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地域語の経済と社会 第347回 方言コレクション Dialect collection

2016年 2月 13日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第347回 方言コレクション Dialect collection

 この三省堂の方言シリーズエッセイでは,方言を経済的に活用する試みをたどってきました。実例は100年近く前からありました。戦前の方言絵はがきの桜井コレクション(第242回「名古屋の方言絵はがき Dialect picture postcards of Nagoya」第272回「方言絵はがき10万円 1000 dollars for dialect picture postcards」)が手に入り,インターネットで公開しました[注]。さらにその後もデータが増えました。大阪の絵はがきが圧倒的な多さです【図1】。

(画像はクリックで拡大)
【図1】大阪の方言絵はがき
【図1】大阪の方言絵はがき
【図2】『魅せる方言』の県別言及回数
【図2】『魅せる方言』の県別言及回数

 戦後(2000年まで)の方言グッズ報告例は,グラフとして拙著に載せてあります。九州,近畿,中部,東北などで,国土の中央と辺縁で多く見つかりました。方言イメージで情的プラスの地域と一致します。

 シリーズエッセイのエッセンスは,『魅せる方言』として刊行されました。索引から多くのことが読み取れます。県名(および旧国名)を地図にしてみました【図2】。ほぼすべての県から実例が集まりました。

 つまり21世紀に入って,方言が日本全土で経済的に活用されるようになったわけです。方言そのもののイメージが全国で情的プラスに転じたと考えられます。

 媒体も多様であることが分かりました。戦前・戦後は方言手ぬぐいのように観光客向けの買える方言が多かったのですが,平成になってからは,店名,施設名や方言メッセージのように買えない方言が目に付くようになりました。若者向けの娯楽ものが増えたことも注目されます。旅先で耳で方言を聞く機会が減ったのと反比例の形で,目で方言を見る機会が増えたわけです。

 この方言シリーズエッセイは350回を迎えたところで休載になります。第1回の2008年6月から2016年3月まで8年間続きました。開始当初は,《5人で分担して,できれば全部を集める》という野望を持ちましたが,無謀でした。全国にこれほど多いと思いませんでした。またこの8年間に増え続けるとは予測できませんでした。

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[注]http://www.urayasu.meikai.ac.jp/japanese/inoue/inouetop.htm

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『魅せる方言 地域語の底力』『ことばの散歩道』井上史雄(いのうえ・ふみお)
国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』『ことばの散歩道』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。2008年から長きにわたって、方言研究の第一線でご活躍中の先生方からリレー連載をしていただいておりました。350回にて休載となります。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

地域語の経済と社会 第342回 二つの方言学国際会議Methods 2017とSIDG 2018 Two International Congresses of Dialectology: METHODS 2017 and SIDG 2018

2015年 11月 28日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第342回 二つの方言学国際会議Methods 2017とSIDG 2018
Two International Congresses of Dialectology: METHODS 2017 and SIDG 2018

 2015年8月に北キプロスで方言学の国際会議(SIDG)がありました。日本は北キプロスを国家と認めていないので,公館もありません。IS(イスラム国)のテロや誘拐があっても保護を受けられません。幸いに平穏無事に終わりました。3年後の開催地は,会場ですぐに決まりました。バルト3国の一つ,リトアニアが引き受けてくれました。

【図1】リトアニア語の方言区画 Lithuanian Dialects
【図1】リトアニア語の方言区画
Lithuanian Dialects(画像はクリックで拡大)

 国際会議の報告でも,「リトアニア言語研究所では方言について学校向けのシリーズ本を出している」と言っていました。方言区画に応じて方言の解説書を14冊,CD付きで出すそうです。以前にリトアニアの方言区画を記したチョコレートをいただきましたが,そのチョコレートは大まかなものでした(第67回「世界唯一の方言チョコレート」)。Genovaitė KAČIUŠKIENĖさんの発表資料をいただきました。【図1】が方言区画です。低地方言(赤,黄)と高地方言(緑,青)とに大分類されるそうです。首都ヴィリニュスは地図の右下で,高地方言の東部方言(青)に属しますが,西部方言(緑)の影響も大きいとか。

 【図2】にヴィリニュス編の表紙を示します。これが14冊出そろうわけです。

【図2】リトアニアの方言解説書のうちヴィリニュス編“East Highlanders Vilnius Citizens”(2010)
【図2】リトアニアの方言解説書のうちヴィリニュス編
“East Highlanders Vilnius Citizens”(2010)

 人口300万人(静岡県ほど)の国で,方言解説書14冊の市場があるか,心配です。周囲の大国の圧力で,独立の国家を持つのに苦労した国です。リトアニア語の出版が禁じられた時期もありました。旧ソ連の自治共和国でしたが,1991年に独立して,今はユーロ圏です。国民の愛国心,国語愛が旺盛なのは当然です。だからこそ国家予算による企画が出るのでしょう。

 方言の扱い方は,国家によって,経済規模によって,違います。日本は,長い間ほぼ言語領域に応じた国家領域を保ってきました。人口も1億規模で経済力が豊かです。方言の概説書も民間の出版社で地方別,県別に出しています。方言グッズも各県にあることが分かりました(『魅せる方言』)。日本方言研究会という組織があり,機関誌『方言の研究』も刊行されました。世界的にみても研究活動の活発な国です。

 日本は,方言学の国際会議も引き受けます。方言学国際会議が二つあるうち,方言学方法論会議(Methods in Dialectology 16)が2017年8月7~12日に東京・立川の国立国語研究所で開かれます。2018年夏にリトアニアのヴィリニュスで方言学地理言語学国際会議(SIDG 9)が開かれます。北キプロスでは「日本の8月はベストシーズンですよ」と宣伝しておいたのですが,ジョークと思わなかった人がいたらどうしよう……。

 Methods in Dialectology 16 at NINJAL, Tachikawa, Tokyo, 7~12 Aug 2017.
 SIDG 9 (International Society of Dialectology and Geolinguistics), Vilnius, Lithuania 2018.

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『魅せる方言 地域語の底力』『ことばの散歩道』井上史雄(いのうえ・ふみお)
国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』『ことばの散歩道』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

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地域語の経済と社会 第337回 最古の方言看板? The oldest dialect signboard?

2015年 9月 19日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第337回 最古の方言看板? The oldest dialect signboard?

 今回は現段階で最古と思われる方言看板を紹介します。薬屋の看板に「しろなる」と書いてあります【図】。もともとは,大坂の浮世絵師長谷川光信画の狂歌絵本『絵本家賀御伽(かがみとぎ)』3冊(栗柯亭木端作)宝暦2年(1752)の中の図です。三谷一馬(2013)『江戸看板図聚』中央公論新社p.90からコピーしました(関係者の許諾をいただきました)。『日本名著全集江戸文芸之部』第30巻『風俗図絵集』(1929)の復刻図版で見ても,確かに「しろなる」と書いてあります。

(画像はクリックで拡大)
【図】「しろなる」
【図】「しろなる」

   色のしろなる薬
   面薬資清香
   右之外妙薬品々

 地理的に見ましょう。「白くなる」を「しろうなる」と言うのは,形容詞連用形のウ音便で,西日本一帯で使われます。「しろなる」はその短音化(短呼)で,近畿から北陸にかけてと,九州中央部に分布します。近世以降別々に発生したのでしょう。インターネットで「方言文法全国地図」で検索して,第3集の137図138図139図140図を見ると,分かります。印刷もできます。(「方言文法全国地図」へのリンク先はPDF)

 歴史的に見ると,形容詞連用形のウ音便は,平安時代から現れます。キリシタン宣教師ロドリゲスの『日本大文典』では,江戸時代初期の京都の標準的な言い方とされています。そのウ音便が短音化する現象は,近松門左衛門(1653~1725)の作品にもいくつか現れますから,江戸時代前期には生じていました。ただ,1756年以降の上方の小説類でも,一作品に数個程度しか出ません(村上謙2003)。1752年の看板は,かなり古い使用例です。

 ただし,方言という意識がなく使われたのかも知れません。看板では,公的な文章語を漢字で書くのが当たり前でした。今でも「白くて」でなく「白くって」と広告に書いたら,くだけた感じでしょう。ちなみに「方言文法全国地図」の138図では,「白くって」は北関東と福島県に現れます。1752年の看板の「しろなる」は今の「白くって」と同じ程度に口語的または俗語的だったでしょう。現代の東京に方言があり,若者が「ら抜きことば」や「じゃん」や「違かった」などの東京新方言を使うことを考えると,江戸時代上方の新方言が看板に現れたととらえていいでしょう。その意味で,気づいた限り最古の方言看板です。なお今のところ最古の方言番付は江戸時代後期の金沢の番付(第292回「最古の方言番付―金沢の江戸時代の刷り物―」),方言ネーミングによる最古の店名は1880年の「がんべ茶屋」です(第291回「がんべ茶屋~方言ネーミングのはじめて?」)。

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『魅せる方言 地域語の底力』『ことばの散歩道』井上史雄(いのうえ・ふみお)
国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』『ことばの散歩道』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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地域語の経済と社会 第332回 地方議会の方言―アホ・バカ分布再考―

2015年 7月 11日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第332回 地方議会の方言―アホ・バカ分布再考―
Dialect in local assemblies ―Reconsideration on distribution of AHO & BAKA (fool)―

 今回は,地方議会会議録を横断検索できる「地方議会会議録検索システム」を紹介します。新しいバージョンでは,使用状況が日本地図に示されます。地方差のありそうな単語で検索すると,数秒後に地図が出ます。その中の一つ「あほ」を紹介しましょう。他の言い方が混じらないように「あほな」「アホな」「阿呆な」で検索してみました。

(画像はクリックで拡大)
【図】地方議会会議録の「あほな」の出現頻度
【図】地方議会会議録の「あほな」の出現頻度

 地方議会のまじめな場面で使われるか心配しましたが,議員さんも結構くだけたことを言っているようです。「あほな」は645例見つかりました【図】。主に近畿地方で,「あほな質問しましたな」などと生き生きと活用されています。対抗馬「ばかな」は11,267例で,日本全国で使われます。「こんなばかな話はない」などと使われます。「たわけた」は41例。「たわけたこと言わんでください」などと,東海地方と中国地方で使われています。

 アホとバカは松本修『全国アホ・バカ分布考』(太田出版)で有名になりました。東西差と思われていたのですが,実は京都中心の方言周圏論があてはまるのです。全国に分布する様々な言い方は,文献に出た年代と比べると,年速1キロ前後で広がったと見られます。

 様々な言い方の一つ,ダボは,甲南大学の都染直也さんによると兵庫県加古川市周辺でほぼ年速1キロで広がりつつあるそうです。でも会議録には出てきませんでした。なお,某兵庫県民(特に名を秘す)は,以下のように書いています。

いくら兵庫県議会のヤジでも,「そんなあほなこと言うな」はスルーされるでしょうが,「何言うとんね,ダボ」は審議が一時中断する事態になるだろうと思います。

【写真】「平成播州ことば大番付」
【写真】「平成播州ことば大番付」

 アホは良い意味ではないので,商品に「買わせる方言」として使われることは少ないと考えられます。姫路の「平成播州ことば大番付」では,数が多いだけに,東方前頭(上から2段目4番目)に「あほんだら」が載っていました【写真】。「地方議会会議録」では高知県の引用例があるだけです。議員さんも使用を控えているようです。

 「地方議会会議録」は,インターネットで検索すると,たどりつけます。横断検索できる「地方議会会議録検索システム」は,全国の地方議会の議事録を集めたデータです。単語や文で検索でき,どこの誰が使ったかも分かります。使いたい方はhttp://local-politics.jp/の「連絡先」から木村泰知さんにご連絡ください。

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国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』『ことばの散歩道』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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地域語の経済と社会 第327回 方言のあいさつと方言イメージ―NHK 21世紀のことば―

2015年 5月 2日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第327回 方言のあいさつと方言イメージ―NHK 21世紀のことば―
Dialectal Greetings and Dialect Image ―Words for 21st Century by NHK―

 今回はNHKが2000年から2001年にかけて放送した『21世紀に残したいふるさと日本のことば』を見直します。そのときに各局で集めたふるさとことばの集計データがあります。各県の第1位のことばを見ているうちに、「おおきに」〔ありがとう〕が近畿地方の多くの府県で1位であることに気づきました。他の地方では、具体的な物や動き、感情をさすことばが1位になります。たとえば「あずましい」〔心地よい、英語のcomfortable〕が北海道と青森県で、「おっぺす」〔押す〕が埼玉県と千葉県で、「よだきい」〔大儀な、面倒な〕が大分県と宮崎県で1位です。

(画像はクリックで拡大)
【グラフ】県ごと上位5語に占めるあいさつの割合
【グラフ】NHK「21世紀に残したい
ふるさと日本のことば」の
県ごと上位5語に占める
あいさつの割合
【写真】大阪の方言お菓子
【写真】大阪の方言お菓子

 第1位だけだと単語の数が少なすぎます。第5位までの単語を集計しました。都道府県ごとに5語のうち何語があいさつなのかを計算したら、見事な結果が出ました。6地方に分けて、平均値を示します【グラフ】。近畿地方は2.9。つまり1県5語のうち3語近くがあいさつです。「おおきに」以外に「まいど」「おいでやす」「おはようお帰り」〔行ってらっしゃい〕、「よろしゅうおあがり」〔お粗末さま=ご馳走さまへの返事〕などが上がっています。

 日本の両端は柱が少し高く、東北・北海道は5語のうち平均1.1語、九州は平均0.8語です。東北・北海道は「おばんです」〔今晩は〕、九州は「ありがとう」にあたる言い方が上がっています。しかし関東は平均0.3語で、上位5語の中にほとんどあいさつが出て来ません。方言というと人の心を結び付ける働きを思い浮かべる関西人と、(標準語・共通語を基準に)事物をさす単語の違いを考える関東人との、違いが表れたとも言えます。もっとも、関東のあいさつは方言的特徴が少ないためもありますが。なお中部は平均0.8語、中四国は0.6語でした。

 方言イメージは知的イメージと情的イメージに分けられます。情的イメージが高いのは東北地方と近畿、九州などで、あいさつの方言が上位になる場所と一致します。方言グッズも、日本の真ん中と両端に多く見られます。方言について情的プラスイメージを抱いている土地では、人に接するときのあいさつと方言が結びつき、方言グッズも多く作られると考えられます。方言はコミュニケーションの情的部分をになうのです。

 関西のあいさつことばは、このシリーズでも何度か登場しています【写真】。方言グッズや方言看板などをたくさん集めると、規則性が見つかるのです(→『魅せる方言 地域語の底力』)。継続は力なり。

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地域語の経済と社会 第322回 中国の方言絵はがき―南京方言明信片― Dialect Picture Postcards in China A Postcard of Nanjing Dialect

2015年 2月 21日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第322回 中国の方言絵はがき―南京方言明信片
― Dialect Picture Postcards in China A Postcard of Nanjing Dialect

 これまで海外の方言グッズを紹介してきました(→『魅せる方言 地域語の底力』第3部)。中国では漢字を使うので、方言をどう表わすのか、見当がつきませんでした。2014年秋に南京で方言絵はがきを見つけて分かりました。大きく書いてある漢字で南京のことばを示し、小さい漢字でその意味を説明しています。漢字でも方言を表わせるのです【写真1】。

(画像はクリックで拡大)
【写真1】中国の方言絵はがき(全体)
【写真1】中国の方言絵はがき
(全体)
【写真2】中国の方言絵はがき(左から3行目の拡大画像)
【写真2】中国の方言絵はがき
(左から3行目の拡大画像)

 【写真2】は【写真1】の左から3行目を拡大したものです。大きい字の「意怪」の右に小さい字で「不舒服」と書いてあります。「不舒服」をインターネット翻訳サイトで中国語から日本語に訳すと「具合が悪いです」という文が出ます。「意怪」を中国語から日本語に訳すと「意は奇妙です」という文字通り奇妙な文が出ます。南京方言の「意怪」は北京語(普通話)とまったく違う表現なのです(長沙方言では「性格が悪い」の意味で使うそうです)。

 その下の簡体字「阿吃过啦」の右に小さく書いてある「吃饭了吗」(=吃飯了嗎)は、普通話で「おはよう、今日は」にあたるあいさつです。「チーファンラーマー」と発音され、直訳なら「ご飯を食べたか」です。「阿吃过啦」(=阿吃過啦)を北京語(普通話)で読むと「アーチーグオラー」になります。南京ではこう言うのでしょう。こんなに違っては、南京方言は北京で通じないでしょう。

 ほかのことばは、小さい字の北京語の単語の意味も分からないし、大きい字の南京方言も分かりません。専門の人に任せましょう。

 これで中国にも方言絵はがきがあることが分かりました。思いついて、インターネットで検索してみました。翻訳ソフトで「絵はがき」を中国語に訳すと、「明信片」です。この文字をコピーアンドペーストして、Yahooの画像検索で「明信片」「中国」「方言」を入力すると、たくさん出ます。

 検索ソフト中国版の「百度」baiduを使うと、もっとたくさん出てきます。「明信片」「方言」の文字をコピーアンドペーストして検索し、上端ツールバーの「图片」(=図片)をクリックすると実物画像が出ます。多くは発音をローマ字(拼音ピンイン)で示してあります。例えば「南昌方言」では簡体字の「客気」にkei qiと声調記号(四声)が付いて、発音が分かります。絵で意味が分かります。ほかにも方言を記したライター、ブローチ、トランプなどの画像もありました。またかつては方言撲滅の時代があり、中立的記述の時代を経て、今は方言娯楽の時代に入りつつあることも読み取れました。日本語と同じです。

 この翻訳+検索の方法を使うと、他の言語でも、方言絵はがきや方言グッズが見られます。インターネットのおかげで、昔はできなかったことが可能になったのです。皆さんも試してください。(中国語については甲南大学都染直也教授、日経リサーチ江源氏のご指導をいただきました)

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(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『魅せる方言 地域語の底力』『ことばの散歩道』井上史雄(いのうえ・ふみお)
国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』『ことばの散歩道』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

* * *

【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

* * *

この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

地域語の経済と社会 第317回 強調語の新方言 企業秘密のデータ New dialect of emphasizing expressions  Data of trade secret

2014年 12月 6日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第317回 強調語の新方言 企業秘密のデータ
New dialect of emphasizing expressions  Data of trade secret

 方言は近頃色々な場面で活用されています。これまでだれも思いつかなかった場面で商業的に使う試みがありました。でも,企画だけで終わって世に出ませんでした。方言をこんなところに使うと有効だという見本で,韓国では類似企画が実現して,若者が楽しんでいるのに……。実現しなかったとはいえ,一応企業秘密です。データ全部を公開すると何のために集めたかが分かってしまいますので,例文の一部だけを(許可を得て)紹介します。共通語なら「とても きれいな花が 咲いてるね」になるでしょう。全国の都市の若い人の言い方に翻訳したものです。

【写真1】 山口県山口市のお菓子の「ぶち」1994年入手
【写真1】山口県山口市のお菓子の「ぶち」
1994年入手

 なんぼか きれいな花が 咲いてるわ 札幌
 いらぐ きれいな花が 咲いったっちゃ 仙台
 すっげー きれいな花 咲いてっろ 新潟
 どえらい きれいな花が 咲いとるね 名古屋
 めっちゃ きれいな花 咲いてんなあ 大阪
 ぶち きれいな花が 咲いとるの 広島
 こじゃんと きれいな花が 咲いちゅうね 高知
 ばり きれいな花の 咲いとーね 博多
 しーに きれいな花 咲いてるさぁ 沖縄

 「とても,大変」にあたる強調表現は,土地ごとに違います。「うまい棒」というお菓子では各地の方言を使った御当地限定版を作っていて,東北は「いぎなり」(第56回「方言付きの食品」『魅せる方言』三省堂p.149参照。),関西は「めっさ」,九州は「ちかっぱ」(力一杯から)です。上の例文とあまり一致しません。新しい言い方が各地で再生産されるからです。

 説明を補いましょう。札幌は「なまら」が有名で,若い人には「なんまら」「なんま」が広がっています。名古屋の「どえらい」は「どえりゃあ,でら」とも言われます。広島では「ぶち」が使われていますが,山口県から広がったと言われます。1994年の山口県のお菓子が証拠になりそうです【写真1】。

 詳しくは,インターネットの「新方言辞典」で検索すれば分かります(新版『辞典〈新しい日本語〉』(東洋書林)は図書館か書店でご覧ください)。
 「新方言辞典稿・インターネット版」(1996年版) http://triaez.kaisei.org/~yari/Newdialect/

 例文の「ている」の部分にも「ね」の部分にも色々な違いがあります。方言は花園に例えられます。かつては様々な花が咲き誇っていました。今は共通語という芝生におおわれかけていますが,まだまだ生命力があって,若い人の間に別の花が咲いているのです。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『ことばの散歩道』『日本語ウォッチング』井上史雄(いのうえ・ふみお)
国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』『ことばの散歩道』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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【編集部から】
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地域語の経済と社会 第312回 お菓子の外来語―新潟市のロシア語 Loanwords of cakes — Russian language in Niigata City

2014年 9月 27日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第312回 お菓子の外来語―新潟市のロシア語
Loanwords of cakes — Russian language in Niigata City

 今回は地域と結び付いた外来語が使われたみやげを取り上げます。1980年代に新潟駅ビルのみやげもの店で入手したお菓子二つを紹介しましょう。

(画像はクリックで全体表示)
【写真1】
【写真1】「はらしょ」
【写真2】
【写真2】「すぱしーぼ」

 まず「はらしょ」【写真1】。ひらがなとロシア文字で記してあります。「すばらしい」「ワンダフル」の意味です。「ハラショー」は、終戦後厳しいシベリア抑留生活を経験した人が、引き揚げで日本に持ち帰ったロシア語です。

 「すぱしーぼ」【写真2】もひらがなに小さなロシア文字が添えてあります。「ありがとう」という意味です。こちらは、各国の感謝のあいさつが並べられるときに使われます。

 この2種類、21世紀に入ってからは見かけません。「はらしょ」の発売元丸屋本店にメールで問い合わせたら、「販売開始は1964年頃から」で、「以前のトヨ型の形状から、小型羊羹に」変えて、作り続けているそうです。一方「すぱしーぼ」を出した香月堂は2009年に閉店したそうです。写真は、レアものです。中身を入れたまま冷凍庫で保存していたら、超レアものでしょうが。

 昔は新潟とロシアのハバロフスクを結ぶ空路がありました(今は夏だけです)。ハバロフスクからシベリア鉄道に乗り継いでモスクワまで行くのが安いルートでした。また1990年前後にはロシアの船員が新潟港で中古車買い付けをすることもありました。ロシアと交流があったおかげで、新潟市内の観光案内板でも日英中韓以外にロシア語が使われることがありました。この動きを経済的に活用したのが、上のお菓子2種です。

 なおShunsuke Ogawa (2010)の以下の論文には、九州の外来語みやげが載っています。

On the decay, preservation and restoration of imported Portuguese Christian missionary vocabulary in the Kyushu district of Japan since the 16th century(http://kuscholarworks.ku.edu/dspace/bitstream/1808/7333/1/SC.2010.1.150-161.pdf)(PDFファイルが開きます)

 「クルス」「バテレン」「ザビエル」で、江戸時代以前の日欧交流を反映したものです。日高貢一郎さんの私信によると、九州各地と山口県に類例があります。かつての開港地函館には「トラピストクッキー」があります。横浜と神戸にもきっとあるでしょう。

 このシリーズのテーマは「言語経済学」です。その実用講座が11月10日に開かれます。日本で(世界で?)はじめての試みです。この三省堂のシリーズ「地域語の経済と社会」がきっかけになったものです。以下のウェブページをご覧ください。

日経ビジネススクール:ビジネスに活かせる「多言語化社会」対応講座~訪日観光客2000万人時代の経済言語学~ 案内ページへ(http://www.nikkei-nbs.com/nbs/seminar/141110Ld.html)

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『ことばの散歩道』『日本語ウォッチング』井上史雄(いのうえ・ふみお)
国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』『ことばの散歩道』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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地域語の経済と社会 第307回 古語に近い方言:奄美・沖永良部島 A dialect similar to Classical Japanese: Okinoerabu Island, Amami

2014年 7月 19日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第307回 古語に近い方言:奄美・沖永良部島
A dialect similar to Classical Japanese: Okinoerabu Island, Amami

 このシリーズでまだ扱われていない場所は,たくさんあります。その一つ,沖永良部(おきのえらぶ)島は,鹿児島県の奄美大島の南にあります。若い人は元々の方言を話さなくなり,今の内にと,数人の研究者が記録しています。地元の人も方言の価値を見直して,色々な機会に書き記し,活用しています。

(画像はクリックで全体表示)
【写真1】
【写真1】
【写真2】
【写真2】

 研究者徳永晶子さん提供の画像を見ましょう。

 【写真1】は,「飲んだら乗るな 乗るなら飲むな」にあたる標語です。「ぬみばぬんな ぬりばぬむな」は,直訳すると「飲めば乗るな 乗れば飲むな」です。近代仮定表現の「なら」「たら」を使わない,古語に近い表現です。なお第136回「大雪に負けない方言看板と方言メッセージ」に「飲んだら乗るな」の写真があります。

 【写真2】は「みへでぃろ」で「ありがとう」の意味です。沖縄(首里)方言では「にふぇーでーびる」です。語源は「二拝」でなく「御拝」(みはいで はべる)だと言われているので,沖永良部の発音のほうが語源に近いわけです。

 こんなふうに,街角の方言景観からも色々なことが読み取れます。店名や歓迎看板やポスターなどは,インタ-ネットの画像検索で「沖永良部 方言」などとキーワードを入れることでも,確かめられます。いずれも新しそうなものばかりです。

 実は半世紀近く前の貴重な資料があります。サラ・アン・ニシエ『沖永良部島芦清良村の方言の研究』(Sarah Ann Nishie (1968) Asikiramuni : Studies of a Ryukyu Dialect)という日本語・英語バイリンガルの貴重な方言辞典です。このたび以下のサイトで公開されました。

     http://innowayf.net/

 沖永良部島芦清良村の方言の研究(サラ・アン・ニシエ)から、[DOWNLOAD]をクリックすると資料(PDFデータ)をダウンロード・閲覧できます。

 PDFですから,紙より便利です。PDF閲覧ソフトのメニューから「検索」を選び,つづりを入力すると,目的の語に飛べます。この方言辞典では、日本語と英語から沖永良部方言をたどれます。例えば「美しい」で検索すると,

kjurasaN* adj. 美しい beautiful

の行が出てきます。キュラサンですから,沖縄のチュラサンよりも,古語の「清らさあり」に近いことが分かります。

 日本各地の方言は消えつつあります。まさか,方言の話し手を保存して博物館に飾るわけにはいかないので,今できることは,記録です。インターネット公開がお勧めです。どこで使われているかが,検索ですぐに分かるからです。方言の記録と公開は,だれでもできる学問的社会貢献です。

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『ことばの散歩道』『日本語ウォッチング』井上史雄(いのうえ・ふみお)
国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』『ことばの散歩道』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

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皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
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地域語の経済と社会 第302回 手拭の新方言 “めっこい”―山形県庄内方言の変容―New dialect “Mekkoi” on a towel — Change of Shonai dialect in Yamagata —

2014年 5月 10日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第302回 手拭の新方言 “めっこい”―山形県庄内方言の変容―
New dialect “Mekkoi” on a towel — Change of Shonai dialect in Yamagata —

 このシリーズでは、地域語(方言)が文字に記された例がたくさん扱われています。今回は方言みやげの古典的な例、方言手ぬぐいをとりあげましょう。方言手ぬぐいに取り上げられることばは、大部分が古めかしいもので、若い人が耳にしたことのない単語が並んでいます。ところがそのなかに、方言の変化を示す新しい言い方も混じっているのです。

【写真1】山形県庄内地方の方言手ぬぐい
【写真1】山形県庄内地方の方言手ぬぐい
(クリックで全体を表示)

【写真2】鶴岡市の子ども一時預かり施設
【写真2】鶴岡市の子ども一時預かり施設

 1970年代の山形県鶴岡市の方言手ぬぐいでは、「めっこい」(可愛らしい)が使われています【写真1】。写真の上の段、真ん中あたりです。ところが山形県鶴岡市の子ども一時預かり施設は「めんごい」と名乗っています【写真2】。どうして2種類あるのでしょう。

 「めんごい」の語源は、古語の「めぐし」(かわいい)です。江戸時代の東北地方の方言集には「めごい」という古語に近い発音のことばが載っています。方言調査の結果によると、山形県庄内地方では、その発音が少し変化した「めんごい」を使っていましたが、戦後「めっこい」という言い方が広がりました。つまり新古関係なのです。「新方言辞典稿・インターネット版」参照。http://triaez.kaisei.org/~yari/Newdialect/nddic.txt

 数年前に秋田県でも「我が家のMEKKOI写真展」という広告を見つけました。

 東北地方で「かわいい」を「めんこい」ということは、戦前の童謡「めんこい仔馬」で知られるようになりました。先日東北道のサービスエリアで方言グッズを探していて、山形県と福島県で「麺恋手」(めんこいて)というコースター(または小さい鍋敷き)を見つけました。

 山形県庄内地方で「めんごい」から「めっこい」に変わったのは、東北地方に広い「めんこい」の影響を受けたのかも知れません。今でも「新方言」が誕生して、方言グッズの中で生き生きと使われているのです。

 また方言手ぬぐい【写真1】の下の段の真ん中あたり、「がんぽ」(耳が聞こえない)も方言の変化の例です。江戸時代の鶴岡の方言集に「きんか」と書いてあり、明治の方言集には「がんぽ」と書いてありますから、100年ほど前に入れ替わったのでしょう。

 方言というと大昔から変わらないととらえられることが多いのですが、いつの時代にも少しずつ変化しているのです。今でも新方言を生みだしています。新方言の例は以下でも扱われています。

第82回 新潟弁の方言カルタ―新方言「なまら」の使い方 (なまら)
第92回 “ウザイ”新方言のコマーシャル (うざい)
第117回 北海道の方言みやげ―新方言「なまら」の増殖 (なまら)
第209回 なりすましの方言「めっちゃんこ」 (めっちゃんこ)

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