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国語辞典入門:語釈(意味説明)のしかた 文末の形式と品詞

2010年 9月 1日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第32回 語釈の文末は形式が決まっている

 ことばの意味を説明することは、日常会話でも、テレビや新聞でもよくありますが、それらの場合に比べて、国語辞典の語釈は、形式がよほど厳密に決まっています。

 歌舞伎に関するテレビ番組を見ていた時、「やつす」ということばについての説明がありました。〈「やつす」とは、みすぼらしいさまだけどかっこいいこと〉と定義されていました(NHK BS-2「プレミアム8・極付歌舞伎謎解」2010.3.8 20:00)。商家の若旦那が勘当されて、身を質素に「やつす」のは、ファッションの要素もあったようです。

 なるほど、と思いましたが、この説明は、そのまま国語辞典の語釈にはなりません。歌舞伎特有の意味だからというだけでなく、説明の形式が辞書にふさわしくないからです。

 国語辞典の語釈の形式で、最も特徴的なのは文末です。できるだけ、名詞の語釈は名詞で、動詞は動詞で、形容詞は形容詞で終わるように書いてあります。たとえば、『三省堂国語辞典』で「細身」(名詞)、「細める」(動詞)、「細い」(形容詞)を引くとこうです。

 〈ほそ み[細身](名)①はばの せまい、きゃしゃな 作り。〉
 〈ほそ・める[細める](他下一)細くする。〉
 〈ほそ・い[細い](形)①〔長いものの〕はばが小さい。〉

 「細身」の語釈の最後は名詞「作り」で終わり、「細める」は動詞「する」、「細い」は形容詞「小さい」で終わっています。見出し語と語釈とが、きれいに対応しています。

 先のテレビ番組の例は、「やつす」という動詞の説明が、〈……みすぼらしいさま〉〈……かっこいいこと〉となっていて、動詞で終わっていません。辞書にふさわしくない形式だというのは、そういうことです。

 べつに形式なんかどうでもいいと思う人もいるでしょうか。でも、たとえば、「息子はいやしい姿に身をやつし……」の「やつす」を解釈するとき、辞書に「みすぼらしいさま」と名詞形の説明が出ていては、「いやしい姿に身を、みすぼらしいさま」となってしまい、意味が通じません。やはり、ここは語釈の最後を動詞形にして、

 〈やつ・す〔略〕(他五)〔目立たない姿に〕服装を変える。〉(『三省堂』)

というふうに説明しておくべきです。

見出し語と入れ替えても通じる語釈に

 項目によっては、見出し語と、語釈の文末の形式をそろえるのがむずかしい場合もあります。たとえば、動詞「あぶれる」の場合、語釈も動詞で結ぶはずのところですが、実際には必ずしもそうなっていません。『三省堂』の語釈は次のとおりです。

 〈〔人数が余って〕仕事などに ありつけない。はみ出る。〉

 「ありつけない」と否定形で締めくくっています。これと似た語釈を掲げる国語辞典は、ほかにもあります。でも、「あぶれる」と「ありつけない」は用法が違います。

 「倒産で仕事にあぶれる」という場合、「倒産で仕事にありつけない」と言い換えることはできません。むしろ、「仕事にありつけなくなる」としたほうがぴったり来ます。『現代国語例解辞典』(小学館)では、この語釈を採用しています。

 ところが、「仕事にあぶれる状態が1年も続く」という場合は、「ありつけなくなる」では意味が通りません。「仕事にありつけないでいる」と解釈しなければなりません。『新明解国語辞典』(三省堂)は、この語釈を採用しています。

 つまり、「あぶれる」は、「ありつけない」と否定形で説明しても、また、「ありつけなくなる」「ありつけないでいる」と説明しても、ぴったりした語釈になりません。「あぶれる」は動詞ですが、それを同じく動詞で説明するのは簡単ではありません。

 私自身が語釈を書くのに悩んだことばに、「すべる」があります。「スキーですべる」と言うときの意味はいいとして、「漫才でギャグがすべる」と言うときの「すべる」の語釈を、動詞で終わらせることができませんでした。

 最初の原稿では〈受けをねらったが、受けない。〉としてありました。「ない」と否定形で結んでいます。でも、「(ギャグが)すべってばっかりいる」を「受けないでばっかりいる」と言うと、日本語として変です。「すべる」イコール「受けない」ではありません。

 いろいろ考えた末、〈じょうだんなどが、受けずに終わる。〉という語釈にしました。なんとか動詞で終わる形にしたのです。

 国語辞典の語釈は、見出し語と入れ替えて文章の中で使っても、そのまま意味が通じるようになっているのが理想です。そのためには、見出し語が動詞なら動詞らしい語釈に、形容詞なら形容詞らしい語釈にする必要があります。お手持ちの辞書はどうでしょうか。

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〔お知らせ〕

「国語辞典入門」は、9月いっぱい休載いたします。英気を養い、10月から再開いたしますので、何とぞ引き続きご愛読ください。

追記:「9月いっぱい休載」と申しておりましたが、事情により、休載期間をいましばらく延長させてください。決して話の種が尽きたわけではありませんので、再開までお待ちいただければ幸いです。今後とも本連載をよろしくお願いいたします。  2010.10.1 筆者

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
文中にもありますように、しばらく休載となります。連載再開をどうぞご期待くださいませ。

国語辞典入門:語釈(意味説明)の括弧〔〕()や・△って?

2010年 8月 25日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第31回 語釈のカッコにも意味がある

 見出し語、漢字表記、品詞表示と来れば、次は、語釈、つまり意味の説明です。語釈は、どの国語辞典もふつうの日本語で書いてあり、読むのにそう困ることはないはずです。

 ただし、中には、語釈を限られたスペースに収めるため、括弧の使い方に独特の意味を持たせている国語辞典もあります。そういう辞書を使う人は、括弧の意味を知っておくと、説明がいっそうはっきり分かるようになります。

 括弧に特別の意味を持たせている国語辞典の代表は、『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』(三省堂)、それに『学研現代新国語辞典』です。この3つの辞書に共通する部分に焦点を当ててみます。

 まず、『三省堂』の「願文」「近郷」を比べると、括弧の使い方に違いがあります。

 〈願文 〔神仏にささげる〕願いごとを書いた文。〉
 〈近郷 (都会の)近くの いなか。〉

 語釈の冒頭に注意してください。前者には〔 〕(亀甲括弧)が、後者には( )(丸括弧)がついています。どうして、こんなふうに区別してあるのでしょうか。

 〔 〕も( )も、そこを読まなくても、ことばの意味はいちおう理解できます。「願文」は、文字どおりに解釈すれば「願いごとを書いた文」です。また、「近郷」は、これも文字どおりに読めば「近くのいなか」です。どちらの括弧も、その部分がなくても、最低限の説明にはなるという点では同じです。

 ただ、「願文」は、「お母さんに小遣いの値上げの願文を渡す」などいう使い方はしません。必ず神仏に捧げる場合だけに使います。ということは、〔神仏にささげる〕という部分は、「願文」の文字どおりの意味には含まれないにせよ、つねに必要な要素です。

 一方、「近郷」は、都会の近くの田舎も指しますが、村の人が「ちょっと近郷まで行って来よう」と出かけることもあります。単に「近くの田舎」も指すのです。「近郷」の意味のうち、(都会の)は、場合によって必要であったりなかったりする要素です。

 つまり、〔 〕も( )も、意味の説明では脇役という点では同じですが、〔 〕は必須要素、( )は必須ではない場合がある要素を表すという点で違いがあります。

( )と「・」とで一括表記

 もうひとつ、この3つの辞書が採用する書き表し方として、( )と「・」(ナカグロ)(『新明解』では「△」)とを組み合わせるものがあります。

 たとえば、「大食い」は、『三省堂』ではこうなっています。

 〈一度の食事にたくさん食べる・こと(人)。〉

 これは、「一度の食事にたくさん食べること。また、食べる人」と読みます。「・」の意味は、そこから次の( )へ飛んでもかまわないということです。このようにまとめることで、数文字分のスペースを省略することができます。

 こうした一括表記は、うまく使えば、かなりの情報を圧縮して示すことができます。『三省堂』の「同宿」は、その好例です。

 〈同じ・やどや(下宿)にいる・こと(人)。〉

 これは、括弧を外して展開すれば、「同じ宿屋にいること。また、その人。あるいは、同じ下宿にいること。また、その人」ということです。ずいぶん長くなります。一括表記のおかげで、はるかに簡単になりました。

 もっとも、こうした特別の書き方は、ともすると分かりにくくなるので、注意が必要です。同じく『三省堂』の「きざっぽい」「思わしい」を比べてみます。

 〈きざっぽい きざな感じ(を あたえるようす)だ。〉
 〈思わしい のぞんだとおり・になる状態(のことが得られるようす)だ。〉

 「きざっぽい」のほうは、途中の( )を省略して読めば「きざな感じだ」となり、省略せずに一続きに読めば、「きざな感じをあたえるようすだ」となります。これは誰でも分かるはずです。ところが、「思わしい」のほうは、一続きに読んでしまうと、「のぞんだとおりになる状態のことが得られるようすだ」となって、わけが分かりません。

 「思わしい」の語釈には、「・」が入っているのがポイントです。つまり、これは、「大食い」などと同じルールで読まなければなりません。正しくは、「のぞんだとおりになる状態だ」「のぞんだとおりのことが得られるようすだ」と2通りに読むのです。

 この場合、いささか一括表記を濫用したと言わざるをえません。語釈の書き手は、スペース節約の一方で、分かりやすさを損なわないよう、十分考慮すべきです。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。

国語辞典入門:名・スル・サ・形動・ダナニ・タルト・形・副・自・他って?

2010年 8月 20日 金曜日 筆者: 飯間 浩明

第30回 品詞表示を無視するのはもったいない

 漢字表記欄の下には、品詞表示の欄があります。(名)(形)(副)などとあるのがそれです。この品詞表示、読者はどう役立てているのだろうと、考えこむことがあります。

 ある単語の品詞は何か、動詞か、形容詞か、ということに関心を持つ人は、残念ながら少数でしょう。日本語・日本文学専攻の大学生に聞いても、「中学で何か習ったような気はしますが……」という程度の認識です。文法が実生活に役立っていません。

 それなら、国語辞典に品詞表示はいらないじゃないか、ということにもなりそうです。現に、いわゆる実用辞典では、品詞表示は省かれています。でも、品詞についての知識を持っておくと、実生活でもけっこう役立つものです。

 たとえば、テレビのニュースで、〈私は最初、唐突と始まった話の中身がよく分かりませんでした。〉という発言がありました(NHK「ニュース7」2006.2.23)。「唐突に」は私も使いますが、「唐突と」とは言うだろうか、と疑問を持ちました。こういうときに、国語辞典の品詞表示を参考にしてみます。

 いくつかの国語辞典を見ると、「唐突」の項目には、(形動ダ)、〔ダナ〕などと書いてあります。これは、「唐突」が「ダ」型の形容動詞で、「唐突だ・唐突な・唐突に」などと活用することを示しています。この記述に従えば、一般的には、「唐突と」ではなく、「唐突に」のほうが伝わりやすそうだ、ということが分かります。

 あるいは、こんな例もあります。自動車会社の人が、〈〔運転のコンピューター化が進むと〕いつもいつも漫然な運転〔を〕されてしまいますので〉と発言していました(NHK「特報首都圏」2010.7.23)。

 ふたたび国語辞典で「漫然」を引くと、こんどは(形動タルト)、〔ト タル〕などと書いてあります。「漫然」は「タルト」型の形容動詞で、「漫然たる・漫然と」と活用します。「漫然な運転」よりも「漫然とした運転」のほうが伝わりやすいと考えられます。

 国語辞典の中で、形容動詞は多数の項目を占める品詞のひとつです。これに「ダ」型・「タルト」型の2つのタイプがある、ということを頭に入れておくだけでも、読み書きの際に役に立ちます。品詞表示を無視するのはもったいない話です。

自サ・他サとは何さ?

 国語辞典に多く出てくる品詞表示としては、(名・自サ)(名・他サ)も無視できません。たとえば、「安眠」は(名・自サ)、「批判」は(名・他サ)と示されます。

 これは、次のような意味です。「安眠」「批判」は、(名)、つまり名詞としても使われるし、「する」をつけて「安眠する」「批判する」のようにも使われます。「する」は「さ・し・する・すれ・せよ」などとサ行に活用するので、「サ」という略号をつけてあるのです(辞書によっては、「ス」「スル」などの略号を使っていますが、同じことです)。

 では、その間の「自」「他」は何かと言うと、自動詞・他動詞のことです。英語に両者の区別のあることは知られていますが、国語辞典でも、自動詞・他動詞を区別しています。ごく大ざっぱに言えば、「首相を批判する」のように、「○○を」の形で、誰か(何か)に対してはたらきかけるのが他動詞です。一方、「彼は安眠していた」のように、「○○を」の形をとらず、周りにはたらきかけないのが自動詞です。

 私たちが動詞を使うとき、その動詞が「を」「に」のどちらをとるかで迷うことは、しばしばあります。たとえば、ある落語家が〈新しいインフルエンザが、まあ、世界を蔓延しておりまして〉と語っていました(NHK教育「日本の話芸」2009.7.14)。でも、こういうときは、「世界に蔓延」と言うのではないかと思われます。

 国語辞典を引いてみると、「蔓延」は(名・自サ)と書いてあります。「自」、つまり自動詞は「を」を取らないので、「世界に蔓延」のほうがいいことが分かります。

 あるいは、〈基地に依存している沖縄経済にも考慮しなければならない。〉(『週刊文春』2006.10.26 p.55)という例。「考慮」は、国語辞典では(名・他サ)と出ています。「他」、つまり他動詞ですから、「を」を取ります。そこで、この文章は「沖縄経済をも考慮」(または、「沖縄経済も考慮」)と書いたほうがいいことになります。

 自動詞・他動詞の表示も、こんなふうに、実際の用に役立てることができます。もっとも、国語辞典によって、自動詞・他動詞の認定のしかたはけっこう違いがあって、単純に「『を』を取らないか、取るか」だけでは判断していない場合もあります。ただ、以上のような実用性を踏まえるなら、「『を』を取れば他動詞、取らなければ自動詞」という分け方を原則にしたほうがいいと、私は考えています。

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 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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国語辞典入門:使い方【 】見出し(漢字表記)についている○▽×

2010年 8月 11日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第29回 ×とか▽とか、これは何だ?

 国語辞典の記号が分からない――と言う人の念頭にまず浮かぶのは、漢字表記欄に書いてある「×」「▽」などの記号でしょう。「×隘路(あいろ)」「校倉(あぜくら)」などの印の意味が分からないまま(気にしないまま)使っている人は多いはずです。

 学習国語辞典の漢字表記を取り上げた時(第16回)、学習漢字は無印、学習漢字でない常用漢字は「○」、それ以外は「×」、などの記号が使われていると説明しました。そして、これらの記号は、どの漢字から覚えればいいかという指標になると述べました。

 一般向けの国語辞典の場合は、学習漢字かどうかまでは示さないものが多数派です。むしろ、ポイントは、「常用漢字か、そうでないか」「常用漢字の音訓表で認められた読み方か、そうでないか」を示すことにあります。

 『三省堂国語辞典』の場合で言うと、常用漢字は無印、それ以外の漢字は「×」をつけています。また、常用漢字表にある字でも、音訓表に示されていない読みは「▽」をつけています。つまり、「×隘路」の「隘」は「あまりなじみのない漢字」、「校倉」の「校」は「読み方がむずかしい漢字」というくらいに思っておけばけっこうです。

 この記号が何の役に立つかと問われれば、やはり、どの漢字から覚えればいいかという指標になると、繰り返しておきます。文章を書いて生活する人ならば、常用漢字表にない字を避けるために辞書で確認することもありますが、一般には、自分の使いたい字を自ら制限する必要はありません。「×」や「▽」の記号は、ことばを覚えるための手がかりとして使うほうが便利です。

 ことばを覚えるための記号といえば、英和辞典の方式が思い浮かびます。英和辞典では、「***important」「**relative」「*comparative」のように、どの語を優先して覚えればいいかが星の数で示してあります。受験勉強では、これがたいへん役に立ちます。

 国語辞典でも、星をつけたりして重要度を示すことがありますが、これは全部で数千語程度で、主に学生や日本語学習者に向けたものです。一般の利用者にとっては、星の数はあまり問題になりません。むしろ、そのことばが常用漢字で書かれるかどうかといった情報のほうが、ことばの重要度を知る材料としては有用です。

「各書各様」の表記欄

 私の経験を話します。もう以前のこと、ある人の書いた原稿に「株主総会で、取締役の定数削減等が大宗(たいそう)を占めた」という部分がありました。その筆者に「大宗って何ですか」と尋ねたところ、「大宗、知りませんか。主要な部分ということですよ」と言われました。勉強不足を大いに恥じた次第でした。

 国語辞典では「大」「宗」は無印、つまり、常用漢字です。常用漢字で書くことばなのに知らなかったことがショックで、いまだに強く印象に残っています。私にとっても、常用漢字か否かは、ことばを覚えるときの指標のひとつになっています。

 漢字表記欄の記号は、こんなふうに役立てることができますが、必ずしも注意されていないのはもったいないことです。これは、ひとつには、国語辞典によって使う記号がまちまちで、読者に一定のイメージが定着していないためです。

 たとえば、「一蓮托生」という熟語(常用漢字以外の字を含む)を、それぞれの国語辞典がどんな記号を使って示しているかをまとめると、次のようになります。

  一××托生……『三省堂』『岩波』『新選』『集英社』『学研現代新』
  一托生……『明鏡』『現代国語例解』『大辞林』
  一托生……『旺文社』
  一〈蓮托〉生……『新明解』
  一[蓮(托生……『新潮現代』

 まさに「各書各様」です。これだけならともかく、ある辞書で使われている記号が、他の辞書では別の意味で使われることがあるので、話はややこしくなります。たとえば、「×」は、『旺文社』では「あて字」の意味です。また、「△」は、『岩波』『集英社』では「常用漢字にない読み方」の意味です。読者の誤解を招くおそれがあります。

 国語辞典ごとに考えがあってのことなので、記号を統一することは簡単ではありません。当分は、このまま行くしかなさそうです。

 ただ、常用漢字以外の字を「×」で示すのは、そろそろやめてはどうかと思います。バツ印は、「使ってはだめ」というメッセージを含みます。「×」は、制限色の強かった当用漢字の時代のなごりです。何か別の中立的な印を考えたほうがいいでしょう。

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国語辞典入門:見出し 拗促音(ゃゅょっ)の配列、和語・漢語の区別

2010年 7月 28日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第28回 見出しの仮名の謎

 探していることばが国語辞典に載っていない、と早合点するのは、追い込み処理に気づかない場合のほかに、項目の並び順を勘違いしている場合もあります。

 10年前のある小学校国語教科書を見ると、4年生で国語辞典の引き方を扱っています。項目の並び順を説明する部分では、「小さく書くかなは、どんな順になっているでしょうか」との設問があり、「りゆう(理由)」と「りゅう」の例が挙がっています。

 私の知るかぎり、小学生用の学習国語辞典では、「やゆよ」「つ」が先に、「ゃゅょ」「っ」が後に来ます。したがって、上の正解は「『りゆう』が先」となります。

 ところが、児童の中に大人用の国語辞典を使っている子がいると、大変です。一般の辞書では、「りゅう」が先に、「りゆう」が後に来るものが、むしろ多いからです。

 「ゆ」「ゅ」のいずれが先かで、主な辞書を分けてみると、次のようになります。

 ・「ゆ」が先……『岩波』『旺文社』『学研現代新』
 ・「ゅ」が先……『三省堂』『新明解』『新選』『明鏡』『集英社』『新潮現代』『現代国語例解』『大辞林』『広辞苑』『日本国語大辞典』

 つまり、子どもの辞書の常識と、大人の辞書の常識とが異なっています。

 「理由」と「りゅう」なら、隣り同士なので、どちらでも大差ない――とは言えません。辞書によっては、「柳」「流」「留」「竜」「琉」など「りゅう」と読む漢字を多数項目に立てるものがあります。「理由」の項目は、その前に来るか後に来るかで、ずいぶん位置が変わります。結果として、「『理由』が載っていない」と思いこむことにもなるのです。

 国語教科書も、この点については検討したようです。今の小学3年生の教科書では、「あなたがよく使う国語辞典で、次の言葉はどちらが先に出ているか調べてみましょう」という設問に変わっています。これなら、辞書ごとに並び順が違っていてもかまわないし、むしろ、違いがあることを理解させるきっかけにもなります。

 「ゆ」「ゅ」のどちらを優先する国語辞典にも、それぞれ根拠があります。「ゆ」を先にする辞書は、特殊仮名の「ゅ」を後回しにするという考え方です。「ゅ」を先にする辞書は、2音の「りゅ・う」を3音の「り・ゆ・う」よりも先に置くという考え方です。

和語・漢語が分かると便利

 見出しの部分には、まだ謎があります。辞書によって、「ばしょ(場所)」の見出しの仮名を「ば ショ」としたり、「ば-しょ」(「しょ」だけがゴシック体)としたりするものがあります。前者は『新潮現代国語辞典』、後者は『新選国語辞典』(小学館)の方式です。素直に「ばしょ」と書けばよさそうなのに、なぜこんな表記にするのでしょうか。

 これは、和語と漢語を区別して示しているのです。この区別はたいへん役に立つのですが、理解している人は多くなさそうなのは、もったいないことです。

 大ざっぱに言えば、和語は「山(やま)」「桜(さくら)」など漢字を訓読みすることば(日本で生まれたことば)、漢語は「山河(さんが)」「桜桃(おうとう)」など漢字を音読みすることばです。音読みの特徴は、「河(か)」「左(さ)」など1音か、「回(かい)」「高(こう)」など、「い・う・き・く・ち・つ・ん」の音で終わることです。

 両者の区別ができれば、いろいろと便利です。文章を書くとき、文脈に合わない言い回しを使って、みすみす伝わりにくくしている人があります。その点、和語・漢語の区別ができる人は、「はじめは」と「当初は」、「近頃」と「近来」、「力の限りを尽くす」と「全力を傾注する」などの切り替えが自由にでき、よりこなれた文章が書けます。

 あるいは、語源を考えるときにも有効です。「とにかく」ということばは、「兎に角」と書くので、ウサギに関係があるかのようです。でも、「とにかく」は和語、「兔」「角」は漢語だと知っていれば、和語にあとから漢字を当てはめたにすぎないことが分かります。

 『新潮現代』では、見出しの和語はひらがな、漢語はカタカナで記しています。「ば ショ(場所)」の表記は、和語の「場(ば)」と漢語の「所(しょ)」からなることを示すものです。

 ほかにも、たとえば、「しら ギク(白菊)」「ぶた ニク(豚肉)」などともあって、ごく日常的な「菊(きく)」「肉(にく)」などのことばも漢語であることが分かります。あるいは、「かわい そう(可哀相)」「たんのう(堪能)」などはひらがなで書かれていて、漢語のような発音でありながら和語であることが分かります。

 『新選』の場合は、和語を太明朝(アンチック)、漢語をゴシックにしていますが、和語と漢語を区別するという意図は、『新潮現代』と同じです。両辞書がこの点でいかに便利かは、もっと注目されてもいいことです。

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辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。

国語辞典入門:辞書の使い方 辞書に書いてある記号、符号、略号

2010年 7月 21日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第27回 追い込み項目に注意せよ

 国語辞典を開いてみると、見慣れない記号や略号がたくさん書きこまれています。あれはいったい何の役に立つのか分からない、という声を聞きます。

 記号などの意味は、冒頭の「凡例」にすべて解説してあるのですが、小さな字でぎっしり書いてあって、読みにくいのも事実です。電器製品のマニュアルや、クレジットカードの約款を思わせます。凡例が読みにくいせいで、国語辞典の基本的なルールを知らないまま使い続けているという人も多いはずです。

 私としては、一般読者向けの凡例はぐっと簡略化し、国語辞典を使うために最低限必要な知識だけを示せばいいと思っています。編集方針や、専門家向けのより細かい凡例は、じゃまにならない所に、ひっそりと記しておくだけでもいいのです。

 では、国語辞典を使うための最低限の知識とはどんなことか。今から、それを私のことばで説明しようと思います。いわば、私なりの「より抜き凡例」です。

 まず、「追い込み」の話から始めましょう。多くの国語辞典では、紙面節約のために、上の部分が共通することばは1か所にまとめてあります。たとえば、「社会」の項目には、〈――あく[社会悪](名)〉〈――うんどう[社会運動](名)〉などと、いくつもの「小見出し」がぶら下がっています。この処理のことを「追い込み」と言います。

追い込み項目の画像

 この追い込みのことを知らずに、あるいは考えずに辞書を引いて、「目当てのことばが載っていない」と早合点をすることは、よくあることです。

 『三省堂国語辞典』の小学生の読者から、「ライトノベル」ということばを載せてほしいという要望のはがきが来ました。でも、『三省堂』には、「ライトノベル」はすでに載っているのです。おそらく、この読者も、早合点をしたのだと思います。

 『三省堂』の「らいどう(雷同)」と「ライトモチーフ」の間には、たしかに「ライトノベル」はありません。でも、前のページの「ライト」を見ると、〈――ノベル(名)〉のように、追い込みの形で項目が設けてあります。

 追い込みは、小学生用の学習国語辞典にはないものです。小学生の投書者が知らなかったのは、やむをえないことかもしれません。

「意地悪」が載ってない!

 追い込みという処理方法を知っている読者でも、まだ勘違いするおそれは残っています。国語辞典によって、追い込みのしかたに微妙な違いがあるからです。

 私自身がたまに失敗するのは、こんな場合です。『三省堂』で「いじわる(意地悪)」を引くと、「いしわた(石綿)」と「いしん(威信)」の間に出ています。そのあとで、ほかの辞書の記述も参考にしようとして、「意地悪」を調べてみると、なんと軒並み載っていない、などということがあります。

 たとえば、『岩波国語辞典』の「石綿」の次はすぐ「威信」です。『新選国語辞典』(小学館)『新明解国語辞典』(三省堂)などもそうです。これらの辞書が「意地悪」を載せていないはずはありません。そこで気がついて、2、3ページ前の「意地」の項目を開いてみると、「意地っ張り」「意地悪」などが、ちゃんと追い込みになっています。

 つまり、こういうことです。『三省堂』では、追い込みにするのは、上のことばが3音以上の場合と決めてあります。たとえば、「ライト・ノベル」は「ライト」が3音なので、「ライトノベル」は追い込みにします。一方、「いじ・わる」は、「いじ」が2音なので、「意地悪」は追い込みにしません。このように、音数主義で徹底しています。

 『旺文社国語辞典』なども、『三省堂』に近い方針をとっています。

 一方、『岩波』『新選』『新明解』などは、方針が違います。『岩波』では、和語・漢語・外来語ごとに規則があり、漢語では、熟語にさらにほかの語がついた場合を追い込みにします。「意地」は漢語の熟語であり、したがって、「意地悪」は追い込みになるわけです。『新選』以下の辞書でも、ほぼ同じ理由で追い込みになっています。

 もっとも、「和語の場合」「漢語の場合」などと説明されても、戸惑う読者が大部分でしょう。実際には、「これは長い熟語だから、追い込みになっているだろう」といった、だいたいの見当で探しているはずです。私は、それで十分だと思います。

 大事なことは、ことばが載っていないと思ったときは、追い込みの可能性の有無を確認することです。それさえ忘れなければ、細かいことにはこだわらなくて大丈夫です。

 ちなみに、まったく追い込みをしない方針の辞書もあります。最大の国語辞典『日本国語大辞典』(小学館)のほか、『現代国語例解辞典』(同)などがそうです。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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国語辞典入門:辞書の使い方 辞書の置き場所

2010年 7月 14日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第26回 国語辞典をどこに置くか?

 国語辞典を買って帰り、背割れ防止などの、使い勝手をよくする作業はすみました。ところで、読者は、この辞書をどこに置きますか。

 「どこに置こうが、私の自由でしょう」と言われれば、そのとおりです。でも、置き場所によって、国語辞典が活用されたり、されなかったりということがあります。

 ワンルームに住む学生にとっては、どこに置くも何も、置く部屋は1つしかないのですから、問題になりません。勉強机の前か横の、0.5秒で手に取れる場所にスタンバイさせておくのが理想です。外箱は取っておきます。

 問題になるのは、家族で国語辞典を共有する場合です。

 さる家庭を訪問した時、国語辞典が、リビングのガラス戸棚に安置してありました。もちろん箱に入れて、うやうやしく祀ってあります。これはもったいないと思いました。

 辞書は、戸棚なんかには入れないほうがいいのです。何か調べたいことばがあったとき、戸棚の前まで歩いて行って、扉を開け、辞書を手に取り、外箱を外し、ページを開くという動作を経なければならないのは、面倒くさすぎます。いきおい、「まあ、調べるのはやめておこう」となってしまいます。

 「なるほど、ごもっとも」。その家の人はうなずきました。国語辞典を戸棚から出し、テレビの横に置きました。これなら、テレビや新聞で分からないことばがあったときも、すぐに調べられます。私は、自分のアドバイスに満足しました。

 ところが、ずっと後に、ふたたびそのお宅を訪ねると、国語辞典は元の通りガラス戸棚に納まっていました。私は驚きましたが、もう黙っていました。

 その家庭では、ことばを調べる必要性を感じることが、ふだんあまりないのでしょう。それならば、テレビの横に国語辞典があったって、じゃまなだけです。

 でも、ことばに関心のある家庭に対しては、私は強くお勧めします。たとえ目障りであっても、国語辞典は、家族がすぐ手に取れる所に置くべきです。わが家でも、辞書はテレビの下の棚にいつも置いてあります。私は仕事がら当然として、妻も、分からないことばがあるたびに、その辞書に手を伸ばします。

疑問に思ったらすぐ調べる

 誰しも、1日のうちに、いくつもの知らないことばに出会います。いくつもはないだろう、と思うかもしれませんが、意識していないだけです。それらのことばを、できるだけ気に留めて、調べてみるということは大事なことです。

 夫婦で近所に出かけた時のことです。妻が文房具店の日よけを見上げて、ファンシーとは何か、と尋ねました。見ると、〈文具・事務用品・ファンシー・印章・印刷〉と書いてあります。ごく当たり前のことばで、ふつうなら見過ごしてしまうものです。

 私には、とっさに返事ができませんでした。「ファンタジーみたいなもんだよ。ファンシーグッズとか言うでしょう」。これでは、答えになっていません。

 家に帰って、主な国語辞典を引いてみました。「ファンシー」が載っていない辞書もけっこうありました。『新選国語辞典』の語釈が、私には最もしっくり来ました。

 〈普通と変わっていて、デザインなどがしゃれているようす。「―なバッグ」〉

 もっとも、この語釈は形容動詞としてのものです。店の日よけの「ファンシー」は、名詞として使ったのでしょうから、やや特殊な使い方かもしれません。

 こんなことばは、疑問に思ったらすぐ調べなければ、やがて忘却のかなたに消えてしまいます。散歩中のことばだけでなく、放送や活字で目にすることばも同様です。たとえ目障りでも、手近に国語辞典を置いておくことが必要なゆえんです。

 ここから一歩進んで、各部屋に専用の国語辞典を置いておくのも、決して非常識ではありません。寝室で本を読んでいて、分からないことばがあったとき、わざわざ別の部屋へ辞書を取りに行くのはおっくうなものです。書斎のほか、リビングと寝室あたりに辞書があれば、たいへん便利です。部屋ごとに種類の違う辞書を備えておけば、それぞれの特徴を知ることもできます。

 疑問に思ったことをすぐ調べるためには、辞書が素早く引けることも必要です。英語学者の関山健治さんは、早引きのためには、アルファベット(国語辞典なら「あかさたな」)の相対的位置関係を頭に入れておくことが基本だと言います(三省堂辞書サイト 英語辞書攻略ガイド(2) 電子辞書より速く冊子辞書を引く方法)。あとは、ゲーム感覚で練習を積むことです。関山さんは〈使い慣れた冊子辞書は電子辞書よりもはるかに速く引ける〉と断言しています。

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【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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国語辞典入門:辞書の使い方 ケース カバー 装丁

2010年 7月 7日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第25回 辞書を買ってきたら

 これまで、子ども向けの学習国語辞典に重心を置いて話を進めてきましたが、今回から、一般向けの国語辞典を中心とした話に戻ります。

 どんな国語辞典を買うべきかという問題について、私は、「辞書は1冊には決められない。複数の辞書をそろえて、比べながら使うべきだ」ということを何度も述べてきました。結論を避けていると思われては困ります。これが私の結論なのです。

 そうは言っても、いきなり何冊も買わなくたってかまいません。この連載の内容も参考にして、まずは辞書を1冊買って帰ったという前提で、話を進めます。

 井上ひさしさんは、辞書などの厚い本を買ったら、まずすることがあると言います。

 〈机に背をつけて立たせ、表紙と裏表紙をおろす。次に表と裏から二十頁ぐらいの分量で、交互におろして行く。これを数回行えば背割れが生じない。〉(『本の枕草紙』)

 背割れとは、本の背をかためたのりが縦に割れることです。薄い文庫本でも、ときどき、ぱきっと2つに割れることがあります。背割れに強い辞書もありますが、それでも、特定のページが開きやすいように癖がついたりします。これを防ぐには、背の部分にいくつもの折れ目をつけておくといいのです。こうすれば、辞書を開いた時、のど(左右のページの合わせ目)の奥までよく見えるというメリットもあります。

 辞書はていねいに扱いたい、できれば買った時のままの状態を保ちたいと言う人がいるかもしれませんが、それだと、どうしても辞書を使う機会が減ってしまいます。使い勝手をよくするには、背割れの防止以外にも、いろいろやるべきことがあります。

 辞書の外箱は、断固捨ててしまいます。この外箱は、主として流通上の必要からつけてあるものですが、辞書を引く時には、いちいち箱から出していては能率が落ちます。美しいデザインの外箱でも、涙をのんで捨てます。

 表紙のビニールカバーは、汚れを防ぐためのものですが、やはり捨てたほうがいいと思います。表紙を支える指がすべって引きにくいし、音がくしゃくしゃうるさいからです(『岩波国語辞典』など、カバーのない辞書もあります)。もっとも、カバーを捨てると困ることもあります。使っているうちに、表紙の金文字がこすれて消えてしまうのです。

消えない金文字にしてほしい

 表紙の文字が消えやすいのは、実用上、大きな支障があります。このことは、辞書のデザイン担当の方々に対し、声を大にして訴えます。

 私は、学生時代から、辞書を買ったら必ずカバーを外して使っていました。ところが、少し経つと文字が消えて、何の辞書だか分からなくなってしまいます。

 やむをえず、金色の顔料のペンでなぞって、「○○辞典」と書きます。うまく書いたつもりでも、顔料はじきに薄汚れて黒くなり、やがて消えてしまいます。

 このあたりから、私の試行錯誤が始まりました。

 図書館の本のように、表題の上に接着剤を塗ればいいのではないかと思いつきました。大学図書館で聞くと、あれは酢酸ビニール系接着剤(木工用ボンドの類い)を塗ってあるそうです。ただ、これは、硬い表紙にはいいのですが、辞書のビニールの表紙には向きません。使っているうちに、ぱりぱり剥がれていきます。

 もう少し粘度のあるほうがいいかと考えて、黄色い合成ゴム系の接着剤を塗ってみたこともあります。これは、ぱりぱりではなく、ダマになって、ぼろぼろ剥がれました。

 塗装に使うラッカーの類いも同じで、結局は剥がれました。

 コーティングフィルムも貼ってみました。表紙が硬くなって引きにくくなりました。

 さあ、こうなると、もう私にはアイデアはありません。話は振り出しに戻り、辞書はビニールのカバーをつけたまま使うスタイルになりました。

 辞書によっては、表紙の文字を型押しして、そこに金文字を入れたものもあります。これなら、金色が消えたあとでも、型だけは残るので、目を凝らせば何の辞書かは分かります。『集英社国語辞典』の表紙などは、かなりくっきりと型押ししてあります。

 あるいは、消えやすい金色・銀色ではなく、他の色を使う辞書もあります。『旺文社国語辞典』は、白い表紙に青い大きな丸を印刷し、黒字で表題を書いてあります。これは比較的耐久性がありそうです。

 私の好みを言えば、やはり、型押ししない金文字の表題です。これが簡単に消えないようにさえなっていれば、私は断然、ビニールのカバーは外して使います。デザイナーの方々に何とかくふうしていただけないかと、切に願います。

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 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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国語辞典入門:小学生向け辞典 選ぶ観点 基準

2010年 6月 30日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第24回 学習辞典を特徴づける対立軸

 学習国語辞典(学習辞典)を選ぶときに、どういう点に注目すればいいかについて、基本的なところを述べてきました。この話題のしめくくりとして、主要な点について、対立軸を設定してみます。実際に辞書を選ぶ時の参考にしてください。

 ●デザイン――マンガが多いか、少ないか
 デザインは学習辞典ごとにくふうをこらしていますが、あえて対立軸を設けるなら、紙面にマンガやキャラクターの絵が多いものと、少ないものとに分けられます。前者は、低年齢の子や、学習習慣の不十分な子にはいいかもしれません。そうでない子には少々うるさいでしょう。そのほか、大きさや重さ、表紙の材質なども判断材料になります。

 ●本文書体――教科書体か、ほかの書体か
 本文には、筆写体に近い教科書体を使うのが、多くの学習辞典の方針です。私はこれがいいと思います。デザインの面では、もっとかっこいい書体もあり、それを使う辞書もありますが、字形の学習にはふさわしくありません。学習辞典は、子どもが文字を書くときの規範になるべきです。手書きの楷書体を添えてもいいと思います。

 ●ルビ――総ルビか、パラルビか
 目下の情勢としては、学習辞典はみな総ルビ方式に向かっており、パラルビ(部分ルビ)方式は消えつつあります。ただ、総ルビにしさえすればいいと、いささか安易に考えられているふしもあります。同じ総ルビでも、内実はいろいろであることは述べました。また、高学年になれば、パラルビのほうが読みやすいと思う子もいるはずです。

 ●漢字表記――表外字を仮名にするか、漢字で書くか
 多くの学習辞典の表記欄では、常用漢字表に入っていない漢字(表外字)は仮名で書き、必要に応じて漢字を添えています。どういう場合に「必要」と考えるかは、辞書によって微妙に異なります。一方、表外字であってもすべて漢字で示す辞書も、少数ながらあります。むずかしい漢字を知りたい子にとっては、このほうが役に立ちます。

 表記欄では、学習漢字は無印、常用漢字は「○」、表外字は「×」など、区別を示してあるのがふつうです。こうしてあれば、どの漢字から学べばいいかが分かり、便利です。

複数の辞書を比べながら使うといい

 ●語釈――多くの行数を取るか、短くまとめるか
 辞書の語釈は、一般に、長く書いてあるものが好まれます。でも、語釈にまず求められるのは、その事物を的確に定義することです。誰にもぱっと分かる語釈なら、短くても十分だし、要点をつかんでいない語釈なら、長く書いてもだめです。ある辞書の「オーストラリア」の項目で、タスマニア島にまで言及していることを評価する人がいます。でも、タスマニア島に触れなくても、オーストラリアを定義することは十分できます。

 その辞書の語釈の傾向を知るには、「比較語リスト」が有効です。私の示した例も参考に、できれば10語以上のリストを作って、辞書売り場に持って行くといいでしょう。

 ●語数――多くを求めるか、抑え気味にするか
 どのくらいの語数の入った学習辞典が適当かということは、子どもの持つ語彙量によって変わります。学校や日常生活で出合うことばを引いて、載っていれば、その辞書はまず問題なく使えると考えていいでしょう。幼稚園の子が見るアニメに「あこぎ」「戦歴」「討伐」などのことばが出てきて、それが学習辞典にないと指摘する人がいます。これはアニメが学習範囲を超えているのであって、辞書を批判するのは酷な面もあります。

 ●例文――最後に示すか、最初に示すか
 ほとんどの学習辞典は、例文を最後に示しています。ことばの使い方を示すのも辞書の大切な役割であることを考えれば、例文を最初に示す行き方はあっていいと思います。ただし、語釈と例文とが紛れないように、デザインを十分くふうすべきです。

 以上のような対立軸について学習辞典をチェックしてみると、すべての点で望みどおりの辞書を得ることは、なかなかむずかしいものです。そこで、1冊だけではなく、複数の辞書を使うという方法が有効になります。

 最初は1冊の辞書をとことん使い込むべきことはもちろんですが、やがて不満も出てきます。その頃に、もう1冊の辞書を加え、両方を比べながら使うといいでしょう。

 何かの研究発表をする時、1冊の辞書に基づいて説明するだけでは、丸写しになります。でも、2冊の辞書を比べて、どちらがより適当と考えるかを述べれば、それはささやかながらも「考察」です。複数の辞書を使うことには、こんな学習上の効果もあります。

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国語辞典入門:幼児向けの辞典・事典 絵じてん

2010年 6月 23日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第23回 絵じてんで親子コミュニケーション

 学習国語辞典(学習辞典)についての話題も、そろそろ締めくくりに近づいています。このあたりで、絵じてんについて触れておいてもいいでしょう。

 絵じてんとは、カラーのさし絵を使って、ことばの意味を子どもにも分かりやすく示した辞典(または事典)のことです。対象年齢は、ざっと幼稚園入園前の子どもから小学校低学年といったところです。

 私の娘も、幼稚園に通い始める頃から、絵じてんがお気に入りになりました。彼女はほとんど病院に行ったことはありませんが、「びょういん」のページで、「ほうたい」「しっぷ」「ガーゼ」といったことばを、絵とともに覚えたりしています。

 子どもの行動範囲はごく狭く、新しいものごとに触れる機会はわりあい限られています。絵じてんは、子どもの体験を擬似的に広げてくれる道具のひとつです。

 ことば一般を扱う絵じてんとして、『三省堂こどもことば絵じてん』、『三省堂ことばつかいかた絵じてん』、『くもんのことば絵じてん』(くもん出版)、『小学館ことばのえじてん』、『レインボーことば絵じてん』(学研)などがあります。このほか、漢字絵じてん、ことわざ絵じてん、けいご絵じてんなど、各社がアイデアを競っています。

 絵じてんの編集のしかたは、大きく分けて、ことばを意味ごとに分類したもの(分類体)と、五十音順に並べたもの(五十音引き)とがあります。どちらを選ぶかは、子どもの性格や好みにもよりますが、年齢がひとつの目安になります。

 分類体の絵じてんは、ひらがなが読めるか読めないかという年齢の子でも入っていけます。「びょういん」「どうぶつえん」「ごはんを たべる」「かいすいよくへ いく」などと、見開きが1つの絵になっていて、さまざまな事物が描きこまれ、名前が添えられています。じてんという意識もなく、絵本と同じ感覚で読むことができます。

 五十音引きは、もう少し成長した子どもにとって、よりふさわしいでしょう。1ページが8つ程度のコマに分割され、その1つ1つにさし絵つきでことばの説明が載っています。「からだ」「くだもの」「さかな」などの基本的な項目では、絵を大きくして、関連する事物を描き、分類体ふうにしてあるページもあります。

美しく正確なじてんを

 絵じてんに注文したいことは、2つあります。ひとつは、動詞の扱い方です。

 絵じてんでは、動詞は、「たべる」「おきる」などの終止形を見出しに掲げてあります。それはいいとして、絵に添えてある例文までも、「ごはんを たべる」「あさ はやく おきる」など、すべて終止形になっています。ところが、幼児の言語生活では、こういった終止形は必ずしも多く使われません。

 ある絵じてんを見ると、「たべる」の項目に描かれているのは、実際は、子どもがご飯を「たべている」ところです。「おきる」に描かれているのは、子どもが今「おきた」ところです。親が説明するとき、「これは『ごはんを たべる』だよ」と言うよりも、「ごはんをたべているね」と言い直したほうが、子どもにはよく分かります。

 終止形も大事ですが、見出しだけで十分でしょう。例文は、状況に合った語形を使ってほしいと思います。終止形の続く例文は、読んでいて単調でもあります。

 もうひとつは、より重要なことです。絵じてんの絵は、美しく正確であってほしいということです。

 子どもは勉強しようと思って絵じてんを見るのではなく、まずは絵が美しいから、楽しいから読むのです。絵本と同じで、絵の美しくない絵じてんは、子どもの注意を引き止めません。わが家に数種ある絵じてんのうち、娘がいつも読んでいるのは、私の目から見ても絵の美しい本です。

 美しい絵と、正確な絵というのは少し違います。たとえうまく描いてあっても、漫画的に誇張されて、不正確になっている場合もあります。虫や鳥がそんな描き方だと、「これはバッタだよ」と、そのまま教えていいものか、ためらわれます。

 形だけでなく、色も重要です。娘に「オレンジジュース」と書いてある飲み物の絵を指して、「これは何色」と聞くと、「赤」と答えました。たしかに、その色はオレンジよりも赤に近い色です。やむをえず、トマトジュースということにしてしまいました。

 絵が美しく、例文もよく練られた絵じてんを選んだとすれば、あとは、それを生かすも殺すも親次第です。「これは何?」「これは前に食べたね?」などと質問したりして、ことばを媒介に、親子のコミュニケーションを深めていければ言うことなしです。

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