著者ごとのアーカイブ

『日本国語大辞典』をよむ―第31回 ユニセフとユネスコ

2018年 4月 8日 日曜日 筆者: 今野 真二

第31回 ユニセフとユネスコ

 筆者が勤める大学はJR品川駅からも五反田駅からも、大崎駅からも歩いて行くことができる。筆者は、帰りは品川に向かうことが多い。品川から大学へ行く道の途中に「ユニセフハウス」がある。調べてみると、2001年7月にオープンした施設で、開発途上国の保健センターや小学校の教室、緊急支援の現場などを再現した常設展示がされ、ミニシアターやホールを備えていることがわかる。時々中学生ぐらいの集団が入っていくのを見たような記憶がある。

 「ユニセフハウス」は施設の名だから、『日本国語大辞典』には見出しになっていないが、「ユニセフ」は見出しになっている。

ユニセフ【UNICEF】({英}United Nations International Children’s Emergency Fundの略)国際連合国際児童緊急基金の略称。一九四六年設立。第二次世界大戦の犠牲となった児童の救済を主な仕事としたが、のち開発のおくれた国などの児童養護計画援助を行なう。一九五三年に国際連合児童基金(United Nations Children’s Fund)と改称、国連の常設機関となった。略称はそのまま使用。五九年に国連総会で採択された国際連合児童権利宣言を指導原則としている。本部ニューヨーク。

 上の説明からすれば、1953年の改称をうけて略称を「UNCF」としてもよかったことになるが、そうはしないで当初の略称をそのまま使っているということになる。「ユニセフ」は日本においてもひろく使われる略称であるので、省略しないもともとの語形を耳にしたり目にしたりすることがほとんどないが、それ以上に「国際連合国際児童緊急基金」という、いわば訳語形にはふれることがない。「緊急基金」だったのか、と思った。こうなると「ユネスコ」についても知りたくなる。

ユネスコ【UNESCO】({英}United Nations Educational, Scientific and Cultural Organizationの略)国際連合教育科学文化機構の略称。国連の一専門機関。一九四五年議決されたユネスコ憲章に基づいて翌年成立。平和の精神こそ安全保障に寄与するという主張のもとに、教育・科学・文化を通じて諸国民間に協力を促し、世界の平和と繁栄に貢献することを目的としている。本部パリ。日本は昭和二六年(一九五一)加盟。

 こちらも1946年に設立されている。ただし説明では「成立」という語が使われている。「ユニセフ」には「設立」、「ユネスコ」には「成立」という語を使ったことに何らかの意図があるかどうか。いずれにしても、第二次世界大戦を顧みての設立である。教育や科学、文化を通じて世界の平和をめざす、という考え方は「王道」だと思うが、現在はそうした考え方からどんどん離れていっているように感じる。

 「UNICEF」や「UNESCO」は「アルファベット略語」と呼ばれることがあり、カタカナ語辞典に載せられていることが多い。もとになっている語が長くて記憶しにくいから略語が使われるのだろうから、もとの語は「知らない」ことも少なくないだろう。近時「iPS細胞」という語がよく使われたことがあった。「iPS」は「induced pluripotent stem cell」の略で、「誘導多能性幹細胞」と訳されている。「iPS(細胞)」は(当然のことと思うが)『日本国語大辞典』は見出しとしていない。

 「IT」もよく使われる語である。これは見出しとなっている。

アイティー【IT】〔名〕({英}information technologyの略)情報技術。「IT革命」「IT産業」

 しかし、語釈が少し寂しい感じだ。『コンサイスカタカナ語辞典』第4版(2010年、三省堂)を調べてみると、語釈には「情報技術. 特にコンピューターとネットワークを利用したデータ収集や処理の技術・処方. 工学的技術から企業経営,人文・社会科学,コミュニケーションまでその応用範囲を広げている」とある。実際的な技術の拡大により、応用範囲が広まり、それに伴って、そのように呼ばれる対象も広くなり、といういわば「相乗的な」「動き」を背景に、頻繁に使われるようになった語といえよう。古くからある語には、そうした語の「歴史」があり、新しく使われるようになった語には、そうした語の(またひと味違う)「歴史」がある。「歴史」は古いものにしかない、ということでもない。『コンサイスカタカナ語辞典』には「IT移民」「IT革命」「IT基本法」「IT砂漠」「IT産業」「ITスキル標準」「ITバブル」「IT不況」という見出しもあった。「IT基本法」は平成12(2000)年に制定された法律であるが、正式名称は「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」であるので、この正式名称の略称ということでもなく、「通称」ということになりそうだ。

 見出し「ユネスコ」の少し先に「ユネスコむら」があった。

ユネスコむら【―村】埼玉県所沢市にある遊園地。昭和二六年(一九五一)日本のユネスコ加盟を記念してつくられ、世界各国の住居などを展示していたが、平成五年(一九九三)に大恐龍探検館に作り替えられた。

 この見出しをみて、小学生の頃に、遠足でユネスコ村に行ったことがあったことを思い出した。細かいことはほとんど何も覚えていない。小学校5年生ぐらいだっただろうか、それもはっきりしない。遠足に行った後で、遠足の時のことを絵に描くことが多かったように思うが、その絵にトーテムポールを描いたおぼろげな記憶がある。あるいは他の人が描いたのかもしれない。「世界各国の住居などを展示していた」とあるので、そうした住居の中で印象が強かったのだろう。そのユネスコ村が大恐竜探検館になっていたことを、『日本国語大辞典』で知るというのも、何か不思議な驚きだった。『日本国語大辞典』をよんでいるとこんなこともわかる。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

*

【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第30回 こんなことばがありました

2018年 3月 25日 日曜日 筆者: 今野 真二

第30回 こんなことばがありました

みはり【矉】〔名〕馬の目の上の高くなっているところ。

 「ミハリ」って「見張」じゃなくて? という感じだが、筆者は初めてであった語だ。『日本国語大辞典』は使用例として、「書言字考節用集〔1717〕五「矉 ミハリ 馬両目上小高処」」を示している。「辞書」欄にも「表記」欄にも、この『書言字考節用集』しかあげられていないので、『日本国語大辞典』の語釈は、『書言字考節用集』の「馬両目上小高処」から導き出された可能性が高い。

 こういう語に遭遇すると、いろいろと「妄想」したくなる。まず、18世紀の文献の例しかあげられていないので、この語はいつ頃からあったのだろう、とか、『書言字考節用集』はどこからこの語を見出しとしてとりいれたのだろう、とか、そういう疑問が次々とわいてくる。

 『大漢和辞典』を調べてみると、この「矉」字の字義として、「にらむ」「しかめる」「もつれる」「すみやか」の4つが記されていて、どこにも「馬の目の上の高くなっているところ」という字義は記されていない。『日本国語大辞典』が日本語について調べるための「最後の砦」だとすれば、『大漢和辞典』は漢字、漢語について調べるための「最後の砦」といった趣がある。したがって、ここで少し「あれ?」という感じになる。その一方では、「どうしてこういうことになっているのだろう」という、ちょっとおもしろそうだぞ、という気持ちもむくむくとわいてくる。かくして筆者の心は千々に乱れる。

 しかし、今回は、この「ミハリ」を追究したいのではないので、ここまでにしたいが、何が言いたかったかといえば、『日本国語大辞典』の語釈を認めるとして、「馬の目の上の高くなっているところ」にもちゃんと「呼び名」がある、ということだ。「呼び名」は「物の名前」を思わせる。言語がとらえる対象は「モノ」ばかりではなく、「コト」もとらえるので、「呼び名」は必ずしも適切な表現ではないが、わかりやすいので、仮にそのように表現しておく。日本語が「もっている」語をすべて集めて、それを英語が「もっている」語すべてと対照すれば、当然、日本語にはあるが、英語にはない語、日本語にはないが、英語にはある語があるはずだ。それは、2つの言語が、人間及び人間をとりまく「世界」を言語によってどのように把握しているか、の異なりで、もっといえば、文化の異なり、といってもよい。1つの言語内でも、当然時期によって把握のしかたが異なることもある。

 さて、今回は「こんなことばがありました」という見出しを2つ紹介しよう。

はんしゃい【反射衣】〔名〕夜間、車のライトなどに反射して黄色く光る衣服。夜光チョッキなど。

 こうなると「夜光チョッキ」も気になるが、『日本国語大辞典』では、ちゃんと見出しになっていて、「夜間、自動車のライトの光を反射して光るように作られたチョッキ」と説明されている。筆者は「チョッキ」も気になる。かつて「チョッキ」と呼んでいたものは、現在では「ベスト」と呼ぶことが多いのではないだろうか。『日本国語大辞典』の見出し「チョッキ」には「袖なしで、たけの短い胴衣。普通は背広の三つ揃いの一つとして、上着の下、ワイシャツの上に着る。ベスト。ジレ」とある。最近は「ジレ」も使われているようだ。「ようだ」ははなはだ心許ないが、学生との会話で「チョッキ」「ベスト」「ジレ」の違いが話題になったことがあったことを覚えている。『三省堂国語辞典』第7版は見出し「チョッキ」に「古風な語」をあらわす〔古風〕注記をつけ、「ベスト」と説明している。『三省堂国語辞典』の判断は「チョッキ=ベスト」ということだ。小型の国語辞書などでは、見出しをこれだけ増やした、ということが「売り」になることがある。その際に、こういう新しい語を見出しにしました、ということが謳われることもある。語釈に使われている語も、整備されているのだろうが、『日本国語大辞典』の語釈で使われている語が「古風」ではないかと思ったことが何度かある。これについてはまた別の回に採りあげることにしよう。

 多くの人が見たことがある、しかし、その「呼び名」は知らない、あるいは「呼び名」があることも知らない、というものは少なからずあるだろうが、この「ハンシャイ(反射衣)」はそういうものの1つだ。

はんしょう【帆翔】〔名〕鳥が上昇気流を利用して翼をひろげたままはばたかずに飛ぶこと。鳶(とび)やアホウドリなどに見られる。

 これもちょっと驚いた。「あれに呼び名があるのか!」という感じだ。筆者は鎌倉生まれであるが、鎌倉の由比ガ浜の海岸にはいつの頃からか、トビが非常に多くなった。上空から舞い降りて、観光客が手にもっている食べ物を奪い取る、というようなことがよく起こるようになり、最近はいろいろな所に、注意書きが掲示されている。上の語を使うならば、「帆翔していたトビが急に舞い降りてきて、手にもったサンドイッチを奪って飛び去った」というようなことだろう。

 タカ目タカ科サシバ属に属する小型のタカ、サシバは、秋から冬にかけて渡りをすることでよく知られている。群れを作って渡りをするが、上昇気流に乗って、旋回しながら群れを形成するようすを何度も見たことがある。「タカバシラ(鷹柱)」と呼ばれたりするが、これも「帆翔しながら群れを作る」と表現すればよいことになる。

 語を知ることによって、すっきりと表現することができるということもあるだろう。案外と新しい語を身につけることは難しいかもしれない。『日本国語大辞典』は「はんしょう」の使用例として三島由紀夫の「潮騒〔1954〕」をあげている。『潮騒』はもちろん読んだことがあるが、「ハンショウ(帆翔)」という語が使われていたことは覚えていなかった。『日本国語大辞典』をよんでいくと、「知らない語」に次々とであう。しかも、語義はそこに書いてある。なんとすばらしいことではないか。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

*

【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第29回 「ふるほん」と「ふるぼん」

2018年 3月 11日 日曜日 筆者: 今野 真二

第29回 「ふるほん」と「ふるぼん」

 筆者は、仕事などに必要な本を探す時に、「日本の古本屋」というサイトをよく使う。この「古本屋」は「フルホンヤ」と発音するのだろう。しかし、筆者は「古本」を「フルボン」と発音する人を知っている。『日本国語大辞典』には次のように記されている。

ふるほん【古本】〔名〕(「ふるぼん」とも)読み古した本。時代を経た書物。また、読んだあと売りに出された本。古書。こほん。

 上の記事からすれば、「古本」は「コホン」を書いたものである可能性もあることになる。「ボン」という語はないので、「フルボン」の「ボン」は「フル(古)」と「ホン(本)」とが複合して一語になったために「ホン」が「ボン」と形を少し変えたものである。「アマガエル(雨蛙)」の「ガ」と同じ現象で、「連濁(れんだく)」と呼ばれる。

 「連濁」という用語を使って説明すれば、「フルホン」は連濁が生じていない語形、「フルボン」はそれが生じている語形である。複合すれば必ず連濁するということでもないことがわかっている。さて、『日本国語大辞典』の「「ふるぼん」とも」の「とも」である。これはいわば含みの多い「とも」で、かつてそういう語形があったことを示す場合もある。また2つの語形が同時期に併用されていることを示す場合もある。「フルホン」と「フルボン」はどうなのか? そう思っていたところ、江戸川乱歩「D坂の殺人事件」を読んでいて、次のような例に遭遇した。「D坂の殺人事件」はちょっと大人向きの作品なので、ここで粗筋を紹介することは控えておくことにしましょう。

A といふのは、古本屋の一軒置いて隣の菓子屋の主人が、日暮れ時分からつい今し方まで、物干へ出て尺八を吹いてゐたことが分つたが、彼は始めから終ひまで、丁度古本屋の二階の窓の出来事を見逃す筈のない様な位置に坐つてゐたのだ。(47ページ)

B 僕は、丁度八時頃に、この古本屋の前に立つて、そこの台にある雑誌を開いて見てゐたのです。(48ページ)

 話題が繊細なので、まず「D坂の殺人事件」をどんなテキストで読んでいるかについて記しておこう。大正14(1925)年8月1日に発行された、創作探偵小説集第1巻『心理試験』(春陽堂)第3版に収められているものだ。初版は同年7月18日に出版されているので、わずかな間に版を重ねていることがわかる。そしてこれは江戸川乱歩の初めての単行本であった。この『心理試験』は漢数字以外の漢字にはすべて振仮名を施す、いわゆる「総ルビ」で印刷されている。上ではそれを省いたが、文章A中に2回使われている「古本屋」には「ふるほんや」と、文章B中の「古本屋」には「ふるぼんや」と振仮名が施されている。この『心理試験』においては、濁音音節には濁点がもれなくついているように思われる。「思われる」は歯切れが悪い表現であるが、全巻を丁寧にチェックしたわけではないので、「ほぼそうであろう」ということだ。明治期の文献の場合、濁音音節に必ず濁点がつけられているわけではないので、「ふるほんや」は「フルホンヤ」「フルボンヤ」いずれであるかわからない、といわざるをえない。大正14年に印刷出版された『心理試験』においては、濁点がきちんとつけられていると前提して述べることにするが、そうであれば、上の例は非濁音形「フルホンヤ」と濁音形「フルボンヤ」とが併用されていたことを示唆する興味深い実例ということになる。そんな細かい事で喜んでいるのか、と思われた方がいらっしゃるかもしれないが、そうなんです。そんな細かい事で喜ぶのです。文章B中の「古本屋」には「ふるぼんや」と振仮名が施されているので、これは「フルボンヤ」という語形があったことの(ほぼ)確実な例ということになる。「(ほぼ)」は、この例が誤植である可能性を考えに入れてのことだ。

 「フルホン」「フルボン」の語義は変わらない。だから「どっちでもいいじゃないか」という「みかた」は当然あり得る。しかし、語形は異なる。ある音節が濁音なのか、そうでないのか、そういうことも場合によっては気になる。拙書『百年前の日本語』(2012年、岩波新書)の「あとがき」でもふれたが、海外ドラマを見ていて、「微表情(micro-expression)」ということばを知った。ヒトが時としてみせる微妙な表情から心理状態を読み取るというような話だ。文献も「微表情」をもっているだろうし、語彙の観察だって、語彙のもつ「微表情」を読み取るというようなアプローチがあってもよいと思う。語義は同じで、語形が少し異なるという2つの語の存在は、microな話かもしれない。

 大正14年に発行された「総ルビ」のテキストを読んでいると、「背恰好」に出会う。これには「せいかつかう」と振仮名が施されている。つまり「セイカッコウ」と発音していたことになる。振仮名がなければ、現代は躊躇なく「セカッコウ」と発音するはずだ。ポーの『モルグ街の殺人事件』の話がでてくる。そこには「オラングータン」とある。英語は「orang-utan」であるので、誤植ではない。昭和44(1969)年に講談社から出版された「江戸川乱歩全集」全15巻の第1巻に「D坂の殺人事件」は収められているが、そこには「オランウータン」とある。江戸川乱歩の作品はいろいろなかたちで、活字化されている。そしてそれに乱歩自身がかかわっている場合もある。だから、「いつ、どこで、誰によって」、「オラングータン」が「オランウータン」に変えられたか、は丁寧に調べないとわからない。これは楽しみとしてとっておくことにしよう。

 さて、こうなると『日本国語大辞典』がどうなっているかが気になるが、「オラン-ウータン」を見出しにしているが、語釈中にも「オラングータン」はみあたらない。これもmicroな話かもしれないが、丁寧に読むことによって、いろいろなことがわかる。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

*

【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第28回 とまどうペリカン

2018年 2月 25日 日曜日 筆者: 今野 真二

第28回 とまどうペリカン

 外来語をどう書くかということについては、平成3(1991)年6月28日に、内閣告示第2号として示された「外来語の表記」がその「よりどころ」(「外来語の表記」「前書き」)となっている。

 外来語は改めていうまでもなく、日本語ではないので、まずその語をどのように聞く(=聞きなす)かということがあり、その次に、その日本語を母語としている人が聞きなした形をどのように文字化するか、ということがある。「聞きなし」は第3回のオノマトペ①の時に使った表現であるが、動物や虫の鳴き声をどのように聞きなすかということと原理的には同じと考えてよい。

 聞きなした形は1つであるが、それを文字化するにあたって、「ハチャトゥリヤン」「ハチヤトリヤン」という2つの書き方が考えられる、というのであれば、これは「書き方の問題」ということになる。Tunisiaという外国名の聞きなしは1つであるが、最初の部分を「テュ」と書くか「チュ」と書くか、ということは「書き方の問題」である。しかし、「エルサレム」と書いてあれば、もっとも自然な発音は「エルサレム」であり、「イエルサレム」あるいは「イェルサレム」と書いてあれば、やはり「イ~」と発音したくなる。この場合は、「エ~」という語形と「イ~」という語形と2つあるとみるのが(筆者は)自然だと思うので、語形が2つあることになる。そうであれば、これは聞きなしの問題、つまり「語形の問題」である。「外来語をどう書くか」という問いの「内実」は「語をどのような語形としてとらえるか=聞きなすか」ということと、聞きなした語形を「どう文字化するか」という2つが含まれていることになる。

コーヒー【珈琲】〔名〕({オランダ}koffie {英}coffee)《カヒー・カッヒー・カーヒー・コヒー・コッヒー・コーヒ・コッフィー》(1)芳香、苦味の強い焦げ茶色の飲料。カフェインを含むため覚醒作用のある嗜好品。(以下略)

 上には見出しの「コーヒー」を含めると、8種類のかたちがあげられている。これらの「かたち」は語形が8つあるのか、書き方が8つあるのか、それとも語形が幾つかあって、書き方も幾つかあるのか、ということになるが、それを見極めることは実は難しい。「語誌」欄には「コッヒー、カッヒーと促⾳の⼊る形は、明治二〇年頃まで比較的によく見られるが、 それ以降は一般にコーヒーの形が用いられるようになった」と記されている。『日本国語大辞典』は見出し「コーヒー」の語釈中に「八種類のかたち」をあげているので、(それらすべてを「書き方」のバリエーションとみているかどうかはわからないが)積極的に語形のバリエーションとみようとはしていないことになる。実際にはさらに多くのバリエーションがあることが推測できるが、8種類を超えてさらに多くのバリエーションをあげることは、いろいろな意味合いで難しいことは容易に推測できる。そう思う一方で、例えば明治期の小説などを読んでいて、現在は使わないかたちの外来語にであうことは多いので、何らかのかたちで、「現在は使わないかたち」を記しとどめていてくれるとありがたいと思う。ちょうど、読んでいた徳田秋声『凋落』(1924年、榎本書店)に「木暮(こくれ)は此(この)まゝ帰(かへ)る気(き)もしなかつたが、何処(どこ)かコーヒ店(てん)へでも入(はい)つて、咽喉(のど)を潤(うるほ)す必要(ひつえう)もあると考(かんが)へてゐたので、黙(だま)つて一緒(しよ)に行出(あるきだ)した」(264ページ)という行りがあった。ここでは「コーヒ」が使われている。

 pelicanという鳥はよく知られていると思う。ペリカン便という宅配便もあったし、万年筆にもある。斎藤茂吉の歌集『赤光』(1913年、東雲堂書店)を読んでいて、次の作品にであった。

ペリガンの嘴(くちはし)うすら赤くしてねむりけりかた/はらの水光(みづひかり)かも(冬来)

 はっきりと「ペリガン」と印刷されている。これが初めてだったら、誤植と判断するだろう。しかし、筆者は以前に「ペリガン」にであったことがあり、これが初めてではなかった。北原白秋の『邪宗門』に収められている「蜜の室」という作品に「色盲(しきまう)の瞳(ひとみ)の女(をんな)うらまどひ、/病(や)めるペリガンいま遠き湿地(しめぢ)になげく。」という行りがある。作品末尾には「四十一年八月」とあり、これに従えば、明治41(1908)年の作品であることになる。一方、同じ『邪宗門』に収められている「曇日」という作品には、「いづこにか、またもきけかし。/餌(ゑ)に饑(う)ゑしベリガンのけうとき叫(さけび)、/山猫(やまねこ)のものさやぎ、なげく鶯(うぐひす)、」とあって、ここには「ベリガン」とある。初版だけでなく、再版(1911年)も改訂3版(1916年)も、「曇日」が「ベリガン」、「蜜の室」が「ペリガン」である。改訂3版の「本文」が基本的には大正10(1921)年にアルスから刊行された『白秋詩集』第2巻に受け継がれていく。そして、昭和5(1930)年にやはりアルスから刊行された『白秋全集』第1巻においては、白秋が作品に手入れをしたことが知られている。白秋は自身の作品が刊行される時にはさまざまなかたちで手入れをすることが多い。さてそこまでを視野に入れると、次のようになる。『近代語研究』(2017年)に収められている拙稿「「本文」の書き換え」では岩波版『白秋全集』に「ペリカン」とあると錯覚して記述しているので、ここで訂正しておきたい。

『邪宗門』初版 同再版 同改訂三版 白秋詩集 白秋全集 岩波版白秋全集

曇日  ベリガン ベリガン ベリガン ペリガン ペリカン ベリガン

蜜の室 ペリガン ペリガン ペリガン ペリガン ペリガン ペリガン

 上のことからすると、そもそも白秋は「ベリガン」「ペリガン」2語形を使っていたと思われる。現在一般的に使われている「ペリカン」はアルス版の『白秋全集』に至って初めてみられる。英語「pelican」の綴り、発音からすると、「ン」や「ペリン」は自然ではないように感じられるが、北原白秋も斎藤茂吉も使っている「ペリガン」はたしかにあった語形だと考えたい。

 明治期に出版された書物には誤植が多い。だから現在使っている語形ではない語形をみると、誤植だろうと考えてしまいやすいが、上のようなこともあるので、慎重な態度が求められる。さて、「ベリガン」「ペリガン」は……残念ながら『日本国語大辞典』の見出しにはなっていない。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

*

【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第27回 発音が先か文字が先か?

2018年 2月 11日 日曜日 筆者: 今野 真二

第27回 発音が先か文字が先か?

 『日本国語大辞典』の見出し「ゆいごん」には次のように記されている。

ゆいごん【遺言】〔名〕(1)死後のために生前に言いのこすことば。いげん。いごん。ゆいげん。(2)自分の死後に法律上の効力を発生させる目的で、遺贈、相続分の指定、認知などにつき、一定の方式に従ってする単独の意思表示。現代の法律では習慣として「いごん」と読む。語誌(1)古くから現在に至るまで、呉音よみのユイゴンが使われているが、中世の辞書「運歩色葉集」「いろは字」などには呉音と漢音を組み合わせたユイゲンの形が見える。(2)近世の文献ではユイゴンが主だが、ユイゲンも使われており、時に漢音よみのイゲンも見られる。明治時代にもこの三種併用の状態は続くが、一般にはユイゴンが用いられた。(3)現在、法律用語として慣用されるイゴンという言い方は、最も一般的なユイゴンをもとにして、「遺書」「遺産」など、「遺」の読み方として最も普通な、漢音のイを組み合わせた形で、法律上の厳密な意味を担わせる語として明治末年ごろから使われ始めた。

 「語誌」欄において述べられていることについていえば、「呉音よみ」「漢音よみ」「三種」「言い方」「組み合わせた」「厳密な意味を担わせる(注:ゴチは筆者)など、説明のしかた、用語がまちまちである点に不満がないではない。しかし、述べられていることがらはゆきとどいているといえよう。

 「ユイゲン」「イゲン」「イゴン」はいずれも見出しになっている。その他に、見出し「いげん」の語釈中にみられる語形「イイゴン」、その見出し「イイゴン」の語釈中にみられる語形「イイゲン」も見出しとして採用されている。結局、「イゲン」「イゴン」「イイゲン」「イイゴン」「ユイゲン」「ユイゴン」という6つの語が存在することになる。

ゆいげん【遺言】〔名〕「ゆいごん(遺言)」に同じ。

いいげん【遺言】〔名〕(「ゆいげん(遺言)」の変化した語)「いいごん(遺言)」に同じ。

いいごん【遺言】〔名〕(「ゆいごん(遺言)」の変化した語)死後に言い残すこと。また、そのことば。いいげん。→遺言(いげん)(1)。

いげん【遺言】〔名〕①死にぎわに言葉を残すこと。また、その言葉。いごん。いいごん。ゆいごん。ゆいげん。(2)先人が生前言ったこと。また、その言葉。後世の人の立場からいう。(3)⇨いごん(遺言)(2)。

いごん【遺言】〔名〕(1)「いげん(遺言)」に同じ。(2)法律で、人が、死亡後に法律上の効力を生じさせる目的で、遺贈、相続分の指定、認知などにつき、一定の方式に従って単独に行なう最終意思の表示。一般では「ゆいごん」という。

 語について考える場合、まず発音があって、次にそれを文字化するという「順序」があるとみるのが自然なみかただ。現代日本語の場合でいえば、文字化するための文字として、漢字、仮名(平仮名・片仮名)がある。「ユイゴン」は漢語だから、中国語を日本語が借りて用いている=借用している。だから通常は「ユイゴン」という発音とともに漢字「遺言」も日本語の中に入ってくる。読み方がわからない漢字「遺言」が日本語の中に入ってきて、それを呉音でよんだ、ということではなく、呉音で発音していた「ユイゴン」という語が入ってきた、ということだ。一方、遣隋使、遣唐使が中国で学んで日本に伝えたのが漢音だ。平安時代に編纂された『日本紀略』の延暦11(792)年閏11月の記事には、「呉音を習うべからず」「漢音に熟習せよ」とある。また『類聚国史』に記されている、延暦17(798)年4月の勅では「正音」という表現が使われており、このことからすれば、この頃には朝廷が漢音=長安音を「正音」として奨励し、呉音を排除しようとしていたことが窺われる。

 「ユイゴン」と(呉音で)発音していた語が中国から日本に入ってくる。漢字では「遺言」と書く。それが、漢字は漢音でよみなさい、ということになると、この「遺言」を「イゲン」とよむ=発音することになる。そして、それは「イゲン」という「ユイゴン」とは異なる語とみることができる。呉音と漢音とは、いわば体系が異なる。したがって、漢字二字で書いている漢語の上の字を呉音で発音し、下の字を漢音で発音するということは通常はあり得ない。中国で、そういう組み合わせが発生するはずがないからだ。ところが、日本ではそれが起こる。「発音が先か文字が先か?」が今回のタイトルだが、先に述べたように、通常は「発音が先」である。しかし、日本においては、漢字で書かれている語を「よむ」ということがあり、そのよみかたに、漢音でよむ、呉音でよむ、など複数のよみかたがある。漢音、呉音とここまで書いてきたが、このよみかたは漢音、このよみかたは呉音、というようなことを通常は意識しない。漢和辞典を調べれば、ちゃんとそれは書いてある。例えば「希」であれば、漢音が「キ」で呉音が「ケ」だ。「ケウ(希有)」という語は呉音で構成されている。「キボウ(希望)」は漢音で構成されている。日本語を母語としている人は、漢音、呉音をそれほど意識しない。そうなると、他の漢語からの類推で、「イショ(遺書)」という語では「遺」を「イ」と発⾳しているのだから、「遺」は「イ」とよめばいいなと思い、 「言」は「ゴンベン(言偏)」だから「ゴン」だなと思う。かくして漢音+呉音の「イゴン(遺言)」という語形ができあがる。あるいは呉音+漢音の「ユイゲン」という語形ができあがる。「語誌」欄がこうしたいわば「ちゃんぽん語形」が中世期に成った辞書にみられると指摘していることはおもしろい。筆者は、大量に借用された漢語が、話しことばの中でも使われるようになってきたのが中世だと推測している。その結果、漢語もいわば「一皮むけてきた」。日本語の中に溶け込んできた、といってもよいかもしれない。

 漢字で書かれた形から新たな語形がうまれるというのは、「文字が先」ということだ。現在では一般的な「カジ(火事)」や「ダイコン(大根)」はそれぞれ「ヒノコト(火の事)」「オオネ(大根)」という和語の漢字書き形からうまれたと考えられている。『日本国語大辞典』をよんでいるといろいろなことを考える。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

*

【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第26回 いろいろな学問

2018年 1月 28日 日曜日 筆者: 今野 真二

第26回 いろいろな学問

 1月25日に、思い立って、亀戸天神に行った。25日だから天神様の日だが、前日とこの日とは「鷽替え神事」の日である。凶事をうそにして、幸運に替えるということのようだ。また「鷽」の字が「學」の字と似ているから学問の神様である天神様とつながるということもいわれているようだ。「鷽替え神事」のことは知っていたが、なかなか行く機会がなかったので、今年がいわば「初参加」だ。

 それゆえ、行って驚いた。今年は小厄の前厄にあたっていたので、お祓いもしてもらったのだが、その間にどんどん人が増えて、結局2時間ほど並んでやっと、木彫りの鷽をいただくことができた。自分の分の他に、教え子3人の分もいただき、後日渡した。天神様は大事にしたいという気持ちになるので、いろいろな天神様に行った。

 「ミミガクモン(耳学問)」という語は現代でも使う語なので聞いたことがあるだろう。『日本国語大辞典』は「自分で習得した知識ではなく、人から聞いて得た知識。聞きかじりの知識」と説明している。使用例には「書言字考節用集〔1717〕」がまずあげられているので、江戸時代にはあった語だ。「キキトリガクモン」は語釈中に「耳学問」とあり、同様の語義をもつことがわかる。

ききとりがくもん【聞取学問】〔名〕書物を読んだり自分で考えたりしないで、人から聞いたままを覚えているだけの学問、知識。耳学問。ききとりがく。聞き学。

 『日本国語大辞典』をよみ始めて、第1巻で「アタマハリガクモン」という語にであった。こういう語があるのだと思っていたら、次には第2巻で「インコウサデン」という語にであって、ますますおもしろくなった。「キリツボゲンジ」もあれば、「サンガツテイキン」もあり、そのバリエーションもある。

あたまはりがくもん【頭張学問】〔名〕初めのうちだけで長続きしない勉強。

いんこうさでん【隠公左伝】〔名〕(「隠公」は中国、春秋時代の魯の国王。「左伝」は「春秋左氏伝」の略称。隠公元年の条から始まる)左伝を読む決心をしながら、最初の隠公の条で飽きてやめてしまうこと。勉学などの長続きしないことのたとえ。桐壺源氏。

きりつぼげんじ【桐壺源氏】〔名〕(「源氏物語」を、最初の桐壺の巻だけで読むのをやめてしまう、ということから)中途半端でいいかげんな学問、教養のこと。

さんがつていきん【三月庭訓】〔名〕(「庭訓」は「庭訓往来」の略称で、正月から一二月までの手紙の模範文例を集めたもの)「庭訓往来」を手本に書を習う決心をしながら、三月のあたりで、飽きてやめてしまうこと。勉学などの長続きしないことのたとえ。

さんがつていきん公冶長論語(こうやちょうろんご) (「庭訓往来」は三月のところで、「論語」は第五編の公冶長のところで習うのをやめてしまうところからいう)「さんがつていきん(三月庭訓)」に同じ。

さんがつていきん須磨源氏(すまげんじ) (「庭訓往来」は三月のところで、「源氏物語」は巻一二の須磨の巻のところで、多くの人が習うのをやめてしまうところからいう)「さんがつていきん(三月庭訓)」に同じ。

 『源氏物語』を「桐壺巻」でやめるのは、飽きっぽいなと思うが、「須磨巻」まで来てやめるのは何か妙にリアルでもある。実際に江戸時代の本をみていると、冒頭から(今でいえば)10ページぐらいにはやたらに書き込みがあるのに、後ろの方は真っ白ということがけっこうある。最初は意気込んでいたんだなあ、とほほえましいが、自分がそうならないようにしないと、とも思う。

 『庭訓往来』について、『日本国語大辞典』は「往復書簡の形式を採り、手紙文の模範とするとともに、武士の日常生活に関する諸事実・用語を素材とする初等教科書として編まれた。室町・江戸時代に広く流布した」と説明している。『源氏物語』や『論語』は現在、高等学校などで習うのでわかるが、この『庭訓往来』や『春秋左氏伝』は現在の学校教育ではほとんど扱われることがないだろう。学問のテキストも変わっていく。そういうことも『日本国語大辞典』を丁寧によんでいるとなんとなくわかってくる。さて「トンデモ学問」はまだまだある。

うめのきがくもん【梅木学問】〔名〕(梅の木は初め生長が早いけれども、結局大木にならないところから)にわか仕込みの不確実な学問。↔楠学問(くすのきがくもん)。

くすのきがくもん【楠学問】〔名〕(樟(くすのき)は生長は遅いが、着実に大木になるところから)進歩は遅くても、堅実に成長して行く学問。↔梅の木学問。

げだいがくもん【外題学問】〔名〕いろいろの書物の名前だけは知っているが、その内容を知らないうわべだけの学問をあざけっていう語。

じびきがくもん【字引学問】〔名〕一つ一つの文字やことばについては知っているが、それを生かして使うことを知らない学問。何でもひととおりのことは知っているが、それ以上の深さのない、表面的で浅い知識。

ぞめきがくもん【騒学問】〔名〕外見ばかりで内容のない学問。虚名を目標にするような学問。

ぬえがくもん【鵼学問】〔名〕いろいろな立場がまじっていて統一のとれていない学問。あやしげな学問。

 いやはや、梅の木、楠から鵼まで、いろいろな学問があるものです。ちなみにいえば「ヌエ」は頭がサル、胴体はタヌキ、尾はヘビ、手足はトラに似て、鳴き声はトラツグミに似るという怪鳥のことです。ここにあげたような語があるということは「がんばりきれなかった」人がいた、ということで、気持ちをひきしめなければと思う一方で、なんか人間ほほえましいぞ、とも思ってしまう。隠公でやめ、桐壺までしか読まなかったとしても、それでもいったん取り組もうとした気持ちは尊いと思う。ちなみにいえば、筆者が大学のゼミで掲げているのは、「きちんと取り組み楽しく卒業論文を書く」ということだ。学問は修行のためにするわけではないので、楽しくなくてはいけないと思う。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

*

【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第25回 お隣さん

2018年 1月 14日 日曜日 筆者: 今野 真二

第25回 お隣さん

 現在は辞書が電子化されている。インターネットを使って辞書を使うこともできる。『日本国語大辞典』第2版にも「オンライン版」があり、それにはさまざまなかたちの検索ができる機能もある。電子化された辞書には便利な面がある。

 電子化された辞書がひろく使われるようになってきて「紙の辞書」という表現がみられるようになった。『朝日新聞』の記事データベース「聞蔵(きくぞう)Ⅱビジュアル」で「紙の辞書」を検索してみると、1989年10月20日の記事が、もっとも古い使用例として見つかる。

 少し前だと、机の上に電子辞書を出して、それを使いながら授業をきいている学生が少なくなかった。そういう状況の時は、「ではこの語を電子辞書で調べてみてください」というように、積極的に電子辞書を使いながら授業を進めるようにしていた。電子辞書の場合、そこに、ある具体的な辞書が電子化されているということが「見えにくい」。例えば、多くの電子辞書には『広辞苑』がコンテンツとして入れられている。複数の辞書が入れられている場合もある。この電子辞書のコンテンツは何かということは最初はわかっているはずだが、次第にそれは鮮明ではなくなるようで、学生に、何が入っているかをたずねてもわからないことが少なくない。「電子辞書」という、いわば「顔」をもたない辞書を調べているといえばよいだろうか。それに対して、実際に「紙の辞書」を調べる場合は、今自分が調べている辞書が何という名前の辞書なのかを知らずに調べるということは考えにくい。こういう違いもある。

 電子辞書と「紙の辞書」と、どちらがいいか、という議論もしばしば目にする。そんな時に「紙の辞書」は、調べようとしている語(句)だけでなく、そのまわりの語(句)にも自然に目がいくからいいのだ、という意見が必ずある。筆者は、どちらかといえば、「紙の辞書」派だろうが、この意見は実はぴんとこない。「紙の辞書」の良さを過不足無く表現しているように感じられないということであろうか。

 『日本国語大辞典』をよんでいくと、「この語とこの語とが隣り合わせの見出しになっているのか!」と思うようなことが時々ある。もちろん偶然そうなったのであるので、偶然の面白さということに尽きるが、「おっ」と思う。『日本国語大辞典』をよむ、という作業は基本的にはおもしろいのだが、何しろ相手が膨大なので、毎日少しずつよみすすめるしかない。そして、毎日きちんとよみすすめていってもなかなか「ゴール」が見えない。1冊はだいたい1400ページぐらいのことが多いので、1日5ページよんだとしても、280日、9ヶ月以上かかってしまう。このペースで13冊、2万ページをよむと、読了まで4000日かかることになる。十年以上だ。だからもっと早いペースでよまなければいけないし、時には半日よみ続ける日もある。そんなことを思うと、時々気が遠くなる。しかしそんなことも言っていられない。そんな時に、次のような「おっ」は息抜きになる。

テクノストレス〔名〕({英}technostress)コンピュータなど各種OA機器の導入による職場の高技術化に伴って心身に生ずるさまざまなストレス。アメリカの心理学者クレイグ=ブロードの造語。

でくのぼう【木偶坊】〔名〕(1)人形。操りの人形。でく。くぐつ。でくるぼ。でくるぼう。(2)役に立たない者。役立たずの者をののしっていう語。でく。

デリケート〔形動〕({英}delicate)(1)(人の心・感情などについて)鋭敏で、傷つきやすいさま。繊細なさま。(2)(鑑賞、賞美するものなどについて)微妙な味わいを持っているさま。また、微細な差のあるさま。(以下略)

てりごまめ【照鱓】〔名〕ごまめをいり、砂糖としょうゆをまぜて煮つめた汁に入れて、さらにいり上げたもの。正月料理に用いる。

とろくさい〔形口〕[文]とろくさ・し〔形ク〕(「くさい」は接尾語。「とろい」の強調語)なまぬるい。まだるっこい。また、ばかばかしい。あほらしい。

どろくさい【泥臭】〔形口〕[文]どろくさ・し〔形ク〕(1)泥のにおいがする。(2)姿やふるまいがあかぬけていない。いなかくさい。やぼったい。

 この程度のことで息抜きをしているようでは危ないですね。さて次のような見出しがあった。

ゆあみど【湯浴処】〔名〕「ゆあみどころ(湯浴所)」に同じ。

ゆあみどころ【湯浴所】〔名〕ゆあみする所。風呂場。ゆあみど。ゆあびどころ。

 上の2つの見出しの間には「ゆあみどき(湯浴時)」があるので、上の2つは隣り合わせではないが、すぐ近くにある。前者には「あらたま〔1921〕〈斎藤茂吉〉折々の歌「ふゆさむき瘋癲院の湯(ユ)あみどに病者ならびて洗はれにけり」が、後者には「太虗集〔1924〕〈島木赤彦〉梅雨ごろ「五月雨のいく日も降りて田の中の湯あみどころに水つかむとす」が使用例としてあげられている。

 島木赤彦の『太虗集』は「大正九年七月斎藤茂吉君の病を訪ひて長崎に至ることあり。大村湾にて」という詞書きをもつ作品から始まっている。改めていうまでもないが、島木赤彦、斎藤茂吉は、土屋文明とともに、『アララギ』を代表する歌人であった。茂吉は第3句に4拍の「ユアミド」を、赤彦は第4句に6拍の「ユアミドコロ」を使って、それぞれの句を定型に収めているので、そこからすれば「ユアミド」「ユアミドコロ」の使用は「必然」であったことになる。しかし『日本国語大辞典』はそれぞれの使用例に茂吉、赤彦の作品しかあげていない。『太虗集』によれば、上の「五月雨の」は大正10(1921)年の作品であることがわかる。一方、茂吉の「ふゆさむき」は『あらたま』によれば、大正5(1916)年の作品である。ここからは筆者の「妄想」であるが、赤彦は茂吉の作品によって、「ユアミド」という語にふれていたということはないだろうか。そしてそれを自身の作品にふさわしい語形に「新鋳」して使った。こんな「妄想」ができるのも『日本国語大辞典』のおかげといってよい。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

*

【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第24回 バリアント②:だいぶ違うぞ

2017年 12月 31日 日曜日 筆者: 今野 真二

第24回 バリアント②:だいぶ違うぞ

 前回の最後で「カエルデ」から「カエデ」になったと述べた。『日本国語大辞典』は見出し「かえで【楓・槭樹・鶏冠木】〔名〕」に「(「かえるで(蝦手)」の変化した語)」と記している。『万葉集』巻8に収められている1623番歌「吾屋戸尓 黄変蝦手 毎見 妹乎懸管 不恋日者無」は現在「我(わ)がやどにもみつかへるで見るごとに妹をかけつつ恋ひぬ日はなし」(=我が家の庭に色づくかえでを見るたびに、あなたを心にかけて、恋しく思わない日はない)と詠まれており、「蝦手」が「かへるて(かへるで)」を書いたものと推測されている。

 「カヘルデ」から一気に「カエデ」になったとは考えにくく、おそらく「ル」が撥音化した「カヘンデ」というような語形を経て、その撥音が脱落して「カエデ」になったものと思われる。「クスシ」は「薬師」と書くことからわかるように、「クスリシ」が変化した語であるが、やはり「クスリシ」→「クスンシ」→「クスシ」と変化したと推測できそうだ。「カエデ」「クスシ」はもとの語形「カエルデ」「クスリシ」から一気に到達する語形ではない点で、「だいぶ違う」といえるように思う。今回はそのような、もとの語形からすると、「おお!」と思うような変異形を話題にしてみよう。

 「カッタルイ」という語がある。『日本国語大辞典』は語義(1)として「体がだるく、ものうい。疲れた感じでだるい」、語義(3)として「まわりくどくてめんどうだの意の俗語」と説明している。この「カッタルイ」は「カイダルイ」の変化した語とある。そこで見出し「かいだるい」をみると次のようにある。

かいだるい【腕弛】〔形口〕[文] かひだるし〔形ク〕(「かいなだるい(腕弛)」の変化した語)(1)腕がくたびれてだるい。(2)身体や身体の一部が疲れてだるい。かったるい。

かいなだるい【腕弛】〔形口〕[文] かひなだるし〔形ク〕腕が疲れた感じで力がない。かいなだゆし。かいだゆし。かいだるい。

 これらの記事を整理すると、「カイナダルイ」→「カイダルイ」→「カッタルイ」と変化したことになる。「カッタルイ」はいうなれば「三代目」ということになる。さて、筆者は神奈川県の出身であるが、中学生の頃には「カッタルイ」あるいは「ケッタルイ」という語形を耳にしていたし、自身でも使っていたような記憶がある。『日本国語大辞典』は見出し「かいだるい」の方言欄に千葉県夷隅郡の「けったりい」、千葉県香取郡の「けえたりい」をあげているので、こうした語形にちかいものと思われる。

 次のような語形もあった。

かねがん【金勘】〔名〕「かねかんじょう(金勘定)」の変化した語。

 使用例として「浮世草子・忠義太平記大全〔1717〕」があげられているので、江戸時代にはあった語であることがわかる。「カネカンジョウ」と「カネガン」もすぐには繫がらない。変化のプロセスを推測すれば、「カネカンジョウ」が「カネカン」という語形に省略されて、それがさらに「カネガン」となったものとみるのがもっとも自然であろう。漢字で「金勘」と書いてあれば、なんとか「カネカンジョウ(金勘定)」という語とかかわりがあるかな、ぐらいはわかりそうだが、耳で「カネガン」と聞いてもなかなか「カネカンジョウ」には繫がりにくそうだが、それは現代人の「感覚」なのかもしれない。とにかく、だいぶ違う。

くちびら【唇】〔名〕「くちびる(唇)」の変化した語。

くちびる【唇・脣・吻】〔名〕(1)(「口縁(くちべり)」の意。上代は「くちひる」か)

くちべろ【唇・口舌】〔名〕「くちびる(唇)」に同じ。

 「くちべろ」の使用例として「夢酔独言〔1843〕」があげられている。現在でも「シタ(舌)」のことを「ベロ」ということがあるが、『日本国語大辞典』は見出し「べろ」の使用例として「物類称呼〔1775〕」をあげているので、「ベロ」は18世紀には使われていたことがわかる。そうすると、「クチベロ」の語形をうみだすプロセスにこの「ベロ」が干渉していないかどうかということになりそうだ。見出し「くちびる」に記されている「「口縁(くちべり)」の意」はいわば語源の説明であって、上代に「クチベリ」という語形の存在が確認されているわけではないと思われる。「クチベリ」をスタート地点に置くと、「クチビル」もすでにだいぶ変化しているように思われるが、その「クチビル」をスタートとすると、「クチビラ」は母音[u]が母音[a]に替わった、母音交替形にあたる。まあ耳で聞いた印象はちかいといえばちかい。「クチベロ」は「クチビル」の「ビ」の母音が[i]から[e]に、「ル」の母音が[u]から[o]に替わっており、母音が2つ替わっているので、耳で聞いた印象は少しとおくなる。「クチベリ・クチビル・クチビラ・クチベロ」と連続して発音すると早口言葉のようだ。

ぐんて【軍手】〔名〕白の太いもめん糸で編んだ手袋。もと軍隊用につくられたための呼称。軍隊手袋。

ぐんたいてぶくろ【軍隊手袋】〔名〕「ぐんて(軍手)」に同じ。

ぐんそく【軍足】〔名〕軍用の靴下。太い白もめんの糸で織った靴下。

 見出し「ぐんたいてぶくろ」には龍胆寺雄の「放浪時代〔1928〕」の使用例があげられている。冷静に考えれば、「ぐんて(軍手)」の「ぐん(軍)」は「軍隊」ぐらいしか考えられないが、身近な存在となっているので、そこに気がまわらなかった。「ぐんそく(軍足)」は両親のいずれかが使った語であったと記憶しているが、どういう場面で使われたかまでは覚えていない。「ぐんたいてぶくろ」を略した「ぐんて」、これもだいぶ違う語形に思われる。さて最後にもう1つ。

ことよろ【殊宜】〔名〕ことによろしいの意で用いる近世通人の語。

 使用例として「洒落本・素見数子〔1802〕」があげられているので、19世紀初頭には存在した語であることがわかる。筆者は「あけおめ」が最初わからなかった。いつ知った語か、いまでは記憶にないが、学生との会話の中で知ったような気がする。ちなみにいえば、『日本国語大辞典』は「あけおめ」を見出しとしていない。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

*

【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第23回 バリアント①:ちょっと違うぞ

2017年 12月 17日 日曜日 筆者: 今野 真二

第23回 バリアント①:ちょっと違うぞ

 言語学では、ある語の「変異形」を「バリアント(variant)」と呼ぶ。現代日本語では「ヤハリ」「ヤッパリ」を使う。場合によっては「ヤッパ」や「ヤッパシ」を使うこともあるかもしれない。「ヤハリ」を標準語形と考えれば、他の語形は「変異形」ということになる。『日本国語大辞典』は「ヤッパリ」「ヤッパシ」「ヤッパ」すべて見出しとしている。「ヤッパシ」の使用例には安原貞室の著わした「かた言〔1650〕」があげられているので、「ヤッパシ」も江戸時代には使われていたことがわかる。

 「ヤハリ」に促音が入ったのが「ヤッパリ」で、その末尾の「リ」が「シ」に替わったものが「ヤッパシ」で、これらの末尾の「リ」あるいは「シ」が脱落したのが「ヤッパ」だとみることができる。変化すればするほど、もとの語形からは離れていく。したがって、変異形には「ちょっと違う語形だな」と思うようなものから、「だいぶ違った語形だな」と思うようなものまである。今回はその「ちょっと違う語形」を話題にしてみたい。変異形を話題にするので、方言もとりあげていくことにする。方言の地点番号は省いた。

あぼちゃ 方言 〔名〕(1)植物、カボチャ(南瓜)。《あぼちゃ》出羽置賜郡 島根県(以下略)

 『日本国語大辞典』の見出し「カボチャ」には「({ポルトガル}Cambodiaから)」とあり、語義【二】(1)の語釈末には「本種ははじめカンボジア原産と考えられていたので、この名があるという」と記されている。そうであれば、「カボチャ」はもともとポルトガル語の「Cambodia」の変異形であったことになる。その「カボチャ」の最初の子音[k]が脱落した語形が「アボチャ」で、変化としては頭子音が脱落したということであるが、「アボチャ」と「カボチャ」は「ちょっと違う語形」を少し超えているような気もする。それは語に形を与えている最初の音が異なるからだろう。

あらうる〔連体〕「あらゆる(所有)」に同じ。

あらえる〔連体〕「あらゆる(所有)」の変化した語。

 前者の使用例として、「御伽草子・熊野の本地(室町時代物語集所収)〔室町末〕」と「日葡辞書〔1603~04〕」、後者の使用例として、「史料編纂所本人天眼目抄〔1471~73〕」と「サントスの御作業〔1591〕」があげられているので、両語形とも、室町時代には確実にあった語形であることがわかる。「アラユル」と「アラウル」、「アラエル」とをそれぞれ仮名で書くと、「ユ」が「ウ」、「エ」に替わった語形のようにみえてしまうが、室町時代の「エ」はヤ行の「エ」、すなわちヤ行子音がついた[je]という音だと考えられている。そうであれば、「ウ」は「ユ」=[ju]の頭子音[j]が脱落したものということになる。また、「エ」は[je]で、「ユ」は[ju]なので、こちらは母音[u]が母音[e]に替わった「母音交替形」であることになる。

いごく【動】〔自カ五(四)〕(「うごく(動)」の変化した語)(以下略)

おごく【動】〔自カ四〕(「うごく(動)」の変化した語)(以下略)

 見出し「うごく」の末尾には、「福島・栃木・埼玉方言・千葉・信州上田・鳥取・島根」で「エゴク」ということが示されており、この「エゴク」を含めると、「イゴク」「エゴク」「ウゴク」「オゴク」が存在することになり、「アゴク」以外が揃っていておもしろい。

インテレ〔名〕「インテリ」に同じ。

インテリ〔名〕(「インテリゲンチャ」の略)(1)「インテリゲンチャ」に同じ。(2)知識、学問、教養のある人。知識人。

 見出し「インテレ」の使用例として髙見順の「いやな感じ〔1960~63〕」の次のようなくだりがあげられている。オンライン版で検索をかけると、髙見順『いやな感じ』は419件がヒットする。ある程度使われている資料だ。そんなこともあり、この本も購入した。ここではそれを使って、『日本国語大辞典』よりも少し長く引用する。

「勉強だ?」

丸万はせせら笑って、

「勉強で革命ができるかよ」

「そりゃ、そうだが」

「おめえは生じっか、中学なんか出てるもんだから、大分、インテレかぶれのところがあるな」

インテリをインテレと丸万が言ったのは、インテリのなまりではなく、その頃は一般にインテレとも言っていたのだ。

 「intelligentsia」は外来語であるので、その外来語をどのような語形として(日本語の語彙体系内に)受け止めるかということがまずある。だから「インテレ」は「インテリ」が変化したものではないが、「インテリ」を一方に置くと、「インテレ」は「母音交替形」すなわち変異形にみえる。

うえさ【噂】〔名〕「うわさ(噂)」の変化した語。

うしろい【白粉】〔名〕「おしろい(白粉)」の変化した語。

うちゃすれる【打忘】 方言 〔動〕(「うちわすれる」の転)忘れる。

うっとら〔副〕(「と」を伴う場合が多い)「うっとり【一】」に同じ。

うらいましい【羨】〔形口〕[文] うらいまし〔形シク〕「うらやましい(羨)」の変化した語。

うるこ【鱗】〔名〕「うろこ(鱗)」の変化した語。

うるしい【嬉】〔形口〕六方詞。「うれしい(嬉)」の変化した語。

おがい【嗽】〔名〕「うがい(嗽)」の変化した語。

おしろ【後】〔名〕(「うしろ」の変化した語)

かいつばた【燕子花】〔名〕(1)「かきつばた(燕子花)(1)」に同じ。(以下略)

がいと【外套】〔名〕「がいとう(外套)」の変化した語。

かいべつ 方言 〔名〕植物、キャベツ。

かえら〔名〕「かえる(蛙)」に同じ。

 それにしてもいろいろな変異形がある。書物を読んでいるだけでは、変異形にはなかなかであうことはないが、こうして辞書をよんでいると、かなりある(あった)ことがわかる。「カエラ・カエル」も活用みたいだ。そういえば、植物の「カエデ」は葉が蛙の手のようだから「カエルデ(蛙手)」だったが、それが「カエデ」に変化したものだった。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

*

【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

『日本国語大辞典』をよむ―第22回 さまざまなメゾン

2017年 12月 3日 日曜日 筆者: 今野 真二

第22回 さまざまなメゾン

 2015年6月7日の『朝日新聞』の読書欄で、星野智幸が採りあげていた、谷川直子の『四月は少しつめたくて』(2015年、河出書房新社)を入手した。「自分の言葉を取り戻すために」という新聞の見出しも印象的だった。入手してそのままになっていたのだが、2017年3月4日に読み始めた。読み始めて少しすると次のような行りがあった。

ファッションの世界にだって芸術的な採算度外視のショーはあるけれど、ちゃんとうまくあとでそれを帳消しにするような商品が出る。出なければメゾンが立ち行かなくなっておしまい。つまり、デザイナーは芸術家でありながら売り物になる商品の素(もと)をつくり出しているということで、詩が売り物じゃないなら、そこがデザイナーと詩人の決定的な違いだ。(15~16ページ)

 この「メゾン」がわからなかった。『日本国語大辞典』には次のようにある。

メゾン〔名〕({フランス}maison)《メーゾン》家。住居。

 そして、「外来語辞典〔1914〕〈勝屋英造〉「メーゾン Maison(仏)家」」及び「亜剌比亜人エルアフイ(改作)〔1957〕〈犬養健〉五「聖心会附属の療養院を訪ねた。十八世紀のメゾン風の、趣味のいい建物である」が使用例としてあげられている。この見出しにおいては、「メゾン」という外来語が採りあげられているが、そこにあげられている使用例からすれば、どちらかといえば、現在から50年以上隔たった時期における「メゾン」の「使用状況」が記されていることになる。

 「新語に強い」ことを帯で謳う『三省堂国語辞典』第7版で「メゾン」を調べてみると、意外なことに見出しとして採用されていない。そこで『コンサイスカタカナ語辞典』第4版(2010年、三省堂)を調べてみると、そこには次のように記されている。

メゾン[フ maison(家) <ラ manere(留まる)]①(サロン風の)高級食堂.〈大〉★この語義はフランス語にはない. ②家,住宅. 特に日本ではマンションの名につけて用いる.〈現〉③商社. 商店. 特にオート-クチュールの洋装店.〈現〉

 この辞典の冒頭に置かれている「使用上の注意」の「略語表」によれば、〈大〉は「大正時代」、〈現〉は「昭和21年以後,平成」ということだ。今回は「さまざまなメゾン」というタイトルをつけたが、筆者は次のような「メゾン」を思い浮かべていたからだ。

 大正16年(昭和2年)1月1日発行の『近代風景』第2巻第1号に「パンの会の思ひ出」という総題のもとに、木下杢太郎の「パンの会の回想」というタイトルの文章が載せられている。「パン(Pan)」はギリシャ神話に登場する牧神のことで、「パンの会」は1910年前後に、青年芸術家たちが新しい芸術について語り合うことを目的としてつくられた会だった。東京をパリに、隅田川(大川)をセーヌ川に見立てて、月に数回、隅田河畔の西洋料理屋に集まっていた。「パンの会の回想」には次のようにある。引用は『木下杢太郎全集』第13巻(1982年、岩波書店)に拠る。

当時カフエエらしい家を探すのには難儀した。東京のどこにもそんな家はなかつた。それで僕は或日曜一日東京中を歩いて(尤も下町でなるべくは大河が見えるやうな処といふのが註文であつた。河岸になければ、下町情調の濃厚なところで我慢しようといふのであつた。)とに角両国橋手前に一西洋料理屋を探した。(略)

その後深川の永代橋際の永代亭が、大河の眺めがあるのでしばしば会場になつたのである。

また遥か後になつて小網町に鴻の巣が出来「メエゾン、コオノス」と称して異国がつた。

 上の「メエゾン、コオノス」の「メエゾン」は『コンサイスカタカナ語辞典』の①に語義も使用時期もあてはまる。しかもフランス語の「maison」にない語義であるということであるので、『日本国語大辞典』は、できればこの語義、そして杢太郎の使用例をあげておいてほしいと思うのは欲張りだろうか。

 大正16年は西暦でいえば1927年で、今から90年ほど前になる。現在からみた大正時代は、「歴史」としてとらえるのにはまだ現代と近すぎるのかもしれない。大正時代の日本語についての研究はこれから、という面がある。『日本国語大辞典』の第3版がいつ出版されるかはわからないが、その時には大正時代の日本語についての補いがされると、『日本国語大辞典』はいっそう充実したものになるだろう。『コンサイスカタカナ語辞典』の②も、「うんうん」というところではないだろうか。最近はそれでもそうしたマンション名は減ってきているかもしれない。さて、③である。これが冒頭にあげた『四月は少しつめたくて』の「メゾンが立ち行かなくなっておしまい」の「メゾン」にあてはまる。筆者ぐらいの年齢の男性であると、「オートクチュール」もすぐには日本語に言い換えにくいかもしれない。高級洋装店ぐらいか。

 カタカナ語というと、「アカウンタビリティー」「コンプライアンス」「ガバナンス」「インタラクティブ」「イノベーション」など、すぐに語義がわかりにくい語の使用が増えていることが話題になり、そのことについて論議される。そういうこともあるが、外来語、カタカナ語にもそれぞれの歴史が当然ある。ちなみにいえば、『日本国語大辞典』は「インタラクティブ」と「イノベーション」は見出しにしており、他の3語はしていない。『コンサイスカタカナ語辞典』第4版はすべて見出しとしている。この『コンサイスカタカナ語辞典』は1994年に初版が刊行されているが、その初版においては、「ガバナンス」が見出しとなっていない。やはりカタカナ語にも歴史がある。

 現代作家の小説を読むことはこれまで必ずしも多くはなかった。しかし、『日本国語大辞典』をよむようになって、現代の小説に使われているような語はどのくらい見出しになっているのだろうとか、現代の語義は記述されているだろうか、などと思うようになり、少しずつであるが、読んでみることにした。『日本国語大辞典』は「意識改革」もしてくれる。

 * 

※特に出典についてことわりのない引用は、すべて『日本国語大辞典 第二版』からのものです。引用に際しては、語義番号などの約物および表示スタイルは、ウェブ版(ジャパンナレッジ http://japanknowledge.com/)の表示に合わせております。

◆この連載の目次は⇒「『日本国語大辞典』をよむ」目次へ

* * *

【筆者プロフィール】

今野真二(こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

*

【編集部から】

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。

次のページ »