『三省堂国語辞典』のすすめ その100

2009年 12月 30日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

三国は、進化し続ける。


【『三国 初版』】

 『三省堂国語辞典』の編集委員として、その魅力を多くの人に知ってもらおうと書き始めた文章が、もう100回になりました。これを潮に、この連載を終えることにします。

 『三国』の魅力は、これまで書いただけではとうてい尽くせず、全部で8万回ぐらいは書き続けられるかもしれません。『三国』には約8万のことばがあるからです。でも、あまり書いては、読者自身が『三国』から発見する楽しみを奪ってしまいます。私の案内は、やはりこのへんでとどめておきましょう。

 しめくくりに、私が考える『三国』の長所を、もう一度まとめてみます。

歴代の『三国』
【歴代の『三国』】

 まず、『三国』は、新しいことばを積極的に取り入れています。これは、新語辞典の項目をそのままちょうだいするという意味ではありません。たとえば「インカム」は、新語辞典では「収入」(income)しか載っていませんが、『三国』では、テレビのディレクターなどがつけている通信機(intercom)のことも載っています。

 また、世間でよく使われるのに辞書に載っていなかったことばを、ていねいに拾っています。たとえば「薄掛け」(毛布)は、スーパーのちらしでも見かけますが、『三国』のほかに載せている辞書はあまりないはずです。

 あるいは、意味の変化を見逃しません。たとえば「追記」には、〈DVDなどにデータを追加して記録すること〉という新しい意味が生まれています。『三国』では、このような新しい意味を、ブランチの2や3などとして示しています。

 ことばの説明にあたっては、簡単な用語で、短く、分かりやすくまとめています。これを、私は「シンプルな似顔絵」と表現しました。くわしい肖像画よりも、さっと描いた似顔絵の方が実物に迫る場合があることは、何度か強調したところです。

 これらの長所は、かつての主幹、見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)以来の実証主義に支えられています。つまり、現代語の実例を、新聞・雑誌・テレビなどから数多く採集し、それを紙面に色濃く反映させるというのが、『三国』の方針です。

 今回の『三国 第六版』は、こうした従来の方針を受け継ぎ、より徹底させようと努めました。古い『三国』をご愛用の方には、ぜひ、この機会に最新版をお使いになることをお勧めします。『三国』は進化しています。これからも進化し続けることでしょう。

 

★新年から、「国語辞典の選び方」についての新しい連載を始めます。こちらもどうぞご期待ください。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。
飯間先生の予告にある通り、今回でこの連載は終了いたします。
新年より、今度は「国語辞典の選び方」をテーマに新連載が始まります。⇒「国語辞典入門」アーカイブ


『三省堂国語辞典』のすすめ その99

2009年 12月 23日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

谷底を何と読む、ぎっちょんちょん。

谷底の写真
【落ちたらこわい】

 「谷底」ということばが、『三省堂国語辞典 第六版』に新しく入りました。といっても、感心する人はあまりいないかもしれません。だれでも知っていることばだし、意味も簡単です。むしろ「わざわざ載せなくてもいいのでは」という声が飛んできそうです。

 でも、「谷底」は辞書に載るだけの理由があります。「たにそこ」か「たにぞこ」か、発音が問題になるからです。だいぶ以前のことですが、大学の先生が新聞に投書して、端(はじ)・大輪(だいりん)・古本(ふるぼん)などと濁って発音するのを聞くと〈耳を覆いたくなる〉と書いていました(『朝日新聞』1988.5.20 p.5)。この先生は、「谷底」も「たにぞこ」ではいけないという意見でした。

 このへんは、じつはちょっと入り組んでいます。「船底」は「ふなぞこ」、「鍋底」も「なべぞこ」と濁音で言うのがふつうです。茶碗の底に出っぱった支えの部分を「糸底」と称しますが、これも「いとぞこ」と濁ります。

糸底の写真
【ここが糸底】

 一方、「手底」と書いて「たなそこ」、「水底」と書いて「みなそこ」など、濁らないことばもあります。ただし、こちらは、語源的には「手な底」「水な底」で、「な」は「の」ということですから、厳密な複合語ではないわけです。

 「谷底」はどうかというと、「たにそこ」が本来でしょう。もっとも、「船底」「鍋底」などに準じて考えれば、「たにぞこ」でもよさそうです。TM NETWORKの「JUST ONE VICTORY」(作詞:小室哲哉、1992年)という曲では〈山を超え谷底〔たにぞこ〕を進んで〉、THE BOOMの「TIMBAL YELE」(作詞:宮沢和史、1996年)では〈谷底〔たにぞこ〕で砕け散ろうと〉と歌っています。アニメ「耳をすませば」(1995年)の挿入曲「半分だけの窓」(作詞:宮崎駿)の中には〈谷底〔たにぞこ〕みたいな私の部屋〉という語りが入っています。現代の大勢も、まあ「たにぞこ」でしょう。

CDの写真
【「ぎっちょんちょん」を収録】

 ところが、意外に思われるかもしれませんが、『三国』は、こういうふうに論争のあることばは、「本来」とされる言い方をわりあいに尊重しています。この項目でも、清音の「たにそこ」を見出しに掲げ、「たにぞこ」は本文に添える形にしました(誤りとはしていません)。さらに、「高い山から谷底見れば」という、俗曲「ぎっちょんちょん」の一節を用例につけました。CDで聴くと、これは「たにそこみれば~」と歌っています。

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 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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『三省堂国語辞典』のすすめ その98

2009年 12月 16日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

ビシッと決め打ち。ボールならいいけど。

学生レポート
【決め打ちレポートはだめよ】

 文章を書くとき、まだ実際に調べてもいないのに、あらかじめ「こういう結論にしよう」と決めてかかることがあります。これを「決め打ち」と言います。「ある程度決め打ちしなくちゃ、書けませんよ」などと使います。単に仮説を立てるのとは違って、結論まで決めてしまうのですから、真実から離れるおそれが強まります。

 「決め打ち」は、『三省堂国語辞典 第六版』で初めて収録しました。「決める」と「打つ」からなるごく平凡なことばの割には、見ただけでは意味が取りにくいので、辞書に載っていれば便利だと思います。

 報道や論文で「決め打ち」をするとろくなものになりませんが、創作なら話は別です。この場合は、結論をあらかじめ決めるというのとはちょっと違います。作家の万城目学さんは、京都を舞台にした小説が大評判になった後、次回作の舞台を奈良にしました。

野球のヒッティング
【野球から来たか?】

 〈「京都の次は決め打ちでやろう、と場所と題名を先に考えた。主人公が何かにしくじってシカの顔になるとか、シカがしゃべるとか」〉(『毎日新聞』夕刊 2007.8.3 p.3)

 小説のテーマよりも、道具立てを先に考えた、ということでしょう。こういった例を考え合わせて、「決め打ち」の語釈は次のようにしました。

 〈あらかじめ段取りを決めて、そのとおりにすること。「―報道」〉

 ところが、「決め打ち」はほかの場合にもよく使われます。たとえば、野球で〈決め打ちすれば、ワンバウンドしそうな低い球をも本塁打してしまう城島〉(『毎日』2001.6.20 p.19)。また、囲碁で〈〔小林光一棋聖(当時)は〕「ここはこう打つものだ」という、いわゆる決め打ちで決断も速い。〉(『朝日』夕刊 1988.8.31 p.7)といった具合です。

囲碁の盤面
【囲碁から来たか?】

 野球も囲碁も文字通り打つものですから、こちらのほうが本来の用法に近いでしょう。これを1番目の意味に載せることにしました。ただ、そもそもの出元は、野球か、囲碁か、それは分かりません。結局、平等に次のように記しました。

 〈1〔碁石(ゴイシ)・ボールなどを〕あらかじめ決めたとおりに打つこと。「ストライクを―する」 2〔上記のとおり〕〉

 このほか、ゴルフ・将棋(指すものなのに?)・株の取り引きなどの例も出てきます。かなり広く使われることばです。

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『三省堂国語辞典』のすすめ その97

2009年 12月 9日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「ルンルン」の語源は1979年。なのかな?

踊る女子学生
【ルンルン気分】

 『三省堂国語辞典』は現代語の変化を敏感に取り入れる辞書ですが、それにしては、ある新語が「何年に生まれた」といった記述がありません。これは、ことばがいつ生まれたかを特定することがむずかしいからです。厳密に学問的にやろうと思えば、確認できる最古例を掲げて、時期を暗示するしかありません。

 はずんだ気持ちを表す「ルンルン」も、よく使われた(今も使われる)ことばで、『三国』では第四版(1992年)から入りました。でも、発生時期は示していません。この語について、テレビアニメ「花の子ルンルン」(1979~80年)から来たという話をよく聞きますが、そこまではっきり言えるものでしょうか。

新聞記事(見出しでは「ルンルン」の最古例)
【『朝日』夕刊 1982.8.14】

 米川明彦編『日本俗語大辞典』(東京堂出版)を見ると、「ルンルン」は〈1982年から流行する。〉とあります。同書でも語源は「花の子ルンルン」説を採っていますが、ほかに、〈子供の『お手手つないでルンルンルン』から。〉という説も紹介しています。

 「ルンルン」が1982年から流行したのに、もとになったのが1979~80年のアニメだとすれば、時間的な隔たりがあります。それに、1982年以前に使われた「ルンルン」の例は、「花の子ルンルン」に限りません。

 草野心平の有名な詩「河童と蛙」(1938年)では、〈るんるん るるんぶ/るるんぶ るるん〉という、踊る河童の〈唄〉が繰り返されます。中学の教科書にも出てきます。

 河童の唄は特殊だとしても、一般に、歌の中で「ルンルン」というスキャットはよく使われます。かぐや姫の「置手紙」(1974年)では、〈ルンルン ルルル…/今日の淋しさは 風にごまかされて/いつまでも 消えそうもない〉(作詞・作曲:伊勢正三)。

林真理子「ルンルンを買っておうちに帰ろう」(1982)
【ルンルンといえば…】

 さびしい曲で、ちょっと「ルンルン気分」にはつながらないでしょうか。それなら、1978年のアニメ「ペリーヌ物語」はどうでしょう。〈ルンルン ルルル ルンルン…/春のかぜが やさしく/やさしく ほほをなでる〉(作詞:つかさ圭/作曲:渡辺岳夫)と、主題歌ははずむような曲です。「花の子ルンルン」より1年早い放送です。

 おそらく、1980年代、若者の頭の中には、こういったフレーズがいろいろ入っていたのでしょう。それが、「ルンルン気分」などの言い方として現れたものと推測します。そう考えると、年代を添えて語源を示すことには、やはり慎重にならざるをえません。

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『三省堂国語辞典』のすすめ その96

2009年 12月 2日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

外からの目で、日本語を知る。

外国人学生
【キャンパスには多様な学生が】

 留学生のAさんが、雑誌に〈あなたの理想の相手を診断します!〉とあるのを見とがめました(その記事は『Hot Pepper』2007.6 p.241)。彼女によると、「診断」の使い方がおかしい、これでは「あなたの恋人を診察します」という意味になるというのです。

 思いも寄らない指摘に驚きました。たしかに、『三省堂国語辞典』(旧版)を見ると、「診断」には「診察して病気の状態を判断すること」「欠陥があるかどうかを判断し、必要な処置を決めること」の意味しかないので、冒頭のような例は解釈できません。

「診断」の例(週刊ポスト2009.12.11)
【運勢診断?!】

 気をつけていると、「相性診断」「ネット診断」など、同様の使い方は少なくありません。従来のブランチには収まらないとみて、『三国』の第六版では、「診断」の項目に

 〈3 うらない。「相性(アイショウ)―」〉

 という意味をつけ加えました。要するに「占い」の言い換えとみたわけです。「運勢診断」などという例もあり、運勢はふつう「診断」できるものではないので、これはどうしても新しい意味だと考えざるをえません。

 別の留学生Bさんから、大江健三郎「飼育」の中に「事を運ぶ」とあるのが分からない、と言われたことがあります。

「事を運ぶ」の例
【大江健三郎「飼育」】

 〈僕は〔略〕事を運ぶに際して周到さは持ちつづける専門家のように、眉をひそめて広場を横ぎり子供たちを一瞥もしない。〉(『死者の奢り・飼育』新潮文庫 p.113-114)

 『三国』旧版には、「事を運ぶ」は載っていませんでした。もっとも、「運ぶ」には〈〔ことを〕進める。「交渉(コウショウ)を―」〉とあるので、これを見ればいいとも言えます。でも、「事を運ぶ」で熟したことばなので、見出しに立てたいところです。第六版では次のように記述しました。

 〈事を運ぶ[句]ものごとを順を追って実行する。「てきぱきと―」〉

 辞書は、新語や難解語だけでなく、こういった一見当たり前のことばもすくい取り、きちんと説明しなければなりません。でも、当たり前のことばは、ともすると見過ごしがちです。それだけに、AさんやBさんの指摘は印象深いものでした。

 留学生は日本語を学びにくるのですが、彼らから日本語について学ぶことも多くあります。これは日本語研究に限らず、いや、学問に限らず、何に関しても言えることです。

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『三省堂国語辞典』のすすめ その95

2009年 11月 25日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

三国の説明、けっこう足で書いてます。

恥ずかしくて赤くなる
【恥ずかしくて赤くなる】

 「顔が広い」「目に入れても痛くない」など、『三省堂国語辞典 第六版』には約4000の慣用句が入っています。「慣用」というからには昔から使われているようですが、新しい慣用句もあります。また、あまりにもなじみすぎているせいか、これまでの辞書に漏れていた慣用句もあります。『三国』では、そうした慣用句の発見に努めています。

 変わったところでは、「赤くなる」という慣用句が載っています(1982年の第三版から)。こんなものが載るなら、「白くなる」「高くなる」など、何でも載せてよさそうですが、「赤くなる」は、特に恥ずかしいときの顔色について言うので、慣用句と認められます。「青くなる」も、おそれたり心配したりしたときに使う慣用句です。これらを載せたのは『三国』が最初ではありませんが、今出ている国語辞典の中では早いほうでしょう。

どの口が言うのか
【どの口が言うのか】

 今回の第六版でも、慣用句を増補しました。たとえば、「どの口が(で)言うのか」ということばは、まだ載せている辞書はあまりないはずです。こんなふうに使われます。

 〈〔自分は自信がないくせに〕「私がついてます」って、どの口が言えたんでしょうか。〉(NHK「連続テレビ小説・ちりとてちん」2007.10.26 8:15)。

 言いかえれば、「よくもずうずうしく言うものだ」ということです。この言い方は古く、尾崎紅葉『続金色夜叉』(1902年)にも、〈「間さん、貴方はその訳を御存無いと有仰るのですか、どの口で有仰るのですか」〉と出てきますから、辞書に載ってもいいことばです。

足で書いた文章
【足で書いた文章】

 あるいは、「足で書く」(歩きまわって調べたことをもとに文章を書く)ということばもおもしろいと思うのですが、辞書にはあまり見えません。これも、今回の版に収録しました。『三国』の編集主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)も使っています。

 〈「日本語の現場」という続きものは足で書いた、いい企画記事だと思います。(『辞書と日本語』玉川大学出版部 1977 p.137)

 国立国語研究所の「『太陽』コーパス」では、1925年の記事に〈僕の紀行文だけは、これでほんたうに足で書くつもりで、〉とありますから、やはり古い言い方のようです。

 最近よく使われる慣用句には、「空気を読む」などがあります。第六版では、「読む」の用例に「その場の空気を読む」を加えましたが、項目に立ててもよかったかもしれません。次の版で候補になりそうな新しい慣用句は、手元にけっこう集まっています。

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『三省堂国語辞典』のすすめ その94

2009年 11月 18日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

談話を発出? 出発じゃないの?

安倍首相辞任新聞記事
【はるか昔のことのよう】

 『三省堂国語辞典 第六版』の編集作業が頂点に差しかかっていた時点の首相は安倍晋三氏でした。安倍首相は、国の枠組みを変えようとはりきっていたせいか、たくさんの新語を造り出しました。政府がマスコミを通じて流すことばは絶大な影響力があり、辞書を編集する側としては無視できません。

 「美しい国」というキャッチフレーズとともに繰り返されたのは「戦後レジームからの脱却」でした。戦後の政治体制の枠組みを見直そうというわけです。「戦後レジーム」がさかんに使われだしたので、『三国』でも「レジーム」を新規項目に立てることになりました。当初の原稿では、語釈は〈政治体制。制度。「戦後―」〉としておきました。

 ところが、第六版の編集が終盤を迎えた2007年9月、安倍首相は突然辞任してしまいました。それとともに、「戦後レジーム」の議論もばったり沙汰やみになりました。「戦後レジーム」ということばは、にわかに古くなりました。新語には、えてしてこういうことが起こります。辞書に載せるのは慎重でなければなりません。

福田首相辞任新聞記事
【ひどく昔のことのよう】

 とはいえ、「レジーム」ということばそのものは、ほかでも使われます。結局、用例を〈「アンシャン―〔=旧体制〕・―チェンジ〔=政権交代〕」〉と差し替えて、項目はそのまま立てることにしました。この項目は、安倍首相のおかげで立ったものといえます。

 キャッチフレーズ以外にも、安倍首相がさかんに繰り返すので注目したことばもあります。たとえば、「発出」がそうです。

 〈政府としてですね、えーこの官房長官談話を発出をし、内外に政府としてのしめい、えー、内外として、内外に対して、政府としてのまあ姿勢を、まあ示したと。〉(NHK「ニュース7」2006.10.05 19:00)

麻生首相ポスター
【かなり昔のことのよう】

 「出発」ではありません。一種のお役所ことばです。手元の用例を見ると、安倍首相だけでなく、同時多発テロに際して福田康夫官房長官が〈お見舞いのメッセージを発出いたしました〉(NHK「ニュース」2001.09.12 12:50ごろ)と言っていたりして、用例が多いので、新規項目として立てることにしました。

 語釈は〈文書・談話などを、外に向かって出すこと。「通知を―する」〉です。その後もよく耳にしますが、この意味を載せる辞書は多くないはずです。

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『三省堂国語辞典』のすすめ その93

2009年 11月 11日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

ミカドのご寵愛? ご鍾愛?

猫の置物(明治村・漱石の家)
【寵愛の猫】

 『三省堂国語辞典 第六版』のための改訂作業では、すでに載っているむずかしい語の説明も見直しました。たとえば、「寵愛」は、旧版では〈特別に愛すること。〉とありますが、これでは「楽器を寵愛する」と言えるかのようです。修正することになりました。

 ほかの国語辞典を見ると、「寵愛」は〈上の人が下の者を〉または〈権力者が身のまわりの特定の者を〉かわいがること、という説明が目立ちます。私も、「寵愛」といえば、『源氏物語』の現代語訳の冒頭にある〈帝の御寵愛を一身に鍾(あつ)めているひとがあった〉(円地文子訳)といった言い回しを思い出します。

 ところが、用例を調べると、必ずしも位が上の人が下の人を寵愛している例ばかりではありません。「母が息子を寵愛する」というのはまだその範囲に含まれるとしても、人が鳥や馬を寵愛する場合もあります。芥川龍之介「白」には〈エドワアド・バアクレエ氏の夫人はペルシア産の猫を寵愛している〉と出てきます。

角川文庫 源氏物語
【「寵愛」ならこの物語】

 これらの例をすべて覆う動詞を挙げるなら、さしずめ〈かわいがる〉です。今回の第六版の説明では〈特別にかわいがること。〉とした上で、ただし、代表的な使い方を示すものとして、「みかどの ご寵愛」という用例を添えました。

 一方、「寵愛」とよく似たことばに「鍾愛(しょうあい)」があります。これは、今回新規項目になりました。むずかしいことばですが、たまに小説などで目にするので、採用したのです。これはどう説明すべきでしょうか。

 ふたたび、ほかの国語辞典を見ると、〈深く愛すること〉〈深くかわいがること〉と説明してあるものの、「寵愛」との違いが分かりません。もし、同じ意味ならば、「鍾愛」の項目に同義語として〈……寵愛。〉を記さなければなりません。

渋沢龍彦の小説
【澁澤龍彦『唐草物語』p.32】

 そこで、用例を探してみます。「寵愛」は妃などをかわいがる例が多いのに対し、「鍾愛」は、「鍾愛の孫姫」というように、自分の子や孫に使う例が目につきました。また、特筆すべきは、〈〔蹴鞠(けまり)の鞠は〕鍾愛のオブジェ〉〈〔本の〕一冊を鍾愛して〉など、物に使う例が多かったことです。『大辞林』にも、物の用例が挙がっています。

 ここから、「鍾愛」の語釈は、〈〔人・物を〕深く愛すること。〉と、あえて「物」を明示しました。「寵愛」は物に対する感情には使いにくいでしょう。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。


『三省堂国語辞典』のすすめ その92

2009年 11月 4日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

『三国』の郵政改革?

中野郵便局
【JPって何の略?】

 政権交代が起こって以来、連日、目新しいニュースが続いています。10月には日本郵政の新しい社長が、新政権の方針に沿って決まりました。私はこういったニュースからとても目が離せません。政治への関心からということもありますが、「『三省堂国語辞典』の次の版はどうなるんだろう」と考えるからでもあります。

 『三国』と日本郵政とは、浅からぬ因縁があります。もちろん、辞書の上での話です。世の中のことばの変化を積極的に採り入れようとする『三国』は、制度が変われば、それをていねいに反映しようと努めます。『三国』の第六版の校了は2007年11月ごろでしたが、その1か月前、10月1日に日本郵政株式会社が発足しました。それで、校了間際の慌ただしいときに、すべりこみで「JP」という項目を入れました。

郵便ポスト
【郵便ポストも変遷した】

 原稿段階では、会社の発足と、第六版の刊行と、どちらが先になるか分からないので、とりあえず「日本郵政公社」という項目を予定していました。それが、直前になって、「日本郵政株式会社」に差し替えられました。でも、辞書の項目として一民間企業の長い名称が載るのは違和感もあり、結局、略称の「JP」が採用されました。「JP」は、第六版の新規項目の中でも、いちばん最後に決まった項目のひとつということになります。

 郵便事業の変遷とともに、『三国』の記述はいろいろと変化しています。なかでも移り変わりが激しいのは、「郵便局」の語釈です。

明治村・宇治山田郵便局
【昔の郵便局(明治村)】

 「郵便局」は、『三国』の前身『明解国語辞典 初版』では、〈逓信大臣の管轄の下に、郵便の事業を取扱ふ役所。〉となっていました。これが戦後の改訂版では、〈郵政大臣の管理のもとに……〉に変わり、『三国』でも、初版から第四版まではほぼ同じ説明でした。ところが、2001年の中央省庁再編を経て、第五版では〈総務省の管理の もとに、郵便・郵便貯金などの仕事を取りあつかう所。〉に変わり、さらに、2003年には日本郵政公社が発足したため、途中の刷りから〈日本郵政公社の管理の もとに……〉と修正されました。

 今回の第六版で、「郵便局」は〈郵便・貯金・保険の窓口業務などをあつかう・会社(事務所)。〉と改められました。街の郵便局の様子はさほど変わらないのに、語釈だけがぐるぐると変わっているのは、おかしくもあります。次の第七版では、どういう語釈に変わるのか、それとも変わらないのか。私にもまだ分かりません。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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『三省堂国語辞典』のすすめ その91

2009年 10月 28日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

お役所仕事は、たしかに困るけど。

東京都庁
【この役所の仕事ぶりは?】

 インターネットのサイトを見ていると、『三省堂国語辞典』でおもしろい語釈や例文を見つけたと紹介されていることがあります。個性的な語釈・例文というと『新明解国語辞典』のそれが思い浮かびますが、『三国』を見てにやっとする人もあるようです。

 たとえば、「マダム」の例文に「バーのマダムといっても、やとわれマダムです」とあるといいます。なるほど、おかしみを誘うかもしれません。第二版からで、「雇われマダム」ということばを示すためだったのでしょう。後の版で「雇われマダム」は別に立項されましたが、この例文は残り、今に至ります。今回の第六版では、「雇われマダム」は項目にせず、「雇われの身」などとともに「雇われ」の用例としました。

役人の後ろ姿
【お役所勤め、ごくろうさま】

 あるいは、「さすが(に・の)」の項目で、「さすがは田中君だ」「さすがに田中だ、よくやった」などと、4つの例文すべてに田中君が登場していたという指摘もあります。これも第二版からです。たしかに奇妙というわけで、第五版では「山田君」「中川」「中村」などと改められた代わりに、田中君は消えてしまいました。

 第六版の改訂時に問題になったのは、「役所」の例文です。なにしろ「お役所仕事は のろくてこまる」というのです。ひとつしかない例文がこれでは、役所勤めの人は憤激するかもしれません。

 辞書によっては、「役所」の項目で「お役所仕事」ということばに触れ、形式的で遅い仕事ぶりのことだと説明したものもあります。『三国』の「役所」の例文も、「お役所仕事」を説明するつもりで「……のろくてこまる」と書いた可能性はあります。ところが、『三国』には別に「お役所仕事」の項目があるため、やはりこの例文は不必要なのです。

『東大生が書いたお役人コトバの謎』
【三省堂刊 お役所ことばの本】

 これも、くしくも第二版からのものです。『三国』の第二版は、主幹の見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)が初版の刊行後に着手した用例採集の成果が盛りこまれ、ユニークさの度合いが高まっています。私の好きな版であることは断っておきます。

 第六版では、「役所」の用例は「お役所ことば」に改め、あわせて「お役所仕事」への参照の印をつけておきました。必ずしもこれで辞書のユニークさが弱まったとは言えないでしょう。私個人としては、役所に対していろいろ言いたいことがありますが、辞書を編集するに際しては、個人の不満・憤懣を表すのは控えておきます。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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