Please Mr. Postman(1960/全米No.1)/マーヴェレッツ(1960-1970)

2014年 2月 19日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌詞物語~ 第116回

「Please Mr. Postman」収録LP

●歌詞はこちら
http://www.lyricsmode.com/lyrics/m/marvelettes/please_mr_postman.html

曲のエピソード

1960年代、ガール・グループスは熱かった。全米No.1ヒット曲数の記録を未だに他の女性グループに破られていないシュープリームスが人気の絶頂を迎えたのは1960年代半ばのことだが、その5年も前に全米チャートの頂点に立ったグループがいた。それが、シュープリームスより約5年前から大ヒットを飛ばし、共に所属するレーベルのモータウンにおいては“No.1ガール・グループ”の名をほしいままにしたマーヴェレッツである。売れるまでに時間が掛かったとは言え、シュープリームスの勢いは止まらなかった。一方、マーヴェレッツはデビュー曲の「Please Mr. Postman」でいきなり全米チャートを制覇するも、その後は人気が緩やかに下降していってしまい、1971年には約10年の活動期間に終止符を打つ。モータウンがお膝元のデトロイトからL.A.へと本格的に拠点を移すのは1971年だが、その前年にマーヴェレッツが解散してしまったことは、やはりひとつの時代が終わったのを象徴していたのだろう。後年、マーヴェレッツのメンバーのひとりは、「彼女たち(シュープリームス)がいなかったら、私たちがモータウンのナンバー・ワン女性グループでいられたのに」――が、その“礎”を作った彼女たちの功績もまた、シュープリームスのそれに引け目を感じる必要が全くないほど大きかったと筆者は思う。

他愛のない歌詞である。郵便配達の男性(その女性から見れば“郵便配達のおじさん”だろう)に向かって、「今日も彼から私宛の手紙は届いてないの?」と、毎日のように家の前で待ち構えて問い掛けているのだ。郵便配達人の表情は行間に描かれていないため、相手がどんな風に受け止めているのかは窺い知れないが、十中八九、うんざりしていることだろう。それでも彼女はやめない。何故なら、彼女の目には、目の前にいる郵便配達人の男性の姿は入っていないから。彼女がその両目で受け止めたい画像は、“愛しい人からの私への手紙”なのである。嗚呼、可愛らしい。

カーペンターズのカヴァー(1974/全米No.1)によってこの曲を知った、という世代が圧倒的に多いと予想されるが、今から40年前の1974年でも、まだしもこの曲の歌詞に共鳴する人々が少なくなかったのだろう。何しろパソコンも携帯電話も、FAXでさえもなかった時代なのだから。曲の主人公が恋する男性がどのぐらいの距離のところに離れていってしまったのか、どうして今、彼女の側にいないのか、など、謎の多い歌詞ではある。“謎”というのは大袈裟で、じつはその辺りがほとんど描写されていない。ために、相手の男性像が非常に描きづらく、筆者は今でもその姿がぼんやりとしか浮かんでこない。

毎日毎日、家の玄関の前で郵便配達人を待ちながら、愛しい人からの手紙の到着をひたすら待ち焦がれるひとりの少女。その切なる思いは報われるのだろうか?

曲の要旨

ちょっと待って、郵便配達さん! その配達物を入れたバッグの中に、私宛の手紙が入ってないかどうか、よーく見てみてちょうだい。私の愛しい恋人から最後に便りがあったのはもう随分と前のことなのよ。だからこうして日がな一日、ここでずっとあなたが来るのを待って、私宛の手紙、カードでもいいわ、そのどちらかが届いてないかどうか確かめてるのよ。

1960年の主な出来事

アメリカ: ジョン・F・ケネディがニクソンを破って第35代大統領に当選。
日本: 社会党委員長の浅沼稲次郎が暗殺中に壇上で暗殺される。
世界: アフリカで計17カ国が独立。

1960年の主なヒット曲

Stuck On You/エルヴィス・プレスリー
Everybody’s Somebody’s Fool/コニー・フランシス
I’m Sorry/ブレンダ・リー
Itsy Bitsy Teenie Weenie Yellow Polkadot Bikini/ブライアン・ハイランド
The Twist/チャビー・チェッカー

●Please Mr. Postmanのキーワード&フレーズ
(a) some word
(b) pass someone by
(c) you know it’s been so long

鍛え抜かれた心身を極限まで使い尽くし、世界の頂点を目指す冬季オリンピック・ソチ大会がそろそろお開きになろうとしている。よく見聞きするのは“~選手への応援メッセージを送りましょう”。“応援メッセージをお送り下さい”ではなく“送りましょう”。つまりこの番組を視聴しているあなた自身がお好きな手段でどうぞ、というわけである。例えば1970年代、好きになった海外のアーティストに自分の思いを伝えたい、と思ったなら、ファン・クラブか所属レーベルに手紙を送るのが一般的な手段だった。たった今ここで、“あなたの新譜が素晴らしい!”と相手に伝えるのは不可能な時代だったのである。だからこそ、手紙の一文字一文字にも思いを込めただろうし、英文を綴る際にも辞書と首っ引きになったであろう。筆者は時々、あの時代がたまらなく懐かしくなる。

一分一秒でも早く。その気持ちが急いて、彼女は家の中にじっとしていられない。郵便配達人とは毎日のように顔を合わせているから、自分の家の前をだいたい何時頃に通るのかを彼女はちゃんと知っていた。よしんば知らなかったとしても、彼女はずっと待ち続けたことだろう。昔から、“便りのないのは良い知らせ”などというが、それにしても来ない。何も言ってこない期間が余りにも長い。「今日は何か言ってきても良さそうなものなのに…」。その「何か」が(a)である。例えばそれが、以下のように勝手に想像してみた様々な一行でもいい。

♪I miss you.
♪I’ll be home soon.
♪I love you.

ところが彼女にはその(a)すらも届かないのである。焦る。

しまいには何の落ち度もない郵便配達人に向かって文句を言ってみたい衝動に駆られてしまう。(b)は「~の側を通り過ぎる」だが、筆者にはここのフレーズが「何回も“黙って”私の方を通り過ぎたわね」という恨み節に聞こえる(苦笑)。郵便配達人からすればいい迷惑だが、恐らくは、なるべく彼女と顔を合わさないようにしてそこを通り過ぎたのだろう。

そして両者はいつの間にか親しくなる。そりゃあなるわな、これだけ毎日のように顔を合わせてりゃ。(c)で肝心なのは“you know”。あってもなくてもいいのだが、ここはやはりあった方が彼女の気持ちを代弁している。「最後に便りがあってから随分と経つってこと、郵便配達人さんだって“知ってるでしょ”」。(c)のフレーズを歌う主人公には、最上級の苦笑いを浮かべてもらいたい。そして郵便配達人も終いには彼女に同情するようになる……か、どうかは判らないけれど。

歌われているのはたったひとつのこと。「彼からの便りが来ない」。ただこのことを言いたいがために、この1曲は完成をみた。仮に筆者が「恋人からの手紙の到着を今か今かと待ってる女性を主人公にして曲を作ってみてよ」と言われたら、とてもここまでの展開を思い浮かべることはできない。現代人とは時間軸が数時間どころか数週間もズレてしまっているからだ。恋人からの便りのありがたみ。それは、瞬時に届こうが数週間の船便で届こうが、相手を恋焦がれる気持ちがあれば同じ……と言いたいところだが、筆者はやはりそこに温度差を感じてしまう。相手の男性は、そんな彼女が懊悩する様子を知ってか知らずか、未だに手紙をくれない。心変わり? そもそも、この男性はどこに何をしに行っているのか? それさえもはっきりとしないぼんやりとした全体像。なのに曲をくり返して聴いているうちに、「いい加減に手紙を書いてあげなさいよ」と相手の男性に向かって言ってやりたい衝動に自分がいることに気付く。やきもきしつつ。

「速達でーす!」も年に一度あるかないかの今の時代。それでも“速達”という手段はまだ残っているじゃないか、ねえ、この曲に登場する“誰かさん(=主人公の恋人)”と、彼に言ってやりたい。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。


I’m Not In Love(1975/全米No.2,全英No.1)/10cc(1972-1983)

2014年 2月 12日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌詞物語~ 第115回

10cc「I'm Not In Love」日本盤シングル

●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/im-not-in-love-lyrics-10-cc.html

曲のエピソード

10ccはイギリスのマンチェスターで結成された4人組のロック・バンドで(英語圏では“Art-rock band”と呼ばれることもある)、その後、解散→再結成を経て今も活動中。10ccとして活躍し始めたのは1972年からだが、それ以前に別名で既にレコード・デビューを果たしていた。本国イギリスでは10ccとしてデビューした当初からヒット曲が続いたが、アメリカでの初ヒット曲はこの「I’m Not In Love(邦題はカタカナ起こし)」である。

ヴォーカル兼ギター担当のエリック・スチュワート(Eric Stewart)が自分の妻に対して「“愛してる”とくり返し言っても何の意味にもならない」と言ったことがこの曲のアイディアのもとになった、というのはつとに有名なエピソード。また、もうひとつ有名なエピソードとしては、この曲をレコーディング中にスタジオの秘書として働いていた女性のキャシー・レッドファーン(Kathy Redfern)が曲の途中で聞かれる、耳に残る女性の囁きの声を担当したという話がある。レコーディングには、時としてそうした偶然が走行することがあるが、この曲もその例に漏れないと思う。

曲の要旨

俺は恋なんかしちゃいない。そんな風に口にする今の俺がちょっといつもと違うってことを憶えておいてくれよ。俺が君に電話をしたからといって、俺が君の虜になったと勘違いしないでくれ。君に会いたいとは思うけれど、だからといって、君は俺にとってそれほど大切な存在じゃないんだ。とにかく俺は誰にも恋をしてないんだよ。それでも君はずっと俺のことを待っててくれるんだろうね。

1975年の主な出来事

アメリカ: ウォーターゲート事件の裁判で判決が下る。
日本: 沖縄県の本土復帰を記念する沖縄国際海洋博覧会が開幕。
世界: イギリス保守党がマーガレット・サッチャーを同党初の女性党首に選出。

1975年の主なヒット曲

Have You Never Been Mellow/オリヴィア・ニュートン=ジョン
(Hey Won’t You Play) Another Somebody Done Somebody Wrong Song/B・J・トーマス
Before The Next Teardrop Falls/フレディ・フェンダー
Thank God I’m A Country Boy/ジョン・デンヴァー
Island Girl/エルトン・ジョン

I’m Not In Loveのキーワード&フレーズ

(a) Don’t get me wrong.
(b) ~ mean(s) much to someone
(c) big boys don’t cry

中学時代、クラスメイトの男子がこの曲が収録されているLPを貸してくれた。そして思わせぶりに「グループ名の意味、知ってるか?」と筆者に訊ねたのである。これも有名なエピソードだが、その男子ニヤニヤしながら言うには「メンバー4人の精子の量を合わせると10ccだからさ」とのこと。筆者はギョッとしつつも、それをずっと信じていた。今ではそれが作られたエピソードであることが広く知れ渡っているが、筆者にとっては忘れられない出来事である。

また、当時、借りたLPは日本盤で歌詞カードが掲載されていたのだが、筆者には内容がちんぷんかんぷんだった。一体、この曲の主人公の男性は何を言おうとしているのか。例えば(a)のフレーズ。これは洋楽ナンバーの歌詞にも頻出するし、日常会話でもしょっちゅう用いられる言い回しで「誤解しないで」という意味だが、この男性は相手の女性に電話をかけておきながら、彼女の心を傷つけるようなことを平気で言ってのけるのである。中学生当時、ここのフレーズも不可解でならなかった。“だったら電話しなきゃいいのに”と思ったものである。後年、この曲が誕生するきっかけを知り、何となくこれは“夫婦の倦怠期の曲ではないか”と考えるようになった。中学時代には、「倦怠期」という日本語さえ知らなかったし。当時は洋楽ナンバーに関する情報が少なく、拙い英語力で歌詞カードとにらめっこしながら、何とかその意味を汲み取ろうとするしか他に術がなかった。

(b)も洋楽ナンバーにはそれこそ数え切れないほど登場する言い回しで、「~は~にとって大切だ、かけがえのない存在だ」という意味。(b)を含む箇所もこれまた不可解で、主人公の男性は相手の女性に「会いたい」と言いつつも、相手の女性がそれほど大切な存在じゃないという。だからと言って、このふたりは友人同士ではなく、歌詞から察するに、明らかに恋人同士なのだ。結局は男性の愛情が冷めた、ということなのだろうか……? それにしては、歌詞のそこここに未練も感じられるのだが……。じつを言うと、今に至っても筆者はこの曲の歌詞の真意を掴みかねている。当時、あれだけ大ヒットしたのだから、恐らく大勢の人々が歌詞に共感したのだろうが、そのほとんどが男性だったのではないか、と勝手に推測してみた。みなさんはいかがでしょう?

問題は曲のエピソードで触れた(c)である。仮に10ccがこの曲のレコーディング中に近くに例の秘書の女性が居合わせなかったなら、ここの箇所はどうなっていたのだろう? しかもこの女性の囁きは唐突でさえある。これとやや似た表現で洋楽ナンバーに決まり文句のようによく出てくるのが以下のフレーズ。

♪A man ain’t supposed to cry.(男は泣くもんじゃない)

(c)は女性が大人の男性=big boysに向かって「大人なんだから泣いちゃダメ」と言っているのだが、この曲の主人公に言っているとしたなら、何故に彼は泣いているのだろう? 彼女との関係がうまくいかなくなったから……? それとも、歌詞に関係なく、この“囁き”を挿入することで、リスナーたちの耳を惹きつけようとしたのかも知れない。しかも(c)は何度もくり返されているため、いやが上にも耳に残る。

中学時代、この曲を初めて聴いた時には、タイトルから勝手に“失恋の曲”だと思い込んでしまっていた。クラスメイトの男子から借りたLPに付随する歌詞カードをじっくり読みながら、辞書と首っ引きで自分なりに理解しようと努めても、それほど難しい単語が出てくるわけではないのに、結局は歌詞全体の意味を汲み取れないままに終わってしまったことが今もって口惜しい。今でもふとどこかでこの曲を耳にすると、中学時代の苦い思い出が蘇るのである。しかしながら、耳にはとても心地好い曲調だ。今にして思えば、そのメロディの流麗さと歌詞とのギャップが当時の人々の心を捉えたのかも知れない。やっぱり“倦怠期”がテーマなのかなあ……。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。


Hey Paula(1963/全米No.1,全英No.8)/ポールとポーラ(1962-1965)

2014年 2月 5日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第114回

Hey Paula(日本盤シングル)

●歌詞はこちら
http://www.oldielyrics.com/lyrics/paul_and_paula/hey_paula.html

曲のエピソード

実際には1962年の暮れにリリースされたシングルだが、ヒットしたのは翌1963年であるため、1963年のヒット曲という扱いにした。作詞作曲したのはポールことレイ・ヒルデブランド(Ray Hildebrand/1940-)で、ポーラことジル・ジャクソン(Jill Jackson/1942-)共に、当時まだ大学生だった。たまたま地元のラジオ局が“The American Cancer Society(全米ガン協会、もしくは学会、とでも訳せばいいだろうか)”のために歌ってくれるリスナーを募集し、レイとジルが「Hey Paula」を披露したところ、レコード契約を得るチャンスに恵まれたという。当初はRay & Jillというアーティスト名だったが、曲名に合わせてPaul & Paulaに変更した。

男女のデュエットは数多くあるが、これはポップス史上における忘れ難い1曲で、恐らく筆者が生まれて初めて聴いた洋楽ナンバーの男女デュエットだったと思う。また、日本でも、田辺靖雄&梓みちよの両氏による日本語ヴァージョンがリリースされており、そちらのヴァージョンも幼い頃に懐メロ番組か何かで耳にした記憶がある。歌い出しからして、一度聴いたら忘れられない印象深いデュエット・ナンバーだ。筆者のデュエット好きは、もしかしたらこの曲から始まったのかも知れない。ちなみにこの曲は、R&Bチャートでも2週間にわたってNo.1の座に就いている(全米チャートでは3週間/ゴールド・ディスク認定)。また、このデュオには、「Young Lovers」(1963/全米No.3)という大ヒットもある。活動期間が短かったのがいかにも残念だ。

曲の要旨

ポーラ、君と結婚したいんだ。他の女性じゃダメなんだよ。早く学校を卒業して君と結婚できる日を待ち望んでいるのさ。もうこれ以上は待てないよ。ポール、あなたのような男性が現われてくれるのを待っていたの。私もあなたと結婚したいのよ。私を本気で優しく愛してくれるのなら、私たちの愛は永遠に真実のものよね。真剣に愛し合えば、ふたりで未来図を描けるわ。ふたりの願いが叶いますように。

1963年の主な出来事

アメリカ: 公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・Jr.が統率したワシントン大行進が行われ、有名な演説“I Have A Dream”が披露される。
第35代大統領ジョン・F・ケネディがダラスで暗殺される。
日本: 東京都内で、当時4歳だった男の子が誘拐され(世に言う“吉展ちゃん誘拐殺人事件”)、日本中を震撼させる。
世界: 南ヴェトナムでクーデターが勃発し、ゴ・ディン・ジェム大統領が暗殺される。

1963年の主なヒット曲

Walk Right In/ザ・ルーフトップ・シンガーズ
I Will Follow Him/リトル・ペギー・マーチ
Sukiyaki/キュー・サカモト(坂本 九)
My Boyfriend’s Back/エンジェルス
Finger tips ― Pt. 2/リトル・スティーヴィー・ワンダー

Hey Paulaのキーワード&フレーズ

(a) no one else will ever do
(b) can’t wait no more
(c) the whole day through

俗っぽい言い方をするなら“ラブラブのデュエット・ナンバー”である。いきなり「結婚したい」というフレーズが飛び出すし、ふたりの未来はどこまでも明るい。興味深いのは、曲の内容に合わせてアーティスト名を変更した点。もしこれが当初のアーティスト名のレイ&ジルだったなら、ここまで大ヒットしただろうか? 彼らの本名を知らなかった当時のリスナーたちは、このふたりの本名をPaul,Paulaだと思い込んでいたに違いない。実は幼少期の筆者もご多分に漏れずそうだったから。

単純な歌詞のようにみえて、じつはそここにハッとさせられる表現が潜んでいる。例えば(a)。直訳すれば「他の誰かじゃできない」だが、“do”の目的語がない。ここの“do”はいかようにも解釈ができて、例えば「君じゃなきゃ僕の理想の奥さんになれない」でもいいだろうし、「君以外の相手とは生涯、添い遂げられない」でもいいだろう。こうした想像力を掻き立てるフレーズは洋楽ナンバーには多く登場するが、それらを訳す際に、いくつか思い浮かべて最もしっくりくるような日本語を当てはめるようにしている。それにしても思わせぶりなフレーズではないか。

意外なことに、非R&Bナンバーでありながら、ここでも二重否定=否定の強調が使われている。(b)がそれで、ご存じのように、正式な英語では以下の通り。

♪can’t wait any more

子供の頃からR&B/ソウル・ミュージックを中心に聴いてきたので、それ以外のジャンルでもこうした二重否定=否定の強調が普通に用いられているのに出くわすとちょっとビックリさせられるが、近年ではもう当たり前のように使用されるまでになっている。リスナー側も、既に違和感を覚えないのだろう。そう言えば、本連載第16回で採り上げたローリング・ストーンズの「(I Can’t Get No)Satisfaction」(1965)もタイトルからして二重否定=否定の強調だったっけ。そう考えてみると、そうした表現は何もR&B/ソウル・ミュージック、ひいてはエボニクスの専売特許ではない気がしてくる。

筆者がこの曲で最も“ラブラブ感”を感じ取ったのは(c)のフレーズ。「(結婚したら)一日中君と(あなたと)一緒にいる」と歌っているのだが、それは物理的に言って無理な話としても、結婚を前提にした恋愛中の男女は、本気でそう願うものなのだろう。倦怠期など想像もつかない、人生で最も華やいだ時期の恋愛。男女のデュエットはラヴ・ソングもしくは別れの歌、或いは嫉妬の歌が多いのだが、ここまで愛し合う気持ちをストレートに前面に出した曲が当時の全米チャートでNo.1を獲得したということは、こういう恋愛をしてみたいと願う人々が大勢いたからに相違ない。

なお、拙宅にある日本盤シングルは、家人が中古レコード屋さんで見つけてきてくれたものである。「こんな甘ったるいラヴ・ソングは苦手なんだけどな…」と言いつつ、渡してくれた。そして筆者は生まれて初めてこの曲をドーナツ盤で聴いたのだった。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。


Last Train To London(1979/全米No.39,全英No.8)/エレクトリック・ライト・オーケストラ(1970-1983)

2014年 1月 22日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第113回

ELP「Last Train To London」(日本盤シングル)

●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/last-train-to-london-lyrics-electric-light-orchestra.html

曲のエピソード

エレクトリック・ライト・オーケストラ、略してELOは、イギリスはバーミンガムで結成されたロック・バンド。とは言え、ロックというジャンルに留まらない多面的な音楽を展開し、様々な音楽ジャンルのファンに愛された。いったん解散した後も不定期に再結成されているのもそのためであろう。オリヴィア・ニュートン=ジョンとの共演曲「Xanadu」(1980/全米No.8)で初めて彼らのことを知った、という向きも少なくないだろう。

筆者が最も熱心にFEN(現AFN)を聴いたのは10代後半から20代前半だが、ELOの最高傑作と言っても過言ではないアルバム『DISCOVERY』(1979)がリリースされたのは、高校時代だった。当時はR&B/ソウル・ミュージックに限らず、曲を聴いて「おっ!」と思ったものはジャンルを問わずに買って聴いていた。同アルバムからの1stシングル「Shine A Little Love」(全米No.8)をFENで初めて耳にした翌日、学校帰りに八戸市内の行きつけのレコード店で同曲が収録された輸入盤LPを購入したことを昨日のことのように思い出す。ところが、本連載で何度か述べているように、実家を出る際にR&B/ソウル・ミュージック以外のレコードはほとんど手放してしまったため、ELOのその傑作もその憂き目(?)に遭ってしまった。手放したことをあそこまで後悔したアルバムも珍しい。ところが、ひょんなことから『DISCOVERY』は筆者の手許に舞い戻ってきたのである。本連載に幾度となく登場している音楽仲間でもある主治医が、1979年当時に買ったという日本盤LPをプレゼントしてくれたのだった! マスターテープから直接落とした音源と思しきその音のカッティング・レヴェルは素晴らしく、輸入盤と較べても全く遜色がない。それどころか、筆者は同アルバムを聴きながら一気に高校時代にタイム・トリップしてしまった。

今回、採り上げた「Last Train To London(邦題:ロンドン行き最終列車)」は、もともとはELOの本国では『DISCOVERY』からの2ndシングル「Confusion」(全米No.37/AORファンの間での支持率高し)との両A面扱いシングルだったのだが、アメリカでは何故だか切り離されてリリースされた。同アルバムからの最大ヒット曲は「Don’t Bring Me Down」(全米No.4/ゴールド・ディスク認定)だが、筆者の耳を最も捉えたのは「ロンドン行き最終列車」であった。イントロからして胸が高鳴る高揚感といい、純粋な男性の恋心といい、聴きどころ満載だからである。そして何よりも、思わず辞書を引きたくなってしまうイディオムや単語が満載なところに心を惹かれてしまう。しかも――ロンドン行きの終電が午後10時前?!(冒頭で「時間は9時29分だった」と歌われている。そこにまずは驚かされた)そのフレーズから、曲の主人公の男性はロンドン市民(であり、目指す恋人が住む街がロンドン以外であることが判る。高校生の筆者にとっては様々な発見のあるラヴ・ソングであり、今なお忘れられない臨場感あふれるサウンド+歌詞を持つ洋楽ナンバーのひとつだ。

曲の要旨

都会の時間を指す時計は夜9時29分。街中に音楽が流れていてとってもいい気分だったよ。いつもと変わらない夜だったけれど、あの時ばかりは“時よ止まれ”って思ったね。本当はロンドン行きの最終列車に飛び乗って家に帰らなきゃいけないんだけど、音楽が溢れる夜の街にいる君を残して帰りたくはなかったよ。今宵がどうかいつまでも終わりませんように、って祈るような気持ちだったのさ。それほど僕は君と一緒にいたい。今夜は思いっ切り音楽を鳴り響かせよう。

1979年の主な出来事

アメリカ: スリーマイル島の原子力発電所で大量の放射能漏れ事故が発生。
日本: 携帯用小型カセットテープ・プレイヤーのWALKMANをソニーが発売。
世界: イギリスでマーガレット・サッチャーが同国初の女性首相に任命される。

1979年の主なヒット曲

I Will Survive/グロリア・ゲイナー
Tragedy/ビージーズ
Good Times/シック
Sad Eyes/ロバート・ジョン
Pop Muzik/M

Last Train To Londonのキーワード&フレーズ

(a) it feels so right
(b) last
(c) the fire

ELOは不思議なグループである。ある人は“UKロック・バンド”といい、ある人は――とりわけ『DISCOVERY』のみを聴いたことのある人――は“ディスコ・バンド”と呼ぶ。しかしながら、筆者に言わせれば彼らはノン・ジャンルである。初期の作品と『DISCOVERY』を聴き較べてみると、そのことがより判然とすると思う。もっと踏み込んで言えば、『DISCOVERY』はELOの作品群の中でも特異であり、彼らの熱狂的なファンならずとも、当時LPやカセット・テープを買って持っている人が少なくなかったと記憶している。かくいう筆者も思わずLPを購入してしまったひとりであり、その日から飽かず毎晩のように愛聴していた。何しろどの曲も驚くほど完成度が高く、また、ひとつひとつに物語性があるため(いわゆる“コンセプト・アルバム”の部類に入る)、1曲たりとも飛ばして聴く気にはなれない。そうしたアルバムには滅多にお目に掛かれないので、本来ならば手放すべきではなかったのだろうが、若気の至り(?)でうっかり『DISCOVERY』に別れを告げたことを後々まで後悔した。日本盤LPをプレゼントしてくれた主治医に、この場を借りて厚くお礼を言いたい(それにしても同い年、ってだけでこんなに音楽の話が合うなんて!)。

(a)は洋楽愛好家ならば必ずいずれかの曲でお目に掛かる言い回しのひとつで、以下も同じ意味。

♪It feels right
♪It feels alright
♪It feels good

…などなど。いずれも日本語にはなりにくい表現だが、つまるところ“気分が高揚している=最高の気分”という意味。時には主語の“It”が省略されて“Feels (Felt)(so) good”と表現されていることもある。

筆者がこの曲で憶えた単語のひとつに(b)がある。日本人は“ラスト=終わり”という感覚を覚えるが、(b)には動詞で“永遠に続く”という意味があり、例えば次のような使い方をする。

♪Our love will last forever
♪It’s gonna last forever

もちろん、これらは「永遠に終わる(だろう)」という意味ではなく、「いつまでも続く、いつまでも終わらない」という意味。(b)が用いられているフレーズでは、「今宵がいつまでも続けばいいのに」と歌われており、高校時代に筆者は思わず“last”を辞書で引いて調べた記憶がある。日本語でいうところの「これでラスト(=終わり)だからねー!」の“last”とは意味が真逆だということに気付かされて、それこそ目からウロコ状態だった。今でも(b)を含むフレーズを聴くと、その時のことがありありと脳裏に思い浮かぶ。たったひとつの動詞だが、洋楽ナンバーで「ん?」と不思議に思った言葉を改めて辞書で調べてみると様々な発見がある、ということを思い知らされた次第である。

英語と日本語には共通する表現が多々ある。諺は言うに及ばず、例えば比喩にしても酷似しているものが多い。(c)もそのうちのひとつで、ここでは敢えて意訳するなら「恋の炎、心の中に芽生えた熱い炎」といったところか。(c)を含むフレーズを直訳すると「君が炎が燃えていると感じる時」となるが、それでは火事場の野次馬になってしまう(苦笑)。ここはどう考えても「高揚する気分、熱い気持ち」であり、すなわちそれはある種の興奮状態を表す。日本語でも「(心が)燃えてるか?」みたいな言い方をするが、(c)の“fire”はまさにその「熱い気持ち」を指している。英語と日本語の比喩で似たようなものに出くわすと、思わずニマニマしてしまうのは筆者だけではないだろう。

それにしても、だ。ELOの演奏技術の高さも然ることながら、ヴォーカル・アレンジ、歌詞の緻密さには本当に唸らされる。子供の頃からR&B/ソウル・ミュージックを愛聴してきた筆者でさえ、たった一度FENで曲を耳にしただけで、思わずその場でアーティスト名と曲名をメモに取り、その翌日にLPを買ってしまったほどなのだから。当時、『DISCOVERY』からのシングル・カット曲はほぼ全て日本盤シングルとしてリリースされていたのだが、残念ながら、筆者はLPを買っただけで満足してしまい、行きつけのレコード店でそれらを目にすることがたびたびあっても、購買意欲をそそられなかった。シングル盤をコレクションしている今となっては、じつに惜しいことをしたと後悔しきり。そして中古レコード屋さんに行くたびに、ELOの日本盤シングルをせっせと探してしまうのである。特にこの「ロンドン行き最終列車」だけはいつか必ず入手してやる、と心に誓いつつ。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。


Lady Marmalade(1974/全米No.1,全英No.17) /ラベル(1959-1977)

2014年 1月 15日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第112回

レディ・マーマレード日本盤シングル

●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/lady-marmalade-lyrics-patti-labelle.html

曲のエピソード

“歌い上げる”タイプのソウル・シンガーは数あれど、筆者がすぐさま頭に思い浮かべるのはパティ・ラベル(Patti LaBelle/1944-)である。もうだいぶ昔のことだが、彼女の来日公演を観に行った際に、ステージ上に寝そべりながらも、天にも届かんばかりの歌声を発していたのには本当に驚かされた。

ラベルはその前身をブルー・ベルズ(The Blue Belles)という。もともとパティを中心とした女性カルテットだったが、トリオになったのを機にグループ名を“ラベル”と改めた。その際のメンバーは、パティ、そして後にあのシュープリームスのメンバーになったシンディ・バードソング、加えて、ソロ・シンガーに転向したノナ・ヘンドリックスという面々である。ラベルに改名したのは1977年のことだが、じつは同グループ名でのヒット曲は1曲しかない。それが、今回採り上げた大ヒット曲「Lady Marmalade(邦題:レディ・マーマレイド)」である。なお、R&BチャートでもNo.1を獲得。彼女たちにとって、最初で最後の大ヒット曲だった。

この曲をクリスティーナ・アギレラ、リル・キムらによるカヴァー(2001年に全米No.1)によって初めて知った、という人も少なくないだろう。筆者はだいぶ前にこの曲の日本盤シングルを買い求めていたのだが、今から約13年前に再びこの曲が脚光を浴びて大ヒットした際に、思わずシングル盤をごそごそと取り出して聴き直してしまったほどた。が、じつはこの曲の歌詞についてそれほど深く考えたことがなく、ただ単に“セクシーな女性が男性を誘っている歌”だとばかり思っていた。ところが、いろいろと調べてみると、曲のタイトルにもなっている“Lady Marmalade”は春をひさぐ女性である、ということが判明し、改めてこの曲の奥深さを思い知らされるに至ったのである。

曲の要旨

褐色のお姉さん、いいわよ、その調子でどんどん男を誘いなさいよ。彼はニューオーリンズで通称マーマレイドという女に出逢ったの。彼女は彼に誘い掛けたのよ。ちょっとライトスキンの彼女はレディ・マーマレイド。彼女はフランス語で話し掛けてきたわ。「ねぇ、今夜、アタシといいことしない?」。彼女の誘いに屈した彼は彼女の部屋でなすがまま。ほら、まるでカフェオレの色みたいな彼女の肌はすべすべで気持ちいいでしょ。普段の彼は何事もなかったように日常を送っているけれど、眠りに就く時に彼女の面影にうなされて身悶えするのよ。

1974年の主な出来事

アメリカ: ウォーターゲート事件絡みでニクソン大統領が辞任し、第38代大統領に同じ共和党のフォードが就任。
日本: 東京国立博物館でレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」(ルーヴル美術館蔵)が展示され、連日、大勢の観覧者が訪れて長蛇の列を作り、社会現象になる。
世界: ポルトガルでクーデターが勃発し(世にいう“カーネーション革命”)、サラザール独裁体制に終止符が打たれる。

1974年の主なヒット曲

The Way We Were/バーブラ・ストライザンド
Dark Lady/シェール
Bennie And The Jets/エルトン・ジョン
The Loco-Motion/グランド・ファンク
I Shot The Sheriff/エリック・クラプトン

Lady Marmaladeのキーワード&フレーズ

(a) soul sister
(b) give it a go
(c) Lady Marmalade

初めて聴いたのはいつのことだったのか記憶にないほど、この曲が耳にこびりついて離れないまま今に至っている。まだ英語の歌詞を理解できない子供の頃だったとは思うが、曲の雰囲気からして、何となく“いやらしい曲なんじゃないか”という雰囲気だけは感じ取った。何を言ってるのか解らないコーラス部分に加えて、曲全体に漂う妖しげな雰囲気に呑み込まれたような感覚だけは未だに忘れられない。

耳に残るのはコーラス部分だけではなく、本来 [mɑ́ːrməlèɪd] と発音するはずの“marmalade”が何故だかここでは“マーマライド”と発音されており、余計に耳に残るのだ。そしてそれこそが、この曲の狙い目だと気付くのは、ずっと後になってからのこと。英語の曲では、押韻のために本来の発音を無理やり変えることがままあるが、この曲に限って言えば、押韻のためにそうしているのではなく、リスナーの耳を惹きつけるために故意にそう発音しているのである。個人的には、タイトルにもなっているこの部分を従来の発音通りに歌っていたならば、ここまで耳朶を打つことはなかったのではないか、とさえ思う。

歌い出し部分にある(a)は、アフリカン・アメリカン女性のことである。この男性版は、ご存知のように“soul brother”である。(a)は、この曲の主人公である女性=春をひさぐ女性、即ちストリート・ガールがアフリカン・アメリカン女性であることを指しており、ある種の応援歌のような雰囲気を醸し出している。それほどメロディアスな曲ではないが、この歌い出し部分は聴く者の耳と心を鷲掴みにするのではないだろうか。もちろん、(a)はタイトルにもなっている“Lady Marmalade”を指している。そしてラベルの3人は、彼女に向かって「いいわよ、その調子! 頑張って!」とエールを送っているのだ。

自動詞でもあり他動詞でもある“go”は、じつは名詞でもある、ということを、改めて思い出させてくれるフレーズが(b)である。辞書で“go”の名詞的用法を引いてみると、「やってみること、試み」といった意味が載っており、そこから思い出されるのは、“give it a chance(=やってみる)”という言い回し。この曲では、レディ・マーマレイドから声を掛けられた男性の名前が“Joe”となっていることから、それと押韻するために“go”が用いられたものと推測される。ちょっと蓮っ葉な日本語に訳すなら、「アタシを試して(=アタシと遊んで)みない?」となるだろうか。

タイトルの(c)は曲の中で幾度となく歌われ、弥が上にも耳に残る。先にも述べたが、故意に“マーマライド”と発音しているせいで、その部分が耳から離れなくなってしまうのだ。その昔、英語では“マーマレイド”ではなく“マーマライド”と発音するのかと思い込んで辞書で発音記号を調べたことさえある。が、やはりここはこの曲特有の発音だと言うことを知るに至った。“marmalade”にはそもそも淫靡な意味はない。しかしながら、子供心にどこかしらそうした雰囲気を嗅ぎ取ったのは、その発音のせいかも知れない、と、今にして思う。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。


Merry Christmas, Baby(1968/シングル・カットなし)/オーティス・レディング(1941-1967)

2013年 12月 25日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー〜キーワードから読み解く歌詞物語〜 第111回

Otis Redding(Merry Christmas, Baby)収録アルバム(1968)

●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/merry-christmas-baby-lyrics-otis-redding.html

曲のエピソード

オーティス・レディングによるクリスマス・ソングと言えば、真っ先に「White Christmas」を挙げる人が多いかも知れない。同曲はコンピレーション・アルバム『SOUL CHRISTMAS』(1968)に収録されており、筆者の友人・知人にも、R&B/ソウル・ミュージック愛好家はもとより、ジャンルを超えて洋楽を愛聴している人々にも今でもLPを大切に所有している人が少なくない。そして異口同音にオーティスの「White Christmas」は凄まじい、と言う。中には、「あれは“ホワイト”じゃなく“ブラック・クリスマス”だな(=つまり非常にソウルフルだということ)」と絶賛するオーティス信奉者も……。筆者も10代の頃にオーティスの「White Christmas」を初めて聴いて驚愕したひとりだが、それ以上に心惹かれたのが、まさにクリスマスの本日に採り上げた「Merry Christmas, Baby」(やはり先述のアルバムに収録)である。

多くのクリスマス・ソングが讃美歌もしくは英語で“Traditional”と呼ばれる古くから歌い継がれてきた伝承的なものであるが、オリジナル・ソングであっても、過去から現在に至るまで多くのアーティストによって歌われ、半ばスタンダード・ナンバー化しているものもある。この「Merry Christmas, Baby」もそうしたうちの1曲で、初レコーディングは1947年、アーティストはジョニー・ムーア’ズ・スリー・ブレイザーズ(Johnny Moore’s Three Blazers)であった。その後、複数のバンドによるインストゥルメンタル・ナンバーの他、チャック・ベリー、アイク&ティナ・ターナー、エルヴィス・プレスリー、ナタリー・コールなど、数多くのアーティストたちによってカヴァーされ続けている。つい一年前にも、ロッド・スチュアートがカヴァーしたばかりだ。

この曲の最大の特徴は、登場人物が恋人同士もしくは夫婦、という点。数日前、新聞で“クリスマスを誰と過ごすか”というアンケート調査記事を読んだが、現在は“家族”がダントツの1位だそうである。今でもクリスマス=愛し合う男女が特別な時間を過ごす日、という印象が色濃く残っているが、時代の趨勢と共にその風潮も変わりつつあるのかも知れない。しかしながら、その“家族”には“夫婦”も含まれている場合もあるわけで、非クリスチャンであっても、クリスマスを特別な日として楽しみたいという全ての仲睦まじいカップルに今年はぜひこの曲を傾聴して頂きたいと思う。たとえ歌詞に描かれている物語が実現できそうになくても。

曲の要旨

クリスマスおめでとう、ベイビー。今日は俺にうんと優しくしてくれよ。クリスマス・プレゼントにお前からダイヤの指輪を贈られて、俺は夢見心地の気分だよ。今の俺は天にも昇る気持ちで、今にも歌い出しそうさ。ヤドリギの下に立ってるお前に今すぐキスしようかな。サンタクロースは午前3時半過ぎに暖炉の煙突を伝って我が家へやって来て、俺の愛する彼女と俺のためにプレゼントを置いていってくれたんだ。クリスマスおめでとう、ベイビー。俺のために俺が欲しがってたものをクリスマス・プレゼントとして贈ってくれたお前を、この先もずっと愛するよ。

1968年の主な出来事

アメリカ: 大統領選候補者のロバート・ケネディ上院議員が暗殺される。
公民権運動指導者のマーティン・ルーサー・キング Jr.牧師が暗殺される。
日本: 静岡県の旅館で殺人犯の立てこもり事件が発生。世に言う「金嬉老事件」。
世界: 南ヴェトナム民族解放戦線軍がサイゴンに進撃し、アメリカ大使館を占領。

1968年の主なヒット曲

Sky Pilot (Part One)/アニマルズ
Say It Loud — I’m Black And I’m Proud (Part 1)/ジェームス・ブラウン
Suzie Q (Part One)/クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル
Ain’t Nothing Like The Real Thing/マーヴィン・ゲイ&タミー・テレル
Jumpin’ Jack Flash/ローリング・ズトーンズ

Merry Christmas, Babyのキーワード&フレーズ

(a) sure do treat me nice
(b) be in paradise
(c) mistletoe

高校時代に漫画研究会(学校側から漫研の活動を禁じられていたため、表向きは文芸部/苦笑)に籍を置いていた筆者は、今でも時々コミックスの類を購読する。この季節になると、大好きな漫画家さんのネーム(漫画のセリフ)にあった次のような文言を毎年のように思い出してしまう。曰く「クリスマスはパーティを開いてプレゼントを交換するための日だとばかり思っていたのに、会ったこともない男(=イエス・キリスト)の誕生日を祝う日だったとはなあ…」。その漫画家さんのエッセイによると、彼女はクリスマス・カードのコレクターでもあり、クリスマス・シーズンが大好きだという。つまり、彼女はクリスマスの真意を理解しつつ、自らペンを執った漫画の中で登場人物にそうしたセリフを言わせ、“クリスマスは本当はこれこれこういう日なんですよ”ということを遠回しに読者に伝えているのだと筆者は理解した。忘れられないネームのひとつである。

“誰と誰にこれこれこういうプレゼントを贈ろう、というリストを作っておいて……云々”というフレーズが登場するクリスマス・ソングも多数あるが、この曲ではそのプレゼントがいきなり“ダイヤの指輪”であることに先ず驚かされる。例えばこれが女性シンガーが歌ったものなら“おっ、相手の男性は奮発したな”と思うところだが、男性シンガーが歌う場合は女性側からダイヤの指輪をプレゼントしているのである。筆者がこの曲を初めて聴いたのはオーティスによるこのヴァージョンによってだが、“一体どんなデザインのダイヤの指輪を相手の女性は贈ったのだろうか?”と、漠然と考えたことが今でも忘れられない。1999年、R&B兄弟デュオのK-Ci & JoJoによるカヴァーをたまたま訳す機会に恵まれたのだが、その際にも10代の時に初めて耳にしたオーティスによるこのヴァージョンを思い出さずにはいられなかった。イメージ的には、節くれだった男性の指にも似合いそうなゴツいダイヤの指輪なのだが……。みなさんはここのフレーズからどんなデザインのダイヤの指輪を想像しますか?

(a)の“do”はそれに続く動詞を強調しているもので、筆者が生まれて初めて聴いたビートルズの曲「Love Me Do」(1964/全米No.1)の“do”に同じ。しかも(a)では“sure”(副詞“surely”が正しいが、形容詞“sure”を口語的に副詞として用いたもの)をその前に付けて更に“treat”を強調している。“treat someone +副詞”は洋楽ナンバーに頻出する言い回しで、以下のようなフレーズをしょっちゅう見聞きする。

♪Treat me good.
♪Treat me right.

(a)も上記とほぼ同じ意味で、なかなか日本語に訳しにくい言い回しではあるものの、意訳するなら“優しくしてくれ”、“うんと気分良くさせてちょうだい”といった表現が最もピッタリくるだろうか。

(a)の“nice”と押韻している“paradise”を用いた(b)もまた、洋楽ナンバーのラヴ・ソングでたまに耳にする定番の言い回しのひとつ。特徴は、“paradise”の頭に冠詞が付いていないこと。“be in heaven”も同じような意味で、やはりこの場合も“heaven”の前に冠詞が付かない。仮に定冠詞の“the”がそれらの頭に付いていたとすると、「楽園」も「天国」も“この世にあるもの”もしくは“人々が目にしたことのあるもの”として認知されてしまい、空想ではなくなってしまうから。日本語でにも“この世の楽園”といった言い回しがあるが、それは実在する場所ではなく、飽く迄も比喩としての表現である。もちろん(b)も比喩として歌われており、「有頂天」、「天にも昇る気持ち」といった意味。その胸の高鳴りを“in paradise”として表現しているわけである。

過去に訳してきたクリスマス・ソングに数え切れないほど登場した(c)は、大抵の辞書なら、そのいわれについて記述してある。曰く“西洋ではクリスマスの日にヤドリギの下に立っている乙女にはキスをしてもいい、という風習がある”。よって、(c)の前のフレーズに“お前にキスしようかな”とあるわけ。こうしたフレーズは、クリスチャンの人々なら先刻承知だろうし、クリスチャンでなくてもクリスマスの習慣に精通している人々にはすぐさまピンと来るだろうが、筆者は遥か昔に(c)を辞書で調べてその意味を初めて知るに至った。こうしたオリジナルのクリスマス・ソングにも、非クリスチャンが知らない様々な習慣や風習が歌詞の中に潜んでいることがあり、ついつい見逃してしまいそうな単語でも辞書で調べてみると面白い発見がある。

今年もあとわずか。何かと気忙しい季節ではあるけれども、恋人同士であれ家族であれ、愛おしい誰かと過ごす特別な日は年に何度あってもいいもの。Happy holidays to y’all!

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。


Get Ready(1966/全米No.29)/テンプテーションズ(1960-)

2013年 12月 18日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第110回

GETTIN' READY(Get Ready収録USオリジナルLP)

●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/get-ready-lyrics-temptations.html

曲のエピソード

モータウンの副社長も務めていた、今なお現役シンガーのスモーキー・ロビンソン(1940-)は、あのボブ・ディランに「アメリカが生んだ最高の詩人」と言わしめた、と物の本で読んだ記憶がある。その言葉は大仰でも何でもなく、彼の綴る歌詞は本当に繊細で美しい。また、筆者は過去にスモーキー自身の曲(彼がリーダーだったヴォーカル・グループのミラクルズも含めて)や第三者に提供した曲を数え切れないほど訳してきたのだが、時に唸らされ、時に心の琴線に触れるがあまり、その表現にぴったりの日本語を見つけ出すのに数時間を要することもしばしばだった。そしてスモーキーは、筆者が知らなかった英単語を歌詞を通じて数多く教えてくれた。どれほど感謝してもしきれないほどである。

この「Get Ready」もまた、スモーキー作の楽曲である。今なおテンプテーションズ(以下テンプス)やモータウン愛好家に好まれているにもかかわらず、当時は全米チャートでは何故だか上位に食い込むことができなかった。むしろ、オリジナル・ヴァージョンのリリースから4年後にモータウン所属の白人バンド:レア・アースがカヴァーした方が全米No.4を記録する大ヒットとなっている。拙宅にはレア・アースのカヴァー・ヴァージョンの日本盤シングルがあるのだが(家人の私物)、これまた出色の出来映え。やはり原曲そのものが素晴らしいからであろう。

俗っぽい言い方をするならば、テンプスの「Get Ready」は文句なしにカッコいい。筆者が10代の頃、R&B/ソウル・ミュージック愛好家の集まりの場で初めてこの曲をパフォーマンスする彼らの“動く”姿を目にした時には、余りのカッコ良さに全身がシビレたほどだ。今では動画サイトなどで好きな時に観られるが、当時、筆者は瞬きするのさえ惜しんだ。ご興味のある方は、ぜひとも動画サイトをチェックされたし。特に「今から君のもとへ駆け付けるよ」と歌う箇所の振り付けにご注目して頂きたい。

曲の要旨

君みたいに僕の胸を熱くさせる女性は初めてだよ。僕の夢を叶えてくれるのは君だけさ。ほーらほら、すぐに君のそばに行くから心の準備をしておいてくれ。さあ、君を僕のものにするためにこうして君の目の前に来たよ。誠実な愛を君に捧げるから、それを受け止める用意をしておいて欲しいのさ。他の男たちも君のことを狙っているけれど、連中に君をさらわれる前に僕が何としても君を自分のものにしてみせるよ。今すぐ君のもとへ駆け付けて思いを打ち明けるから、どうか待っててくれ。

1966年の主な出来事

アメリカ: NOW(National Organization for Woman/全米女性機構)が結成される。
日本: ビートルズが来日し、武道館でコンサートを行う。
世界: 中国で文化大革命(通称「文革」)が始まる。

1966年の主なヒット曲

Cherish/アソシエイション
Yellow Submarine/ビートルズ
19th Nervous Breakdown/ローリング・ストーンズ
It’s A Man’s Man’s Man’s World/ジェームス・ブラウン
I Saw Her Again/ママス&パパス

Get Readyのキーワード&フレーズ

(a) outta sight
(b) fee-fi-fo-fum
(c) get ready

2週続けてモータウン・サウンドを採り上げるのは気が引けるが、じつは昨日12月17日は筆者が大好きなシンガーのひとり、故エディ・ケンドリックス(1939-1992/日本でのR&B愛好家の間での通称は“エディ・ケン”)の誕生日だったのである。夜中に仕事部屋の床に散乱しているLPやら12インチ・シングルやらシングル盤やらを整理している途中で、エディが所属していたグループ:テンプスのLP『GETTIN’ READY』(R&Bアルバム・チャートで6週間にわたってNo.1,全米アルバム・チャートNo.12)をレコード棚で見つけ、思わずターンテイブルの上に乗せて聴いてしまった。本連載第66回で採り上げたテンプスの「My Girl」(1965/全米No.1)でリード・ヴォーカルを取っているのはもうひとりのリード・ヴォーカリストだったデイヴィッド・ラフィン(1941-1991)だが、エディはテンプスになくてはならないファルセット・シンガーだった。困ったことに(?)、『GETTIN’ READY』には双方がリードを取っている曲が程よく配分されており、なおかつ筆者が大好きなもうひとりのリード・シンガーだったポール・ウイリアムス(1939-1973)の熱唱が冴え渡る楽曲も収録されているため、ついついアルバム1枚を通して聴いてしまうのが常だ。今回、採り上げた「Get Ready」(R&BチャートNo.1)はLPのA面4曲目に収録されているのだが、真っ先に聴きたい気持ちをグッと抑えて、あの印象的なイントロが始まるまでA面の1曲目からレコード針を落として4曲目に差し掛かるのをジッと待つのである。しかも、その直前に収録されているのが、筆者がテンプスの曲の中で昔から最も好きな「Ain’t Too Proud To Beg」(R&Bチャートで8週間にわたってNo.1、全米No.13)とくれば、弥が上にも高揚感が増すというもの。「Get Ready」のタイトルにちなんで、メンバーたちが今まさに身支度を整えてステージに出て行こうとする直前の姿を写したジャケ写もお洒落だ。

筆者が生まれて初めて聴いたテンプスの曲、それがこの「Get Ready」である。もちろん、リアルタイムではなく、愛聴していたFEN(現AFN)で放送されていたTHE TIME MACHINEという番組でのことだったが、確か小学校の低学年の頃だったと記憶している。当時は英語の冠詞・定冠詞など解るはずもなく、勝手に曲のタイトルを「Get Lady」だと思い込んでしまっていた。“r”と“l”の発音の区別がつかなかったからである。仮に筆者が勘違いしたように“女性をつかまえる”内容の曲だとしたら、タイトルは「Get A Lady」もしくは相手がお目当ての女性なら「Get The Lady」でなければならない。そのことにようやく思い当たったのは、英会話塾に通い始めた小学校6年生の時だった。この「Get Ready」が筆者に英語の冠詞・定冠詞を教えてくれたようなものである。

(a)は“out of sight=great, brilliant, wonderful, beautiful…etc.”をつなげて発音したものがそのままスペルになったもので、スラングの一種。辞書では“sight”の項目にイディオムとして載っている。例えば“Get out of here!(冗談はよせ、いい加減なことを言うな)”が“Get outta here!”と聞こえるように。(a)は相手の女性を指して言っているので、「君は素敵な女性だ」という意味。洋楽ナンバーでは、ひとつひとつの単語を切り離して“out of sight”と歌うよりも“outta sight”と歌っているように聞こえる場合が多い。

そしてこの曲を初めて耳にした子供の頃から謎だったのが(b)。これはずっと後になってからアメリカ人の友人が教えてくれたのだが、誰もが一度は読んだことのある民話『ジャックと豆の木(Jack And The Beanstalk)』の中に出てくるセリフで、「ほーらほら(君の背後から僕が近付いて行くよ)」という意味だという。また、R&B兄弟デュオのK-Ci & JoJoのアルバム『IT’S REAL』(1999)には、そのものズバリの「Fee Fie Foe Fum」という曲が収録されている。「Get Ready」の曲の主人公は、女性のもとへ駆け付けようとしているのだから、彼女をビックリさせたい反面、「僕が急に背後から近付いても驚かないでよ」という気持ちも抱いているのでは、と勝手に想像してみた。そのことが表れているのが、タイトルにもなっている(c)である。

“get ready”は「身支度を整える、準備をする」という意味だが、この曲では、主人公の男性が相手の女性に向かって「僕が君のところへ行くまでにお洒落をして待っていてくれよ」と歌っているわけではない。曲の要旨でも意訳したように「心の準備をしていてくれ」と歌っているのである。更に意訳するなら「ビックリしないでよ」となるだろうか。それにしてもストレートな愛情表現の曲である。当時、テンプスはアイドル・グループで、とりわけデイヴィッドとエディが人気を二分していたが、エディはモータウン所属の女性シンガーたちにもモテモテで、モータウン主催のパーティが開催されると、女性シンガーたちが我先にとエディとダンスを踊りたがったものだ、というエピソードをモータウン関連の洋書で読んだ憶えがある。エディはモータウン所属男性アーティストの中で王子様のような存在だった、と証言していたレーベルメイトの女性シンガーもいた。その王子様が「今から君のもとへ行くからね」と歌っているのだから、当時、女性ファンたちはそれこそ飛び上がるような気持ちでこの曲を聴いていたことだろう。

エディが生きていれば昨日は74歳の誕生日。きっとダンディで王子様がそのままおじいちゃんになったような素敵な年齢の重ね方をしていたと思う。改めてR.I.P.

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。


Give Love On Christmas Day(1970/シングル・カットなし)/ジャクソン・ファイヴ(1964-1976)

2013年 12月 11日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第109回

Give Love On Christmas Day

●歌詞はこちら
http://www.songlyrics.com/jackson-5/give-love-on-christmas-day-lyrics/

曲のエピソード

師走になった途端に、街角から、或いはラジオからジャクソン・ファイヴ(以下J5)のクリスマス・ソングがほぼ毎日のように流れてくる。今から43年も前にリリースされたJ5のクリスマス・アルバム『CHRISTMAS ALBUM』(全米、全英共にアルバム・チャート圏内にランク・インせず)の音色は、今なお色褪せてはいない。同アルバムに収録されているのは、讃美歌、伝統的なクリスマス・ソング、そしてオリジナルのクリスマス・ソング。そのいずれもが極上の出来映えで、非クリスチャンの筆者でもこの時期になると思わずLPをレコード棚(クリスマスのLPだけ一箇所にまとめてある)から取り出してターンテイブルに乗せて聴いてしまう。最近では以前ほど愛聴していないFEN(現AFN)だが、恐らく今冬もJ5のクリスマス・ソングが幾度となくオン・エアされることだろう。

この曲が収録されがアルバムが本国アメリカでリリースされたのは1970年10月のことだから、レコーディング時のマイケルはまだ11~12歳だった。しかしながら、メッセージ色の濃いこの曲をじつに情感たっぷりに歌い上げているのである。筆者はJ5のクリスマス・アルバム収録曲の中で昔からこれを最も愛聴した。LPの盤面をつぶさに見てみると、この曲の箇所だけうっすらと白く見える(=盤面が擦り減っている)ほどだ。英語を理解できなかった子供の頃はタイトルから勝手に「クリスマスに愛する相手に愛を捧げる歌」だとばかり思っていたのだが、豈図らんや。今ではトンデモナイ勘違いをしていた自分を恥じている。やはりきちんと歌詞を把握してから曲の内容を受け止めたいものだ。

後にテンプテーションズやジョニー・ギルといったモータウン所属のアーティストたちにもカヴァーされた名曲だが、このメッセージ・ソングを幼少のマイケルが真っ先に歌った、という点に筆者はシビレるのである。もちろん、テンプスとジョニーのカヴァーも上出来だ。しかしながら、「今、世界中の人々が求めているのは愛。クリスマスが訪れたその日にみんなも愛のおすそ分けをしてみない?」と歌ったマイケルの思いの丈は、生涯、彼の中で息づいていたことだろう。彼ほどの博愛主義者のアーティストを、寡聞にして他に知らない。

曲の要旨

この季節になると、人々はクリスマス・プレゼントを贈る相手を考えながら、誰に何を贈ろうかと考えながらメモを取るのさ。遠く離れた場所に暮らす親しい人々が、一堂に会する季節だからね。それを考えると、お店で売ってるもの以上にステキなプレゼントをしたい、って思うものなんだよ。だったら、クリスマスの日に誰かに愛をプレゼントしてみない? どんなに恵まれている人でも、クリスマスに愛をもらったらきっと喜ぶと思うよ。愛に優る贈り物なんてこの世にはないんだから。街中がクリスマス・シーズンの華やいだ雰囲気に包まれているね。クリスマスの日は年に一度っきりだから、特別な人に向かってとっておきの言葉を贈りたくなるものさ。だから世界中の人々に愛を降り注いであげようよ。今、世界中の人々が求めているのは愛なんだから。

1970年の主な出来事

アメリカ: ヴェトナム戦争への反戦デモに参加していたオハイオ州立ケント大学の学生4名が射殺される。
日本: 赤軍派による日本航空よど号のハイジャック事件が世間を震撼させる。
世界: ビートルズ解散のニュースが世界中に衝撃を与える。

1970年の主なヒット曲

Raindrops Keep Falling On My Head/B. J. トーマス
Love Grows/エディソン・ライトハウス
Thank You (Falletinme Be Mice Elf Agin)/スライ&ザ・ファミリー・ストーン
Call Me/アレサ・フランクリン
Let It Be/ビートルズ

Give Love On Christmas Dayのキーワード&フレーズ

(a) things that words can’t say
(b) the man on the street
(c) the world needs your love

決して絢爛豪華なクリスマス・ソングではない。ましてや、非クリスチャンであってもどこかで必ずや一度は耳にしたことのある讃美歌の類でもない。それなのに、聴けば聴くほどにじんわりと心を温かく包み込むクリスマス・ソングである。原曲の出来映えが素晴らしいだけに、数あるカヴァー・ヴァージョンもこれまで長いこと愛聴してきた。しかしながら、マイケルの純粋でひたむきなヴォーカルがやはりこの曲には最も相応しいと思う。

ここで歌われている“love”は恋愛感情のそれではない。敢えて意訳するなら「普遍の愛」、「人間愛」だろうか。「慈愛」でもいいだろう。或いは「無償の愛」だろうか。ピッタリとくる言葉が見つからないもどかしさをズバリ言い当ててくれているのが(a)のフレーズである。曰く「言葉では上手く言い表せない事柄(を相手に伝えたくなる季節=クリスマス・シーズン)」。人間は言葉を操る生き物だが、それでも伝えたいことを上手く言葉で表現できずに悶々とすることが多々ある。そういう「もどかしさ」を表現するフレーズとして洋楽ナンバーに頻出するのは――

♪Words cannot express how I feel
♪I can’t find the right words to explain how much I love you
♪Words just couldn’t explain

いずれも“言葉では上手く言い表せないもどかしさ”を切々と訴えているフレーズである。(a)を含むフレーズがいわんとしているのは、「言葉では上手く伝えられない気持ちを態度で示す」ということ。ここで歌われている“love”は「世界中(の人々)が必要としているもの」である以上、そこに言葉の壁があってはならない。よって、口先だけの言葉で愛情を語るよりも、その気持ちを態度で示してみてはどうだろう、と歌われているのである。ティーネイジャーの子供が歌うにしてはじつに深遠な歌詞だ。

いつの頃からか“浮浪者”は放送禁止用語になった。たまに古い日本映画のDVDを観ていると「浮浪者」という言葉を耳にすることもあるが、近年では活字でも「ホームレス」で統一されているようである。カタカナ語は日本語のオブラートになり易い。

(b)は直訳すれば「路上生活者」だが、これ即ち「ホームレス」。ここのフレーズでは、「ホームレスの人にも(家やアパートの上階に住む)カップルにも愛を注いであげよう」と歌われている。つまり相手がどんな境遇にあろうとも、クリスマスの日には平等に人々に愛情を示してあげよう、というメッセージが込められているわけだ。(b)では定冠詞“the”が頭に付いていることから、リスナーの人々が“知っている、目にしたことのある”ホームレスの人を指す。“a man on the street”とはわけが違うのである。相手を認知しているからこそ“love”を与えることができるのだ。仮に“a man on the street”だとしたら、行ったこともない世界の果てにいる見ず知らずの「路上に佇む人」になってしまうから。

これまで何度か“you”は不定代名詞的に用いられることがある、と述べてきた。(c)での使われ方も同様で、ここの“you”は目の前にいるたったひとりの相手を指しているのではない。この曲を聴いている不特定多数のリスナーたちを指しているのである。仮に(c)の“you”がこの世のたったひとりの人間を指しているとしたなら、「世界中(の人々)が求めている愛」を存分に与えられるはずがない。(c)を含むフレーズを意訳するなら、「世界中のみんなのひとりひとりが世界中の人々に愛を注ぐことが大切なのです」だろうか。ここは非常にメッセージ性の強いフレーズである。

非クリスチャンであっても、クリスマス・ソングだけは愛聴している、という音楽仲間は少なくない。もちろん、心躍るような楽しげなクリスマス・ソングもこの季節には欠かせないが、たまにはこうしたメッセージ・ソングにじっくり耳を傾けてみるのも悪くはないと思う。クリスチャンにも、非クリスチャンにもクリスマスは年に一度しかやって来ないのだから。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。


Superwoman(1988/全米No.8,全英No.11)/キャリン・ホワイト(1965-)

2013年 12月 4日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第108回

108superwoman.jpg

●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/superwoman-lyrics-karyn-white.html

曲のエピソード

プロのシンガーとしてのスタート地点は、第三者のレコーディングに参加する“縁の下の力持ち=セッション・シンガー”だったキャリン・ホワイト。フィラデルフィア生まれでフュージョン畑のソングライター/プロデューサー/キーボード奏者であるジェフ・ローバー(Jeff Lorber/1952-)のリーダー作にゲスト・シンガーとしてフィーチャーされ、「Facts of Love」(1986/R&BチャートNo.17,全米No.27)と「True Confessions」(1987/R&BチャートNo.88)の2曲でその名が知られるようになる。程なくして、敏腕ソングライター/プロデューサー・コンビだったL.A.リード&ベイビーフェイスの全面バックアップのもと、セルフ・タイトルのアルバムで華々しくデビュー。1stアルバム『KARYN WHITE』(1988)は、R&Bアルバム・チャートで7週間にわたって首位の座をキープし、全米チャートではNo.19を記録する大ヒットとなった(プラチナ・ディスク認定)。同アルバムからは矢継ぎ早にヒット曲が生まれたが、当時、世の女性たちのハートをガッチリとつかんだのがこの曲だった。

女性の心の襞を丁寧に描写した歌詞を綴ったのは、自身もシンガーであるベイビーフェイス。この曲が大ヒットしてから数年後に来日公演を行ったキャリンにインタヴューする機会に恵まれたのだが、渡りに船とばかりに、彼女に思い切ってこう訊ねてみた。「ベイビーフェイスは男性なのに、どうしてあそこまで繊細な歌詞を綴ることができたんでしょうね?」と。しばし考えてから、キャリンは次のように答えたものだ。「彼が奥さん(注:一般人だった最初の奥方を指す/インタヴュー当時、彼は奥さんと別居中だった。程なくして離婚)にそうあって欲しい、と望んだ女性像をそのまま歌詞に綴ったからじゃないかしら」――ナルホド。そしてこうも言っていた。「あの曲のレコーディングは本当に大変だったのよ。何度も何度も歌い直しの指示がベイビーフェイスから出されて、結局は20回ぐらいレコーディングをやり直したわ(苦笑)。彼は本当にプロフェッショナルな人だから」――再びナルホド、と深くうなずいたものだった。

その“歌い直し”の指示が奏功してか、この曲でのキャリンのヴォーカルは女優でいうなら“迫真の演技”そのものである。歌詞の内容に沿ってドラマ仕立てになっているプロモーション・ヴィデオもまた然り。当時、筆者はこのPVを何度もくり返し観たものだが、その度に、“私はあなたのsuperwomanじゃないのよ!”と熱唱しながらの彼女の所作と顔の表情に胸が締め付けられたものだ。今にも崩れ落ちそうな女性を体現する一方では、どこかに芯の強さも秘めているようで…。最近になって久々にこの曲のPVを再見したのだが、当時に受けた印象が鮮やかに蘇った。と同時に、こうも考えたのである。ひょっとしたら、昔も今も世の殿方は女性に“superwoman”像を求めてやまない生き物なのではないか、と。

曲の要旨

あなたの好みに合わせて朝食を整えても、あなたは不満を口にするばかり。あなたと私、以前ほど会話を交わさなくなってしまったわね。心の奥底では深く傷ついているけれど、私には私なりのプライドがあるから、泣いたりなんかしないわ。けれど、本当は今にも萎えてしまいそうなのよ。私はあなたが理想とする良妻賢母なんかじゃないの。私だって普通の人間なのよ。解ってちょうだい。いつどんな時もあなたの支えになってあげるわ。だけど私はあなたが望むような理想通りの女にはなれないのよ。あなたが私と同じぐらい私を愛してくれるのなら、私だってあなたに永遠の愛を捧げるわ。

1988年の主な出来事

アメリカ: 共和党候補のジョージ・ブッシュ(George Herbert Walker Bush/1924-)が大統領選で当選。
日本: 青函トンネルが開業する。
世界: イラン・イラク戦争が停戦。

1988年の主なヒット曲

The Way You Make Me Feel/マイケル・ジャクソン
Seasons Change/エクスポゼ
Wishing Well/テレンス・トレント・ダービー
One More Try/ジョージ・マイケル
Roll With It/スティーヴ・ウィンウッド

Superwomanのキーワード&フレーズ

(a) superwoman
(b) let down
(c) go through the emotions

この曲がヒットしていた1988年当時、世間の反応は“女性が共感した”ぐらいの記憶しかないが、よくよく傾聴してみれば、女性の権利を守ることを声高に提唱しているどこかの団体からお叱りを受けそうな歌詞である。とにかく主人公の女性がいじらしいまでにかいがいしい。歌詞を一聴(一見)すればお判りのように、彼女は朝から晩まで家庭を守る“専業主婦”だ。朝は旦那様の朝食を整え(そして文句を言われる)、夜は彼の帰る頃合いを見計らって夕食の準備をする(そして「腹は減ってない。それより新聞を読みたい」とすげなくされる)。それでも彼女は不満を漏らさない。夫にどんなに冷たくあしらわれようと、ジッと耐え忍ぶのだ。ああ、じれったいったらありゃしない!

今になって頭をよぎるのは、インタヴュー中にキャリン自身が歌詞を綴ったベイビーフェイスについて語った言葉。「彼が奥さんにこうあって欲しいと望む理想像」=スーパーウーマン……。もしかしたら、当時この曲の歌詞は女性の共感を得た、と思ったのは筆者の大いなる勘違いであって、じつは男性陣の心を捉えたのではなかったか。ううん……これだから殿方というものは……。恐らくほとんどの男性が愛する女性に望む理想像であろう(a)は、文字通り「超人的な女性、何事もものの見事にやってのける女性」という意味だが、実際には曲の主旨でも意訳したように「家事も育児も完璧にこなす女性=良妻賢母」という意味合いで使われることが多い。もちろん、この曲でもそう。実際、PVには夫役と子供役の俳優さんが登場している。そして淡々と家事をこなす主婦=キャリン……。当時、彼女はまだ23歳だったが、なかなか堂に入った奥さんぶりを演じていた。特に筆者が忘れられないのは、大きなシーツを外で干すシーン(恐らくアメリカ南部のどこか、という設定だったのだろう)。物干し竿ならぬ物干し紐を指でつかみ、切なそうな表情を浮かべて歌う姿が今もって脳裏から離れない。「私はあなたの望む良妻賢母なんかじゃないの!」という歌詞が「私だって心を持ったひとりの人間なのよ!」と聞こえるシーンである。あの大きなシーツが風に煽られる様子に彼女の心の揺れが投影されているかのようで、鮮烈だった。

(b)は辞書の“let”の項目にイディオムとして載っているもので、意味は「~を失望させる、見捨てる、裏切る、辱める」など。ここでは「私はあなたにlet downされるような女じゃないの」と歌われていることから、意訳すれば「あなたに侮辱されてたまるもんですか」といったところだろうか。ここのフレーズからは、「私がいつまでも貞淑な妻を演じていられると思ったら大間違いよ!」という“耐え忍ぶ妻”の心の叫びが聞こえてきそうだ。それでも彼女はおいそれとは不満を爆発させよとはしない。何故なら、ここまで邪険にされてもなお夫を愛しているからだ。こうしたこまやかな感情表現もまた、キャリンのヴォーカルによって支えられている。実際の彼女は、カラッとした明るい女性だったのだが、そこはベイビーフェイスの指導の賜物だろう。更に踏み込んで言うなら、キャリンは私生活では稀代のソングライター/プロデューサー・コンビのジミー・ジャム&テリー・ルイス(L.A.&ベイビーフェイスの好敵手だった)のルイス氏と1991年に結婚、一児を儲けるも1999年に離婚。2007年に再婚し、現在はそのお相手と幸せに暮らしているとのこと。彼女が実生活で“superwoman”になろうとしたか否かは判らない。しかしながら、どこかしらこの大ヒット曲が彼女のイメージにつきまとっていたのではないか、とも思う。

面と向かっては言わないものの、この曲の主人公は思いを歌に託しつつ夫への不満を吐露し続ける。取り分けイディオム(c)を含むフレーズは辛辣だ。曰く「あなたは何でもかんでも(=愛情表現)上辺だけで済ますのね」。(c)は「(動作や仕草などを)お義理でやる、形式的に済ます」といった意味で、つまり愛情のカケラも感じられないような抱擁やキスなどをするのね、と暗に相手を責めているのだろう。ここのフレーズを歌うキャリンのヴォーカルには怨念すら感じられてちょっとコワい。まあ、悪いのは夫の方なのだが……。

さてさて、この女性はそのうち夫に対する不満を大爆発させるのだろうか?――歌詞ではそこまで語り尽くされていないため、その後この夫婦がどうなったかは判らない。筆者が勝手に想像するに、恐らく彼女はずっとそのまま“superwoman”を演じ続けるのではないだろうか。先述のように、夫への不満を延々と述べつつも、彼女は決して夫への愛が冷めてしまった、とは歌っていないから。どころか、見返りを望んでいるにせよ、この先もずっと夫を愛する、とまで言い切っているのだ。何とまあ出来た奥さんなんだろう!

恐らく今もキャリンはこの曲をステージ上で歌い続けていることだろう。が、彼女自身も結婚と離婚、更には再婚を経験して、この歌への感情移入の仕方が以前とは異なっているのでは、という気がしてならない。まだ20代半ば頃だった彼女が歌うこの曲をナマで聴いたのだが、現在の彼女がどういった解釈で「私はあなたの理想通りの良妻賢母なんかじゃないのよ!」と歌うのか、無性に聴いてみたいと思う。そして機会があれば、あの時のインタヴューで訊ねることができなかった次の質問をぶつけてみたい。「あなた自身はこの曲の主人公に感情移入ができますか?」と。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。


Layla(1971/全米No.10,全英No.4)/デレク・アンド・ザ・ドミノス(1970-71)

2013年 11月 27日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第107回

107layla.jpg

●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/layla-lyrics-derek-and-the-dominos.html

曲のエピソード

恥ずかしながら、若かりし頃にこの曲を初めて聴いた時からずっと“エリック・クラプトン名義”だとばかり思い込んでいた。クラプトンの熱心なファンの方々及びロックに造詣の深い方々なら先刻ご承知だろうが、正しいアーティスト名義は“Derek and The Dominos”。もっと間の悪いことに、手持ちの日本盤シングルは再発盤で、ピクチャー・スリーヴには思いっ切り“エリック・クラプトン”とプリントしてある(どアップの顔が赤いライトで照らされている例の写真)。もっとも、オールマン・ブラザーズ・バンドのメンバーで、わずか24歳にして不幸にも交通事故で急死してしまったギタリストのデュアン・オールマン(本名Howard Duane Allman/1946-1971)がギター演奏で「Layla(邦題:いとしのレイラ)」に参加していたことは、だいぶ前に音楽誌か何かで読んだ記憶がうっすらとあったのだが……。それでもこれはクラプトンのソロ名義のナンバーだと信じて疑わなかった。かつてここ日本でCMソングに起用された時も。「あ! クラプトンのLaylaだ!」と……。げに恐ろしきは思い込み。

バンドの活動期間は約1年足らず。しかしながら、この曲が残した印象は今なお鮮烈だ。だからなのか、「Layla」を大々的にフィーチャーしたバンド名義のアルバム『LAYLA AND OTHER ASSORTED LOVE SONGS』は、1970年の初回リリース以来、今日に至るまで全世界で何と約80種類(!)のヴァージョンがリリースされ続けている。クラプトン信奉者の旧知の音楽仲間によれば、近々、最新のボックス入りセットがまたまたリリースされるとの由。友人曰く「もうこれで最後にしてくれよって思っても、新しいヴァージョンが出る度についつい買ってしまう」。げに恐ろしき、もとい素晴らしきはファン心理。ちなみに、その友人の情報によれば、超豪華版のボックス入りセットのリリースが延期になったらしい。近年、ファン心理を煽るそうした有名アルバムの“未発表テイク満載”の豪華版が続々とリリースされているが、筆者はそれらを買ってもほとんど聴かない。予約して商品が届いた時点で安心してしまうからなのだろうか? 件の友人曰く「うちには開封していないボックス入りセットが約10個ぐらいあります……」。積読ならぬ積聴(←造語)。そして結局のところ、それ以前に愛聴していたLPやCDを聴くことになるのだ。

これはつとに有名なエピソードなので、ここで改めて触れるまでもないだろうが、念のために曲の背景をかいつまんでご説明すると、これはズバリ“不倫”がテーマである。本連載第29回で採り上げた、やはり不倫ナンバーであるビリー・ポールの「Me And Mrs. Jones」の拙稿でもチラリと言及したが、「Layla」はクラプトンの実体験に基づいて出来上がった曲だ。当時ジョージ・ハリスン(1943-2001)の奥方だったパティ(Pattie)さんに岡惚れしてしまったクラプトンが、抑え切れない恋心を託したのがこの曲。やがて彼女は離婚し、クラプトンと再婚。しかもその結婚式では、ジョージが盟友ポール・マッカートニーとリンゴ・スターを伴ってお祝いのパフォーマンスを披露したというのだから、彼の度量の広さには感服してしまう。但し、まだジョージの妻の座にあったパティさんは、この曲について事前に何も知らされておらず、いきなりリリースされた時にはかなり戸惑ったようだが……(苦笑)。タイトルこそそのものズバリの「Pattie」ではなかったものの、彼女は瞬時にしてこの曲が自分に向けて発せられた愛のメッセージだと察知したに相違ない。相手が有名ミュージシャンで、自分に向けた恋心溢れる楽曲をリリースしてくれるなんて、これ以上ないほどの幸せなんじゃないかと筆者は単純に羨ましく思う。が、当時のパティさんの複雑な心境の細部は、彼女自身にしか解らないことだろう。

筆者の音楽仲間には様々なジャンルの愛好家がいるが、クラプトンに関して言えば、大きく二分される。即ち“大好き”か“全く興味がない”のどちらか。圧倒的に前者の方が多数派なのだが(特にバンドでギターを演奏している友人)、少数派ながら後者もいる。正直に言えば、家人がそのうちのひとり。理由は……言わぬが花でしょう。よって、拙宅にはクラプトン絡みのレコードはクリームのLPと日本盤シングル、「いとしのレイラ」の再発日本盤シングルしかない。また、反クラプトン派のひとり(友人の知人)によれば、「クラプトンはAマイナーの人」だそうである。「曲の最初から最後までサビ」とも。愛憎は表裏一体であるから、彼はクラプトンの曲を聴き込んだ上でそう言っているに違いない、と、筆者の友人は弁護していた。確かに「いとしのレイラ」はイントロからしてサビっぽい=いきなり耳に残る。シングル・ヴァージョンの演奏時間(3分7秒)が短いとは言え、最初から最後までどこを切っても印象深い。メロディ、歌詞、ヴォーカル、演奏――その全てが。

“エリック・クラプトンがデレク・アンド・ドミノス時代に発表した不滅の名作が、この「いとしのレイラ」です。以前はポリドール・レーベルで発表されておりましたが、今回ファンの皆様の要望にこたえ再発売されることになりました。クラプトンとデュアン・オールマンとのギター・プレイは今でも新鮮さを感じさせてくれます”――以上、1978年リリース「いとしのレイラ」再発日本盤シングルのミニ・ライナーノーツより(※無記名)。

曲の要旨

誰もそばにいてくれなくて孤独感に襲われた時、君はどうするの? 君は(僕の気持ちに気付いていながら)ずっと僕をじらしてばかり。取るに足らないプライドが君をそうさせてるんだろ。レイラ、こうなったら恥も外聞もかなぐり捨てて君に懇願するよ。不安でいっぱいの僕の気持ちをどうか鎮めてくれ。君の夫が君をないがしろにするから、僕は君を慰めてあげようと必死だった。僕はそんな君に見境もなく恋してしまったんだよ。君と出逢ってから僕の毎日は混乱しっ放しだったんだ。レイラ、こうしてひざまずいてお願いしているのさ、不安に駆られている僕の心を落ち着かせてくれよ。

1971年の主な出来事

アメリカ: 憲法修正第26条で、全選挙で18歳以上に投票権を与えることを決定。
日本: ハンバーガー大手チェーンのマクドナルドが日本の第1号店を銀座にオープン。
世界: 中国の林彪副主席が亡命を企てるも、搭乗した飛行機が墜落して死亡。

1971年の主なヒット曲

Just My Imagination (Running Away With Me)/テンプテーションズ
Another Day/ポール・マッカートニー
Bridge Over Troubled Water/アレサ・フランクリン
What Is Life/ジョージ・ハリスン
Have You Seen Her/シャイ・ライツ

Laylaのキーワード&フレーズ

(a) a woman’s old man
(b) get someone on his/her knees
(c) ease one’s mind

1stヴァースだけ聴いた時点では、この曲をすぐさま“不倫ナンバー”と察知するのは難しい。もちろん、曲に関するエピソードを全く知らない状態で聴いた場合に限るが。そして例の強烈な印象を残すコーラス部分♪Layla, you got me on my knees… に移行し、続く2ndヴァースに登場する(a)を耳にして初めて“これは……!”と気付かされるのだ。(a)を直訳すれば「(ある女性の)年老いた彼氏=恋人」だが、ここはズバリ「夫」を指す。“old”には、「年老いた」ではなく「君がずっと一緒に暮らしてきた」というニュアンスが含まれており、ハッキリと“your husband”と言うよりも主人公の男性の嫉妬心が滲み出ているような気がする。“old”には「これまで経てきた年月」の意味合いもあり、裏返せば「僕が君と一緒に“暮らせなかった”年月」ということだろう。もっと意地悪な解釈をすれば、“your old man=君がもう飽き飽きしているあいつ”だろうか。パティさんが戸惑った、というのにもうなずける。(a)が登場するヴァース全体に、クラプトンが彼女に向けた「好きで好きでたまらない!」という気持ちが横溢しているから。これを聴いて“your old man”呼ばわりされたジョージはどう思ったのだろう……? 妻を友人=クラプトンに奪われてもなお彼との友情を育んでいたというジョージ。本当にお優しい方だったんですね……。

(b)はラヴ・ソングに頻出するイディオムのひとつで、読んで字の如く「ひざまずく」という意味。ここでは“get”が使役の動詞の役割を果たしており、“get + ~ing”でも同じ意味になる。例えば――

♪You got me singing La-La-La-La…
♪You got me going hmmm…
♪You got me wanting (needing) more

……などなど。“get”の代わりにやはり使役の動詞である“make”を用いると、“make +目的語+動詞の現在形”であることは、みなさんもご存じのはず。“get + ~ing”は、どちらかと言えば口語的で、洋楽ナンバーではしょっちゅう見聞きする言い回し。もちろん、普段の会話でも耳にする機会が多い。そして「(相手の女性が)自分をひざまずかせる=思わず相手に向かって懇願してしまう」というフレーズは、何故だか男性シンガーの歌詞に多い。1980年後期~1990年代初期、こうした“懇願する男性”のR&Bナンバーが大流行したことをご参考までに記しておく。当時、どういうわけだか「俺について来い!」タイプの男性シンガーは敬遠されがちで、「ひざまずいて懇願」する男性シンガーがわんさかいたものだ。今でもそうしたタイプの男性R&Bシンガーがもてはやされる傾向にある(例えばNe-Yoなど。筆者の友人、特に若い女性に彼の大ファン多し)。

(c)は辞書の“ease”の他動詞の項目に必ずと言っていいほど載っているイディオムで、「~の心を軽くする」という意味。これまた洋楽ナンバーには欠かせないイディオムのひとつと言ってもいいほどで、(c)が含まれるフレーズを過去に一度も歌ったことがない、というシンガーは皆無に等しいのではないだろうか。この曲にしてもそうだが、大抵の場合、(c)を含むフレーズの前後には“please”を伴う。懇願モード爆裂フレーズ。では、この曲の主人公の心は何故に“worried”の状態に陥っているのか?――答えはひとつ。恋する相手の女性が人妻だから。ううん……クラプトンさん、真剣そのもの! アツいです!

不倫ナンバーでありながら、否、だからこそ(?)ストレートな愛情表現がいっそ心地好い。確かに持って回ったような言い回しもあるが、曲全体を通して聴いてみると、むしろ爽快感さえ残る。恋愛に関して言えば、得てして女性の方が男性よりも割り切りが早いと言われるが、女性が歌う不倫ナンバーはもっとドロドロとしている場合が多いような……。中には“怨念てんこ盛り”のような不倫ナンバーもあって、聴いていてツラくなるものも。後にクラプトンの恋が成就して晴れてパティさんを手中に収めた、ということを前もって知っていたためか、この曲にはそのドロドロ感が微塵も感じられない。一気に+ノリノリで聴いてしまえる。ただ、この曲を作っている最中の彼の心中を慮れば、軽々に“爽快不倫ナンバー!”と言ってしまうのは大変に失礼だろう。ごめんなさい、クラプトンさん。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。


« 前のページ次のページ »