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漢字の現在:「枡」か「桝」か
2012年 2月 3日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第159回 「枡」か「桝」か
高知大学で開催された日本語学会の受付で、名札をもらったところ、「笠原」と書かれていた。日本語の学会でもこうなるほどだから、あちこちで間違われるのは当然かもしれない。人口比が大きく影響しているのだろう。
高知市内で、回転寿司に入ってみた。「くせ」と胸元の名札にある。濁らないのか、漢字はと、気にはなったがそのままにして食べて出た。東京に帰ってから、道中で得られた品々を整理しているとき、領収書を眺めたら、「久笹」という名字がプリントされていた。「くせ」の「せ」が「笹」だったのか、そしてこの字を音読みしたのか。そのお会計の場で、間違いがないのか、本名なのか(芸名とは思えない)など聞けば良かったと後悔する。私の「笹原」は、江戸時代以来の富山での屋号に由来するが、中世に現れ、近世に広まった国字である「笹」を含む。このササは、中国では「竹葉」(zhu2ye4 ジューイエ)と呼ぶ。パンダが食べているのもそれなのだ。中国では「笹」の字をよく「世」(shi4 シー)の発音で読む。韓国でも、現在においても書誌情報では便宜的に同様に「世」(se セ)で発音させている。
土地鑑が0のところは、面白い。「とでん」が走っている。「都電」ではなく「土電」で、かなり長い距離を走っているようだ。電車、いやディーゼル列車と併走区間もあるが、よく耐えて営業していた。車体は古そうだが、味がある。ポイントでは線路がつぎはぎになっているためにガタガタするのもいい。
電光掲示板が車内で停留所を知らせる。
蓮池
ドット文字で、2点の「辶」だ。しかし駅名標(駅標)では1点だけの字体だった。
次は「ますがた」と車内放送が流れる。行きの車両では電光掲示板で「升形」と出たように思うが、写真では撮れていなかった。帰りの車両では「枡形」であり、違っていたとしたらなぜだろうか。
往々にして、このような揺れは見られた。「ますがた」は軽井沢などあちこちで見受けられる土地の形状であり、地名のようになっている。「□」の中に「/」を入れたマスは、上から見た枡を図案化したもので、江戸時代から使用されてきたものだ。
写真館だろうか、看板の「○○写場」という店名も気になる。その表札に「桝形」と地名が達筆な筆字で書かれている。「枡形」が土電の駅名であるのは、古い表記が駅名として残りつづけているという例だろうか。「升形」は施設名にも用いられていた。木偏がないのが地名表示のようで、バス停もそうなっている。これが今は正式の地名となっているようだ。当用漢字時代に、書きかえや統一がなされたものだろうか。ひらがな表記や、「ますがた」とふりがなが付いた表示もある。
各地にある「ますがた」にも「升形・枡形・桝形」という、ここと同じ揺れが観察される。元は「升」でよかったはずだ。それに木偏を付した国字ができる。単位と容器とを区別するためだったのだろう。結果として形声のように旁が訓読みを表す。会意性も兼ねて、定着した。「升」は「舛」のようにも書かれた。崩し字からの回帰形がセンと読む誤りという意味の字と衝突し、吸収されたものだ。「舛添」姓も近年よく目にする。
「桝形」という表札で見た住所の字体は、かって国語審議会からの答申によれば簡易慣用字体と位置づけられていた。この用語は、簡易or慣用という構成で、この字体が入っているのは、簡易ではなく慣用という位置づけによるものなのだろう。学術用語集でも、この何かもっともらしいたたずまいの字画を持った字体が使われている。大半の大学生も、「枡」よりも「桝」のほうが本来のものだと感じている。現代の金石文の一つといえるマンホールでも、しばしばこの「桝」が鋳込まれているのは、そうした意識と関連することであろう。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回はここでも揺れる「葛」の字体でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
漢字の現在:ここでも揺れる「葛」の字体
2012年 1月 27日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第158回 ここでも揺れる「葛」の字体
高知での一場面。田舎の駅の跨線橋の階段を、女子中学生同士が手を繋いで降りてくる。また腕を組んで駆け登っていく。大学近くの線路を渡ったところにある神社では、学生たちかデートをする光景もあり、のどかだ。地域文字はないか、と探すのは卑しい感じがしないでもない、自然に眼に入ってくるのを待つのだ。
「葛島」だ。歩き回っているうちに自然に着いた。空港からのバスの中からも見ていた所まで来てしまった。この「葛」は、ときどき字体に問題ありとして扱われる字で、教え子もこの字を丹念に観察して修士論文を仕上げた。皆さんのパソコン画面では、この字は、どういう字体で見えているだろうか。高知のその地名では、
かづら
かずら
と、仮名遣いも揺れているが、字体が気に掛かる。
「
島」と、明朝かゴシック体で看板にあった。ほかに、
「
島」と明朝体。
「
島」と筆字とゴシック体。この手書き用とデザイン用の両方の書体が、互いに似てくるとは皮肉なことだ。はねない「ヒ」のほうが伝統的な筆字に近い。
「
」と、かえっておかしくなっているものが、この地にもあった。大学生も「○葛飾郡」・「葛飾区」という住所で、この字をよく書いているが、引っ越して来て間もない者は、この字体で書きがちだ。新参者であることが字面からある程度分かる。生粋の者、生え抜きはどこかの段階で習ったり自覚したりするのだろうか、「
」と書く者がほとんどだ。
「
」も、高知の電柱の手書きに見られた。
さて、この字については、飛行機で東京に戻ってからも気付いたことがあった。羽田空港からリムジンバスを待つ。これに乗れれば、モノレールよりもさらに楽に帰宅できる。停留所で、待っている行き先とは異なる「葛西」行きという表示が出る。
そのバスが来た。先頭の電光掲示では「
」。
同じバスの側面の電光掲示では「
」。
字種として、文字列として、表記として、気にする必要のない差だという事実を体現してくれていた。指摘されれば、ドット文字のフォントを揃えなければ、と思うかもしれない。JISの規格の見出し字体や常用漢字表の改定に翻弄されたような市も生じた。
道中の疲れの中、やっと来たバスに対して、そんなことを気にする人もそうはいないだろう。バスの先頭座席が好きだ。小学校の頃は酔うことがあったが、進行方向を見ている人は絶対に酔わないと聞き、それを知ってから見晴らしのよい席をできれば選ぶようになった。臨場感やドキドキ感もあり、ゲームのようだとはしゃぐ子供のようだが、風景の中に溶け込んだ字も、よく見えるのだ。
路上の白い字には、独特の癖がある。車内の運転席から読みやすいようにと細長く記されている。テレビで、親方がまっすぐに線を引き、カーブも巧みに仕上げているのを弟子が真似をするという場面への取材があったのを思い出す。100キロを超す速度の中、動体視力で読みやすい字体は、実際にあの公団フォントだったのだろうか。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は高知の地名の文字でした。
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漢字の現在:高知の地名の文字
2012年 1月 20日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第157回 高知の地名の文字
せっかく飛行機にまで乗って土佐に旅立つのだから、地域の文字をたくさん調べてきたい。
「鵈」つまり「耳へんに鳥」という字が県内の小地名にあるのが気になる。一緒にと言ってくださる新聞社の方と話すが、やはり場所が遠すぎる。これには、なんとなく既視感があった。小著やメモを確認すると、すでに電話では調査をしてあった。この字体をもつ国字は、なぜか小地名にときどき現れる。JIS第2水準に入ったのも、「鵃」が一時的に変化したらしい怪しげな小地名からだった。さらに秋田にも「ときとうやぐらまつ」なる小地名の中に、この字が使われている。これは以前携わっていた電子政府関係の事業で、総務省などから資料を提供してもらい、それを元に現地へ行って、地元の資料で存在を確かめることができた。
「南国南支店」、南国高知らしい店の名前だ。地名の醸しだす雰囲気のとおり秋でも暖かだった。テレビでは、この「南国市」を濁らずに「なんこくし」と発音していた。固有名詞での西日本の連濁回避の傾向性と一致する。でも、当地のテレビでは、地元で「なんこく」のほか、「なんごく」と発音している人も映っていた。発音に揺れがあるのだろう。ここの「隅田」は「すみだ」と発音するようだ。
関東では、よく「茨城」は「いばらき」で、「いばらぎ」とは濁らないのだ、と目くじらを立てる人がおいでだ。「いばらぎ」は大阪の地名の「茨木」で、区別をしているのだともいう。正式には濁らないとされているが、これは一般的な「山崎」「中島」などの姓とは逆となっている。茨城でも、とくに北部では「いばらぎ」とも発音する人が少なくないそうで、伝統的な方言ではむしろそうなりそうだ。根拠が薄いのに規範意識がマスメディアによって強化されることがある。これが当てはまるかどうかは別として、指摘する自己が容易に高みに立った気分になれてしまうというのが、「正しい日本語」論の怖さだ。柳田国男も兵庫県出身、なるほど「やなきた」と濁らないそうだ。東京では「やなぎだくにお」でないと、一般には通りが悪い。
柳田の言うとおり日本列島は、その岬の隅々にまで人が行き着いて、そこで暮らしてきた。むろん人口密度は、平野部に集中しているが、山林もしばしば開拓され、山頂や半島まで、確かによく人が住んでいる。
高知では、空港から市内に向かうバスの中から、「大ソネ東」と電柱に記されているのが見えた。本来は「埇」つまり「土偏に俑の右」という字だろう。高知の地域文字がカタカナ表記されている。痩せ地という語義から見て「埆」(カク)という漢字から転じたものであろう。「埵」に作る地も県内にあるが、これも字義による地域訓か変形だろう。また、東北の宮城には「埣」(「土偏+卆」)といった漢字(字義にくわえ、ソツも発音が近い)が小地名に偏在し、姓などでは「曽根」「宗根」などの万葉仮名式の表記が各地に見られる。高知市内にも「高埇」(たかそね)がある。食指が動くが降りてまで寄るゆとりはなかった。「嶺北」(れいほく)は、この地にも見られた。福井だけではない。
電車からは、看板に「万々商店街」と見えた。電車やバスでは眠ってしまうこともあるが、これはもったいない。たまたま線路が引かれた場所に過ぎないといった背景はあるのだが、それも地元の文字生活の一部を形成しているはずだ。車窓へと入る日射しが眩しい。しかし、カーテンを閉めると観察ができず、写真も撮れなくなってしまうので、ここは耐える。
バス停にも「万々」があった。この「まま」という語は、東日本では『万葉集』の時代から「真間」などと漢字を当てて使われている方言で、崖や斜面を表す。『国字の位相と展開』に書いたとおり、山形で「圸」、相模で「壗」、伊豆では「墹」など、地域ごとに国字が作られてきた。先の「万々商店街」には、少し離れて山があった。川も流れていた。これらと同義なのだろうか。西日本にも「まま」地名はなくはないが、「継」「飯」など、表記自体に別の意味を感じさせるものが目立つ。表記された時代に意識されていた語義が反映している可能性がある。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は街の「玉子」もテレビでは「卵」でした。
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漢字の現在:街の「玉子」もテレビでは「卵」
2012年 1月 13日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第156回 街の「玉子」もテレビでは「卵」
高知では、「玉子焼き」とだけあって、おかずとお菓子とのどちらが出るのか不明なメニューもいくつかあったことも確かだ。おやつのカステラがこの地ではよく食べられるとはいえ、本当に、広く定着する表記を覆すほど大きな影響力を持ったのだろうかと、不審も残るが、それが地域で、一般に影響することとなっているのだろう。
それに接触する人はそれを自然と習得し、覚えたものを使うようになっていく。文字生活の中で意識化が生じないままにこうした循環が起きるなかで、地域性が生じているという実態を反映しているのではなかろうか。東京などでは、逆に、産みたてたまごは「産みたて卵」、加工されたたまご焼きは、字面や熟語から来る表記感の生々しさを避けて「玉子焼き」となるものだ。
帰りの空港には、無事に、それも余裕を持って着けた。もっと色々と調べても良かったが、明日のために体力を温存しないといけないと、ここまでとした。待合室では、熱心にノートパソコンを打つ男性がいた。昔から、ぼんやりとするのが好きな私には、とても真似ができない。家に帰ってからやると決めている。軽くなったとはいえそこそこ重い荷物になるだろうし、集まった資料も散らばりそうで、そこでは出せない。そもそも集中もできない。家に帰ってから、ゆっくりと整理をしながら打ち込もう。
搭乗口付近なのでと座った席では、いくつかの局の中でたまたまNHKが流れていた。
だし巻き卵
2回ともテロップはそうなっていた。高知だからではない。「ゆうどきネットワーク」はかつて連続して出ていたので分かるが、全国放送だ。NHKは規則で「たまご」は「卵」とすると決めている。日本新聞協会と同様に、常用漢字表から表記法を一意に定めているためだ。
先の全国的な法則から、気になるというNHK社員もおいでだが、規則の壁は厚い。新聞協会でも、実勢に従って「玉子」が提案されたそうだ。これは語源に即しており、当て字でもない。が、高知新聞の代表が、「高知では卵しか使いません」と発言されて、そこまでとなったと側聞する。
トイレに行く途中に、フジテレビ系列のニュース番組も目に入った。中国の駅弁の半年の賞味期限についての話題で、そこでも、
ゆで卵
と字幕が出た。同様の規則に従った結果だろうか。
自然発生的に何となく広まっているこの地域と、意識的に決めたルールを守るマスメディアとで、同じ表記を取る。それが重なった瞬間に、搭乗前の1時間で立ち会えた。
大震災後、Jヴィレッジで活動されている南相馬市出身というその料理長さん自身は、紙にどちらを書いていらしたのだろう。「ゆうどきネットワーク」ではテレビカメラの写し方が小さく、見えなかった。
ここにしかなく重くなく嵩張らないものをとケンピを土産に買った。漢語らしい響きを持ち、漢字表記もあれこれあるそうだが、「犬肥」という当て字はイメージが悪い。「ケンピ」「塩けんぴ」など、当地で漢字表記は見ることがなかった。
遅い時間に機内で空腹になった。調査の後にギリギリに買えたおにぎり3種だけではしかたない。ふらふらしてきた。隣の人がクラッカーを出した。おいしそうに見える。
私も何かないか? そうだ、高知らしいものとしてケンピを買っていた。いつもの鞄に放り込んでおいて助かった。座席下のそこにあった。ガリッバリッと響かせて食べる。空腹はまさに最高のソースで、とにかくおいしい。ここではジュースはおかわりが可能。袋を見れば、原材料に「玉子」と印刷されていた。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「高知に「卵」はあっても「玉子」はなし?」でした。
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漢字の現在:高知に「卵」はあっても「玉子」はなし?
2012年 1月 6日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第155回 高知に「卵」はあっても「玉子」はなし?
初めての土佐で、調べたいことがあった。高知では、「たまご」を「玉子」とは書かない、いつも「卵」と書くという話を聞いてから、何人もの高知出身者たちへの聞き取り、NHK番組からの取材、NHK文研の方の全国調査の結果の閲覧を経て、実地でこの目で確認しようと思っていた。
「玉子焼き」が、高知ではベビーカステラを指すために、衝突を回避して「卵焼き」となる、それが拡張したものというのが現在のところ、考えうることだ。あるいは、長尾鶏では、「鶏卵」となることが多く、「卵」と関連する、などということもありうるのだろうか。
市内も大雨だった。一番ひどいときにバスを下車、日頃の行いだろうか。でも、雨男なんていうのがいたら、旱魃地帯にでも行って役立ちそうなものだと思う。折りたたみ傘のほうが軽くて調査に障らないのだが(晴れたら畳めば荷物にならず、かつ帰りは送れば良い。ただそれも面倒)、便利な予報のために、大きめの傘を持たされた。それでもビショビショになってきて、看板や貼り紙などの写真も撮りにくい。
構内に入れば、食いっぱぐれる恐れが出てきた。一食抜くと、学生の頃からもうフラフラでダメになる。学生街らしきものがなく、店も休みで、歩いてスーパーのeveエヴィ朝倉店を見つける。298円で弁当が売っていた、安い。
後で、「生協がやっていたよ」とあっさり教えられる。翌日、その食堂を見に行くが、掲示してあったメニューには、残念、玉子も卵もなかった。
コンビニエンスストアーで探してみると、「玉子」とあり、あっさりと覆された。おでんでは「たまご」とある。全国チェーンだからだろうか。
同じスーパーに行って、「たまご」の表記を観察調査してみる。
玉子
厚焼卵
やっと「卵」があった。御礼にお茶を買った。このスーパーでは「すし9貫」と、ついでに「すし」も目に入った。関東では一般的な「鮨」がここでは本当に少ない。江戸前と鮨の結びつきは、江戸時代から確かめられる。
店先では、
だしまき卵
卵巻き
出汁巻卵(写真参照)
と、見つかりだした。
ただ、すべてが「卵」というわけではなく、「玉子」も意外と随所に流通している。見いだせた、他県と異なる実勢としては、やはり「たまご焼き」の類の加工食品となると「卵」が現れやすいというところだろうか。そうすると、やはり当地でお菓子のようなベビーカステラを指す「玉子焼き」のせいとなりそうである。以前、NHK番組の制作(製作)担当者といっしょに、山内氏に何か関わりがあるのでは、と調べてみたものの何も出ては来なかった。
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漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「お江戸の「鮨」は土佐の「寿し」?」でした。
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漢字の現在:お江戸の「鮨」は土佐の「寿し」?
2011年 12月 23日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第154回 お江戸の「鮨」は土佐の「寿し」?
高知では、看板に、「うどん そうめん」とあった。さすが西日本、和食では「そば」よりもこうした麺類が主流で、人気なのだろう。
「そば」も少しは看板で見かけた。「楚者」を崩した変体仮名のものも「信州そば処」などいくらかあった。「楚ば」もあった。しかし、東京ほど頻繁に使われているわけではなさそうだ。沖縄まで南下すると、ソバの種類自体が異なることもあってか、この変体仮名使用はついに見かけなかった。近畿地方一帯でも少なめだったが、関東風のソバを売る店では看板に見かけた。西日本では、ソバそのものを看板に大書するような店がそもそも東京よりも少ない。「そば」の変体仮名による表記には、地域性がある程度確認できそうに思っている。
「すし」も、地域差が実は顕著だ。それは、普通名詞よりも店名に現れやすく、相互の影響が気にかかる。もらった高知のパンフレットには「神祭じんさい寿司」「寿し柳」などとあった。
街中では「寿司」が多い。そして「寿し」も多かった。「寿し一貫」と看板になるのは、店名で、チェーン店だろうか。「寿し」は、高知では店名にもメニューにも頻出した。
一方で、関東で馴染みの「鮨」も、近畿で根強い「鮓」も、確か一度も見ることがなかった。店名の都道府県別の使用の分布を出したことがあったが、その調査結果とよく符合する。地方都市らしいこの表記傾向を実際に都市景観の中で呈していた。電話帳によると、高知県では下記のようになっていた。
鮨 6.7%
鮓 0%
寿し 44.9%
寿司 48.3%
こうしたものにも時代と地域の変動が続いている。都内で、「柿家鮓」という店名の看板が、去年だったか、「柿家鮨」に掛け変わっていた。都内では、「寿司」は回っていて安そう、魚が載っていなさそう、などという印象が聞かれるのだが、こういう意識にも地域差があるのだろう。「すし正(しょう)」というひらがなの店名も高知にあったが、これにも頻度差がありそうだ。
昼を食べるために、函館市場という名の店に入った。筆字風のロゴだが、「函」の最初の2画は、よく見ると、北海道の地元式の「了」(第48・49・57・135回参照)とはなっていない。
そこは回転寿司で、回るいくつもの皿には、紙が載っている。「活〆した」「〆鯖」「最後の〆を」と、「〆」という国字もいくつもクルクルと回っていた。エビは北海道と違ってやはり「海老」だ。
すし店を出ると床屋へ入ってみる。髪がぼさぼさだ。出張中は時間がフとできることがあり、北海道でも、奈良でも、立ち寄ってみた。知らない土地の理髪店は、設備もサービスも違う。耳かきだか爪切りだかもあったような気がする。
学生ですか?
久しぶりに聞かれた。大学でも「先生だったんですか」などと言われることがあった。ヒゲやシワ、肉などでもっと貫禄をつけたほうが何かとよさそうだ。
そうです。
と言っておけば、学生料金になったのかもしれない。京阪式のアクセントだが、訥々とし、テンションもそうは高くないことも加わって、やや意気阻喪してしまった。高知の人は関西風のアクセントで話しておいでだったが、総じて大阪や徳島の人よりも大人しい印象だった。尋ねるつもりだった、
「たまご」はどう書かれますか?
など、聞かずに終わった。せっかくの取材のチャンスだったが、ほぼ身繕いと休息だけに終始した。頭を洗われながら、赤ちゃんをこうやって優しく洗ったことを思い出す。今度は、切った毛を下に落とすための箒のようなものが、荒くて痛い。
支払いの時に、カードをもらった。もう二度と来られない場所だと思われ、この手のハンコは都内でさえも溜めきることがほとんどないのに、ここでは半分迷いながらも勧められるままにカードを作ってもらった。ハンコを一杯にできるかが問題だが、店名に含まれる「爵」という字のゴシック体風のロゴが目に止まった。最初の「ノツ」の「ツ」の部分で、左の「、」だけ「ノ」と旧字体のような向きになっていた。わざと、髪型を意識してデザインされたものだろうか。もらって良かった。看板でもそうなっていた。
「暫時」という語を実際に使うところも、今回は聞けなかった。東京では、「漸次」や「漸近線」のゼンと混じって、ザンかゼンでまず読みが揺れ、意味も古語の知識も混じってまた揺れる。漢語が方言となることはけっこうある。福岡の「離合」、愛知の「放課」などもそうだ。
下記の店名は、ディーゼル車の窓から見えた看板にあった。
「関田さん家」
この「家」には、ふりがながちらっと見えた。「ち」だったのだろうか。この辺りでもこのかなり一般化している表外訓を使うのだろうか。
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笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「高知らしい漢字」でした。
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漢字の現在:高知らしい漢字
2011年 12月 16日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第153回 高知らしい漢字
高知特産の「文旦」は、文字通り「ぶんたん」が一般的なようだ。鹿児島など九州と山口辺りでは2字目を常用漢字の表外音とし、「ぼんたん」とも読み、ぼんたん飴が有名だ。こうした果実には概してルビは書かれておらず、関東では学生たちはこの果実自体に縁が薄く、意外と読めない。
土佐の伝統工芸の「サンゴ」には表外漢字による「珊瑚」も目立つ。名産品ということで、看板に大きく書かれている。
一本釣りで有名な「鰹」という字も、看板・貼り紙・パンフレットに多用されている。売りの物だけに滞在中によく見た。表外字だがたいてい振り仮名もなく、看板ではしばしば大きく書かれている。「鰹のたたき」とのぼりにもあるほか、「鰹群家」で「なぶらや」と読ませる店名もパンフレットにあった。後者はルビが必須だろう。ガイドブックにはカタカナで「カツオ」「戻りガツオ」ともあり、これならばいかにも魚名であり、この漢字を見慣れていないようなよそから来た者であってもすぐに読める。
「かたうお」に対する「堅魚」が合字化して「鰹」となった。これが中国の字義とは異なっているために国訓として扱われている。鰹節は、祖母が和室でよく削っていて、面白そうだったのでたまに手伝ったが、確かに固く、必要な分を削るのに思いのほか手間を取られた。もはや魚だったとは思えぬほどの代物だった。偏の「魚」が絵になったヤマキのロゴは、テレビCMでも馴染みがあり、小学校の時に真似をして書いている生徒もいた。日本人の絵文字好きは、ケータイ以前からの伝統で、古くは江戸時代の山東京伝の引札や南部暦、盲心経などにも遡りうる。
看板には「長尾鶏センター」とある。隣の徳島では「阿波尾鶏」で「あわおどり」、うまいことあてがったものだ。長尾鶏で「ちょうびけい」とも読むらしく、「ながおどり」の「とり」には表外訓の「鶏」が合う。「とりにく」も「鶏肉」が多い。しかし、「焼き鳥」「焼鳥」は、なぜそうならないのだろう。ニワトリ以外もあるからだろうか。それとも、「速口」へとはなかなか変わらない「早口」のように、表記の習慣化の長さの違いだけだろうか。焼き鳥屋では「鳥」の字が象形文字や篆書風にさえ記され、店の雰囲気の演出のためにも定着を見せているかのようだ。これから呑むのであろうが、すでに呑んでいるのであろうが、飲酒時に見るような文字でもある。そういうしゃれた雰囲気に、弱い御仁もおいでなのだろう。
「皿鉢料理」で「さわちりょうり」と読む。これはいっそうあちこちで見かけ、テレビのローカル放送でも出てきた。地域熟字訓といえるものだ。
「月極保育」と、高知空港内に設置された画面に出ていた。おや、と思ったが、何のことはないアンジュ保育園で、東京の羽田空港内の施設の看板だった。この「月極」も、地域差のあることが戦後から知られている表記だ。すでに先人の観察を読んだり聞いたりしていたとおり、高知県内では今でも「月決」のほうが多いようだ。高知市内を歩いたかぎりでは、東京ではお馴染みの「月極」はなかなか見つからなかった。多くは、

あるいは、ていねいにも送り仮名付きで、

のようになっているのだ。「年決駐車場」などというものも目の当たりにした。常用漢字表に従った漢字表記である。写真を撮りながら、さんざん歩いて、

がやっと見つかった。結局、高知で見た中では、半数に達しなかった。かえって新参の会社や新しく設置されたような看板で、旧表記とされるこの「月極」を使っているようにも思えた。この「月極」は、関東では中学生の段階でも意識され始めており(第146回)、中国から来た留学生たちも、これは習わなかったし読めない、と述べるものである。
この地では、「月極」は、存在を意識されていない可能性さえ感じられる。この表記を知らず、見ても「つきぎめ」とは、東京よりもなおさら読めないのかもしれない。ここでも「月極め」という送り仮名付きも見られたのは、もしかしたらそのためで、せめて読んでもらえるようにという工夫だったのかもしれない。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「街の文字の見どころ」でした。
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漢字の現在:街の文字の見どころ
2011年 12月 9日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第152回 街の文字の見どころ
高知市内では、学会の合間に、街や店の中をしばし観察してみた。
「鈑金塗装」と看板にあった。「板金」を「鈑金」と素材に合わせて偏を替えて表記する。これは音読みだが、意味が日本製ということで国訓といえそうだ。この表記はどこにでもあるようで、各地で観察される。職業集団における位相文字といえるが、街中で大きく書かれているので、よく目立つ。2つの字には用法に区別もあるとも聞いたが、実際のところどうなのだろう。これらの字には、別の語でもそういう話がある。
看板には「レンタル衣裳」という表記もある。この「衣装」に対する「衣裳」も、高知に限らず、どこにでも残っている表記だ(第147回)。
「総菜」も「惣菜」も見られた。常用漢字表に従った「総菜」はスーパーでも見かけ、たまたま付けていたテレビでも福島で使っていた。ここにも地域色は見いだせそうもないか。
「鮮魚」が、筆字風に書かれた看板で「れっか」の部分が「大」、2字目のれっかの部分が続け字でまるで3点のようになっているものを、かなり離れた場所で2つ見た。これも位相があり、けっこう全国的に広がっているようだ。
「皮膚」も「皮フ」も看板に見つかる。これらもまた全国的に広まっているようだ。大通り沿いの看板にあった「しぎ耳び科」は、子供向けということだろうか。あるいは「膚」と同様に、「鼻」の横線の多さが生み出した交ぜ書きなのかもしれない。「皮フ」は公的な書類に準拠する表記だとの話もある。常用漢字表で、「はだ」の訓を「肌」に譲ったこの字が、字音までもカタカナに座を譲るとすると、字種としての存在意義がますます薄れてしまうことだろう。
「空きあり」。看板にはほかに「空有」「空有り」などもあったように思う。漢字か仮名か、送り仮名はどうするかと悩めそうなものだが、これも地域色はなさそうだ。
「9じ~11じ」(じ2つは下付き)は、東京でも見かけるもので、何やらおしゃれで、堅苦しさをなくすことに成功している。書きやすく、またこれも子供でも読める。単位は概して略記された方が、書字に限らず種々の効率がよさそうだ。
「ecoる」という表記を、高知市内で見かけた。都内で女子学生が「エコ」は「eco」に表記が変わったから、皆が環境を守るようになったのだ、と力説していた。表記の心理に与える力は、ニュアンスの享受どころで済まされないものもありそうだ。
「伊太利屋」という店は、高知にもあった。小学校の時、都内で店名に見かけて、辞書にある「伊太利」だけでいいのにと、この当て字の応用に俗っぽさを感じて、嫌だった。それをまた「イタリアは漢字でこう書くんだ」と、やはり店で知ったと得意そうに言ってくる生徒がいて、さらに嫌になった。

「栄」や「蛍」のようにはなっていなかった。
都内の学生たちにも大人気の「よさこい」は、「夜来い」という意味深な解釈もあるようだが、どうも俗解の可能性が捨てきれないようだ。漢字表記は、市内では見受けられなかった。土佐の高知の「はりまや橋」を見ながらの朝食。日本三大がっかりなどという失礼な評も聞くが、もとから期待など抱かずに行けば、そこはかとない趣が感じられる。「はりま屋」という宿の看板を視て、ああ書いていると指摘する旦那さん、それを「当て字」と一蹴した奥さん。どこかのご夫婦の会話が耳に入った。
どこでもありそうな表記が多い一方で、高知の看板には、大きな「蹲踞」の字が記されていた。間に「つくばい」と小さく読みが振ってある。そこには「灯籠」など、難しめの字が並んでいた(バス車内からで、写真が間に合わず、もう一つは残念ながら忘却)。「籐」(ハの部分はソだったか)もゴシック体で看板にあった。「緞通」など表外字が立て続けに現れる。
龍馬の「先塋の地」とのぼりが立っている県内の地をホテルのテレビで見た。観光客にはなかなか読めない難字だ。地元でもどうだろう。ルビがあっても、意味は想像も付かない人が多い。後で、都内の大学生たちに聞いてみても、99%以上が意味を当てられなかった。逆に目を引いて、この独特な雰囲気の字の場所は何だろうという人々に訴求力を発揮し、呼び寄せる集客力があるのかもしれないが。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「瓲」「屯」「t」」でした。
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漢字の現在:「瓲」「屯」「t」
2011年 12月 6日 火曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第151回 「瓲」「屯」「t」
浜松町と羽田空港を繋ぐ東京モノレールは便利で、継ぎ目がない線路(?)でスーーッと移動していく。あたかも安全なジェットコースターのようだ。ネット上では、わざわざ「モルーノレ」と、「モノレール」の字をバラバラにして表記する人たちもいる。
駅名には、「天空橋」、命名のセンスに感心する。「昭和島」、この車体もかつては明るい未来に向けて輝いていたに違いない。「大井競馬場前」では、馬が眼下にゆっくりと歩く。
座席から、いつも目に入るのは車内の端にある「自重24.5瓲」の掲示である。
対向車にも、同じ「瓲」が見えた。車両によってはこれがないようで、下車後、写真を改めて撮ろうと近寄った先頭車両には貼られていなかったようだ。
この「瓲」という字は、日本人が作った漢字、つまり国字だ。作られてからまだ100年に満たないようだ。当用漢字表によって否定されてからも、根強くあちこちで消されずに使われている。モノレールに乗るたびに、まだあるか、と確かめてみている。
私たちは、日々、日常の生活を送っている。たとえば食生活はその一部をなしている。言語生活も同様であり、その中で文字生活というものが主要な一角をなしている。ときに文字は、ことに日本では言語を超えた運用も見られるが(例:読み不明の熟語、絵文字:お茶どーぞ旦~)、おおむねその中に収まっている。
文字生活には、一人ずつ独自の個性がある。一人として自分と同じ文字生活を送る人はいない。全く同じ本を読み、全て同じテレビを視るといった行為は、家族、双子であっても考えがたい。文字生活には個々人が偏りをもっているのだ。
ことに私の文字生活は、大いに偏っているものと自覚している。各種レベルの文字をメタレベルで扱うことが多いので、一般の趨勢を内省によって考えようとする際にはあまり参考にならない。暮らしぶりは意外にも、(優雅とはほど遠い)江分利満氏的であったとしても、この部分では、明らかに平均的ではありえない。しかし、誰も知らないような古典の文字を、いつも穿鑿しているわけではない。一般の人々が触れる可能性のある文字について、客体視の俎上に乗せて観察・考察に腐心し、記述しようと努めることがある。
羽田が世界の玄関だった頃、海外への希望を乗せて光り輝く車体の内側に、この字はあり続けたのだろう。この字は、私にとって懐かしい字だ。昭和40年代末ころ、小学生のときにトラックの車体にも、このような国字が記されていた記憶が微かにある。集団登校のときに、停車中の荷物を積んだトラックの車体後ろの下部に、たしかこの、当時謎の文字が記されていた。
それが中央気象台が作りだした一群の国字から派生した末裔であることを知るのは、だいぶ後になってからのことである。謎の解明まで、相当の時間を要した。「瓦」がガランマ・グラムの音訳の一字目として選ばれ、それを応用して「瓩」などを生み出す。明治期に中央気象台がスペースの節約を目指して創造した苦心作だ。「粁」「竏」、「粍」「竓」なども同種で、音義が効果的に利用され、きわめて体系的にできている。ただ、システマチックすぎて、使用の需要の乏しいものまで辞書に載り続けている。
小金井にある江戸東京たてもの園に展示されていた、古い自動車の車体にも、やはりその字が記されてあったのだ。子供は小さいせいか、振っても関心も示さない。それはそうだろう。
「t」のほか、音訳漢字の「屯」は、まだ一部の機械工業の業界では健在だそうだ。横書きの書類では「t」に変わってきた、と教えてくれた方もいた。大学生たちには、実地ではなく、漢字検定の勉強の中で覚えたという人がいる。
メートル法のトンとは異なる単位としてのトンには、それを表す「噸」が作られているのだが、それが中国製か日本製か、判断が難しい。清朝後期の資料と、江戸時代末の資料とで、ほぼ同じ頃に登場するためだ。それぞれで生み出されたという可能性さえもある。あるいは中国で、「磅」(ポンド)という音訳や「碼」(ヤード)という訳の字がこれに先だって生じており、それを踏まえ、音声に対する純粋な形声であることや音訳であることを表す「口偏」とあいまって、生み出されたものと考えられる。「呎」「吋」「哩」なども、早く出生国の秘密を明らかにして、現状の辞書類でのレッテル貼りの混乱を解決したいと願っている一群の字だ。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「土佐土産」でした。
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漢字の現在:土佐土産
2011年 12月 2日 金曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第150回 土佐土産
激しい雨だった。これから高知に出発する。大きな傘は移動の邪魔になる。黒のはき慣れた革靴は、さすがに穴はまだ空いていないが、すぐに浸水する。足下を見ればその人が分かる、という人がテレビに出ていたが、私などはどうなってしまうのだろう。
いきなりは濡れないように、奮発してタクシーを停める。こういう時には、たいてい向こうの車線を通り過ぎる。やっと拾えたタクシーで運転士の名などを書いた紙には、おや、国字交じりの「纐纈」さんとあり、さい先が良い。「こうけつさん」ですか、と聞くと、
「よく読めましたね、お知り合いに?」
「まあ…… 愛知か岐阜ですか?」
「そう、最近はテレビによくこの名字の人が出る。地震研究者にもいる」
とのこと。高知に行くんだというと、「モミジがきれいらしいですね」と。モミジものどかでいいけれど、もっと見たいものがある。

羽田は便利だ。そして1時間ちょっとのフライトで着いてしまう。10月下旬だが、さすが南国土佐だ、東京よりも少し温かい。
降り立ったのは、高知龍馬空港。もはや正式名称のように表示されている。
NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の余韻は、放送期間終了から1年近く経ってもさめやらぬ様子だ。奈良に行ったときには、10年以上前の放映になおも頼る店があることに学生が驚いていた。「龍馬伝」幕末志士社中入場引換券が、帰宅後にバッグから出てきた。寄っておけば、思わぬ収穫もあったかもしれない。
街じゅうが龍馬だらけだ。
龍馬会館
これは分かる。メニューやのぼりなどで見かけた下の例は、どういうものだったのだろう。
龍馬珈琲
龍馬弁当
「龍馬歴史館」の看板のロゴに出てくる「龍」は、筆字風で右下の二本を続け字にしたように見える。「龍馬ふるさと博」の筆字風のロゴも、そこがはっきりしなかった。そもそもこの部分は狭いのでしかたないか。「
」という字体は、都内でもよく見かける共通誤字ともいえそうな字体であるが、やはりここでも見受けられる。土産物にさえ、「
」ではっきりと印刷された手書きのロゴがあった。
地元でも、こういう字体があるのかといったんは驚いたが、無意識な誤字体は、本場でも生じる。新潟でだって「潟」の「臼」を1画多く書く例もあれば、鹿児島でだって「鹿」の横線を多く書く例だって見つかる。出現頻度や割合に差がありそうだということである。地元でよく使われる字の接触頻度や使用頻度の違いによる使用字体の地域差はどのくらいあるのか、もしかしたらそれほどないのかどうか、いずれじっくりと調べてみたい。
「龍」の右下の「三」が「テ」のようになっている字体(
)も、あちらこちらでよく使われている。この字を書き慣れただけあって、古い形が伝承されている面があるようだ。
店名や人名には龍馬以外でも「龍」の使用が目立つが、実際に使用頻度や割合が高いのか、調べてみたい衝動に駆られる。「龍河洞」「龍河温泉」などは、たまたま重なっただけだろうか。「
一」(第80回参照)も、土佐の出身だった。
「龍馬伝」による龍馬人気をこの地が逃すはずはなく、観光素材として推さないはずがない。先に触れたとおり放送期間が過ぎても、地元に熱は残っている。そうした余波も現実の文字生活とかかわる実勢であり、その時でないとなかなか観察できない一回性を伴っており、時空の制約の中で、こうして観察できる偶然の機会に感謝しなくてはと思う。
竜馬不動産
この坂本龍馬(龍・良馬)自身は書かなかったといわれる字体による「竜馬」は、ほかに日本酒の銘柄などにあったが、高知では圧倒的に少なかった。
そういえば、中国もベトナムも龍を好んでいる。韓国も、世宗がハングルを創製してまず編まれたのが「龍飛御天歌」であった。龍馬の母も瑞夢をもとにその名を付けたものだったそうだが、王権の象徴、治水の神などとして龍を、官民挙げて崇め、好む東アジアの中で、日本での独自の展開がそこここに垣間見える気がした。
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笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
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2007年









