広告の中のタイプライター(3):Remington Noiseless No.10

2017年 3月 16日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Fortune』1934年2月号

『Fortune』1934年2月号(写真はクリックで拡大)

1927年2月9日、レミントン・タイプライター社はランド・カーデックス社などと合併し、レミントン・ランド社になりました。レミントン・ランド社のタイプライター部門は、基本的にそれまでのレミントン・タイプライター社のモデルを踏襲しましたが、1933年3月のタイプライター60周年イベントと前後して、新たなモデルを発表しました。1933年12月に発売された「Remington Noiseless No.10」も、その1つです。「Remington Noiseless No.10」は、42キーのフロントストライク式タイプライターで、「Noiseless」の名の通り、静かさを売りにしていました。アーム(type arm)とプラテンの間が近接していて、印字の際の音が小さくなっており、さらにアームの上にカバーをかぶせることで、音が部屋に響かないよう設計されていたのです。

「Remington Noiseless No.10」のキー配列は、基本的にQWERTYです。キーボードの最下段の左右の端に「SHIFT KEY」が配置されており、それぞれ少し上に「SHIFT LOCK」があって、いずれのキーもプラテンを上下させることで、大文字小文字を打ち分けます。キーボードの最上段は、234567890-のシフト側に“#$%_&’()*が配置されているのが、上の広告から見て取れます。数字の「1」にあたるキーは無く、小文字の「l」で代用したようです。「2」の左側にあるキーは「BACK SPACE」(1文字戻す)、「-」の右上に少し離れているキーは「MARGIN RELEASE」(右端のマージンを越えてさらに右側に打つ)です。「3」と「0」のすぐ上にある赤いキー(広告はモノクロ)は、それぞれ「CLEAR KEY」と「SET KEY」で、タブ位置の解除と設定をおこないます。設定したタブ位置への移動は、「CLEAR KEY」と「SET KEY」の間にある長い「TABULATOR」キーでおこないます。「TABULATOR」キーのすぐ上にある金属製のツマミは、印字濃度を変化させます。ツマミを左端の0にすると、印字が薄くなり、その結果として、印字音が小さくなります。逆にツマミを右端にすると、印字音は大きくなりますが印字が濃くなり、カーボン紙を挟んだ複数枚の紙に印字できるようになります。

当時、レミントン・ランド社は、CBS(Columbia Broadcasting System)の金曜夜のラジオ番組『March of Time』に、スポンサーの1つとして名を連ねていました。番組の終わりには、もちろん「Remington Noiseless No.10」の広告も流れました(音声)。ただ、静かさが売りのはずの「Remington Noiseless No.10」を、どのようにしてラジオというメディアで広告するのか、なかなかに苦労があったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


広告の中のタイプライター(2):Royal KMM

2017年 3月 2日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

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『Life』1942年10月26日号(写真はクリックで拡大)

18台の「Royal KMM」を前に演説する男。演説台には、アメリカ海軍を象徴するかのような白頭鷲の模型と、アメリカ国旗をデフォルメした装飾。左上には「A message to the typewriters we sold before Pearl Harbor」の文字。18台の「Royal KMM」のラインフィード・レバーは、あたかも右腕を振り上げているかのようです。この広告は、何を意味しているのでしょう。

「Royal KMM」は、ロイヤル・タイプライター社が1938年に発売したフロントストライク式タイプライターです。それまでのロイヤル・タイプライター社のモデルと異なり、インクリボンが剥き出しになっておらず、金属製のカバーに「ROYAL」のロゴが特徴的です。キー数は42で、基本的にはQWERTY配列です。ただし、映画『ドボラック簡素化タイプライターキーボードにおける動作研究』(A Motion Study of the Dvorak Simplified Typewriter Keyboard)には、ドボラック式配列の「Royal KMM」も登場するので、他のキー配列もオプションで注文可能だったと考えられます。

1941年12月7日、日本軍はハワイ真珠湾(Pearl Harbor)を奇襲攻撃し、日米は開戦しました。これに伴い、ロイヤル・タイプライター社は、「Royal KMM」など民間向けタイプライターの生産を停止、軍需向け「Royal Arrow Portable」の生産に注力することになりました。そんな中、ロイヤル・タイプライター社は、いわゆる愛国主義的な広告を、各誌に掲載しました。その一つが、上の広告です。「A message to the typewriters we sold before Pearl Harbor」(真珠湾以前に我々が販売したタイプライターへのメッセージ)と題するこの広告は、その名のとおり、1941年以前にロイヤル・タイプライター社が販売したタイプライターに向けたメッセージでした。

12月7日以前に我々が販売した全てのロイヤル・タイプライターたちよ、聴き給え。君たちのもとには、今まさに「本当の仕事」がある。君たちは、この戦争が終わるその日まで、踏ん張ってもらわねばならない。君たちは、アメリカのビジネスにおける極めて重要な一翼を担っているとともに、しばらくの間、君たちの後釜となるマシンは無い。というのも、我々は今、軍需品の生産に忙殺されているからだ。

君たちが堂々と仕事をおこなえるよう、君たちには、かの有名な、信頼すべき、ロイヤルのサービスがついている。君たちが今現在どれほど古びてしまっているとしても、どれほど長期に渡って酷使されてきたとしても、今後も君たちは使わなければならない。この戦争に勝つまでは!

実際、1945年末まで、「Royal KMM」の生産は再開されませんでした。アメリカの対日戦争を、このような形で、ロイヤル・タイプライター社は支えていたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(1):IBM Electromatic

2017年 2月 16日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

19世紀末から20世紀にかけて、一世を風靡したタイプライター。21世紀の今は、ほとんど実物を目にすることが無くなりました。そんなタイプライターを、当時の雑誌や新聞の広告から拾い上げるのが、この連載「広告の中のタイプライター」。タイプライターが日常生活の一部だった時代を、ちょっとだけ覗いてみましょう。

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『Fortune』1934年2月号(写真はクリックで拡大)

1933年6月20日、IBM (International Business Machines Corporation)は、エレクトロマチック・タイプライターズ社を買収、同社の「Electromatic」をIBMブランドとして販売しはじめました。「IBM Electromatic」は「ALL ELECTRIC」(完全電動)を売りにしていて、広告にも「電気」をイメージした「ビカビカの雷マーク」が青く描かれています。全ての動作がキーボード上のキーで電気的におこなわれる、というのが「IBM Electromatic」の売りで、すなわち、各文字の印字やシフト機構だけでなく、キャリッジ・リターンも、改行も、タブ機構も、バックスペースも、全てが電動だったのです。

「IBM Electromatic」は、フロントストライク式の電動タイプライターで、大文字26種類、小文字26種類、数字10種類、記号20種類が印字可能です。キー配列は、大文字と小文字がQWERTY配列になっており、最上段に数字が1234567890と並んでいて、そのシフト側に記号が!@#$%¢&*()と並んでいます。すなわち、「@」が「2」のシフト側にあって、これが「IBM Electromatic」のキー配列を特徴づけていました。「P」のすぐ右のキーには、ハイフン「-」のシフト側にアンダーライン「_」が載せられています。「L」のすぐ右のキーには、セミコロン「;」のシフト側にコロン「:」、そのすぐ右のキーには、シングルクォート「」のシフト側にダブルクォート「」が載せられています。「M」のすぐ右のキーはコンマ「,」で、シフトを押してもコンマのままです。そのすぐ右のキーはピリオド「.」で、シフトを押してもピリオドのままです。そのすぐ右のキーには、「/」のシフト側に「?」が載せられています。コンマとピリオドがダブっているため、82種類の文字が42個のキーに載っているのです。

「IBM Electromatic」では、全ての文字幅は同一で、たとえば、「l」も「W」も同じ文字幅で印字されました。また、印字される文字の濃さが全て同一となるよう、常に同じ濃さで、活字棒(type arm)がプラテンの前面を叩くようになっていました。キーを押す力の強さを揃える必要はなく、最大20枚までのカーボンコピーが可能というのが謳い文句でした。右端の「CARRIAGE RETURN」キーは、キャリッジ・リターンと改行を同時におこなうもので、重いキャリッジを手で戻す必要が無くなったのです。

1933年発売の「IBM Electromatic」は、IBMにとって最初のタイプライターでした。その後のIBMタイプライターは、「IBM Electromatic」の路線を踏襲し、電動タイプライターを次々に発売していくことになるのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(21)

2017年 2月 2日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第31回

菊武学園タイプライター博物館(20)からつづく)

菊武学園の「Monarch Pioneer」

菊武学園の「Monarch Pioneer」

菊武学園タイプライター博物館には、「Monarch Pioneer」も展示されています。「Monarch Pioneer」は、1932年頃から1938年にかけて、モナーク・タイプライター社が販売していたタイプライターです。ただし、この時期のモナーク・タイプライター社は、もはや実質的な生産拠点を持っておらず、菊武学園の「Monarch Pioneer」も、製造はレミントン・ランド社がおこなったと考えられます。

菊武学園の「Monarch Pioneer」右側面

菊武学園の「Monarch Pioneer」右側面

「Monarch Pioneer」の印字機構や筐体は、同時期の「Remington Remie Scout Model」を、かなりの部分で使い回しています。右側面のレバーも、その一つです。「Monarch Pioneer」は、右側面のレバーを手前に倒した状態では、印字できません。右側面のレバーを奥に倒すことで、タイプ・バスケット全体がせり上がります。この状態でキーを押すと、対応するタイプ・アーム(type arm)が、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。いわゆるフロントストライク式の印字機構であり、打った文字がすぐ読めるのです。

「Monarch Pioneer」右側面のレバーを奥に倒す

「Monarch Pioneer」右側面のレバーを奥に倒す

この「右側面のレバーを倒すことでタイプ・バスケット全体がせり上がる」という機構は、もともとは「Remington Portable No.1」で採用され、その後「Remington Remie Scout Model」や「Monarch Pioneer」にも転用されたものです。菊武学園の「Monarch Pioneer」のタイプ・アームの先には、それぞれ活字が2つずつ埋め込まれています。2つの活字は、上が大文字(および記号)で、下が小文字(および数字)です。キーボード左端の「SHIFT KEY」を押すことで、プラテンが奥へと移動し、大文字(および記号)が印字されるようになるのです。

菊武学園の「Monarch Pioneer」のキーボード左半分

菊武学園の「Monarch Pioneer」のキーボード左半分

「SHIFT KEY」のすぐ上の「SHIFT LOCK」キーを押すと、「SHIFT KEY」が下がりっぱなしになります。菊武学園の「Monarch Pioneer」では、42個のキーはQWERTY配列に並んでいますが、キートップが小文字なのが特徴的です。

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安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(20)

2017年 1月 19日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第30回

菊武学園タイプライター博物館(19)からつづく)

菊武学園の「American Model No.8」

菊武学園の「American Model No.8」

菊武学園タイプライター博物館には、「American Model No.8」も展示されています。「American Model No.8」は、アメリカン・タイプライター社が1908年頃から1915年にかけて、コネチカット州ブリッジポートで製造していたタイプライターです。キーボードはQWERTY配列で、27個のキーに81種類の文字が搭載されています。左上の「FIG」キーを押すと、プラテンが奥の方に移動して、記号や数字が印字されるようになります。その下の「CAP」キーを押すと、プラテンが手前に移動して、大文字が印字されるようになります。ただし、「American Model No.8」はアップストライク式タイプライターであり、印字はプラテンの下に挟まれた紙の下面におこなわれます。

菊武学園の「American Model No.8」のプラテンを持ち上げる

菊武学園の「American Model No.8」のプラテンを持ち上げる

プラテンを持ち上げると、すぐ下にはインクリボンがあり、その下に27本の活字棒が見えます。活字棒には、それぞれ記号(数字)・小文字・大文字の3種類の活字が埋め込まれており、これによって81種類の文字を印字できるのです。アップストライク式タイプライターでは、印字中の文字はオペレータからは見えません。間違わずに文章を打てているかどうか確認するためには、いちいちプラテンを持ち上げて、印字面を確かめるしかないのです。

菊武学園の「American Model No.8」背面

菊武学園の「American Model No.8」背面

「American Model No.8」には、左右のマージンを設定する機能もあり、本体の背面に、マージンセッターが左右2つ準備されています。ただ、ヤヤコシイことに、左側のマージン(行頭の紙あき幅)を、オペレータから見て右奥のマージンセッターで設定します。一方、右側のマージン(行末の紙あき幅)は、左奥のマージンセッターで設定します。左奥のマージンセッターにはベルが付いていて、行末の5文字前でベルが鳴る仕掛けになっています。

「American Model No.8」は、1910年代という時代を考えると、すでに時代遅れともいえるデザインのタイプライターでした。印字面がオペレータから見えず、マージンの設定も左右逆で、ユーザ・インターフェースがあまり良くなかったのです。アメリカン・タイプライター社の社主だったペイン(Halbert Edwin Payne)は、1915年8月にアメリカン・タイプライター社を閉鎖し、「American Model No.8」の製造も幕を閉じたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(10)

2016年 12月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第29回

伊藤事務機タイプライター資料館(9)からつづく)

伊藤事務機の「Rofa」

伊藤事務機の「Rofa」

伊藤事務機タイプライター資料館には、「Rofa」も展示されています。「Rofa」は、ドイツのロベルト・ファビク社(Robert Fabig GmbH)が、1921年から1929年にかけて製造していたタイプライターで、同社の「Faktotum」(「Imperial Typewriter」のライセンス生産)の後継機にあたります。「Rofa」の特徴は、独特のカーブを描くキーボードと、ダウンストライク式という印字方式にあります。「Rofa」では、29キーが3列のカーブ上に配置されており、各キーに3種類の文字が対応しています。伊藤事務機の「Rofa」では、上段のキーはQWERTZUIOP、中段はASDFGHJKL、下段は^YXCVBNM?+と並んでおり、いわゆるQWERTZ配列です。

伊藤事務機の「Rofa」後面

伊藤事務機の「Rofa」後面

プロントパネルの後ろには、本来は29本のタイプバー(活字棒)が、キーボードと同じくカーブを描いて配置されています。ただし、伊藤事務機の「Rofa」では、タイプバーのうち4本が失われているらしく、25本しかありません。タイプバーは、それぞれがキーにつながっており、キーを押すと対応するタイプバーが打ち下ろされて、プラテンの上に置かれた紙の上面に印字がおこなわれます。紙の上に印字されるので、オペレータがフロントパネルの向こうを上から覗き込むことで、印字された文字を確かめることができます。

伊藤事務機の「Rofa」のタイプバー(GとFの間にあるはずのTとVが欠けている)

伊藤事務機の「Rofa」のタイプバー(GとFの間にあるはずのTとVが欠けている)

各タイプバーには、3種類の活字が埋め込まれており、下から順に小文字、大文字、数字および記号、となっています。キーボード左端の「Groß」キーを押すと、プラテンが移動して、大文字が印字されるようになります。「Zeich.」キーを押すと、プラテンがさらに移動して、数字および記号が印字されるようになります。この機構により、本来であれば87種類の文字を印字できるのです。なお、伊藤事務機の「Rofa」では、äはQの記号側、öはYの記号側、üはXの記号側に、それぞれ搭載されていますが、大文字のÄÖÜは見あたりませんでした。また、キーボードの右端には「Rück-Taste」キーがあり、逆方向への1文字移動(いわゆるバックスペース)を可能にしています。

伊藤事務機の「Rofa」キーボード左端

伊藤事務機の「Rofa」キーボード左端

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(9)

2016年 12月 1日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第28回

伊藤事務機タイプライター資料館(8)からつづく)

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」(Straight Keyboard, Metal Cover Model)

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」(Straight Keyboard, Metal Cover Model)

「Hammond Multiplex」(Straight Keyboard, Metal Cover Model)は、ハモンド・タイプライター社が1916年から1928年にかけて製造していたタイプライターで、ハモンド(James Bartlett Hammond)が発明したタイプ・シャトル機構を搭載しています。「Hammond Multiplex」には、キーボードが曲がっている(Curved Keyboard)モデルと、キーボードが直線的(Straight Keyboard)なモデルがあり、いずれも1913年に製造を開始しましたが、1916年になって、筐体の上面を金属板のカバーでくるんだ(Metal Cover)モデルになりました。伊藤事務機タイプライター資料館に展示されている「Hammond Multiplex」は、直線キーボード金属板カバーモデル(Straight Keyboard, Metal Cover Model)です。

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」背面

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」背面

中央の円筒内部に組み込まれたタイプ・シャトルには、30行×3列=90字の活字が埋め込まれています。伊藤事務機の「Hammond Multiplex」のタイプ・シャトルでは、上の列には英小文字と,.-;が、真ん中の列には英大文字と?&!:が、下の列には数字とその他の記号が、それぞれ埋め込まれています。各キーを押すと、タイプ・シャトルの対応する活字が紙の方へと回転移動し、紙の背面からハンマーが打ち込まれることで、紙の前面に印字がおこなわれます。

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」のキーボード

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」のキーボード

伊藤事務機の「Hammond Multiplex」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。キーボード下段の左右端にある「CAP.」キーを押すと、タイプ・シャトルが少し上がって、真ん中の列の活字(英大文字など)が印字されるようになります。キーボード中段の左右端にある「FIG.」キーを押すと、タイプ・シャトルがさらに上がって、下の列の活字(数字とその他の記号)が印字されるようになります。これにより、90種類の文字を打ち分けることができるのです。左側の「CAP.」キーと「FIG.」キーには、それぞれに銀色のロックキーが付いており、「CAP.」ロック、「FIG.」ロックとして使います。キーボード上段右端のキーはバックスペース、そのすぐ左側のキーはマージンリリースです。

なお、「Hammond Multiplex」では、同時に2枚のタイプ・シャトルを、中央の円筒にセットしておくことができます。タイプ・シャトルの切り替えは、円筒の真ん中にあるツマミを、180度回転させることでおこないます。この機構によって、最大180種類の文字を、「Hammond Multiplex」は打ち分けることができるのです。

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安岡孝一(やすおか・こういち)

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タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(8)

2016年 11月 17日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第27回

伊藤事務機タイプライター資料館(7)からつづく)

伊藤事務機の「Oliver No.10」

伊藤事務機の「Oliver No.10」

伊藤事務機タイプライター資料館には、「Oliver No.10」も展示されています。シカゴのオリバー・タイプライター社が、1916年頃から1922年頃にかけて輸出向けに製造したタイプライターです。伊藤事務機の「Oliver No.10」には、「75 QUEEN VICTORIA STREET, LONDON, E.C.」の金文字が入っており、シカゴからロンドン経由で輸出されたと考えられます。同社のタイプライターの特徴は、左右に翼のようにそびえ立った逆U字型の活字棒(というよりは活字翼)であり、「Oliver No.10」も左右それぞれ16本ずつの活字翼を備えています。

伊藤事務機の「Oliver No.10」背面

伊藤事務機の「Oliver No.10」背面

32個のキーからは、左右16個ずつのキーに分かれて、背面の奥に繋がる長いシャフトが伸びています。各シャフトは、それぞれが活字翼に繋がっており、キーを押すと対応する活字翼が打ち下ろされて、プラテンの上に置かれた紙の上面に印字がおこなわれます。これがダウンストライク式という印字機構で、打った文字がその瞬間に見えるのです。また、活字翼が左右にあるので、真ん中に印字された文字が邪魔されずにオペレータから直接見える、という特長があります。

伊藤事務機の「Oliver No.10」の右活字翼

伊藤事務機の「Oliver No.10」の右活字翼

活字翼には、それぞれ活字が3つずつ埋め込まれていて、プラテン・シフト機構により、96種類の文字が印字できます。「CAP」を押すと、プラテンが奥に移動し、大文字が印字されるようになります。「FIG」を押すと、プラテンが手前に移動し、数字や記号が印字されるようになります。

伊藤事務機の「Oliver No.10」キーボード左端

伊藤事務機の「Oliver No.10」キーボード左端

伊藤事務機の「Oliver No.10」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列で、各キーに数字(あるいは記号)・小文字・大文字の3種類の文字が載っています。「Z」の左側のキーには「~」(チルダ)「´」(アキュート)「`」(グレイヴ)、そのさらに左側のキーには「^」(サーカムフレクス)「¨」(ウムラウトあるいはトレマ)「˚」(リング)のアクセント記号が載っています。アクセント記号が載ったこれらのキーは、プラテンを前進させないので、結果として、直後の文字にアクセント記号が重ね打ちされることになります。一方、「C」のキーには、記号側に「ç」が載っていて、「c」にセディユが付いた状態の「ç」を、プラテンを前進させながら印字することになります。

【筆者プロフィール】

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タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(7)

2016年 11月 3日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第26回

伊藤事務機タイプライター資料館(6)からつづく)

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」

「Royal Bar-Lock No.10」は、スピロ(Charles Spiro)が発明した「Bar-Lock」を、コロンビア・タイプライター社がニューヨークとロンドンで製造していたものです。伊藤事務機タイプライター資料館の「Royal Bar-Lock No.10」は、製造番号が99683であることから、ニューヨークで1905年頃に製造されたモデルだと推定されるのですが、背面の銘板には「SOUTHWARK ST. LONDON, S.E」と記されています。

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」背面銘板

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」背面銘板

「Royal Bar-Lock No.10」の特徴は、プラテンの手前に屹立した78本のタイプバー(活字棒)にあります。タイプバーは、それぞれがキーに繋がっていて、キーを押すと、対応するタイプバーがプラテンの上面に打ち下ろされます。このような、タイプバーを打ち下ろす機構のタイプライターを、ダウンストライク式と呼びます。ダウンストライク式タイプライターでは、プラテン上面に置かれた紙の上に印字がおこなわれるので、オペレータが少し上から覗き込めば、印字された文字が直接見えるのです。

「Royal Bar-Lock No.10」のタイプバーをプラテン側から見る

「Royal Bar-Lock No.10」のタイプバーをプラテン側から見る

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」のキーボードは、大文字がQWERTY配列、小文字もqwerty配列で、大文字小文字がそれぞれ別々のキーに配置されています。ただ、本来は「M.R.」(マージンリリース)を含め79個のキーがあるはずなのですが、伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」には、キーが78個しかありません。最下段は本来/’zxcvbnm?,.と並んでいるはずなので、左端の「/」のキーが失われてしまっているようです。

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」キーボード左端

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」キーボード左端

「2」「3」「4」「5」の数字キーは大文字キーの左側に、「6」「7」「8」「9」の数字キーは大文字キーの右側に、それぞれ集められており、「1」と「0」は「I」と「O」で代用します。なお、「9」の右にある「M.R.」は、右端のマージンを越えて印字したい時に使うキーです。そのすぐ下には、金属製の「PARAGRAPH」レバーがあり、段落の行頭の字下げをおこなえるようになっています。この「PARAGRAPH」レバーの存在が、「Royal Bar-Lock No.10」とそれ以前のモデルを見分けるポイントの一つなのです。

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」キーボード右端

伊藤事務機の「Royal Bar-Lock No.10」キーボード右端

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安岡孝一(やすおか・こういち)

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タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(6)

2016年 10月 20日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第25回

伊藤事務機タイプライター資料館(5)からつづく)

伊藤事務機の「Empire Typewriter」

伊藤事務機の「Empire Typewriter」

伊藤事務機タイプライター資料館には「Empire Typewriter」も展示されています。「Empire Typewriter」は、ボストンのキダー(Wellington Parker Kidder)が発明した「Wellington Typewriter」をもとに、モントリオールのウィリアムズ・マニュファクチャリング社が、1896年から1924年頃にかけてライセンス生産していたものです。

プラテン側から見た「Empire Typewriter」

プラテン側から見た「Empire Typewriter」

「Empire Typewriter」の特徴は、スラスト・アクションと呼ばれる独特の印字機構にあります。28個のキーは、それぞれ28個のタイプバーに繋がっており、キーを押すと、対応するタイプバーが、プラテンに向かってまっすぐに飛び出します。プラテンの前面には紙が置かれており、そのさらに前にはインクリボンがあって、まっすぐに飛び出したタイプバーは、紙の前面に印字をおこないます。これがスラスト・アクションという印字機構で、打った瞬間の文字を、オペレータが即座に確認できるのです。

伊藤事務機の「Empire Typewriter」のタイプバー(活字棒)

伊藤事務機の「Empire Typewriter」のタイプバー(活字棒)

活字棒には、それぞれ活字が3つずつ埋め込まれていて、プラテン・シフト機構により、84種類の文字が印字できます。「CAPS」を押すとプラテンが沈んで、大文字が印字されるようになります。「FIGS」を押すとプラテンがもっと沈んで、数字や記号が印字されるようになります。

伊藤事務機の「Empire Typewriter」のキーボード

伊藤事務機の「Empire Typewriter」のキーボード

伊藤事務機の「Empire Typewriter」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列で、28キーに84種類の文字が搭載されています。ただ、分数が1/8刻みであるという点や、数字の「0」のキーが「P」の「FIGS」側ではなく、「M」の右横の「FIGS」側であるという点で、少し変わったキーボードです。また、当時カナダの通貨記号は「$」だったにもかかわらず、「£」が「D」の「FIGS」側に塔載されていることから、この「Empire Typewriter」は、イギリス向けの輸出モデルだったと思われます。その一方、スペースキーが逆T字形ではなく直線的なので、1904年以降に生産されたモデルだと推定されます。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


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