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『日本国語大辞典』をよむ―第22回 さまざまなメゾン

2017年 12月 3日 日曜日 筆者: 今野 真二

第22回 さまざまなメゾン

 2015年6月7日の『朝日新聞』の読書欄で、星野智幸が採りあげていた、谷川直子の『四月は少しつめたくて』(2015年、河出書房新社)を入手した。「自分の言葉を取り戻すために」という新聞の見出しも印象的だった。入手してそのままになっていたのだが、2017年3月4日に読み始めた。読み始めて少しすると次のような行りがあった。

ファッションの世界にだって芸術的な採算度外視のショーはあるけれど、ちゃんとうまくあとでそれを帳消しにするような商品が出る。出なければメゾンが立ち行かなくなっておしまい。つまり、デザイナーは芸術家でありながら売り物になる商品の素(もと)をつくり出しているということで、詩が売り物じゃないなら、そこがデザイナーと詩人の決定的な違いだ。(15~16ページ)

 この「メゾン」がわからなかった。『日本国語大辞典』には次のようにある。

メゾン〔名〕({フランス}maison)《メーゾン》家。住居。

 そして、「外来語辞典〔1914〕〈勝屋英造〉「メーゾン Maison(仏)家」」及び「亜剌比亜人エルアフイ(改作)〔1957〕〈犬養健〉五「聖心会附属の療養院を訪ねた。十八世紀のメゾン風の、趣味のいい建物である」が使用例としてあげられている。この見出しにおいては、「メゾン」という外来語が採りあげられているが、そこにあげられている使用例からすれば、どちらかといえば、現在から50年以上隔たった時期における「メゾン」の「使用状況」が記されていることになる。

 「新語に強い」ことを帯で謳う『三省堂国語辞典』第7版で「メゾン」を調べてみると、意外なことに見出しとして採用されていない。そこで『コンサイスカタカナ語辞典』第4版(2010年、三省堂)を調べてみると、そこには次のように記されている。

メゾン[フ maison(家) <ラ manere(留まる)]①(サロン風の)高級食堂.〈大〉★この語義はフランス語にはない. ②家,住宅. 特に日本ではマンションの名につけて用いる.〈現〉③商社. 商店. 特にオート-クチュールの洋装店.〈現〉

 この辞典の冒頭に置かれている「使用上の注意」の「略語表」によれば、〈大〉は「大正時代」、〈現〉は「昭和21年以後,平成」ということだ。今回は「さまざまなメゾン」というタイトルをつけたが、筆者は次のような「メゾン」を思い浮かべていたからだ。

 大正16年(昭和2年)1月1日発行の『近代風景』第2巻第1号に「パンの会の思ひ出」という総題のもとに、木下杢太郎の「パンの会の回想」というタイトルの文章が載せられている。「パン(Pan)」はギリシャ神話に登場する牧神のことで、「パンの会」は1910年前後に、青年芸術家たちが新しい芸術について語り合うことを目的としてつくられた会だった。東京をパリに、隅田川(大川)をセーヌ川に見立てて、月に数回、隅田河畔の西洋料理屋に集まっていた。「パンの会の回想」には次のようにある。引用は『木下杢太郎全集』第13巻(1982年、岩波書店)に拠る。

当時カフエエらしい家を探すのには難儀した。東京のどこにもそんな家はなかつた。それで僕は或日曜一日東京中を歩いて(尤も下町でなるべくは大河が見えるやうな処といふのが註文であつた。河岸になければ、下町情調の濃厚なところで我慢しようといふのであつた。)とに角両国橋手前に一西洋料理屋を探した。(略)

その後深川の永代橋際の永代亭が、大河の眺めがあるのでしばしば会場になつたのである。

また遥か後になつて小網町に鴻の巣が出来「メエゾン、コオノス」と称して異国がつた。

 上の「メエゾン、コオノス」の「メエゾン」は『コンサイスカタカナ語辞典』の①に語義も使用時期もあてはまる。しかもフランス語の「maison」にない語義であるということであるので、『日本国語大辞典』は、できればこの語義、そして杢太郎の使用例をあげておいてほしいと思うのは欲張りだろうか。

 大正16年は西暦でいえば1927年で、今から90年ほど前になる。現在からみた大正時代は、「歴史」としてとらえるのにはまだ現代と近すぎるのかもしれない。大正時代の日本語についての研究はこれから、という面がある。『日本国語大辞典』の第3版がいつ出版されるかはわからないが、その時には大正時代の日本語についての補いがされると、『日本国語大辞典』はいっそう充実したものになるだろう。『コンサイスカタカナ語辞典』の②も、「うんうん」というところではないだろうか。最近はそれでもそうしたマンション名は減ってきているかもしれない。さて、③である。これが冒頭にあげた『四月は少しつめたくて』の「メゾンが立ち行かなくなっておしまい」の「メゾン」にあてはまる。筆者ぐらいの年齢の男性であると、「オートクチュール」もすぐには日本語に言い換えにくいかもしれない。高級洋装店ぐらいか。

 カタカナ語というと、「アカウンタビリティー」「コンプライアンス」「ガバナンス」「インタラクティブ」「イノベーション」など、すぐに語義がわかりにくい語の使用が増えていることが話題になり、そのことについて論議される。そういうこともあるが、外来語、カタカナ語にもそれぞれの歴史が当然ある。ちなみにいえば、『日本国語大辞典』は「インタラクティブ」と「イノベーション」は見出しにしており、他の3語はしていない。『コンサイスカタカナ語辞典』第4版はすべて見出しとしている。この『コンサイスカタカナ語辞典』は1994年に初版が刊行されているが、その初版においては、「ガバナンス」が見出しとなっていない。やはりカタカナ語にも歴史がある。

 現代作家の小説を読むことはこれまで必ずしも多くはなかった。しかし、『日本国語大辞典』をよむようになって、現代の小説に使われているような語はどのくらい見出しになっているのだろうとか、現代の語義は記述されているだろうか、などと思うようになり、少しずつであるが、読んでみることにした。『日本国語大辞典』は「意識改革」もしてくれる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第21回 漢字の意味がわかりますか

2017年 11月 19日 日曜日 筆者: 今野 真二

第21回 漢字の意味がわかりますか

 筆者は『漢字からみた日本語の歴史』(2013年、ちくまプリマー新書)において、意味=語義は語がもつものであって、文字は「意味」をもたない、という意味合いで「漢字には「意味」がない」と述べた。漢字が意味をもっているのではなく、漢字が書き表わしている語が意味をもっているということだ。その考えは今でも変わらないが、中国語の場合、1語に対して、それを書き表わす漢字が1つ用意される。そうすると、語と、それを書き表わす文字との対応は原則として、一対一対応ということになる。それゆえ、漢字そのものが意味をもっているように、意識されやすい。それをふまえると、漢字に意味があるといっても、さほど変わらないと思うようになった。筆者は漢字の意味を「漢字字義」と呼んでいるが、ここでは「意味」という用語も使うことにする。これが今回のタイトルについてのいわば「補足説明」だ。

 漢語「ロウバイ(狼狽)」について、『日本国語大辞典』は次のように記している。

ろうばい【狼狽】〔名〕(「狼」も「狽」もオオカミの一種。「狼」は前足が長く後足は短いが、「狽」はその逆で、常にともに行き、離れれば倒れるので、あわてうろたえるというところから)思いがけない出来事にあわてふためくこと。どうしてよいかわからず、うろたえ騒ぐこと。

 「オオカミの一種」というと、実際にそういう動物がいるように理解してしまいそうで、「伝説上の」などという表現があったほうがよいように思う。漢語「ロウバイ(狼狽)」は現代でも使う語であるが、「狼」はともかくとして「狽」も動物名であることは通常は意識しにくい。よく考えれば、「狽」が獣篇の字であるので、わかってもいいはずであるが、そうはなかなか考えない。このように、漢語として使っている語を構成している個々の漢字の意味はあまり意識しないように思う。そういう「情報」も『日本国語大辞典』には記されている。ここではあまり使わない漢語も含めて、話題として採りあげていくことにする。

きゅうしゃ【休舎】〔名〕(「休」「舎」ともに、やすむの意)やすむこと。休息すること。休養すること。

きゅうせき【休戚】〔名〕(「休」は喜び、「戚」は悲しみの意)喜びと悲しみ。よいことと悪いこと。

きゅうめい【休明】〔名〕(「休」は大きい庇護の意)性格が寛容で、聰明なこと。

きょいん【許允】〔名〕(「許」「允」ともに、ゆるす、承認する意)願いごとなどに対して、承知し、ゆるすこと。許可。允許。允可。また、承認。

ぎょうそ【翹楚】〔名〕(形動タリ)(「翹」はしげり盛んなさま。「楚」は薪中の最も秀でたもの。「詩経-周南・漢広」の「翹翹錯薪、言刈 其楚 (注:「一」「二」は返り点) 」の句から)衆にぬきんでてすぐれること。また、そのものや、そのさま。俊秀。抜群。

きょきょう【駏蛩】〔名〕駏虚(きょきょ)と蛩蛩(きょうきょう)という二獣の名。「駏虚」は、騾馬(らば)のめすと牡馬のあいのこ、「蛩蛩」は、北海に住むという馬に似た想像上の動物をさす。ともに蟨(けつ)という獣に養われ、人が来ると蟨を背負って走るといい、常に共に居るもののたとえに用いられる。

 「休」に〈喜び〉という意味があることがわかると、「きゅうちょう(休徴)」の語義は「よいしるし。めでたいしるし」であることがわかることになる。しかし、その一方で、「キュウメイ(休明)」の場合の「休」は〈大きい庇護〉で、単純ではない。

 「キョイン(許允)」の場合は、「キョカ(許可)」「インキョ(允許)」「インカ(允可)」などの語が思い浮かべば、「キョイン(許允)」の語義も推測できる。そもそも「キョイン(許允)」は「インキョ(允許)」と字順が逆になったかたちをしている。このように、漢語の語義の理解は、他の漢語の語義理解を援用しながら行なわれていると思われる。当然、その漢語を構成する単漢字についての「情報」も援用されているはずだ。

 そうなってくると、「ギョウソ(翹楚)」はすぐには語義が推測しにくい。なぜなら、「翹」から始まる他の漢語がすぐには思い浮かばない。春先に黄色い花を咲かせる植物のレンギョウ(連翹)に使われている字であることはわかるが、これはあまり参考になりそうにない。「楚」も「四面楚歌」などから、中国の国名であることはわかるが、「楚」から始まる漢語というと、これもすぐには思い浮かびにくい。また、「翹」も「楚」も「常用漢字表」に載せられておらず、「和訓」もすぐには思いつかない。こういう場合は、漢語の語義の推測がきわめてしにくい。「和訓」を援用して漢語の語義を理解するというのは、日本において、長く行なわれてきた「方法」であると思う。さきほどの「キョイン(許允)」であれば、「許」字も「允」字も字義は〈ゆるす〉であるので、「キョイン(許允)」全体の語義は〈ゆるす+ゆるす〉で結局〈ゆるす〉となる。漢語を構成する上の字も下の字もどちらも〈ゆるす〉なのだから、字順を入れ換えてもよい。

 「駏虚(きょきょ)と蛩蛩(きょうきょう)という二獣の名」というのも驚く。このような語には『日本国語大辞典』を端からよまないと出会えなかったと思う。しかし、使用例には「山陽遺稿〔1841〕詩集」があげられていて、さすが頼山陽、こういう語もちゃんと承知していた。頼山陽の「心的辞書(mental lexicon)」(=言語使用者が脳内に備えていると考えられている架空の辞書)には、もしかしたら『日本国語大辞典』が見出しにしているすべての漢語が収められていたかもしれないなどと思ってしまう。そういうことを想像するのも楽しい。

 上に示した漢語は、現在ではほとんど、あるいはまったく使われなくなっているかもしれない。それでも、そういう語が中国で使われ、日本でもかつては使われたことがあった、ということも『日本国語大辞典』をよむとわかる。使わない語のことについて知ってもしかたがない、という考え方もあるだろう。しかし、どういう「発想」で語がつくられているか、ということを知ることにはおもしろさがあるのではないだろうか。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第20回 ギロッポンでシースー

2017年 11月 5日 日曜日 筆者: 今野 真二

第20回 ギロッポンでシースー

 『日本国語大辞典』は俗語、隠語の類も見出しとしている。

おうみょうどうふ【王明動不】〔名〕不動明王の像をさかさまにして、人を呪詛(じゅそ)するところから、その名を逆にしたのろいのことば。

 「オウミョウドウフ」ってどんな豆腐? と思ったら、いやはや恐ろしいものでした。使用例には「雑俳・川傍柳〔1780~83〕」があがっているので、江戸時代にはあった語であることがわかる。こうした「さかさことば」の類は少なくない。

さかさことば【逆言葉】〔名〕(1)反対の意味でつかうことば。「かわいい」を「憎い」という類。さかごと。さかことば。(2)語の順序や、単語の音の順序を逆にして言うこと。「はまぐり」を「ぐりはま」、「たね」を「ねた」という類。さかごと。さかことば。

 「ネタ」は現在でも使う語だ。『日本国語大辞典』は「ネタ」を次のように説明している。

ねた〔名〕(「たね(種)」を逆に読んだ隠語)(1)たね。原料。また、材料。(2)(略)(3)新聞・雑誌の記事の特別な材料。(以下略)

 語義(3)の使用例として「新しき用語の泉〔1921〕〈小林花眠〉」の「ねた 種を逆に言ったもので、新聞記事の材料のこと。三面記者などの仲間に用ひられる」があげられている。「ネタ」は小型の国語辞書、例えば『三省堂国語辞典』第7版も見出しにしている。

 『日本国語大辞典』をよみすすめていくと、いろいろな「さかさことば」にであう。

おか〔名〕(「かお」を逆にした語)顔をいう、人形浄瑠璃社会および盗人・てきや仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕

おも〔名〕(牛の鳴き声「もお」を逆にした語か)牛をいう、盗人仲間の隠語。〔特殊語百科辞典{1931}〕

かいわもの【―者】〔名〕(「かいわ」は「わかい(若)」を逆にしたもの)若い者、ばくち仲間の子分をいう、博徒仲間の隠語。〔特殊語百科辞典{1931}〕

かけおい【駆追】〔名〕(「おいかけ」の「おい」と「かけ」を逆にした語)追跡されることをいう、盗人仲間の隠語。〔日本隠語集{1892}〕

かやましい〔形口〕(「やかましい」の「やか」を逆にしたもの)官吏、役人などの監督が厳格である、という意を表わす、てきや・盗人仲間の隠語。〔日本隠語集{1892}〕

きなこみ〔名〕(「きな」は「なき」を逆にした語で、「泣き込み」の意)でたらめの泣きごとを訴えて同情を得、金品を恵んでもらうことをいう、てきや仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕

ぐりはま〔名〕(「はまぐり(蛤)」の「はま」と「ぐり」を逆にした語)(1)かわりばえのしないこと。たいした違いがないこと。ぐりはまはまぐり。(2)物事の手順、結果がくいちがうこと。意味をなさなくなること。ぐりはまはまぐり。ぐれはま。ぐれはまぐり。

げんきょ【言虚】〔名〕(「虚言(きょげん)」を逆にした語)詐欺的行為をいう、盗人・てきや仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕

げんきょう〔名〕(「きょうげん(狂言)」の「きょう」と「げん」を逆にした語)芝居のことをいう、盗人・てきや仲間の隠語。〔日本隠語集{1892}〕

ごうざい【郷在】〔名〕(「在郷」を逆にした語で、もと、人形浄瑠璃社会の隠語)いなか。または、いなか者。

 「ぐりはま」の使用例には「玉塵抄〔1563〕」があげられており、16世紀にはすでにあった語であることがわかる。「さかさことば」にも歴史がある。「ごうざい」の使用例には「滑稽本・戯場粋言幕の外〔1806〕」がまずあげられているので、19世紀初頭にはあった語であることがわかる。

 どうしても細かいところが気になる性分なので、いささか細かいことを述べるが、見出し「かやましい」では「てきや・盗人仲間の隠語」とあって、見出し「げんきょ」「げんきょう」では「盗人・てきや仲間の隠語」とあることには何か意図があるのだろうかなどと思ってしまう。また見出し「げんきょ」と「ごうざい」とでは、「言虚」「郷在」という漢字列を示しているが、見出し「げんきょう」では「言狂」を示していない。また見出し「げんきょう」と「ごうざい」とはともに4拍語で、語の成り立ちが似ているように思うが、見出し「げんきょう」を「ごうざい」と同じように、「「狂言」を逆にした語」と説明することはできないのだろうか。それぞれ何か意図があるのかもしれないが、それがうまくよみとれない。

 上にあげた見出しの語釈では「逆にした」という表現が使われているが、その「逆」の内実はさまざまである。「もお」の逆が「おも」であるという場合は、仮名で書かれている文字列を文字通り逆からよむ、というようなことであるが、「「かいわ」は「わかい(若)」を逆にした」という場合の逆は、そうではない。「わかい」を下からよめば「いかわ」になってしまうので、「文字を入れ替えた」というような表現があるいはふさわしいかもしれない。

 筆者は、見出し「げんきょ」をみて、「ほお」と思った。それは漢語「キョゲン(虚言)」のさかさことばだったからだ。当たり前のことであるが、さかさことばが理解されるためには、もとのことばがわかっていなければならない。「キョゲン(虚言)」をひっくりかえして使うことができる「(文字)社会」では「キョゲン(虚言)」という漢語が使われていた可能性がたかい。「げんきょう」や「ごうざい」も同じように考えることができる。どのような漢語がどのような「(文字)社会」で使われていたかを考えることは、最近、筆者が取り組んでいることであるが、そういうこととかかわりがある。

 上で出典となっているのは『隠語輯覧』『特殊語百科辞典』『日本隠語集』である。今までこういう「方面」のことを調べたことがなかったので、手始めにと思って、『隠語輯覧』と『日本隠語集』とを入手した。いろいろな隠語が載せられていて、おもしろかった。

 さて、最近バブル期をネタにしている女性の芸人がいて、「ギロッポンでシースー」などと言っている。いうまでもなく「六本木で鮨」ということだが、筆者などは(冗談ではなく)ほんとうにこんな語が使われていたのだろうか、と思ったりもする。『日本国語大辞典』には「ギロッポン」も「シースー」も見出しになっていない。それは「新語に強い」ことを謳う『三省堂国語辞典』第7版も同じだ。はたして、これらの語が辞書の見出しになる日は来るのか来ないのか。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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『日本国語大辞典』をよむ―第19回 夜光の貝と夜光貝

2017年 10月 22日 日曜日 筆者: 今野 真二

第19回 夜光の貝と夜光貝

 『日本国語大辞典』には次のようにある。見出し「やくがい」も併せて示す。

やこうがい【夜光貝】〔名〕リュウテンサザエ科の大形の巻き貝。奄美諸島以南から太平洋熱帯域のサンゴ礁に分布する。殻はサザエ形で厚く、殻径約二五センチメートルの大きさになる。(略)「夜光」の名はあるが発光することはなく、屋久島から献上されたところから「やくがい」といい、それが変化した語といわれる。殻は古くから螺鈿(らでん)細工に使われ、正倉院宝物の中にもこれを用いたものがある。肉は食用になる。やこうのかい。

やこうのかい【夜光貝】〔名〕「やこうがい(夜光貝)」に同じ。

やくがい【夜久貝】〔名〕「やこうがい(夜光貝)」の異名。

 見出し「やこうがい」の語釈中で使われている「殻径」という語は、貝を見出しとする見出しの語釈中で、30回使われているが、それ自体は見出しとなっていない。「殻」の音は「カク」「コク」であるので、「殻径」が漢語であるとすれば、考えられるのは「カクケイ」「コクケイ」という語形であるが、そのいずれも見出しとなっていない。オンライン版で漢字列「殻径」を検索しても、語釈中で使われた30例しかヒットしないので、見出しにはなっていないのだろう。また現在刊行されている最大規模の漢和辞典といってよい『大漢和辞典』も「殻」字の条中に「殻径」をあげていない。語義はわかるので、「謎」ということはないが、発音がわからないので、「ちょっと謎な語」ではある。

 さて、見出し「やこうのかい」の「辞書」欄、「表記」欄には『言海』があげられている。そこで『言海』を調べてみると、次のように記されている。見出し「やくがひ」も併せて示す。

やくわうのかひ(名) 夜光貝 螺ノ類、盃トス、大隅屋久ノ島ニ産ズ。(屋久ノ貝ノ訛カトモ云)

やくがひ(名) 屋久貝 螺(ニシ)ノ類、大隅ノ屋久ノ島ニ産ズ、殻、厚ク、外、青シ、磨キテ器トスベシ。青螺

 『日本国語大辞典』の見出し「やくがい」の「補注」には平安時代、934年頃に成立したと推測されている辞書、『和名類聚抄』(20巻本)の記事が紹介されている。『和名類聚抄』は巻19の「鱗介部」の「亀介類」の中で、「錦貝」を見出しとし、その語釈中で、この「錦貝」を「夜久乃斑貝」であることを述べ、俗説であることを断りながら、「西海有夜久島彼島所出也」(西海に夜久島があって、そこで産出する)と述べる。「夜久島」は現在の屋久島と考えることができそうだ。筆者は「夜久乃斑貝」の「斑貝」はどう発音するのだろう、つまりどういう発音の語を書いたものなのだろうとまず考えるが、『日本国語大辞典』には「やくのまだらがい」という見出しがある。つまり、『日本国語大辞典』は「斑貝」は「まだらがい」という語を書いたものと判断していることになる。

やくのまだらがい【夜久斑貝・屋久斑貝】〔名〕貝「にしきがい(錦貝)」の異名。

 こうやって、次々とわからないことを調べ、確認していくと、いつのまにか、今自分が調べていることは何か、明らかにすべきことは何か、ということを見失うことがある。そんなばかな、と思われるかもしれないが、案外そういうことはあるし、日本語について書いてある本の中にも、そういう「傾向」のものはあるように感じる。

 筆者が思ったことは、屋久島で採れる貝であれば、「屋久の貝(やくのかい)」という語形が自然なものだろうということで、この「ヤクノカイ」が「ヤコウノカイ」へと変化した「道筋」は単純には説明しにくいが、「ヤク」の部分が長音化していくというような「道筋」でさらなる音変化が起こったと考えることはできそうだ。そうやって「ヤコウノカイ」という語形ができ、それを漢字で「夜光貝」と書いていた。この「夜光貝」を漢字そのままに発音するようになって、「ヤコウガイ」という語形が発生する、という「順番」があるだろうということだ。もしもこの推測があたっているとすれば、「ヤコウノカイ」と「ヤコウガイ」とは語義はまったく同じということになり、かつ語形もほとんど同じで、両語形が併存しにくい。「ヤコウガイ」がうまれると「ヤコウノカイ」は消えてしまいやすいと思われる。そういう語形も辞書には残る。

 さて、少し観点が違うが、「菜花」はどんな語形を書いたものだと思いますか。『三省堂国語辞典』第7版は見出し「なのはな」を「アブラナ(の花)。春、畑一面に黄色く さく」と説明し、見出し「なばな」を「ナノハナの、食材としての呼び名」と説明している。「なのはな」の語釈の「畑一面」は雰囲気がでていていいなと思う一方で、畑だけに咲くわけではないのでは? と思ったりもするが、そんなことをいうのは野暮でござんしょう。これはもともとは「ナノハナ」という語形のみだった。それを「菜の花」ではなくて「菜花」と書く書き方がうまれた。その「菜花」が食材としての菜の花の表記によく使われ、それを文字通り「ナバナ」と発音するようになった。それから「ナノハナ」と「ナバナ」との「すみわけ」が起こった、というような「道筋」ではないかと推測している。さらにいえば、「サイカ(菜花)」という漢語も存在している。これも『日本国語大辞典』は見出しとしている。

 「タラノコ」を「タラコ(鱈子)」といい、「フカノヒレ」を「フカヒレ」という。「タラノコ」「フカノヒレ」はもはやほとんど使わない語形になっている。『日本国語大辞典』は見出し「たら(鱈)」の後ろに「たらのこ」をあげており、そこには17世紀の使用例があげられている。また「ふかのひれ」はちゃんと見出しになっている。『言海』も「ふかのひれ」を見出しとしているので、『言海』が完結した明治24(1891)年には確実に存在した語であることがわかる。『日本国語大辞典』は見出し「ふかひれ」の使用例としては、「英和商業新辞彙〔1904〕」をあげている。ちなみにいえば、『三省堂国語辞典』第7版は「タラノコ」「フカノヒレ」を見出しとせず、見出し「ふかひれ」の語釈末尾に「ふかのひれ」と記している。

 ことばは変化していくものだ。それを歎くつもりはない。ただ、その変化の過程は知っておきたいと思う。そんなことも辞書をよむとわかってくる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第18回 ガトフフセグダア

2017年 10月 8日 日曜日 筆者: 今野 真二

第18回 ガトフフセグダア

 タイトル「ガトフフセグダア」が何のことかおわかりになるでしょうか。筆者は『日本国語大辞典』をよんでいて、このことばにであった。

あごつかい【顎使】〔名〕高慢、横柄な態度で人を使うこと。あごさしず。*ガトフ・フセグダア〔1928〕〈岩藤雪夫〉二「気弱で温純だといふ点からメーツ等に寵愛されてナンバンにまで成り上った彼には下の人間をすら余り頤使(アゴヅカ)ひ能(でき)る勇気の持合せがなかった」

 『日本国語大辞典』のオンライン版で検索してみると、『日本国語大辞典』全体では、この岩藤雪夫「ガトフフセグダア」が221回、使用例としてあげられていることがわかる。今回の「『日本国語大辞典』をよむ」の「よむ」には使用例をよむということは含めないと最初に述べたが、それは「必ずよむ」ことにはしないということであって、当然使用例をよむこともあるし、「出典」をみることもある。最初は気にならなかったが、何度か目にするうちに、この「ガトフフセグダア」が気になってきた。作品名であることはわかるが、不思議な作品名である。

 そこで、グーグルで検索をしてみると、なんと3件しかヒットしない。古本サイトなども使って、この作品が「現代日本文学全集86」『昭和小説集(一)』(1957年、筑摩書房)と「日本現代文学全集69」『プロレタリア文学集』(1969年、講談社)に収められていることがわかり、その両方を注文して、購入した。

 「ガトフフセグダア」は作品の中に次のようにでてくる。

「やい山。」と彼は一寸踊を止めて私を眺めた。「ガトフ・フセグダアてことを知つてるかい?」

「何、ガトフヽヽヽガトフヽヽヽ何だいそれは、まさか火星の言葉でもあるまいし。」

「ロシア語だよ、俺がサガレンの漁場にゐる時に教はつたんだ。ね君は知つてるかい、レニンて怪物を。」と彼は節くぶしに毛の密生した右手の親指を突き出して言葉の調子を改めた。

「レニン、知つてるさ、それあ……」

「さうさ、知つてるだらう、吾々の恩人レニン。な、彼が云つたんださうだ。『ガトフ・フセグダア』つてね。上(うは)つ面(つら)は何んな間抜面をしてゐてもいい。然しいいか、『ガトフ・フセグダア』だ。『常に用意せよ。』ていふんだ。ね解つたかい。此船で君となら先づ話が出来さうだ。解つたかい、解つたらお終ひと、こらさつと。」

そして彼は又踊つた。(昭和小説集(一)132ページ)

 「ガトフフセグダア」はロシア語で「常に用意せよ」という意味だった。このことについて、インディペンデント・キュレーターとして、国内外の美術館・ギャラリー・企業の依頼で、展覧会の企画などを行い、翻訳もしている高等学校時の同級生にたずねてみた。すると、「ピオネール」という、ボーイスカウトに倣ったソ連の少年団のスローガンが、ボーイスカウトの「Be prepared(備えよ常に)」に倣った「フシェグダー・ガトーフ(何時でも準備よし!)」であることを教えてくれた。「ピオネール」のシンボルマークに、レーニンの横顔とこのスローガンが書かれていることも、ネットの検索でわかった。

 さて、作者の岩藤雪夫は明治35(1902)年生まれで、平成元(1989)年に没している。他の作品も読んでみたくなったので、日本プロレタリア傑作選集の1冊となっている『血』(1930年、日本評論社)、新鋭文学叢書の1冊となっている『屍の海』(1930年、改造社)も入手した。後者の表紙見返しページには「労働者を友とせよ 鷲目原」という書き込みがされ、それに赤鉛筆で×をして「中村廣二」と書かれている。奥付の前のページには赤鉛筆で「示威運動」、ペンで「爆発」と書かれていて、こうした本が出版されていた時期の「熱」のようなものを感じる。

 『日本国語大辞典』を丁寧によんでいくと、自分が知らない「出典」が数多くあげられている。それは古典文学作品でもそうだ。「知らない」ということはこれまであまり接点がなかったということであり、それは自身の限定された興味に起因するということもあるだろう。そうした自身の「偏り」を知り、修正する機会を与えてもくれる。「これはおもしろそうだな」と思った作品をよんでみる、というようなことも『日本国語大辞典』をよむ楽しさの1つであろう。

 筆者が岩藤雪夫の作品を少し読んでみようと思ったのは「プロレタリア文学」というくくりに、ちょっと「反応」したからだ。中学校や高等学校の、おそらく文学史で聞いたことばだろうと思うが、「プロレタリア文学」といえば、小林多喜二の『蟹工船』、あとは徳永直の『太陽のない街』だろうか。黒島伝治の名前もそういう中で知ったように思う。しかし、実際にこれらの作品を読んだかというと、そうでもないことに今回気づいた。「プロレタリア文学」とくくられる文学作品が文学史に足跡を刻んでいることはたしかなことであろうが、それを「今、ここ」のものとしてとらえることはほとんどないだろう。そういうことを考えさせられた。

 入手した『血』におさめられている『ガトフ・フセグダア』の冒頭(6行目)には次のようにある。

エンヂン場(ば)は夕暮(ゆふぐれ)の牢獄程(らうごくほど)に暗(くら)かつた。「持出(もちだ)しワッチ」に当(あた)つた私達(わたしたち)フィアマンは赤鬼(あかおに)みたいにスライスバアやスコップを振(ふ)り廻(まは)して圧力計(プレシユアゲージ)と睨(にら)めつこをしてゐた。

 『日本国語大辞典』は上にみられる「フィアマン」や「プレシユアゲージ」も見出しとはなっていない。見出し「ファイアマン」の語釈中に「フィアマン」があり、「プレッシャーゲージ」を見出しとしている。ただし、使用例としては、上の箇所をあげているので、語形としては小異とみているのだろう。その一方で、「エンジンバ(エンジン場)」や「モチダシワッチ(持出しワッチ)」、「スライスバア」は見出しとしていない。外来語を見出しにするのには限界があるだろうから、それは当然のこととして、筆者としては、「エンジンバ(エンジン場)」のような複合語は、できるだけ見出しになっているといいと思う。この場合は「エンジン」に和語「バ(場)」が複合した複合語であるので、「バ」がそうした造語力をもっていたことを窺わせる語の例ということになる。どうしても、そのような「日本語の歴史」を思い浮かべながら『日本国語大辞典』をよんでしまうが、あれこれと想像しながらよむのはやはり楽しい。

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今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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『日本国語大辞典』をよむ―第17回 できないこと

2017年 9月 24日 日曜日 筆者: 今野 真二

第17回 できないこと

 『日本国語大辞典』は慣用句・ことわざの類も豊富に載せている。見出し「やきぐり(焼栗)」の後ろには次のようにある。

やきぐりが芽(め)を出(だ)す 不可能なことのたとえ。また、不可能であるとされていたことが、不思議な力によって実現することをいう。枯木に花咲く。

 使用例として、「浮世草子・諸道聴耳世間猿(筆者注:しょどうききみみせけんざる)〔1766〕」があげられているので、江戸時代には使われていたことがわかる。「枯木に花咲く」は見出し「かれき(枯木)」の後ろに載せられている。「枯れ木に花を咲かせましょう」というと、「花咲爺(花咲かじいさん)」を思わせる。

かれきに花(はな)咲(さ)く (1)衰えはてたものが再び栄える時を迎えることのたとえ。こぼくに花咲く。枯れたる木にも花咲く。(2)望んでも不可能なことのたとえ。転じて、本来、不可能と思われることが不思議の力によって実現することのたとえにいう。枯れたる木にも花咲く。(以下略)

 他にも「不可能なこと」を表現する慣用句はかなりある。どうやってその「不可能」を表現するかがおもしろい。

あごで背中(せなか)搔(か)くよう 不可能なことにいう。

あざぶの祭(まつり)を本所(ほんじょ)で見(み)る 麻布権現の祭礼を本所(東京都台東区)から見るの意で、不可能なことのたとえ。

あひるの木登(きのぼり) あり得ないこと、不可能なことのたとえ。

あみのめに風(かぜ)=たまる[=とまる] (1)ありえないこと、不可能なこと、かいのないことのたとえにいう。(2)わずかばかりでも効果が期待できることの意にいう。

いしうすを箸(はし)にさす (石臼を箸で突き刺すのは不可能なことから)無理なことをいうことのたとえ。だだをこねる。

おおうみを手(て)で堰(せ)く しようとしても不可能なこと、人力ではどうしようもないことにいう。大川を手で堰く。

おととい=来(こ)い[=お出(い)で] もう二度と来るな。不可能なことをいって、いやな虫を捨てたり、人をののしり追い返すときにいう。「おとといおじゃれ」「おとといござい」「おとといごんせ」などとも。おとつい来い。

かの睫(まつげ)に巣(す)をくう (略)きわめて微小なこと。また不可能なことのたとえ。

かかとで巾着(きんちゃく)を切(き)る かかとを使って巾着をすり取る意。不可能なことのたとえ。

かわむかいの立聞(たちぎき) (大きな川の向こう側で話している内容を、こちら側で立ち聞きしても聞こえるはずがないところから)とうてい不可能でむだなことのたとえ。

こうがの水(みず)の澄(す)むのを待(ま)つ 濁った大河の水がきれいになるのを待つ。気の長いことや不可能なことのたとえ。百年河清(かせい)を俟(ま)つ。

こおりを叩(たた)いて火(ひ)を求(もと)む 方法を誤っては、事の成就の困難なこと。また、不可能なことを望むことのたとえ。木に縁(よ)りて魚を求む。

さおだけで星(ほし)を打(う)つ 竹竿で星を払い落とす。不可能な事をする愚かさ、また、思う所に届かないもどかしさをたとえていう。竿で星かつ。竿で星。

しゃくしで腹(はら)を切(き)る できるはずのないことをする。不可能なことをする。また、形式だけのことをすることのたとえ。
 たまごの殻(から)で海(うみ)を渡(わた)る 非常に危険なこと、また、不可能なことのたとえ。

つなぎうまに鞭(むち)を打(う)つ (つないだ馬に鞭を打って走らせようとしても不可能であるところから)しても、むだであること、するのがむりだということのたとえにいう。

はたけに蛤(はまぐり) 畑で蛤を得ることはできない。全く見当違いなこと、また、不可能なことを望むことなどのたとえ。木によって魚を求む。

みずにて物(もの)を焼(や)く  不可能なこと。ありえないことのたとえ。

 「おとといおいで」は子供の頃に耳にして、どういう意味だろう、と思ったものだ。「おとといには来られないじゃないか」と。まあその理解でよかったわけですね。

 「かの睫(まつげ)に巣(す)をくう」の「(略)」としたところには、中国の道家の書物である『列子(れつし)』の、「焦螟」という虫が群れ飛んで蚊の睫に集まるという記事が紹介されている。こうしたことが、日本の室町時代頃に成立した易林本『節用集』(1597)にちゃんととりこまれているのですね。易林本では、この虫は「ショウメイ(蟭螟)」という名前になっている。こういうことも『日本国語大辞典』をよみ、使用例を丁寧にみることによってわかる。やはり『日本国語大辞典』をよむことはおもしろい。

 「こうが(黄河)」は改めていうまでもなく、中国の華北を流れる大河の名前で、固有名詞だ。川の水が黄土を大量に含んでいるため、黄色く濁っているところからそう名づけられているわけだが、つまり濁った川である。それが澄むのを待っても永久にそんなことはない、ということだ。

 「しゃくし(杓子)」は現在では「杓子定規(しゃくしじょうぎ)」という場合には使うが、一般的には「しゃもじ」だろう。『日本国語大辞典』の見出し「しゃもじ(杓文字)」には「(1)(「しゃくし(杓子)」の後半を略し「文字」を添えた女房詞が一般化したもの)汁や飯などをすくう道具。めしじゃくし。いいがい」とある。しゃくし=しゃもじは身近な道具だけに、「しゃくし」を含む慣用句は「しゃくしで芋を盛る」=「道具をとりちがえて事を行ない失敗する。あわてて事を行なう様子をいう」や「しゃくしは耳搔にならず」=「大きい物が、必ずしも小さい物の代用になるとは限らないことのたとえ」などいろいろある。

 それにしても、いろいろな「不可能」表現があるものだ。「雪中のカブトムシ」なんてどうでしょう? そんなことを考えるのも楽しいかもしれません。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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『日本国語大辞典』をよむ―第16回 走れメロスとメロドラマ

2017年 9月 10日 日曜日 筆者: 今野 真二

第16回 走れメロスとメロドラマ

 太宰治『走れメロス』は雑誌『新潮』の1940年5月号に発表され、同じ年の6月15日に刊行された単行本『女の決闘』(河出書房)に収められている。現在では、中学校の国語教科書に載せられているので、よく知られている作品といってよいだろう。

 作品は次のように終わる。

ひとりの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。

「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」

勇者は、ひどく赤面した。

 教科書に載せられている作品にしては、なかなかしゃれた感じの終わり方だなと思ったような記憶がかすかにある。しかし、この後に「(古伝説と、シルレルの詩から)」と記されていることはすっかり忘れてしまっていた。「シルレル」はもちろん、ドイツの詩人、劇作家として知られている、フリードリヒ・フォン・シラー(1759~1805)のことである。ベートーヴェンの交響曲第九番「合唱付き」の原詞の作者といえばよいだろうか。メロスを「村の牧人」としたのは、太宰治の設定であることも指摘されている。さて、このメロスがどこで『日本国語大辞典』につながるのかというと、次のような見出しがあったからだ。

メロス〔名〕({ギリシア}melos)旋律。特に音の旋律的な上下の動きをさす。

 この見出しをみて、「走れメロス」の「メロス」は〈旋律〉という語義をもつギリシャ語だったのか! と思ってしまった。ところが調べてみると、話はそう単純ではなかった。「メロス」はシラーの綴りに従えば、「Meros」となるはずであるとの指摘がある。しかるに、「走れメロス」のヨーロッパ諸語での訳においては「メロス」が「melos」と綴られているという。なぜ、ヨーロッパ諸語の翻訳者が「melos」と綴ったのかはもちろんわからないが、そのことによって、「走れメロス」と「旋律、歌」とにかすかながらにしても、つながりが生じていることはおもしろい。ただし、そのことは太宰治とは無関係であるのだが。

 「メロス」の次にあった外来語は「メロディアス」で、「メロディー」「メロディック」と続いて、「メロドラマ」があった。

メロドラマ〔名〕({英}melodrama ギリシア語のメロスとドラマの結合した語)(1)演劇形式の一つ。誇張された情況設定やせりふをもつ通俗的な演劇。ヨーロッパで、中世から近世に行なわれ、せりふの合間に音楽を伴奏した娯楽劇。(2)恋愛をテーマとした感傷的なドラマや映画。

 小型の国語辞典は「メロドラマ」をどのように説明しているかあげてみよう。

大衆的、通俗的な恋愛劇。▽melodrama(岩波国語辞典第7版新版、2011年)

〈melodrama〉(映画やテレビ番組などで)通俗的で感傷的な恋愛劇。(集英社国語辞典第3版、2012年)

[melodrama]〘名〙恋愛を中心とした感傷的・通俗的な演劇・映画・テレビドラマなど。▽メロス(=旋律)とドラマを結びつけた語。元来は一八世紀後半のフランス・ドイツなどで発達した音楽入りの大衆演劇。(明鏡国語辞典第2版、2010年)

〔melodrama〕㊀歌の音楽をふんだんに使った、興味本位の通俗劇。㊁愛し合いながら なかなか結ばれない男女の姿を感傷的に描いた通俗ドラマ。(新明解国語辞典第7版、2012年)

〔melodrama〕映画・演劇・テレビなどの、通俗(ツウゾク)的な恋愛(レンアイ)劇。(三省堂国語辞典第7版、2014年)

〈melodrama〉[名] 通俗的で感傷的な劇。(新選国語辞典第9版、2011年、小学館)

 「メロドラマ」の「メロ」は「メロメロ」と関係があるとはさすがに思っていなかったが、ギリシャ語「メロス」だったとは知らなかった。「メロス」とのかかわりにふれているのは、上にあげた辞書の中では『明鏡』のみ。「通俗的」「恋愛(劇)」「感傷的」が、「メロドラマ」を説明するキー・ワードであることがわかる。こうした語釈を並べてみると、『新明解国語辞典』の㊁は目立つ。「なかなか結ばれない」は辞書の語釈としては、限定的過ぎると感じるがみなさんはいかがでしょうか。では最後にもう1つ。

メセナ〔名〕({フランス}mécénat)文化・芸術などを庇護・支援すること。特に、企業などが見返りを求めずに資金を提供する文化擁護活動をいう。紀元前一世紀のローマの将軍、ガイウス=マエケナス(Maecenas)が、隠退後、ホラティウス、ウェルギリウスなどの芸術家を庇護したところから、その将軍の名にちなむ。

 日本では1988年の「日仏文化サミット」をきっかけとしてひろがりをもつようになったとのことで、1990年代にはしきりにこの「メセナ」という語が使われていたことを記憶している。『朝日新聞』の記事データベース「聞蔵Ⅱビジュアル」に「メセナ」で検索をかけてみると、やはり1988年の「日仏文化サミット」の記事がもっとも古い例としてヒットする。ごく小型の仏和辞典で調べてみても、「mécénat」は見出しになっており、そこには「学問芸術の擁護」というような説明がある。フランスでは、これが将軍の名前であることはわかっているのだろう。

 それにしても、最近は新聞などを読んでいても、この「メセナ」という語にであうことがめっきり少なくなったように思う。こういう時だからこそ、学問芸術を擁護してもらいたいと思う。

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1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

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『日本国語大辞典』をよむ―第15回 外来語今昔

2017年 8月 27日 日曜日 筆者: 今野 真二

第15回 外来語今昔

 『日本国語大辞典』をよんでいるとさまざまな外国語、外来語が見出しとなっていることに気づく。

アボストロン〔名〕(語源未詳)江戸時代に用いられた吸い出し膏薬の一つ。アボス。

 『日本国語大辞典』第1巻の冒頭に置かれている「凡例」「見出しについて」には、「和語・漢語はひらがなで示し、外来語はかたかなで示す」とあるので、この「アボストロン」は外来語とみなされていることがわかる。しかし「語源未詳」とあるので、どんな外国語に基づく語であるかはわかっていないということだ。

 「吸い出し膏薬」がすでにわかりにくい語かもしれないので、『日本国語大辞典』を調べてみると、「腫物(はれもの)・でき物の膿(うみ)を吸い出すためにはる膏薬。吸膏薬。すいだし」とある。

 「アボストロン」の使用例には「浄瑠璃・御所桜堀川夜討〔1737〕」と「譬喩尽〔1786〕」があげられているので、江戸時代には確実に使われていた語であることがわかる。『譬喩尽(たとえづくし)』は松葉軒東井(川瀬源之進久寛)がことわざや慣用句の類を集めていろは分けに編集したもので、8巻8冊の書である。18世紀後半の言語文化の格好の資料としてよく使われている。この『譬喩尽』に「阿慕寸登呂牟(原本振仮名:あぼすとろむ) 蛮語也」とあるので、異国の言語という認識はあったことがわかる。この「アボストロン」の省略語形と思われる「アボス」も『日本国語大辞典』には見出しとなっている。その使用例として「語彙〔1871~84〕」があげられている。『語彙』巻3には「あぼす [俗] 吸出膏薬(原本振仮名:スヒダシカウヤク)の/名なり」とある。そしてこの『語彙』の記事が(おそらくは)『言海』に受け継がれる。『言海』には「アボス(名)〔蘭語ナルベシ〕吸出シノ膏薬ノ名」とあって、大槻文彦はオランダ語由来の語という「見当」だったことがわかる。『言海』は「アボストロン」は見出しとしていない。改めて調べてみるまでもないように思うが、例えば、「新語に強い」ことを謳っている『三省堂国語辞典』第7版は「アボストロン」も「アボス」も見出しにしていない。

 『日本国語大辞典』の「アボス」から「アボストロン」までの間には、「アポステリオリ」「アポストロ」「アポストロフ」「アポストロフィー」という4つの見出しがある。いずれも片仮名で書かれているので、外来語ということになる。「アポストロ」は「キリシタン用語。キリストが布教のために特に選抜した一二人の直弟子。使徒」と説明されており、これも16世紀末から17世紀初めにかけて使われた外来語ということになる。さて、『三省堂国語辞典』第7版は、というと、同じ範囲に外来語としては「アポストロフィー」しか見出しになっていない。意外に思ったのは、「アポステリオリ」が見出しとなっていないことだ。『日本国語大辞典』は「アポステリオリ」の語義を「(1)スコラ哲学で、認識の順序が結果から原因へ、帰結から原理へさかのぼるさま。帰納的。↔ア-プリオリ」「(2)カントの認識論で、経験から得られたものをさす。後天的。↔ア-プリオリ」と説明している。「ア-プリオリ」は「先天的」だ。『三省堂国語辞典』第7版は「アプリオリ」には「社会常識語」の符号を付け見出しにし、「対義語」として「アポステリオリ」を示すが、「アポステリオリ」を見出しにしない。一貫性という点でどうなのだろうか。

アリモニー〔名〕({アメリカ}alimony)俗に、離婚・別居手当てをいう。手切れ金。

アリモニーハンター〔名〕({アメリカ}alimony hunter)手切れ金を目的に、裕福な男性と結婚しては離婚し、次から次へと男を漁る女性。

 なんか、そんなような事件が日本でもあったような気がしますが、「アリモニー」の使用例には「モダン辞典〔1930〕」が、「アリモニーハンター」の使用例には「改訂増補や、此は便利だ〔1918〕」があげられている。ちょっとわかりにくいかもしれないが、『や、此は便利だ』というタイトルの本があって、その改訂増補版だということだ。

 あげられている使用例からすれば、1918年から1930年頃には使われていた、もしくはそういう語があるということが認識されていたと思われるが、筆者はこの語を耳にしたことがおそらくない。もしもこれらの語が1960年頃にはすでに使われなくなっていたとしたら、50年ほどの「命」だったことになる。こういう「短命」の外来語があることは推測できる。

 『日本国語大辞典』は1972年から1976年にかけてその初版20巻が刊行された。筆者が大学生の頃に使っていたのは、この初版だ。1979年には、縮刷版10巻が刊行された。筆者はこの縮刷版を購入して使っていた。それぞれを「初版」「縮刷版」と呼ぶことにする。

 初版と、今よんでいる第2版とでは、当然のことながらさまざまな違いがある。初版が完結した1976年から、第2版が完結した2002年までの間は27年間もある。日本の社会もずいぶん変化した。当然日々使われる日本語も大きく変化している。外来語の使用には、そうした変化がはっきりと現れる。

 初版に「インターネット」という見出しがないのは「当然だ」と思うだろう。

インターネット〔名〕({英}internet)複数のコンピュータネットワークを公衆回線または専用回線を利用して相互に接続するためのネットワーク。また、それらすべての集合体。当初はアメリカで軍事目的に構築されたが、次第に大学や研究機関でも利用されるようになった。一九九〇年代に入ると地球規模で急激に普及し、一般企業や個人レベルでの情報の受発信に広く使われる国際的なネットワークに発展している。

 この見出しでは語義というよりも、解説にちかい。ちょっと熱を帯びているように感じるのは筆者の気のせいかもしれない。さて、『日本国語大辞典』第2版には見出し「インターン」がある。これをよんで、次は「インターンシップ」かな、と思ったら、「インターンシップ」は見出しになっていなかった。

 江戸時代に使われていた外来語、明治期に使われていた外来語、大正末期から昭和初期にかけての短い時期に使われていた外来語、初版では見出しになっていない外来語、第2版も見出しにしていない外来語など、外来語の変遷も、『日本国語大辞典』をよむと実感することができる。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第14回 レストランお江戸のメニュー

2017年 8月 13日 日曜日 筆者: 今野 真二

第14回 レストランお江戸のメニュー

 『日本国語大辞典』をよんでいくと、さまざまな食べ物や料理が見出しとなっており、こんな料理がかつてはあったのか、と驚く。使用例が載せられていないために、いつ頃の時代の料理か確認できないものもあるが、だいたいは江戸時代にあった料理であると思われるので、「レストランお江戸のメニュー」という題にした。

アチャラづけ【阿茶羅漬】〔名〕《アジャラづけ》漬物の一種。蓮根、大根、カブなどや果実などを細かく刻み、トウガラシを加え、酢と砂糖で漬けたもの。近世初期にポルトガル人によってもたらされたものか。

 「方言」の欄を見ると、「(1)刻んだ野菜を三杯酢に漬けた食品」で、滋賀県蒲生郡では干し大根と昆布で、福岡市では瓜と茄子とで作ったものをいうことがわかる。「アチャラづけ」は和風のピクルスのようなものと思えばよさそうだ。アチャラは外国語を思わせる。調べて見ると『日本大百科全書』(小学館)は「「あちゃら」とは外国の意味とも、またポルトガル語のachar(野菜、果物の漬物)に由来するともいわれる」と記し、『大辞泉』(1995年、小学館)は見出し「アチャラづけ」の語釈に「《(ポルトガル) acharは野菜・果物の漬物の意》」と記している。

あつめじる【集汁】〔名〕野菜、干し魚などをいろいろ入れて煮込んだみそ汁。または、すまし汁。五月五日に用いると邪気をはらうといわれる。あつめ。

 井原西鶴の「浮世草子・世間胸算用〔1692〕」が使用例としてあげられているので、江戸時代に食されていたことがわかる。「みそ汁。または、すまし汁」と説明されているが、味噌汁とすまし汁とではだいぶ違うようにも思うが、具がポイントということでしょうか。5月5日に作ってみてはいかが? 

あなごなんばん【穴子南蛮】〔名〕かけそばの一種。アナゴの蒲焼(かばやき)と裂葱(さきねぎ)とをそばの上にのせ、汁をかけたもの。近世から明治の初め頃の料理。

かけそば【掛蕎麦】〔名〕そばをどんぶりに入れ、熱い汁をかけたもの。ぶっかけそば。かけ。

 「あなごなんばん」の語釈で「かけそば」が気になる方がいるだろうと思って見出し「かけそば」も並べておきました。例えば、『三省堂国語辞典』第7版(2014年)は「かけそば」を「熱い しるをかけただけの そば。かけ」と説明し、対義語として「もりそば」を示している。見出し「もりそば」の語釈には「①せいろうに もった そば。しるに つけて食べる。もり」とある。もりそばを起点とすれば、もりそばが熱い汁に入っているものがかけそば、ということになるが、筆者の認識もそれだ。

 『日本国語大辞典』の「かけそば」の語釈は少し異なっているようにみえる。つまり「熱い汁をかけた」から「かけそば」ということだ。そばだけかどうかはポイントではない。結果としてそばだけということもあるが、何か具が入っていてもよい、ということだろう。さて、それでアナゴとネギとが入っているのが「あなごなんばん」であるが、現在は「かもなんばん」があるので、それのアナゴ版と理解すればよいのだろう。

 ここからはもう少し「えっ?」という料理を紹介しよう。

あゆどうふ【鮎豆腐】〔名〕おろした鮎をうらごし豆腐ではさみ、板につけて蒸した料理。椀盛(わんも)りの実に用いる。また、うらごし豆腐に魚のすり身をまぜ、だし汁、卵、くず粉を加え、みりん、しょうゆ、塩で味つけしてすりまぜ、おろしてみりん、しょうゆにつけこんだ鮎を並べて蒸した料理。一尾ずつ切り分け、汁をかけて供する。鮎寄(あゆよせ)。

 現代では鮎といえば、塩焼きがほとんどのように思うが、鮎と豆腐とをいっしょに食べるというのが、意外な感じがする。この見出しには使用例が載せられていない。

あられたまご【霰卵】〔名〕料理の一種。煮立っている湯の中に割った卵を入れてかき回し、大小さまざまな形としたもの。形があられに似ているところからいう。料理の添え物の一つとして用いられる。

あわびうちがい【鮑打貝】〔名〕アワビ料理の一種。大きなアワビの肉のふちの堅い部分を切り取り、残りの肉をシノダケでたたき、これを酒で煮たもの。

あわびのぶすま【鮑野衾】〔名〕料理の一つ。タイの作り身を霜降りにしたものと、小鳥のたたき肉を団子にしてゆでたものとを、アワビの肉の薄片をすまし汁で煮たもので包むようにして、椀に盛ったもの。

いかの黒煮(くろに) 料理の一つ。イカを細かく切って湯がき、しょうゆと酒少量とに、イカの墨を加えて煮込み、山椒(さんしょう)の若芽をたたいて合わせたもの。

 いかの黒煮は作れそうですね。さて最後に強烈なのを1つ。

めすりなます【目擦膾】〔名〕(「めすり」は、蛙は目をこするという俗説による)蛙を熱湯に入れてゆで、皮をむき、芥子酢(からしず)であえる料理。めこすりなます。

 なんと。カエルの料理です。日本でもカエルを食べていたのですね。この見出しには使用例もあげられていて、「俳諧・俳諧一葉集〔1827〕」に「蛙子は目すり鱠を啼音哉」とあることがわかります。料理の強烈さに、俳諧の句もかすみ気味かもしれません。『日本国語大辞典』をよむと、江戸時代にどんな料理が食されていたか、あれこれと想像することができます。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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『日本国語大辞典』をよむ―第13回 懐かしいことば

2017年 7月 30日 日曜日 筆者: 今野 真二

第13回 懐かしいことば

 『日本国語大辞典』をずっとよんでいくと、懐かしいことばに出会うことがある。

もっこう【目耕】〔名〕読書することを田を耕すことにたとえていった語。

 中国、明の王世貞が、5世紀半ば頃に成立した『世説新語(せせつしんご)』に、唐や宋の記事を加えて改編した『世説新語補』の使用例があげられているので、中国でも使われた語であることがわかる。ちなみにいえば『世説新語補』は江戸時代によく読まれていたと思われる。

 筆者は鎌倉に生まれた。鎌倉といっても、JRの駅でいえば、北鎌倉で、幼稚園は円覚寺の中にある円覚寺幼稚園に通っていた。その北鎌倉で唯一の本屋さんが「目耕堂」だった。なにしろ北鎌倉唯一だから、本といえば何でもそこで買っていた。亡父が毎月講読していた雑誌や筆者が買ってもらっていた子供用の雑誌は配達してもらっていた。それゆえ、「モッコウドウ」という名前はすぐに覚えたし、包装紙には「目耕堂」と印刷してあったので、ある時期からは漢字もわかっていた。しかし、「目耕堂」の「目耕」がどういう語義をもった語であるかは考えたことがなかった。なかなかしゃれたネーミングであったことが上の見出しをよんで初めてわかった。ちょっと感慨深い。

 そういえば筆者が子供の頃、クリスマスなどには少したくさん本を買ってもらうことがあった。そんな時には「おでかけ」をして横浜(伊勢佐木町)の「有隣堂」に行った。そこで数冊本を買ってもらい、地下の食堂で食事をして帰るのが「おでかけ」の決まりのコースであった。「有隣」は『論語』里仁編第4 25章の「徳不孤 必有隣」(徳は孤ならず、必ず隣有り)に由来しているのだということは、漢文で『論語』を習った時に、気づいた。こういうネーミングは少なくなっているように思う。

かわりばん【代番・替番】〔名〕(1)互いにかわりあって事をすること。交替でつとめること。順番。かわりばんこ。かわりばんて。かわりばんつ。(2)交替で当たる番。また、それに当たっていること。

かわりばんこ【代番―】〔名〕(「こ」は接尾語)「かわりばん(代番)(1)」に同じ。

かわりばんつ【代番―】〔名〕「かわりばん(代番)(1)」に同じ。

 「カワリバンコ」は現代でもひろく使う語であると思われるが、筆者は子供の頃に「カワリバンツ」を聞き、かわった語形だと思った記憶がある。いつ頃聞いたか定かではないが、小学校高学年だったような気がしている。筆者がかわった語形だと思ったのだから、筆者の周辺ではあまり耳にしない語形だったということだろう。「カワリバンツ」は自身が使う語ではないが、耳にした時の驚きのようなものが鮮明によみがえった。これも「懐かしいことば」だ。ちなみにいえば、見出し「かわりばんこ」において「「こ」は接尾語」と記していることからすれば、見出し「かわりばんつ」においても、「つ」に関しての記述があったほうが、記述の一貫性が保たれるのではないかと思う。記すとすれば、接尾語ということになりそうだが、他に「つ」が接尾語としてつく語がすぐには思い浮かばない。そんなことが「つ」についての記述を省いた理由かもしれない。

きよう【崎陽】(江戸時代の漢学者が、中国の地名らしく呼んだもの)長崎の異称。

 崎陽軒のシウマイは子供の頃から食べていたが、「キヨウ(崎陽)」が長崎のことだとはある時期までは知らなかった。調べてみると、創業者久保久行が長崎出身であることがわかった。そういえば、日本の活版印刷の先駆者として知られる本木昌造(もときしようぞう)が日本最初の地方新聞として印刷したものが『崎陽雑報』という名前だった。この冊子は木製活字と金属活字とで混合印刷されている。

 『甲陽軍鑑』という軍学書がある。『日本国語大辞典』は次のように説明している。

こうようぐんかん【甲陽軍鑑】江戸前期の軍書。二〇巻二三冊。武田信玄の老臣、高坂昌信の口述による、大蔵彦十郎、春日惣次郎の筆録で、元和七年(一六二一)以前に小幡景憲の整理を経たものという。(中略)甲州流軍学の教典とされ、江戸初期の思想や軍学を知る史料となっている。

 ここに「コウヨウ(甲陽)」がみられる。「「甲陽」は甲州のミヤコである甲府を指す語」(酒井憲二『老国語教師の「喜の字の落穂拾い」』、2004年、笠間書院、132ページ)であると思われる。『日本国語大辞典』は単独の「コウヨウ(甲陽)」は見出しとしていない。上の本には「紀陽」「薩陽」「周陽」という語が存在していたことが記され、それぞれ、紀州和歌山、薩摩鹿児島、周防山口を指すという、山田忠雄の見解が紹介されている。『日本国語大辞典』は長崎を「中国の地名らしく呼んだもの」が「キヨウ(崎陽)」であるということは記しているが、どこが中国の地名らしいのかについては記していない。実はそこが考え所であるが、山田忠雄は「洛陽」に由来すると考えていたことがやはり上の本の中に紹介されている。

らくよう【洛陽・雒陽】【一】〔一〕中国河南省北西部の都市。黄河の支流、洛水の北岸に位置する。(略)後漢・西晉・北魏などの首都となり、隋・唐代には西の長安に対し東都として栄えた。(略)【二】〔名〕(転じて)みやこ。

 もともとは中国の地名であった「ラクヨウ(洛陽)」が一般的な「ミヤコ」という語義をもつようになったということだ。【二】の使用例として「日葡辞書〔1603~04〕」があげられているので、17世紀初頭にはそうした使われ方がされていたことになる。

 崎陽軒から少し固い話になってしまったが、『日本国語大辞典』をよんでいると、このような「懐かしいことば」に出会うことがある。そのことばはいろいろな記憶をよびさましてくれるし、そこからまた別の記憶につながっていくこともある。ことばがそのように記憶の中に埋め込まれていることを改めて知ることができるのも、辞書をよむ楽しみの1つかもしれない。

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※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

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【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

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【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
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