千厩町(せんまやちょう:旧東磐井郡)には,地元のかた向けの用例(鉄道の駅,商店,飲食店,タクシー会社などの「まちしるべ」)が見られます。

 そういう地区に出たこの方言メッセージが,世界遺産に訪れる日本の人のほか,外国からのお客様にも向けていると思うと興味深いところです。通訳ガイドが「これは,このあたりのdialectで…」などと説明したときの外国からのお客様の反応も気になります。

 皆さんも,光堂,一度見さ来てけらいねぇ!!

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『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

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地域語の経済と社会 第301回 peccoぺっこ―意味のある方言菓子

2014年 4月 26日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第301回 peccoぺっこ―意味のある方言菓子

《お知らせ》 今回からこの連載を少々模様替えします。一巡を5人はそのままにゲストライターを迎えます。日本語方言研究でよく知られている方々です。また,公開が隔週土曜日(2週に1回)になります。よろしくお願いします。

 さて,方言を,パッケージや個別包装の袋,または,菓子本体にプリントして示した例は,これまで28回紹介しました。最近のものから,295・287・285・276・260・249・248・243・212・209・191・158・134・120・110・104・97・96・80・76・67・57・56・52・20・16・7・5・の各回です(リンクは末尾で)。この28回を含めて食品の方言ネーミング(飲食物関連の方言メッセージや飲食店の例は入りません)は,計63回です。

【写真1】秋田弁(クリックで全体と中の状況)
【写真1】秋田弁(クリックで全体と中の状況)

【写真2】pecco(クリックで箱詰めの状況)
【写真2】pecco(クリックで箱詰めの状況)

 菓子での方言の扱われ方は,第52回「お菓子のバーチャル方言博物館」第76回「出雲弁」第248回「方言名のお菓子の全国展開」を例に理解できます。多くは菓子の内容に有機的関係はみられません。その地方の代表的方言によるネーミングもしくは列挙です。最近では「秋田弁」がユニークです【写真1】。美味であることや品の良いことを謳うネーミングは,食品なので当然だと言えます。味や特徴の修飾として「とても」の意味の方言(「いぎなり」や「めっさ」など)も菓子の状況と直接関係ある表現とは言えないでしょう。

 ネーミングの方言がその菓子(の状況を)的確に示した例=意味のある方言菓子もあります。私の住む岩手県でも,昨年末,新発売されました。その名は「pecco」(ぺっこ)です【写真2】。「ぺっこ」とは,岩手県の中央部や沿岸部で広く使われている方言です。「少し」「わずか」という意味です。少しずつの包装で,これを,少し購入してもいいですし,お客の注文に応じて詰め合わせにもしていただけます【写真2→クリック】。南部せんべいやかりんとうなど,岩手県のお菓子全30種類が用意されました。「pecco」は,初めての岩手県のプライベートブランドであり,県の施設でも販売されています。少しずつと県のプライベートブランドという点では,第158回「OITA AGURU」(大分県:差し上げるの意)も趣旨の通じる例です。

 なお,菓子ではありませんが,第1回の「岩手の酒っこ ひゃっこぐしておあげんせ」(岩手県花巻市石鳥谷町)も,意味のある方言ネーミングの代表例です。

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第295回 まだまだあります、埼玉方言グッズ「方言銘菓 そうなん娘」
第287回 中国語の新しい方言 “QQ”―ドライフルーツとヨーグルト―
第285回 方言と外国語で感謝――大手企業の言語戦略――
第276回 東北弁ならではの英語とのコラボ,ほか
第260回 方言の継承を銘菓に託して(長野県千曲市)
第249回 「よかっぺ号」が関西へ
第248回 方言名のお菓子の全国展開
第243回 青森の方言名のお菓子
第212回 方言ういろの全種類入手法
第209回 なりすましの方言「めっちゃんこ」
第191回 大阪弁の薬
第158回 大分のおみやげ「AGURU」~味の現物カタログ~
第134回 おいしい方言(奈良県)
第120回 山形県にオランダが!
第110回 「おまんた」は不滅です(新潟県糸魚川市)
第104回 おいしい方言(山形県)
第97回 ハワイで見た日本語方言
第96回 ワンポイント方言メッセージ
第80回 北信濃方言に親しめるお店
第76回 出雲弁
第67回 世界唯一の方言チョコレート―リトアニアの方言区画
第57回 究極の方言みやげ保存法
第56回 方言付きの食品
第52回 お菓子のバーチャル方言博物館
第20回 方言によることばあそび
第16回 「おらほ」
第7回 辞書にない方言「おくしょい」の値打ち
第5回 信州人の好きなことば―「ずく」をめぐって―

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