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国語辞典入門:辞典選びは収録語数が決め手?

2010年 2月 3日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第4回 語数の多い国語辞典がほしい!

 読書量が増えた中学時代の私が、実用辞典に不足を感じるようになった理由としては、仮名遣いの問題などよりも、まずは収録語数の問題を挙げるべきでした。何しろ、本には知らないことば、むずかしいことばが続々と出てくるのですから。

 もっとも、実用辞典には、一般に思われている以上に「むずかしいことば」が多く載っているということは、改めて強調しておきます。

 たとえば、当時愛読していた北杜夫作品には、〈あまつさえ〉〈有体(ありてい)にいって〉〈一体どういう訳の訳柄(わけがら)か〉など、不思議なことばがよく出てきました。これらは、実用辞典の『広辞典』(当時の版)にもちゃんと載っていました。そのころ背伸びをして使いたがった「常套」「塵労」「杜撰」などという熟語も、みな載っていました。

 前にも述べたとおり、実用辞典は、国語のテストに出てきそうな常識的なことばは収録してあります。大学入試の国語にも十分対応できるものです。

 けれども、一方、「むずかしくないことば」はけっこう省いてあります。俗語などを載せないことは述べましたが、もう少しふつうのことばでも載せないものがあります。

 〈〔私は船に飛んでくる鳥などについて〕一々口をだし、船長にとってはまことに小うるさい存在となった。〉(北杜夫『どくとるマンボウ航海記』中公文庫 p.53)

 〈冬であるのと時間が遅いため、〔動物園の〕うそ寒い園内はがらんとして人影はほとんど見当らない。〉(同 p.136)

 「小うるさい」「うそ寒い」は、書き取りのテストには出てきません。したがって(?)、実用辞典にも載っていません。でも、改めて意味を説明せよと言われると、困る人も多いのではないでしょうか。

 こういった繊細で微妙なことばまで広く載せているのは、やはり国語辞典です。語彙力を急速に伸ばしつつあった年ごろの私にとって、国語のテストに出ようが出まいが、どんなことばでもすぐに調べられる辞書があることは、死活的に重要でした。

 私は、とにかく語数の多い国語辞典を探し求めました。『旺文社国語辞典』は、この点でも理想的でした。小型辞書としては当時最大級の7万6000語を収録していたのです。

語数で選ぶのもいいけれど

 国語辞典では、収録語数が多いことは大きなセールスポイントになります。当時の私に限らず、「何万語載っているか」を基準に辞書を選ぶ人は多いはずです。辞書同士の比較に使える具体的な数字が、収録語数ぐらいしかないということもあります。

 一般に、国語辞典は、収録語数によって次の3つに分類されます(異論もあります)。

  • 大型――およそ20万語以上のもの。分厚くて重い、ダンベルの代わりになるような辞書。日本最大の『日本国語大辞典』(小学館)は実に50万語を擁しています。
  • 中型――およそ10万語以上のもの。
  • 小型――それ未満のもの(6万~8万語程度のものが多い)。片手で持ち運びができ、読書や原稿執筆の際、何度も繰り返し引くのに向いています。

 このような数字を見ると、重いのをいとわないならば大型・中型辞書、日常的に使うならば小型辞書で、そのうちできるだけ語数の多いものを選べばいいように思われます。事実、私もそう思って、小型辞書のうちでも語数の多かった(しかも旧仮名遣いを添えていた)『旺文社』を選んだのでした。

 この選び方は、必ずしも悪いとは言えないでしょう。常識的に考えて、収録語数が多ければ、求めることばが載っている確率はそれだけ高くなる理屈です。

 ただし、A辞典がB辞典よりも収録語数が多いからといって、B辞典のことばがすべてA辞典に含まれているわけではないことには注意が必要です。B辞典のほうにしかない「独自項目」は、案外多いのです。

 試しに、小型の『岩波国語辞典』(第七版、6万5000語)の「お」の部を開いて、大型の『広辞苑』(第六版、岩波書店、約24万語)と比べてみます。すると、「追い越し」「生い育つ」「追い抜かす」「追い抜き」「横風」「覆い被せる」……など、『岩波』のほうにしかない独自項目がいくつも出てきます。

 なかでも、「追い抜かす」は、「追い抜く」の意味で使われ始めたことばで、まだ他の辞書には見かけません。『岩波』ならではのきらっと光る項目と言えます。

 中学生の私は、国語辞典ごとのこういった個性を意識することはありませんでした。何はともあれ、8万語に近い語数をもつ国語辞典を得たということで、大満足でした。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。

国語辞典入門:旧仮名遣いがわかる辞典

2010年 1月 27日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第3回 初めて買った国語辞典

 私が初めて自分の国語辞典を買ったのは、中学1年の秋のことでした。『旺文社国語辞典』がそれです。

 間の悪いことには、その翌年(1981年)に「常用漢字表」が告示され、たとえば「螢」は「蛍」と書くことになりました。せっかく買った国語辞典がとたんに古くなってしまいました。私は、やむをえず新版の辞書を買い直しましたが、それもまた『旺文社』でした。

 ずっと父の実用辞典を使っていた私が『旺文社』の愛用者になったのには、その年ごろならではの理由がありました。

 中学入学を境に、私の読書欲は爆発的に高まりました。子ども向けの前向きで健全な文学作品以外に、世の中には、後ろ向きで、不健全で、皮肉で、非常識な文学作品の多いことを知り、のめりこんでいきました。もっとも、主に読んでいたのは星新一、北杜夫、遠藤周作、そして夏目漱石といった人々の作品で、さほど過激なものではありません。

 そうした一般の文学作品には、当然のことながら、国語の教科書に見られない表記やことば遣いがたくさん出てきます。

 なかでも驚いたのは、丸谷才一さんのように、旧仮名遣い(歴史的仮名遣い)で文章を書く人がいたことです。私たちなら「三時間くらい飲んだんじゃないか」と書くところを、〈三時間くらゐ飲んだんぢやないか〉(『横しぐれ』)と書くのです。

 戦前までは「思う」を「思ふ」、「いる」を「ゐる」と書いたということは、国語の時間に習いましたが、その方式を現代の文章に及ぼすのは新鮮でした。何より、「現代仮名遣い」「常用漢字表」という公のルールに真っ向から逆らう姿勢が痛快でした。

 自分も旧仮名遣いを覚えたい――と、中学生の私は思いました。そして、実際に、担任の先生に提出する毎日の生活記録を旧仮名で書くようになりました。

 〈本を読んでゐたらむづかしい横文字がでて来たので辞書でひいたら……〉

 といった具合です。旧仮名遣いは実用辞典には載っていないため、どうしても国語辞典が必要になります。つまり、かなり特殊なケースかもしれませんが、私が『旺文社』を選んだ理由には、正確な旧仮名遣いを知るためということがありました。

国語辞典での旧仮名遣いの扱い方

 旧仮名遣いの扱い方は、辞書によって異なります。今述べたように、実用辞典では旧仮名をいちいち書き添えることはしません。学習用の国語辞典も同じです。

 これは、現代では、旧仮名遣いが目に触れることはあっても、自分で書くことはまずないという理由によるのでしょう。「思ふ」という表記を目にしても、それを「オモウ」と読めなければ、そもそも国語辞典は引けないし、また、読める以上は、「おもう」の項目を引けばいいので、辞書に旧仮名を添える意味はなくなります。

 ただ、今の人でも、旧仮名遣いで書くことは皆無ではありません。たとえば、短歌や俳句をたしなむ人はおおぜいいます。短歌も俳句も旧仮名で書くものです。国語辞典の多くは、こうした特別の場合に備えて、旧仮名を示しているわけです。

 ここでさらに、国語辞典の対応は二手に分かれます。

 1 「思う」に「おもふ」と旧仮名を添え、「思考」には何も添えない。
 2 「思う」に「おもふ」と旧仮名を添え、「思考」にも「しかう」と旧仮名を添える。

 1と2の違いは、和語だけに旧仮名を添えるか、それとも、和語と漢語の両方に旧仮名を添えるかという違いです。

 「思う」「舞う」「病(やまい)」などのことばは、古来の日本の固有語で、和語と言います。一方、「思考」「舞踏」「病気」などのことばは、古く中国から伝わった漢字を音読みするもので、漢語と言います。

 このうち、短歌や俳句で仮名を交ぜて書くのはもっぱら和語のほうです。「思ひつつ」「舞ひにけり」「やまひの床」などと書きます。一方、漢語のほうは、仮名で書けば「しかう」「ぶたふ」「びやうき」となりますが、ふつうは漢字に隠れて表に出てきません。

 そこで、同じ旧仮名遣いでも、和語の場合だけ示しておけば十分だと考える国語辞典と、いや、ほとんど必要はなくても、漢語の仮名遣い(字音仮名遣い)も添えておこうと考える国語辞典が出てきます。後者のひとつが『旺文社』でした。「旧仮名遣いを極める」という特殊かもしれない目的を持っていた私にとっては、頼りになる参考書でした。

 もっとも、中学生のころの私が『旺文社』を選んだのは、仮名遣いだけが理由ではありませんでした。むしろ、もうひとつの理由のほうが大きかったかもしれません。

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 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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国語辞典入門:国語辞典と実用辞典

2010年 1月 20日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第2回 実用辞典は役に立つ

 実用辞典について、もう少しくわしく話しましょう。

 一般に、国語辞典をテーマにする文章では、実用辞典について触れることはあまりありません。英語やペン字、その他の付録は便利だとしても、国語辞典としては論ずるまでもないかのように、無視して通りすぎます。

 これは不当な扱いというべきです。その呼び名にかかわらず、実用辞典はあまり役に立たないという偏見があるのかもしれません。でも、私たちが日常の読み書きで困ったとき、実用辞典があれば、じつは、ほとんどの用は足りるものです。

 たとえば、テレビを見ていると、出演者が「シンタン問屋」ということばを使い、アナウンサーが分からなかったという場面がありました。シンタンとは何か。実用辞典の『広辞典』を引いてみると、〈薪炭 たきぎと炭。燃料。〉と出ています。

 あるいは、コマーシャルを見ていると、〈脂肪の吸収を抑える〉の「抑」の右側が「卯」になっていました。「こんな字だっけ?」と気になり、やはり『広辞典』で確かめると、「抑」の活字に加えて、楷行草の三体まで添えてあります。満足な答えが得られました。

 このように、日常生活で出てくるささいなことばの疑問は、実用辞典でだいたい解消できます。「国語辞典入門」の趣旨から外れそうですが、何千円も出して国語辞典を買いたくないという人は、千何百円程度で買える実用辞典を1冊持っておけば、そんなに困ることはないはずです。

 このことは、実用辞典の内容が国語辞典と同じだということを意味しません。実用辞典は、その価格に見合う程度に、「実用上はあまり必要がない」と思われる要素は大胆に削ってあります。その結果、一般の国語辞典ならば少なくとも6万語以上のことばを載せるのに対し、実用辞典は3万から5万語程度のことばに止まっています。

 私が小学生のころ使っていた『広辞典』は、国語辞典を上回る分厚さで私を圧倒しましたが、それでも、実際の収録語数は4万5000語にすぎませんでした。厚手の紙を使っていたので、全体も分厚くなっていただけのことでした。後に、語数は5万語まで増えましたが、紙が改良されたため、かえって1センチ近くも薄くなりました。

実用辞典は「いらないことば」を削っている

 実用辞典で削られている「いらないことば」の筆頭は俗語です。たとえば、「すってんてん」とか「からっけつ」とかいう語を引いても出てきません。もっとも、こんなことばは手紙にも使わないし、漢字を調べる必要もないので、載せなくても正解ともいえます。

 また、派生語も多く省略されます。ふつうの国語辞典には「広がる」も「広げる」も載っていますが、『広辞典』には「広がる」しかありません。「広げる」は「広がる」の意味から類推せよということでしょう。

 多少困るかもしれないのは、新しいことばが載っていないことです。『広辞典』の最新の第五版補訂版は2009年に出ていますが、これには「インターネット」「携帯電話」「財務省」など、ここ10年前後で広まった新語が入っていません。今の国語辞典なら、たいてい入っている項目です。実用辞典は、国語辞典ほど項目の入れ替えを頻繁に行わないため、こういう部分が出てきます(初版の新しい実用辞典は別です)。

 もっとも、インターネットや携帯電話のことは、私たちはよく知っています。事改めて確かめる必要もないので、実用辞典にはなくてもいいかもしれません。「携帯」ということばは載っており、字を確かめる役には立ちます。

 つまり、実用辞典に載っていることばは、ひと言で言えば「学校の国語のテストに出てくるような、常識の範囲のことば」と考えれば間違いありません。「『成績』と『成積』のどちらが正しいか」「『シンタン問屋』とは何か」「『脂肪の吸収をオサえる』の『オサえる』はどう書くか」など、これまで挙げてきた例は、知らないとちょっと恥ずかしい、常識に属するものです。こういった問題は、実用辞典で見事に解決できます。大学入試の漢字の答え合わせをするのにも、実用辞典で十分間に合います。

 実用辞典が「学校の国語のテストに出てくるような、常識の範囲のことば」を載せているならば、小学生や中学生が勉強のためにこれを使ってもいいはずです。小学生の私が、いわゆる学習国語辞典を使わずに、『広辞典』を使っていたのは、それなりに合理性があったわけです。

 ただ、私は、中学に上がるころから、次第に『広辞典』に不満を感じるようになりました。ある理由で、自分のために新しい国語辞典がほしくなったのです。

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【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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国語辞典入門:いろいろな国語辞典

2010年 1月 13日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第1回 自分の国語辞典がなかったころ

 まず、「国語辞典はどう選んだらいいのか」という話から始めます。といっても、「こういう点に注意しましょう」と、いきなりチェック項目を並べることはしたくありません。それだと、多くの項目にチェックが入った辞書がいい辞書という錯覚を与えるおそれがあります。実際には、辞書はそんなふうに序列化できるものではありません。

 それよりも、むしろ、案内者である私自身のことをお話ししていこうと思います。私だって、最初から国語辞典の選び方が分かっていたわけではありません。いくつかの辞書を使ううちに、何となく、「こういう点も大事だな」と、考えがまとまってきたのです。その過程をお話しします。

 そこで、いきなりですが、話は1970年代の後半までさかのぼります。

 当時、小学校高学年だった私には、「自分だけの国語辞典」というものはありませんでした。たまたま家にあった辞書を使っていました。

 家には、少なくとも4種類の辞書がありました。まず、母の使っていた小型の『明解国語辞典』(三省堂)。それから、祖父の部屋には、古びた『広辞苑』(岩波書店)の初版が、でんと置いてありました。

 祖父は、よく懇意の本屋さんから勧められるまま、美術全集だの、百科事典だのといった大型本を買いこんでは、部屋に並べておく趣味がありました。その中には、当時刊行中だった『日本国語大辞典』(小学館)という全20巻の大部の辞書もありました。この大辞典は間もなく完結し、私の勉強部屋に並べられました。祖父としては、「お前が使え」というつもりだったのでしょうが、小学生の私にとっては飾り物にすぎませんでした。

 さらにあと1つ、父が使っていた集英社の実用辞典がありました。濃い緑のビニールの表紙に『新修 広辞典』と金文字が入り、銅鏡の模様が型押しされていました。板チョコぐらいの大きさにもかかわらず、異様に分厚くて、測ってみると4センチ以上もありました。この厚みは、いかにも知識の宝庫という感じを与えるものでした。

 私が最初に使うようになった辞書は、この濃緑色の実用辞典でした。父の書棚から自分の部屋に移し、学校にも持って行きました。

至れり尽くせりの1冊

 同じ小型なら、実用辞典でなく、母の『明解国語辞典』を使ってもよさそうなところです。でも、これは学校の勉強に使えないことが明白でした。何しろ、「学校」の見出しのかなが「がっ こう」でなく「がっ こお」になっています。「勉強」は「べん きょお」です。

 そんなばかなと思われるかもしれませんが、これは、母の辞書の初版が出たのが終戦以前であり、当時の複雑な旧仮名遣いを知らなくても、発音どおりに引けばいいようにするための工夫だったのです。その方式が、戦後の改訂版にも引き継がれたのでした。でも、1970年代の小学生である私に、これはふさわしくありません。

 一方、父の実用辞典は、申し分のないものでした。第一、厚みがはんぱでない。母の辞書の2倍もあります。どんなことばでも載っているという感じがします。実際に、学校で習うことばで、この辞書に載っていないものはありませんでした。

 たとえば、「せいせき」は「成績」か「成積」かと迷ってページをめくると、〈成績 でき上がった結果。できばえ。成果。〉と書いてあります。これで問題はすっきり解決です。私は、このようにして、いろいろなことばを引き、覚えていきました。

 この辞書にはいろいろなサービスがしてありました。まず、モノクロながら、写真が多く載っていて、その事物が視覚的によく分かります。「原子爆弾」の項目には、キノコ雲のまがまがしい写真さえ載っていました(今の版では、写真は総入れ替えされています)。

 また、それぞれの項目に英語がついていて、簡単な和英辞典にもなっています。「人間」は英語でどういうのだろうと思って引いてみると、〈mankind マンカインド〉と書いてあります。小学生の私は、「マンカ・インドというのは初めて知った。あのインドと何か関係があるのかもしれない」と、勝手に納得していました。今考えると、「human being」を載せたほうがよかったのではないかと思います。

 そのほか、ペン字体も載っているし、巻末には「電報の送稿用語」もありました。電話で電報を頼むとき、「ア」は「朝日のア」などと伝えるのです。これを覚えたおかげで、「為替のカ、英語のエ、れんげのレ」(帰れ)などと、今でもさっと言うことができます。

 『広辞典』は、これほど至れり尽くせりの辞書でした。この1冊さえあれば、ほかに国語辞典はいらないと思われました。

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国語辞典入門:国語辞典の選び方

2010年 1月 6日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

第0回 はじめに

 私はこれから、「国語辞典はどう選んだらいいのか」、そして、「国語辞典はどう使ったらいいのか」ということについて、できるだけくわしくお話しするつもりです。

 こう宣言すると、読者からはいろいろな反応があると思います。じっくり聞いてやろうという人もいるかもしれません。一方、うんちくはいらない、今日にでも辞書を買いに行くんだから、だいたいのところを教えてくれという声も聞こえてきそうです。

 それでは――というわけで、まずは、お急ぎの読者のために、私の言いたいことを一言でまとめてしまいましょう。

 国語辞典のいちばん理想的な選び方は、1冊ではなく、性格の違ういくつかの辞書をそろえることです。また、いちばん理想的な使い方は、それらの辞書を、つねに引き比べながら使うことです。何も特別なことではありません。

 もっとも、こんな説明では、読者は必ずしも納得しないかもしれません。次のような不満がきっと出てくるはずです。

 いくつかの辞書をそろえろと言われても、そう何冊も買えるもんじゃない。辞書を引き比べることは大切かもしれないが、理想論だ。自分は、とりあえず、ほかに比べて語数も多く、誤りも少ない辞書が1冊あればいい。その辞書の名前を教えてくれ。それを買いに行こうじゃないか。

 まあ、お待ちください。そういう「ランキング第1位」の国語辞典は存在しません。かりに、ここにきわめて優れた辞書があったとして、それを読者に推薦したところで、肝心な時に、よりによってその辞書だけが役に立たないということだってありえます。

 「第1位」の国語辞典というものがないからこそ、私は、性格の違ういくつかの辞書をそろえ、それを引き比べるべきだと主張するのです。

基本的なところから考えよう

 さて、そうなると、話はやはり長くならざるをえません。性格の違う国語辞典を選ぶといっても、それぞれの辞書の違いなんて、どこを見れば分かるのでしょうか。説明には少々時間がかかりそうです。国語辞典と実用辞典、漢字辞典などの違いも問題になります。ひとつ、基本的なところから考えてみましょう。

 また、それぞれに個性のある国語辞典をそろえたとしても、そもそも引き方が分からなければ、それぞれの長所を生かすことはできません。ちょうど、多機能のカメラを、いつも自動ピントや自動露出でしか撮影しないようなものです。カメラの機能ならぬ、国語辞典に備わっている機能の使い方についても触れたいところです。

 あるいは、国語辞典をどんなときに使えばいいかという話も必要です。知らないことばや、不正確な漢字を確かめるだけでは、辞書を十分に使っているとはいえません。カメラのたとえで言えば、旅行や年中行事のスナップしか撮らないようなものです。国語辞典にはまだまだ活用法があります。

 そのほか、国語辞典はどうやって作るのか、だれが作るのかといった話も、読者は知っておいて損はないはずです。さらには、国語辞典の将来はどうなるのか、などといったことにも言及できればいいと思います。

 私は『三省堂国語辞典』の編集委員として辞書作りにたずさわっており、その経験から、辞書について一般に言われていることに疑問を差し挟みたいこともあります。私の話は、国語辞典についての説明というだけでなく、問題提起を含むものになるでしょう。

 国語辞典の初心者とともに、日ごろかなり辞書を使う方にも、ぜひおつき合いいただければと思います。

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『三省堂国語辞典』のすすめ その100

2009年 12月 30日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

三国は、進化し続ける。


【『三国 初版』】

 『三省堂国語辞典』の編集委員として、その魅力を多くの人に知ってもらおうと書き始めた文章が、もう100回になりました。これを潮に、この連載を終えることにします。

 『三国』の魅力は、これまで書いただけではとうてい尽くせず、全部で8万回ぐらいは書き続けられるかもしれません。『三国』には約8万のことばがあるからです。でも、あまり書いては、読者自身が『三国』から発見する楽しみを奪ってしまいます。私の案内は、やはりこのへんでとどめておきましょう。

 しめくくりに、私が考える『三国』の長所を、もう一度まとめてみます。

歴代の『三国』
【歴代の『三国』】

 まず、『三国』は、新しいことばを積極的に取り入れています。これは、新語辞典の項目をそのままちょうだいするという意味ではありません。たとえば「インカム」は、新語辞典では「収入」(income)しか載っていませんが、『三国』では、テレビのディレクターなどがつけている通信機(intercom)のことも載っています。

 また、世間でよく使われるのに辞書に載っていなかったことばを、ていねいに拾っています。たとえば「薄掛け」(毛布)は、スーパーのちらしでも見かけますが、『三国』のほかに載せている辞書はあまりないはずです。

 あるいは、意味の変化を見逃しません。たとえば「追記」には、〈DVDなどにデータを追加して記録すること〉という新しい意味が生まれています。『三国』では、このような新しい意味を、ブランチの2や3などとして示しています。

 ことばの説明にあたっては、簡単な用語で、短く、分かりやすくまとめています。これを、私は「シンプルな似顔絵」と表現しました。くわしい肖像画よりも、さっと描いた似顔絵の方が実物に迫る場合があることは、何度か強調したところです。

 これらの長所は、かつての主幹、見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)以来の実証主義に支えられています。つまり、現代語の実例を、新聞・雑誌・テレビなどから数多く採集し、それを紙面に色濃く反映させるというのが、『三国』の方針です。

 今回の『三国 第六版』は、こうした従来の方針を受け継ぎ、より徹底させようと努めました。古い『三国』をご愛用の方には、ぜひ、この機会に最新版をお使いになることをお勧めします。『三国』は進化しています。これからも進化し続けることでしょう。

 

★新年から、「国語辞典の選び方」についての新しい連載を始めます。こちらもどうぞご期待ください。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。
飯間先生の予告にある通り、今回でこの連載は終了いたします。
新年より、今度は「国語辞典の選び方」をテーマに新連載が始まります。⇒「国語辞典入門」アーカイブ

『三省堂国語辞典』のすすめ その99

2009年 12月 23日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

谷底を何と読む、ぎっちょんちょん。

谷底の写真
【落ちたらこわい】

 「谷底」ということばが、『三省堂国語辞典 第六版』に新しく入りました。といっても、感心する人はあまりいないかもしれません。だれでも知っていることばだし、意味も簡単です。むしろ「わざわざ載せなくてもいいのでは」という声が飛んできそうです。

 でも、「谷底」は辞書に載るだけの理由があります。「たにそこ」か「たにぞこ」か、発音が問題になるからです。だいぶ以前のことですが、大学の先生が新聞に投書して、端(はじ)・大輪(だいりん)・古本(ふるぼん)などと濁って発音するのを聞くと〈耳を覆いたくなる〉と書いていました(『朝日新聞』1988.5.20 p.5)。この先生は、「谷底」も「たにぞこ」ではいけないという意見でした。

 このへんは、じつはちょっと入り組んでいます。「船底」は「ふなぞこ」、「鍋底」も「なべぞこ」と濁音で言うのがふつうです。茶碗の底に出っぱった支えの部分を「糸底」と称しますが、これも「いとぞこ」と濁ります。

糸底の写真
【ここが糸底】

 一方、「手底」と書いて「たなそこ」、「水底」と書いて「みなそこ」など、濁らないことばもあります。ただし、こちらは、語源的には「手な底」「水な底」で、「な」は「の」ということですから、厳密な複合語ではないわけです。

 「谷底」はどうかというと、「たにそこ」が本来でしょう。もっとも、「船底」「鍋底」などに準じて考えれば、「たにぞこ」でもよさそうです。TM NETWORKの「JUST ONE VICTORY」(作詞:小室哲哉、1992年)という曲では〈山を超え谷底〔たにぞこ〕を進んで〉、THE BOOMの「TIMBAL YELE」(作詞:宮沢和史、1996年)では〈谷底〔たにぞこ〕で砕け散ろうと〉と歌っています。アニメ「耳をすませば」(1995年)の挿入曲「半分だけの窓」(作詞:宮崎駿)の中には〈谷底〔たにぞこ〕みたいな私の部屋〉という語りが入っています。現代の大勢も、まあ「たにぞこ」でしょう。

CDの写真
【「ぎっちょんちょん」を収録】

 ところが、意外に思われるかもしれませんが、『三国』は、こういうふうに論争のあることばは、「本来」とされる言い方をわりあいに尊重しています。この項目でも、清音の「たにそこ」を見出しに掲げ、「たにぞこ」は本文に添える形にしました(誤りとはしていません)。さらに、「高い山から谷底見れば」という、俗曲「ぎっちょんちょん」の一節を用例につけました。CDで聴くと、これは「たにそこみれば~」と歌っています。

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【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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『三省堂国語辞典』のすすめ その98

2009年 12月 16日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

ビシッと決め打ち。ボールならいいけど。

学生レポート
【決め打ちレポートはだめよ】

 文章を書くとき、まだ実際に調べてもいないのに、あらかじめ「こういう結論にしよう」と決めてかかることがあります。これを「決め打ち」と言います。「ある程度決め打ちしなくちゃ、書けませんよ」などと使います。単に仮説を立てるのとは違って、結論まで決めてしまうのですから、真実から離れるおそれが強まります。

 「決め打ち」は、『三省堂国語辞典 第六版』で初めて収録しました。「決める」と「打つ」からなるごく平凡なことばの割には、見ただけでは意味が取りにくいので、辞書に載っていれば便利だと思います。

 報道や論文で「決め打ち」をするとろくなものになりませんが、創作なら話は別です。この場合は、結論をあらかじめ決めるというのとはちょっと違います。作家の万城目学さんは、京都を舞台にした小説が大評判になった後、次回作の舞台を奈良にしました。

野球のヒッティング
【野球から来たか?】

 〈「京都の次は決め打ちでやろう、と場所と題名を先に考えた。主人公が何かにしくじってシカの顔になるとか、シカがしゃべるとか」〉(『毎日新聞』夕刊 2007.8.3 p.3)

 小説のテーマよりも、道具立てを先に考えた、ということでしょう。こういった例を考え合わせて、「決め打ち」の語釈は次のようにしました。

 〈あらかじめ段取りを決めて、そのとおりにすること。「―報道」〉

 ところが、「決め打ち」はほかの場合にもよく使われます。たとえば、野球で〈決め打ちすれば、ワンバウンドしそうな低い球をも本塁打してしまう城島〉(『毎日』2001.6.20 p.19)。また、囲碁で〈〔小林光一棋聖(当時)は〕「ここはこう打つものだ」という、いわゆる決め打ちで決断も速い。〉(『朝日』夕刊 1988.8.31 p.7)といった具合です。

囲碁の盤面
【囲碁から来たか?】

 野球も囲碁も文字通り打つものですから、こちらのほうが本来の用法に近いでしょう。これを1番目の意味に載せることにしました。ただ、そもそもの出元は、野球か、囲碁か、それは分かりません。結局、平等に次のように記しました。

 〈1〔碁石(ゴイシ)・ボールなどを〕あらかじめ決めたとおりに打つこと。「ストライクを―する」 2〔上記のとおり〕〉

 このほか、ゴルフ・将棋(指すものなのに?)・株の取り引きなどの例も出てきます。かなり広く使われることばです。

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 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
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『三省堂国語辞典』のすすめ その97

2009年 12月 9日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「ルンルン」の語源は1979年。なのかな?

踊る女子学生
【ルンルン気分】

 『三省堂国語辞典』は現代語の変化を敏感に取り入れる辞書ですが、それにしては、ある新語が「何年に生まれた」といった記述がありません。これは、ことばがいつ生まれたかを特定することがむずかしいからです。厳密に学問的にやろうと思えば、確認できる最古例を掲げて、時期を暗示するしかありません。

 はずんだ気持ちを表す「ルンルン」も、よく使われた(今も使われる)ことばで、『三国』では第四版(1992年)から入りました。でも、発生時期は示していません。この語について、テレビアニメ「花の子ルンルン」(1979~80年)から来たという話をよく聞きますが、そこまではっきり言えるものでしょうか。

新聞記事(見出しでは「ルンルン」の最古例)
【『朝日』夕刊 1982.8.14】

 米川明彦編『日本俗語大辞典』(東京堂出版)を見ると、「ルンルン」は〈1982年から流行する。〉とあります。同書でも語源は「花の子ルンルン」説を採っていますが、ほかに、〈子供の『お手手つないでルンルンルン』から。〉という説も紹介しています。

 「ルンルン」が1982年から流行したのに、もとになったのが1979~80年のアニメだとすれば、時間的な隔たりがあります。それに、1982年以前に使われた「ルンルン」の例は、「花の子ルンルン」に限りません。

 草野心平の有名な詩「河童と蛙」(1938年)では、〈るんるん るるんぶ/るるんぶ るるん〉という、踊る河童の〈唄〉が繰り返されます。中学の教科書にも出てきます。

 河童の唄は特殊だとしても、一般に、歌の中で「ルンルン」というスキャットはよく使われます。かぐや姫の「置手紙」(1974年)では、〈ルンルン ルルル…/今日の淋しさは 風にごまかされて/いつまでも 消えそうもない〉(作詞・作曲:伊勢正三)。

林真理子「ルンルンを買っておうちに帰ろう」(1982)
【ルンルンといえば…】

 さびしい曲で、ちょっと「ルンルン気分」にはつながらないでしょうか。それなら、1978年のアニメ「ペリーヌ物語」はどうでしょう。〈ルンルン ルルル ルンルン…/春のかぜが やさしく/やさしく ほほをなでる〉(作詞:つかさ圭/作曲:渡辺岳夫)と、主題歌ははずむような曲です。「花の子ルンルン」より1年早い放送です。

 おそらく、1980年代、若者の頭の中には、こういったフレーズがいろいろ入っていたのでしょう。それが、「ルンルン気分」などの言い方として現れたものと推測します。そう考えると、年代を添えて語源を示すことには、やはり慎重にならざるをえません。

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『三省堂国語辞典』のすすめ その96

2009年 12月 2日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

外からの目で、日本語を知る。

外国人学生
【キャンパスには多様な学生が】

 留学生のAさんが、雑誌に〈あなたの理想の相手を診断します!〉とあるのを見とがめました(その記事は『Hot Pepper』2007.6 p.241)。彼女によると、「診断」の使い方がおかしい、これでは「あなたの恋人を診察します」という意味になるというのです。

 思いも寄らない指摘に驚きました。たしかに、『三省堂国語辞典』(旧版)を見ると、「診断」には「診察して病気の状態を判断すること」「欠陥があるかどうかを判断し、必要な処置を決めること」の意味しかないので、冒頭のような例は解釈できません。

「診断」の例(週刊ポスト2009.12.11)
【運勢診断?!】

 気をつけていると、「相性診断」「ネット診断」など、同様の使い方は少なくありません。従来のブランチには収まらないとみて、『三国』の第六版では、「診断」の項目に

 〈3 うらない。「相性(アイショウ)―」〉

 という意味をつけ加えました。要するに「占い」の言い換えとみたわけです。「運勢診断」などという例もあり、運勢はふつう「診断」できるものではないので、これはどうしても新しい意味だと考えざるをえません。

 別の留学生Bさんから、大江健三郎「飼育」の中に「事を運ぶ」とあるのが分からない、と言われたことがあります。

「事を運ぶ」の例
【大江健三郎「飼育」】

 〈僕は〔略〕事を運ぶに際して周到さは持ちつづける専門家のように、眉をひそめて広場を横ぎり子供たちを一瞥もしない。〉(『死者の奢り・飼育』新潮文庫 p.113-114)

 『三国』旧版には、「事を運ぶ」は載っていませんでした。もっとも、「運ぶ」には〈〔ことを〕進める。「交渉(コウショウ)を―」〉とあるので、これを見ればいいとも言えます。でも、「事を運ぶ」で熟したことばなので、見出しに立てたいところです。第六版では次のように記述しました。

 〈事を運ぶ[句]ものごとを順を追って実行する。「てきぱきと―」〉

 辞書は、新語や難解語だけでなく、こういった一見当たり前のことばもすくい取り、きちんと説明しなければなりません。でも、当たり前のことばは、ともすると見過ごしがちです。それだけに、AさんやBさんの指摘は印象深いものでした。

 留学生は日本語を学びにくるのですが、彼らから日本語について学ぶことも多くあります。これは日本語研究に限らず、いや、学問に限らず、何に関しても言えることです。

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