広告の中のタイプライター(34):Harris Visible Typewriter No.4

2018年 6月 14日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Popular Mechanics』1914年4月号

『Popular Mechanics』1914年4月号
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「Harris Visible Typewriter No.4」は、ハリス(De Witt Clinton Harris)率いるハリス・タイプライター社が、1912年頃に発売したタイプライターです。販売は、シアーズ・ローバック社(Sears, Roebuck & Company)が独占しておこなっており、全米に渡ってカタログ通信販売がおこなわれていました。

「Harris Visible Typewriter No.4」は、28キーのフロントストライク式タイプライターです。各キーを押すと、対応する活字棒(type arm)が立ち上がって、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。通常の状態では小文字が印字されますが、「CAP」キー(キーボード下段の左右端)を押すと、タイプバスケットが持ち上がって大文字が印字されるようになります。また、「FIG」キー(中段の左右端)を押すと、タイプバスケットが下がって記号(あるいは数字)が印字されるようになります。キーボード上段のさらに右上の端には「SHIFT LOCK」キーが準備されており、「CAP」キーもしくは「FIG」キーを押しっぱなしにできます。

「Harris Visible Typewriter No.4」のキー配列は、いわゆるQWERTY配列で、各キーに大文字・小文字・記号(あるいは数字)の3種類の文字が配置されています。上段の10個のキーには、大文字のQWERTYUIOPと、小文字のqwertyuiopと、数字の1234567890が、それぞれ配置されており、その右側に「BACK SPACER」キーがあります。中段の9個のキーには、大文字のASDFGHJKLと、小文字のasdfghjklと、記号の@$%^*=/¢#が、それぞれ配置されており、左右の端には「FIG」キーがあります。下段の9個のキーには、大文字側にZXCVBNM&.が、小文字側にzxcvbnm-,が、記号側に()?’”:;_.が、それぞれ配置されており、左右の端には「CAP」キーがあります。ピリオドが重複して収録されているため、28キーで83種類の文字となっています。

この広告の後、ハリス・タイプライター社は、ウィスコンシン州フォンデュラックからイリノイ州シカゴへ本社を移し、社名もレックス・タイプライター社と改めました。レックス・タイプライター社となってからは、シアーズ・ローバック社向けの「Harris Visible Typewriter No.4」を製造しつつ、新たに「Rex Visible Typewriter No.4」を製造販売しはじめたようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


広告の中のタイプライター(33):IBM Electric Typewriter Model A

2018年 5月 31日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Life』1951年9月10日号

『Life』1951年9月10日号
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「IBM Electric Typewriter Model A」は、IBMが1948年に発売した電動タイプライターです。発売当初は、単に「IBM Electric Typewriter」と呼ばれていたのですが、1954年のモデルチェンジに際し、1948年モデルを「Model A」と呼ぶようになりました。

「IBM Electric Typewriter Model A」のキー配列は、「IBM Electromatic」のキー配列をほぼ踏襲していて、42個のキーに82種類の文字が並んでいます。最上段のキーは234567890-と並んでいて、シフト側が@#$%¢&*()_です。すなわち「@」が「2」のシフト側にあって、これがIBMのタイプライターを特徴づけていました。次の段はqwertyuiop½と並んでいて、シフト側がQWERTYUIOP¼です。次の段はasdfghjkl;’と並んでいて、シフト側がASDFGHJKL:”です。最下段はzxcvbnm,./と並んでいて、シフト側がZXCVBNM,.?です。すなわち、コンマとピリオドが、シフト側にもダブって搭載されているため、42個のキーに82種類の文字となるのです。なお、数字の「1」は小文字の「l」で代用することになっていたようです。

「IBM Electric Typewriter Model A」の印字機構はフロントストライク式で、プラテンの手前に42本の活字棒(type arm)が、扇状に配置されています。キーを押すと、対応する活字棒が電動で跳ね上がってきて、プラテンの前面に印字がおこなわれます。この結果、印字される文字の濃さが全て同じとなるのです。印字やシフト機構だけでなく、キャリッジ・リターンも、改行も、タブ機構も、バックスペースも、全て電動でおこなわれます。右端の「RETURN」キーを押すだけで、キャリッジ・リターンと改行が、完全に電動でおこなわれるのです。

1948年発売の時点では、「IBM Electric Typewriter Model A」の文字幅は全て同一で、たとえば「l」も「W」も同じ文字幅で印字されました。これに対し、1949年には「Executive」モデルが追加されました。「Executive」モデルでは、いわゆるプロポーショナル印字が可能となっており、たとえば「l」は狭く、「W」は広く印字することで、さらに読みやすく美しい印字を目指したのです。上の広告には、実際に「Executive」モデルを使って印字した例が示されています。「finish」という単語では、カーニング(fとiの間を詰める)こそおこなわれていないものの、「i」が狭く印字されていることが、はっきりと読み取れます。

「Executive」モデルの発表とともに、従来のモデルは「Standard」モデルと呼ばれるようになりました。「Executive」モデルでは、プロポーショナル印字と、同一文字幅印字の両方が可能だったのですが、プラテンの横移動幅が変わるだけで、活字が切り替わるわけではありません。活字棒の取り替えも可能だったものの、「Executive」モデルでの同一文字幅印字は、どうしても間延びした感じになってしまうため、伝票作成などの用途には「Standard」モデルが好まれたようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(32):Remington Standard Typewriter No.2

2018年 5月 17日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Illustrated Phonographic World』1893年11月号

『Illustrated Phonographic World』1893年11月号
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「Remington Standard Typewriter No.2」は、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社が1882年に発売したタイプライターです。E・レミントン&サンズ社の「Remington Type-Writer No.2」を継承したもので、発売当初は「Remington Standard Type-Writer No.2」だったのですが、上の広告の時点ではレミントン・スタンダード・タイプライター社が製造をおこなっており、ブランド名もハイフンなしの「Remington Standard Typewriter No.2」になっていました。

「Remington Standard Typewriter No.2」は、いわゆるアップストライク式タイプライターです。プラテンの下に、38本の活字棒(type bar)が円形に配置されていて、キーを押すと、対応する活字棒が跳ね上がってきます。活字棒は、プラテンの下に置かれた紙の下にインクリボンごと叩きつけられ、紙の下側に印字がおこなわれます。打った文字をその場で見ることはできず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。活字棒の先には、活字が2つずつ埋め込まれていて、プラテンの位置によって、大文字と小文字が打ち分けられます。「Upper Case」キーを押すと、プラテンが機械後方(オペレータから見て奥)へ移動し、その後は大文字や記号が印字されます。「Lower Case」キーを押すと、プラテンが機械前方(オペレータから見て手前)へ移動し、その後は小文字や数字が印字されます。また、キーボードの左上方には、取り外し可能なバネが付いており、このバネによって「Lower Case」キーを不要にできます。このバネを使うと、「Upper Case」キーを離した瞬間、バネの力でプラテンが機械前方に戻ってくるので、「Lower Case」キーを押す必要が無くなるのです。

1882年12月時点の「Remington Standard Type-Writer No.2」のキー配列

「Remington Standard Typewriter No.2」の基本キー配列は、上に示すようなQWERTY配列でした。「Remington Type-Writer No.2」と比べると、「M」が「L」の右横から「N」の右横へと移されており、「C」と「X」が入れ替えられていたのです。なお、数字の「1」は小文字の「l」で、数字の「0」は小文字の「o」で、それぞれ代用することになっていました。

上の広告によれば、1892年の時点でウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社は、「Remington Standard Typewriter No.2」を年間3万台、売り上げていました。多少の誇張は含まれるものの、トップシェアだったことは間違いなく、それは、アメリカじゅうにQWERTY配列を広めていく結果となったのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(31):Emerson No.3

2018年 4月 26日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Popular Mechanics』1911年8月号

『Popular Mechanics』1911年8月号
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「Emerson No.3」は、エマーソン・タイプライター社が1909年に発売したタイプライターです。設計はウーリッグ(Richard William Uhlig)がおこなったのですが、上の広告の時点では、ウーリッグはエマーソン・タイプライター社を離れており、シアーズ・ローバック社のローバック(Alvah Curtis Roebuck)がエマーソン・タイプライター社を率いていました。

「Emerson No.3」の特徴は、ロータリー・アクションと呼ばれる独特の印字機構にあります。プラテンの前には、左右に14本ずつ、合わせて28本の活字棒(type bar)が配置されています。各キーを押すと、対応する活字棒が真横に飛び出して、円弧を描きながらプラテンへと向かいます。プラテンの前面には紙が挟まれており、そのさらに前にはインクリボンがあります。飛び出した活字棒は、中心角が約90度の円弧軌道を描きつつ、プラテンの中央の印字点で、紙の前面に印字をおこなうのです。

活字棒の先には、それぞれ上中下3つずつの活字が、ほぼ真横を向いて埋め込まれています。上段の活字は大文字、中段の活字は小文字、下段の活字は数字や記号です。通常の状態では小文字が印字されるのですが、キーボード左端の「CAPS」キーを押すと、活字棒全体が下がって、大文字が印字されるようになります。あるいは「FIG」キーを押すと、活字棒全体が上がって、数字や記号が印字されるようになります。この機構により、28本の活字棒で、最大84種類の文字が打てるようになっているのです。

「Emerson No.3」のキーボードは、基本的にはQWERTY配列で、上段の記号側には1234567890が、中段の記号側には@$%&#£/-_が、下段の記号側には()?’”:;,.が、それぞれ並んでいます。コンマとピリオドは、大文字や小文字でも下段の同じキーに配置されており、結果として80種類の文字が収録されています。「L」のすぐ右にあるのは、バックスペースキーです。上段のさらに上にある「70」「60」「50」「30」「20」「10」はタブキーで、数字で示された文字数のカラム位置へ、プラテンを移動させます。真ん中の「R.S.」キーは、黒赤インクリボンの切り替えです。

上の広告の直後に、ローバックは、エマーソン・タイプライターを社名変更し、ローバック・タイプライター社としました。その後もローバック・タイプライター社は、「Emerson No.3」を製造販売し続けましたが、1914年にウッドストック・タイプライター社へと社名変更するに至って、「Emerson No.3」の製造を終了したようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(30):Brother Valiant JPI-121

2018年 4月 12日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『朝日ジャーナル』1964年4月26日号

『朝日ジャーナル』1964年4月26日号
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「Brother Valiant JPI-121」は、ブラザー工業が1961年に発売した「Brother Valiant JPI-111」の後継機にあたります。元々は輸出用に開発された「Brother Valiant JPI-111」ですが、日本国内でのタイプライター需要も高まってきたことから、改良型の「Brother Valiant JPI-121」を1962年に発売したのです。

「Brother Valiant JPI-121」は、44キーのフロントストライク式タイプライターです。プラテンの手前に44本の活字棒(type arm)が配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒がプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。複数のキーを同時に押すと、複数の活字棒が印字点で衝突して引っかかってしまい、そのまま動かなくなるという欠点はあったものの、印字の強さを左端のレバーで設定(HはHeavy、LはLight)できるなど、小型の機械式タイプライターとしては、かなり高い性能を誇っていたようです。

「Brother Valiant JPI-121」のキー配列は、上の広告に見える英文標準配列が基本です。これに加え、ユニバーサル配列(英・独・仏語兼用)、ドイツ語配列、スペイン語配列、ローマ字配列、カナ英文コンビ配列なども、受注生産していました。中でもカナ英文コンビ配列は、カタカナ46字と濁点・半濁点・長音・句点・読点に加え、英大文字26字・数字8字・左カッコ・右カッコ・スラッシュからなる88字のキー配列で、日本国内での需要に合わせたものです。カナ英文コンビ配列の最上段は、シフト側がム23456789()-と、カタカナ側がメフアウエオヤユヨワホヘと並んでいます。次の段は、左端にマージンリリースキー、右端にバックスペースキーがあって、シフト側がQWERTYUIOP゚と、カタカナ側がタテイスカンナニラゼと並んでいます。その次の段は、左端にシフトロックキーがあって、シフト側がASDFGHJKLソ/と、カタカナ側がチトシハキクマノリレケと並んでいます。最下段は、両端にシフトキーがあって、シフト側がZXCVBNMヌロ,と、カタカナ側がツサヲヒコミモネル.と並んでいます。カナ英文コンビ配列では、数字の「1」は英大文字の「I」で、数字の「0」は英大文字の「O」で、それぞれ代用することが想定されていたようです。

ブラザー工業は、1964年に開催された東京オリンピックのプレスセンターで、「Brother Valiant JPI-121」など約300台のタイプライターを、外国人記者たちに無償で提供しました。その後もブラザー工業は、新たなモデルの発表を続け、国産タイプライターのトップシェアを、維持し続けたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(29):Hartford Typewriter

2018年 3月 29日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Art Education』1895年4月号

『Art Education』1895年4月号
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「Hartford Typewriter」は、ハートフォード・タイプライター社が、1894年に製造・販売を開始したタイプライターです。当時、コネティカット州ハートフォードでは、アメリカン・ライティング・マシン社が「Caligraph No.2」を製造・販売していたのですが、同社にいたフェアフィールド(John M. Fairfield)が中心となって、新たなタイプライター会社であるハートフォード・タイプライター社を設立しました。そのため、ハートフォード・タイプライター社は、本社をニューヨークに置いていたものの、生産拠点はハートフォードにありました。

「Hartford Typewriter」のキーボードは、76個のキーが6段に並んでいます。キー配列は基本的にはQWERTYですが、大文字小文字それぞれに別々のキーが準備されています。キーボード最上段は“QWERTYUIOP()と並んでおり、次の段は&ASDFGHJKL:$/と、その次の段は2ZXCVBNM?_·6と、その次の段は3qwertyuiop78と、その次の段は4asdfghjkl;9と、最下段は5zxcvbnm,.’%と並んでいます。数字の0は大文字の「O」で、数字の1は大文字の「I」か小文字の「l」で、それぞれ代用したようです。

「Hartford Typewriter」の活字棒(type bar)は76本あり、それら76本が全て、プラテンの下に円形にぐるりと配置されていました。各キーを押すと、対応する活字棒が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテンの下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。「Hartford Typewriter」は、いわゆるアップストライク式タイプライターで、印字の瞬間には、印字された文字を見ることができませんでした。

「Hartford Typewriter」の最大の売りは、50ドルという低価格にありました。当時のタイプライターとしては、破格ともいえる値段だったのです。しかも、次のモデルである「Hartford Typewriter No.2」においても、ハートフォード・タイプライター社は、この低価格路線を維持しました。ただし、資金繰りは非常に苦しく、開発費などを捻出できなかったのか、「Hartford Typewriter No.2」は「Hartford Typewriter」とほとんど同一の設計だったようです。

『Frederick News』1897年1月29日号

『Frederick News』1897年1月29日号
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安岡孝一(やすおか・こういち)

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広告の中のタイプライター(28):Royal Futura 800

2018年 3月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

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『Life』1958年10月号

『Life』1958年10月号
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「Royal Futura 800」は、ロイヤル・タイプライター社が1958年に発売したタイプライターです。「Futura」という名称は、ドイツのレンナー(Paul Friedrich August Renner)が1927年に発表した活字書体「Futura」にちなんでいて、「フトゥーラ」と発音するようです。ただし、「Royal Futura 800」に搭載されている活字は「Futura」ではなく、「Royal Typewriter Elite」とよばれる等幅(1インチあたり12字)活字です。

「Royal Futura 800」の印字機構は、フロントストライク式と呼ばれるものです。プラテンの手前に44本の活字棒(type arm)が配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒がプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。複数のキーを同時に押すと、複数の活字棒が印字点で衝突して引っかかってしまい、そのまま動かなくなるという欠点はあったものの、印字の強さ(すなわちキーの重さ)を各個人に合わせて設定できる点など、機械式のタイプライターとして十分な利点があったようです。

「Royal Futura 800」のキー配列は、いわゆるQWERTY配列です。各キーにはそれぞれ2種類の文字が対応しており、キーボード最下段両端のシフトキーで、大文字小文字を打ち分けます。活字棒の先には、それぞれ2種類の活字が埋め込まれており、シフトキーを押すと、活字棒全体が下に沈んで、大文字が印字されるようになります。シフトキーを離すと、活字棒全体が上に戻って、小文字が印字されるようになります。これにより、44キーで88種類の文字が印字できるのです。なお、キーボード最上段の小文字側は1234567890-=と並んでおり、数字を他の文字で代用する必要はありません。

「Royal Futura 800」の最大の売りは、必要な数だけ設定できるタビュレーション機構にあります。フロントパネル右端の「TAB SET」ボタンを押すだけで、現在位置にタブ・カラムを設定できるのです。設定したタブ・カラムへの移動は、キーボード上段右端の「TAB」キーでおこないます。打っている最中に新たなタブ・カラムを追加設定することもできますし、逆に設定したタブ・カラムを解除するのは、フロントパネル左端の「TAB CLEAR」ボタンでおこなえます。端的には「TAB SET」と「TAB CLEAR」で、複数のタブ・カラムをその場その場で、自由に追加・解除できるのです。ちなみに、全てのタブ・カラムを解除するには、「TAB CLEAR」を押しっぱなしにしながら、「TAB」キーを解除すべき回数だけ押す、という操作で可能となっています。

これに加え、プラテン奥の両側(上の広告の❻)の赤い「Magic Margin」ボタンが、「Royal Futura 800」の特徴です。タブ・カラムと同様、現在位置にマージン・ストップ(印字位置の端)を設定できるのが、この「Margic Margin」ボタンです。すなわち、印字位置の左端は左側の「Magic Margin」ボタンで、右端は右側の「Magic Margin」ボタンで、それぞれ設定するのです。設定したマージン・ストップを、一瞬だけ超えなければならない場合は、キーボード中段右端の「MAR REL」(マージン・リリース)を押すことになります。

これだけ複雑な機構を、「Royal Futura 800」は全て機械仕掛けで実現していました。電気がなくても印字可能なポータブル・タイプライターという点で、「Royal Futura 800」は時代の最先端を行く機械だったのです。

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広告の中のタイプライター(27):New Yost

2018年 3月 1日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

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『Century Magazine』1892年10月号

『Century Magazine』1892年10月号
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「New Yost」は、ヨスト(George Washington Newton Yost)率いるヨスト・ライティング・マシン社が、1890年頃に発売したタイプライターです。アップストライク式に分類されるタイプライターですが、リバース・グラスホッパー・アクションと呼ばれる独自の印字機構を備えており、インクリボンは無く、インクを活字に塗布する点が特徴的です。

「New Yost」の78個のキーは、基本的にQWERTY配列ですが、大文字小文字にそれぞれ別々のキーが割り当てられていて、シフト機構はありません。標準的なキー配列では、最上段のキーは()%/_#“”と並んでおり、次の段は123456789$と、その次の段はQWERTYUIOPと、その次の段はASDFGHJKL’と、その次の段はZXCVBNM&;:と、その次の段はqwertyuiopと、その次の段は!asdfghjklと、最下段は?zxcvbnm,.と並んでいます。数字の「0」は、大文字の「O」で代用することが想定されていました。

78本の活字棒(typebar)は、中央の円筒の内側に、グルリと円形に配置されています。円筒内側の上端にはインクが塗られており、活字棒の先に埋め込まれた活字が、常にインクを補充する仕掛けになっています。キーを押すと、対応する活字棒が内側へと傾き、活字が円筒を離れます。活字は、いったん下方に下がったあと、中央のアライメント・ターゲットめがけて打ち上がります。活字棒の動きが、バッタの跳び方を上下逆にしたようなものであることから、リバース・グラスホッパー・アクションと呼ばれているのです。アラインメント・ターゲットを中心とするこの機構によって、紙に印字された文字がきれいに一直線に並ぶのです。ただし、印字は、プラテンの下に置かれた紙の下面におこなわれるので、印字した瞬間にはオペレータから見えません。プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。

「New Yost」は、リバース・グラスホッパー・アクションという巧妙な機構により、アラインメントの揃った美しい印字を実現していました。その反面、この機構は故障が多く、頻繁なメンテナンスが必要でした。また、円筒内側のインクも、常に補充が必要だったことから、「New Yost」それ自体の評価は、当時、必ずしも高くはなかったようです。

『North American Review』1897年6月号

『North American Review』1897年6月号
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京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(26):Underwood Golden Touch Electric

2018年 2月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Life』1956年11月26日号

『Life』1956年11月26日号
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「Underwood Golden Touch Electric」は、アンダーウッド社が1956年に発売した電動タイプライターです。この当時、アンダーウッド社の主力製品は、「Underwood Golden Touch Portable」「Underwood Golden Touch Standard」「Underwood Golden Touch Electric」といずれもGolden Touchを売りにしていて、「Underwood Golden Touch Electric」は、その最上位機種にあたるものでした。

「Underwood Golden Touch Electric」の特徴は、各キーの形にあります。半月形というか、ハート型を少し丸めたようなキートップは、爪を長くしていてもキーにひっかからない、という考慮のもとでデザインされています。各キーのストロークは、かなり小さ目に設計されていて、その意味でも「指に優しい」タイプライターです。キー配列は基本的にQWERTYで、最上段のキーは、小文字側に234567890-=が、大文字側に“#$%*&’()_+が配置されています。すなわち「2」のシフト側に「」があり、その一方「@」は、キーボード中段の大文字側にASDFGHJKL:@と並んでいます。

「Underwood Golden Touch Electric」は、電動タイプライターですが、印字機構そのものはフロントストライク式です。プラテンの手前には、43本の活字棒(type arm)が扇状に配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒が電動でプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。ただし、複数のキーを同時に押しても、活字棒は1本だけしか動かず、ジャミングは避けられるようになっていました。また、キーボードの左右の端には、キャリッジ・リターン・レバーがあり、電動でプラテンを戻す仕掛けになっていました。空白、タブ、バック・スペース、黒赤インク・リボンの切り替えなど、ほぼ全ての機構が電動だったのです。ただし、シフト機構に関しては、左右のシフトキーを押すことで、タイプ・バスケット全体が下がる仕掛けになっていました。

なお、翌1957年、アンダーウッド社は、GoldenとTouchの間にハイフンを入れ、「Underwood Golden Touch Electric」を「Underwood Golden-Touch Electric」に改称しています。ハイフン無しの「Golden Touch」では商標を登録できなかったらしく、下の広告も含め、これ以後「Golden-Touch」で統一したようです。

『Life』1957年4月1日号

『Life』1957年4月1日号
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安岡孝一(やすおか・こういち)

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広告の中のタイプライター(25):Rem-Sho Typewriter No.2

2018年 2月 1日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

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『Typewriter World』1898年4月号

『Typewriter World』1898年4月号
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「Rem-Sho Typewriter No.2」は、シカゴのレミントン・ショールズ社が、1898年に製造を開始したタイプライターです。レミントン・ショールズ社は、レミントン(Philo Remington)の甥フランクリン(Franklin Remington)と、ショールズ(Christopher Latham Sholes)の息子ザルモン(Zalmon Gilbert Sholes)が率いるタイプライター会社で、1896年に「Remington-Sholes Typewriter」を発売しています。「Rem-Sho Typewriter No.2」は、その後継にあたるタイプライターで、上の広告にもあるとおり、販売をハウ・スケール社に委託していました。

「Rem-Sho Typewriter No.2」は、38キーのアップストライク式タイプライターです。タイプバスケットに円形に配置された38本の活字棒は、それぞれがキーにつながっており、キーを押すと、対応する活字棒が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。打った文字をその場で見ることはできず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。活字棒の先には、活字が2つずつ埋め込まれていて、キーボード左下の「CAP」キーを押し下げると、タイプバスケット全体が手前にシフトし、大文字が印字されるようになります。「CAP」キーを離すと、タイプバスケット全体が奥にシフトし、小文字が印字されるようになります。「CAP」キーのすぐ上には、「CAP」をロックするための小さなキーがあります。

「Rem-Sho Typewriter No.2」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。最上段のキーは、大文字側に“#$%_&’()が、小文字側に23456789-が、それぞれ配置されています。その次の段は、大文字側にQWERTYUIOPが、小文字側にqwertyuiopが配置されています。その次の段は、大文字側にASDFGHJKL:が、小文字側にasdfghjkl;が配置されています。最下段は、大文字側にZXCVBNM?.が、小文字側にzxcvbnm,/が配置されています。筐体の右側に見える七角形のノブには、「RLRLR」と記されています。このノブは、インクリボンの進行方向を変えるもので、「R」に合わせるとインクリボンは右へ、「L」に合わせるとインクリボンは左へ、それぞれ動いていきます。1本のインクリボンを、全部で5回(2往復半)使うための仕掛けです。インクリボンの幅は35mm(1インチ3/8)もあって、片道ごとに7mm幅ずつ使うよう、「RLRLR」で少しずつインクリボンの位置が前後にずれる仕組みになっています。

レミントン・ショールズ社は、レミントン・スタンダード・タイプライター社とは直接の関係がなく、しかも1901年には商標訴訟に負けています。その結果、レミントン・ショールズ社は、フェイ・ショールズ社に社名を変更し、「Rem-Sho Typewriter No.2」も「Fay-Sholes Typewriter No.2」に改称せざるを得なかったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


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