広告の中のタイプライター(7):Underwood Standard Typewriter No.5

2017年 5月 18日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Rotarian』1922年9月号

『Rotarian』1922年9月号(写真はクリックで拡大)

「Underwood Standard Typewriter No.5」は、ワーグナー・タイプライター社が1900年6月に発売したタイプライターです。ワーグナー・タイプライター社は、ワーグナー親子(Franz Xaver Wagner & Herman Lewis Wagner)が、アンダーウッド(John Thomas Underwood)と共に設立した会社で、設立当初からフロントストライク式タイプライターのみをターゲットに、開発・製造をおこなってきていました。「Underwood Standard Typewriter No.5」の爆発的ヒットにより、ワーグナー・タイプライター社は、傘下のアンダーウッド・タイプライター・マニュファクチャリング社をアンダーウッド・タイプライター社に改組し、さらに、ワーグナー・タイプライター社をアンダーウッド・タイプライター社に吸収合併しました(1903年1月29日)。その後、約30年間に渡り、アンダーウッド・タイプライター社は、「Underwood Standard Typewriter No.5」を製造・販売し続けたのです。

「Underwood Standard Typewriter No.5」は、42キーのフロントストライク式タイプライターで、円弧状に配置された42本の活字棒(type arm)が特徴的です。各キーを押すと、対応する活字棒が立ち上がって、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。30年以上に渡る歴史の中で、様々なキー配列の「Underwood Standard Typewriter No.5」が製造されたのですが、基本的にはQWERTY配列のものが多く、また、最上段の数字キーは234567890-と並んでいるのが基本配列でした。最下段の「Z」の左横と、「/」の右横には、それぞれ「SHIFT KEY」が配置されています。通常の状態では小文字が印字されるのですが、「SHIFT KEY」を押すとプラテンが持ち上がって、大文字が印字されるようになります。右側の「SHIFT KEY」の上には「SHIFT LOCK」キーがあり、「SHIFT KEY」を下げたままにできるようになっています。最上段の「-」の右横には「TABULATOR」キーが、「2」の左上には「BACKSPACER」キーがあります。

上の広告に掲載されている「Underwood Standard Typewriter No.5」は、黒赤2色のインクリボンが使えるモデルで、黒赤を切り替えるボタンが、「TABULATOR」キーのさらに上に付いています。この切り替えボタンは、左右にシーソーの形になっていて、左を下げると黒い文字が、右を下げると赤い文字が、それぞれ印字されます。ちなみに、初期の「Underwood Standard Typewriter No.5」には、この切り替えボタンが付いておらず、黒一色での印字だったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


広告の中のタイプライター(6):Rex Visible Typewriter No.4

2017年 4月 27日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Popular Mechanics』1915年12月号

『Popular Mechanics』1915年12月号(写真はクリックで拡大)

「Rex Visible Typewriter No.4」は、ハリス(De Witt Clinton Harris)率いるレックス・タイプライター社が、1915年から1922年にかけて製造販売したタイプライターです。ハリスはそれまで、ウィスコンシン州フォンデュラックのハリス・タイプライター社で、「Harris Visible Typewriter No.4」などを製造していましたが、シカゴに本社を移した時点でレックス・タイプライター社に社名を変え、「Rex Visible Typewriter No.4」を製造販売しはじめました。

「Rex Visible Typewriter No.4」は、28キーのフロントストライク式タイプライターです。キー配列はいわゆるQWERTY配列で、各キーに大文字・小文字・記号(あるいは数字)の3種類の文字が配置されています。上段の10個のキーには、大文字のQWERTYUIOPと、小文字のqwertyuiopと、数字の1234567890が、それぞれ配置されており、その右側に「BACK SPACER」キー(上の広告では赤字の6)があります。中段の9個のキーには、大文字のASDFGHJKLと、小文字のasdfghjklと、記号の@$%^*=/¢#が、それぞれ配置されており、左右の端には「FIG」キーがあります。下段の9個のキーには、大文字側にZXCVBNM&.が、小文字側にzxcvbnm-,が、記号側に()?’”:;_.が、それぞれ配置されており、左右の端には「CAP」キーがあります。

28個の各キーを押すと、対応する活字棒(type arm)が立ち上がって、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。通常の状態では小文字が印字されますが、「CAP」キーを押すとタイプバスケットが持ち上がって大文字が、「FIG」キーを押すとタイプバスケットが下がって記号や数字が、それぞれ印字されます。「SHIFT LOCK」キー(上の広告では赤字の5)も準備されており、「CAP」キーもしくは「FIG」キーを押しっぱなしにできます。黒赤2色のインクリボンにより2色の印字が可能で、それを強調すべく、上の広告も2色刷りです。黒赤の切り替えは、本体右側のツマミ(上の広告では赤字の4)でおこないます。また、上の広告で赤字の3で示されているのは、改行幅を変更するためのレバーで、シングル・1½・ダブルスペーシングが設定可能だったようです。

この時点のレックス・タイプライター社は、自前の販売網を持たず、広告で各地の代理店を募る、という状態でした。ハリス・タイプライター社の時代には、シアーズ・ローバック社(Sears, Roebuck & Company)が代理店を務めており、全米に渡ってカタログ通信販売がおこなわれていたのですが、レックス・タイプライター社は、シアーズ・ローバック社以外の独自販路を開拓する、という経営判断をおこなったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(5):Oliver No.9

2017年 4月 13日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Popular Science Monthly』1919年2月号

『Popular Science Monthly』1919年2月号(写真はクリックで拡大)

「Oliver No.9」は、シカゴのオリバー・タイプライター社が、1915年から1922年頃にかけて製造したタイプライターです。この時期のオリバー・タイプライター社は、奇数No.を国内向けモデル、偶数No.を輸出向けモデルとしていました。この「Oliver No.9」はアメリカ国内向けであり、次の「Oliver No.10」は輸出向けでした。

「Oliver No.9」は、28キーのダウンストライク式タイプライターで、左右に14個ずつ翼のようにそびえ立った活字棒(というよりは活字翼)が特徴的です。28個のキーからは、左右14個ずつのキーに分かれて、背面の奥へとシャフトが伸びています。各シャフトは、それぞれが活字翼に繋がっており、キーを押すと対応する活字翼が打ち下されて、プラテンの上に置かれた紙の上面に印字がおこなわれます。これにより、打った文字がその瞬間に見えるのです。28個の活字翼には、それぞれ活字が3つずつ埋め込まれていて、プラテン・シフト機構により、84種類の文字が印字できます。キーボード下段の左右端にある「CAP」を押すと、プラテンが奥に移動し、大文字が印字されるようになります。キーボード中段の左右端にある「FIG」を押すと、プラテンが手前に移動し、数字や記号が印字されるようになります。この活字翼と印字機構は、創業者オリバー(Thomas Oliver)の発明によるものですが、オリバーは1909年2月9日に亡くなっており、「Oliver No.9」そのものにはタッチしていません。

「Oliver No.9」は、重さが約28ポンド(13キログラム)もあり、当時としても、かなり重たいタイプライターでした。そのためか、本体下部の左右には、持ち上げるための取っ手がついています。また、2色インクリボン(通常は赤と黒)を装着可能だったのですが、それは、上の広告からは読み取れません。ちなみに、右活字翼の枠の上に付いているのは、ペンホルダーです。

「打った文字がその瞬間に見える」タイプライターは、1910年代には、もはや珍しくなくなっていました。「Oliver No.9」は、その意味では時代遅れになりつつあったのです。「Oliver No.9」の発売当時の価格は100ドルだったのですが、1917年には49ドルに値下げし、1919年には57ドルに値上げしています。上の広告にもあるとおり、月々3ドルずつの月賦払いも可能でした。ただ、月々3ドルだと、総額49ドルでは割り切れないので、割り切れる57ドルに値上げしたのだろうか、という憶測も働いてしまいます。また、57ドルはアメリカ国内向けの価格で、対カナダ向けは72ドルだったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(4):Hammond Multiplex

2017年 3月 30日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Time』1925年4月6日号

『Time』1925年4月6日号(写真はクリックで拡大)

創業者のハモンド(James Bartlett Hammond)が1913年1月27日に死去し、ハモンド・タイプライター社の経営は、当時29才だったベッカー(Neal Dow Becker)の手に委ねられました。ベッカーは、ハモンドが残した技術のうち、タイプ・シャトルと呼ばれる印字機構を中心に、「Hammond Multiplex」を完成・発売しました。

「Hammond Multiplex」には、キーボードが曲がっている(Curved Keyboard)モデルと、キーボードが直線的な(Straight Keyboard)モデルがあり、いずれも1913年に製造を開始しました。その後1916年には、筐体の上面を金属板のカバーでくるんだ(Metal Cover)モデルになりました。上の広告に掲載されている「Hammond Multiplex」は、直線キーボード金属板カバーモデル(Straight Keyboard, Metal Cover Model)です。キーボードの上段が13キー、中段が12キー、下段が12キーなので、下段の左右端が「CAP.」キー、中段の左右端が「FIG.」キー、上段の左端がロックキー、上段の右端のキーがバックスペース、そのすぐ左側のキーがマージンリリースだと考えられます。「Hammond Multiplex」には、「CAP.」と「FIG.」のロックキーがそれぞれ独立しているモデルもあるのですが、この広告のモデルでは一体化しているようです。

中央の円筒内部に組み込まれたタイプ・シャトルには、30行×3列=90字の活字が埋め込まれています。タイプ・シャトルの3列の活字のうち、下の列には「FIG.」に対応する数字その他の記号が、真ん中の列には「CAP.」に対応する英大文字等が、上の列には英小文字等が、それぞれ埋め込まれています。残る30個の各キーを押すと、タイプ・シャトルの対応する活字が紙の方へと移動し、紙の背面からハンマーが打ち込まれることで、紙の前面に印字がおこなわれるのです。また、円筒内部には、2枚のタイプ・シャトルをセットしておくことができます。タイプ・シャトルの切り替えは、円筒の真ん中にあるツマミを、180度回転させることでおこないます。この機構により、「Hammond Multiplex」は、最大180種類の文字を打ち分けることが可能でした。

ただし、1920年代においては、フロントストライク式タイプライターが全盛を極めていて、「Hammond Multiplex」のタイプ・シャトル機構は、すでに時代遅れとなっていました。紙の背面からハンマーを打ち込む機構では、紙の厚みによって印字の濃さが左右され、そもそも分厚い紙への印字が不可能です。ベッカーは、フェデラル・アディング・マシン社を1921年に買収し、同社のフロントストライク式タイプライター「Federal Visible」の技術を、「Hammond Multiplex」に援用すべく試みたようです。しかしながら、現実には、ハモンド・タイプライター社において、フロントストライク式の技術が実用化されることはありませんでした。

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安岡孝一(やすおか・こういち)

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広告の中のタイプライター(3):Remington Noiseless No.10

2017年 3月 16日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Fortune』1934年2月号

『Fortune』1934年2月号(写真はクリックで拡大)

1927年2月9日、レミントン・タイプライター社はランド・カーデックス社などと合併し、レミントン・ランド社になりました。レミントン・ランド社のタイプライター部門は、基本的にそれまでのレミントン・タイプライター社のモデルを踏襲しましたが、1933年3月のタイプライター60周年イベントと前後して、新たなモデルを発表しました。1933年12月に発売された「Remington Noiseless No.10」も、その1つです。「Remington Noiseless No.10」は、42キーのフロントストライク式タイプライターで、「Noiseless」の名の通り、静かさを売りにしていました。アーム(type arm)とプラテンの間が近接していて、印字の際の音が小さくなっており、さらにアームの上にカバーをかぶせることで、音が部屋に響かないよう設計されていたのです。

「Remington Noiseless No.10」のキー配列は、基本的にQWERTYです。キーボードの最下段の左右の端に「SHIFT KEY」が配置されており、それぞれ少し上に「SHIFT LOCK」があって、いずれのキーもプラテンを上下させることで、大文字小文字を打ち分けます。キーボードの最上段は、234567890-のシフト側に“#$%_&’()*が配置されているのが、上の広告から見て取れます。数字の「1」にあたるキーは無く、小文字の「l」で代用したようです。「2」の左側にあるキーは「BACK SPACE」(1文字戻す)、「-」の右上に少し離れているキーは「MARGIN RELEASE」(右端のマージンを越えてさらに右側に打つ)です。「3」と「0」のすぐ上にある赤いキー(広告はモノクロ)は、それぞれ「CLEAR KEY」と「SET KEY」で、タブ位置の解除と設定をおこないます。設定したタブ位置への移動は、「CLEAR KEY」と「SET KEY」の間にある長い「TABULATOR」キーでおこないます。「TABULATOR」キーのすぐ上にある金属製のツマミは、印字濃度を変化させます。ツマミを左端の0にすると、印字が薄くなり、その結果として、印字音が小さくなります。逆にツマミを右端にすると、印字音は大きくなりますが印字が濃くなり、カーボン紙を挟んだ複数枚の紙に印字できるようになります。

当時、レミントン・ランド社は、CBS(Columbia Broadcasting System)の金曜夜のラジオ番組『March of Time』に、スポンサーの1つとして名を連ねていました。番組の終わりには、もちろん「Remington Noiseless No.10」の広告も流れました(音声)。ただ、静かさが売りのはずの「Remington Noiseless No.10」を、どのようにしてラジオというメディアで広告するのか、なかなかに苦労があったようです。

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広告の中のタイプライター(2):Royal KMM

2017年 3月 2日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

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『Life』1942年10月26日号(写真はクリックで拡大)

18台の「Royal KMM」を前に演説する男。演説台には、アメリカ海軍を象徴するかのような白頭鷲の模型と、アメリカ国旗をデフォルメした装飾。左上には「A message to the typewriters we sold before Pearl Harbor」の文字。18台の「Royal KMM」のラインフィード・レバーは、あたかも右腕を振り上げているかのようです。この広告は、何を意味しているのでしょう。

「Royal KMM」は、ロイヤル・タイプライター社が1938年に発売したフロントストライク式タイプライターです。それまでのロイヤル・タイプライター社のモデルと異なり、インクリボンが剥き出しになっておらず、金属製のカバーに「ROYAL」のロゴが特徴的です。キー数は42で、基本的にはQWERTY配列です。ただし、映画『ドボラック簡素化タイプライターキーボードにおける動作研究』(A Motion Study of the Dvorak Simplified Typewriter Keyboard)には、ドボラック式配列の「Royal KMM」も登場するので、他のキー配列もオプションで注文可能だったと考えられます。

1941年12月7日、日本軍はハワイ真珠湾(Pearl Harbor)を奇襲攻撃し、日米は開戦しました。これに伴い、ロイヤル・タイプライター社は、「Royal KMM」など民間向けタイプライターの生産を停止、軍需向け「Royal Arrow Portable」の生産に注力することになりました。そんな中、ロイヤル・タイプライター社は、いわゆる愛国主義的な広告を、各誌に掲載しました。その一つが、上の広告です。「A message to the typewriters we sold before Pearl Harbor」(真珠湾以前に我々が販売したタイプライターへのメッセージ)と題するこの広告は、その名のとおり、1941年以前にロイヤル・タイプライター社が販売したタイプライターに向けたメッセージでした。

12月7日以前に我々が販売した全てのロイヤル・タイプライターたちよ、聴き給え。君たちのもとには、今まさに「本当の仕事」がある。君たちは、この戦争が終わるその日まで、踏ん張ってもらわねばならない。君たちは、アメリカのビジネスにおける極めて重要な一翼を担っているとともに、しばらくの間、君たちの後釜となるマシンは無い。というのも、我々は今、軍需品の生産に忙殺されているからだ。

君たちが堂々と仕事をおこなえるよう、君たちには、かの有名な、信頼すべき、ロイヤルのサービスがついている。君たちが今現在どれほど古びてしまっているとしても、どれほど長期に渡って酷使されてきたとしても、今後も君たちは使わなければならない。この戦争に勝つまでは!

実際、1945年末まで、「Royal KMM」の生産は再開されませんでした。アメリカの対日戦争を、このような形で、ロイヤル・タイプライター社は支えていたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

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広告の中のタイプライター(1):IBM Electromatic

2017年 2月 16日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

19世紀末から20世紀にかけて、一世を風靡したタイプライター。21世紀の今は、ほとんど実物を目にすることが無くなりました。そんなタイプライターを、当時の雑誌や新聞の広告から拾い上げるのが、この連載「広告の中のタイプライター」。タイプライターが日常生活の一部だった時代を、ちょっとだけ覗いてみましょう。

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『Fortune』1934年2月号(写真はクリックで拡大)

1933年6月20日、IBM (International Business Machines Corporation)は、エレクトロマチック・タイプライターズ社を買収、同社の「Electromatic」をIBMブランドとして販売しはじめました。「IBM Electromatic」は「ALL ELECTRIC」(完全電動)を売りにしていて、広告にも「電気」をイメージした「ビカビカの雷マーク」が青く描かれています。全ての動作がキーボード上のキーで電気的におこなわれる、というのが「IBM Electromatic」の売りで、すなわち、各文字の印字やシフト機構だけでなく、キャリッジ・リターンも、改行も、タブ機構も、バックスペースも、全てが電動だったのです。

「IBM Electromatic」は、フロントストライク式の電動タイプライターで、大文字26種類、小文字26種類、数字10種類、記号20種類が印字可能です。キー配列は、大文字と小文字がQWERTY配列になっており、最上段に数字が1234567890と並んでいて、そのシフト側に記号が!@#$%¢&*()と並んでいます。すなわち、「@」が「2」のシフト側にあって、これが「IBM Electromatic」のキー配列を特徴づけていました。「P」のすぐ右のキーには、ハイフン「-」のシフト側にアンダーライン「_」が載せられています。「L」のすぐ右のキーには、セミコロン「;」のシフト側にコロン「:」、そのすぐ右のキーには、シングルクォート「」のシフト側にダブルクォート「」が載せられています。「M」のすぐ右のキーはコンマ「,」で、シフトを押してもコンマのままです。そのすぐ右のキーはピリオド「.」で、シフトを押してもピリオドのままです。そのすぐ右のキーには、「/」のシフト側に「?」が載せられています。コンマとピリオドがダブっているため、82種類の文字が42個のキーに載っているのです。

「IBM Electromatic」では、全ての文字幅は同一で、たとえば、「l」も「W」も同じ文字幅で印字されました。また、印字される文字の濃さが全て同一となるよう、常に同じ濃さで、活字棒(type arm)がプラテンの前面を叩くようになっていました。キーを押す力の強さを揃える必要はなく、最大20枚までのカーボンコピーが可能というのが謳い文句でした。右端の「CARRIAGE RETURN」キーは、キャリッジ・リターンと改行を同時におこなうもので、重いキャリッジを手で戻す必要が無くなったのです。

1933年発売の「IBM Electromatic」は、IBMにとって最初のタイプライターでした。その後のIBMタイプライターは、「IBM Electromatic」の路線を踏襲し、電動タイプライターを次々に発売していくことになるのです。

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タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(21)

2017年 2月 2日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第31回

菊武学園タイプライター博物館(20)からつづく)

菊武学園の「Monarch Pioneer」

菊武学園の「Monarch Pioneer」

菊武学園タイプライター博物館には、「Monarch Pioneer」も展示されています。「Monarch Pioneer」は、1932年頃から1938年にかけて、モナーク・タイプライター社が販売していたタイプライターです。ただし、この時期のモナーク・タイプライター社は、もはや実質的な生産拠点を持っておらず、菊武学園の「Monarch Pioneer」も、製造はレミントン・ランド社がおこなったと考えられます。

菊武学園の「Monarch Pioneer」右側面

菊武学園の「Monarch Pioneer」右側面

「Monarch Pioneer」の印字機構や筐体は、同時期の「Remington Remie Scout Model」を、かなりの部分で使い回しています。右側面のレバーも、その一つです。「Monarch Pioneer」は、右側面のレバーを手前に倒した状態では、印字できません。右側面のレバーを奥に倒すことで、タイプ・バスケット全体がせり上がります。この状態でキーを押すと、対応するタイプ・アーム(type arm)が、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。いわゆるフロントストライク式の印字機構であり、打った文字がすぐ読めるのです。

「Monarch Pioneer」右側面のレバーを奥に倒す

「Monarch Pioneer」右側面のレバーを奥に倒す

この「右側面のレバーを倒すことでタイプ・バスケット全体がせり上がる」という機構は、もともとは「Remington Portable No.1」で採用され、その後「Remington Remie Scout Model」や「Monarch Pioneer」にも転用されたものです。菊武学園の「Monarch Pioneer」のタイプ・アームの先には、それぞれ活字が2つずつ埋め込まれています。2つの活字は、上が大文字(および記号)で、下が小文字(および数字)です。キーボード左端の「SHIFT KEY」を押すことで、プラテンが奥へと移動し、大文字(および記号)が印字されるようになるのです。

菊武学園の「Monarch Pioneer」のキーボード左半分

菊武学園の「Monarch Pioneer」のキーボード左半分

「SHIFT KEY」のすぐ上の「SHIFT LOCK」キーを押すと、「SHIFT KEY」が下がりっぱなしになります。菊武学園の「Monarch Pioneer」では、42個のキーはQWERTY配列に並んでいますが、キートップが小文字なのが特徴的です。

【筆者プロフィール】

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タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(20)

2017年 1月 19日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第30回

菊武学園タイプライター博物館(19)からつづく)

菊武学園の「American Model No.8」

菊武学園の「American Model No.8」

菊武学園タイプライター博物館には、「American Model No.8」も展示されています。「American Model No.8」は、アメリカン・タイプライター社が1908年頃から1915年にかけて、コネチカット州ブリッジポートで製造していたタイプライターです。キーボードはQWERTY配列で、27個のキーに81種類の文字が搭載されています。左上の「FIG」キーを押すと、プラテンが奥の方に移動して、記号や数字が印字されるようになります。その下の「CAP」キーを押すと、プラテンが手前に移動して、大文字が印字されるようになります。ただし、「American Model No.8」はアップストライク式タイプライターであり、印字はプラテンの下に挟まれた紙の下面におこなわれます。

菊武学園の「American Model No.8」のプラテンを持ち上げる

菊武学園の「American Model No.8」のプラテンを持ち上げる

プラテンを持ち上げると、すぐ下にはインクリボンがあり、その下に27本の活字棒が見えます。活字棒には、それぞれ記号(数字)・小文字・大文字の3種類の活字が埋め込まれており、これによって81種類の文字を印字できるのです。アップストライク式タイプライターでは、印字中の文字はオペレータからは見えません。間違わずに文章を打てているかどうか確認するためには、いちいちプラテンを持ち上げて、印字面を確かめるしかないのです。

菊武学園の「American Model No.8」背面

菊武学園の「American Model No.8」背面

「American Model No.8」には、左右のマージンを設定する機能もあり、本体の背面に、マージンセッターが左右2つ準備されています。ただ、ヤヤコシイことに、左側のマージン(行頭の紙あき幅)を、オペレータから見て右奥のマージンセッターで設定します。一方、右側のマージン(行末の紙あき幅)は、左奥のマージンセッターで設定します。左奥のマージンセッターにはベルが付いていて、行末の5文字前でベルが鳴る仕掛けになっています。

「American Model No.8」は、1910年代という時代を考えると、すでに時代遅れともいえるデザインのタイプライターでした。印字面がオペレータから見えず、マージンの設定も左右逆で、ユーザ・インターフェースがあまり良くなかったのです。アメリカン・タイプライター社の社主だったペイン(Halbert Edwin Payne)は、1915年8月にアメリカン・タイプライター社を閉鎖し、「American Model No.8」の製造も幕を閉じたのです。

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タイプライター博物館訪問記:伊藤事務機タイプライター資料館(10)

2016年 12月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第29回

伊藤事務機タイプライター資料館(9)からつづく)

伊藤事務機の「Rofa」

伊藤事務機の「Rofa」

伊藤事務機タイプライター資料館には、「Rofa」も展示されています。「Rofa」は、ドイツのロベルト・ファビク社(Robert Fabig GmbH)が、1921年から1929年にかけて製造していたタイプライターで、同社の「Faktotum」(「Imperial Typewriter」のライセンス生産)の後継機にあたります。「Rofa」の特徴は、独特のカーブを描くキーボードと、ダウンストライク式という印字方式にあります。「Rofa」では、29キーが3列のカーブ上に配置されており、各キーに3種類の文字が対応しています。伊藤事務機の「Rofa」では、上段のキーはQWERTZUIOP、中段はASDFGHJKL、下段は^YXCVBNM?+と並んでおり、いわゆるQWERTZ配列です。

伊藤事務機の「Rofa」後面

伊藤事務機の「Rofa」後面

プロントパネルの後ろには、本来は29本のタイプバー(活字棒)が、キーボードと同じくカーブを描いて配置されています。ただし、伊藤事務機の「Rofa」では、タイプバーのうち4本が失われているらしく、25本しかありません。タイプバーは、それぞれがキーにつながっており、キーを押すと対応するタイプバーが打ち下ろされて、プラテンの上に置かれた紙の上面に印字がおこなわれます。紙の上に印字されるので、オペレータがフロントパネルの向こうを上から覗き込むことで、印字された文字を確かめることができます。

伊藤事務機の「Rofa」のタイプバー(GとFの間にあるはずのTとVが欠けている)

伊藤事務機の「Rofa」のタイプバー(GとFの間にあるはずのTとVが欠けている)

各タイプバーには、3種類の活字が埋め込まれており、下から順に小文字、大文字、数字および記号、となっています。キーボード左端の「Groß」キーを押すと、プラテンが移動して、大文字が印字されるようになります。「Zeich.」キーを押すと、プラテンがさらに移動して、数字および記号が印字されるようになります。この機構により、本来であれば87種類の文字を印字できるのです。なお、伊藤事務機の「Rofa」では、äはQの記号側、öはYの記号側、üはXの記号側に、それぞれ搭載されていますが、大文字のÄÖÜは見あたりませんでした。また、キーボードの右端には「Rück-Taste」キーがあり、逆方向への1文字移動(いわゆるバックスペース)を可能にしています。

伊藤事務機の「Rofa」キーボード左端

伊藤事務機の「Rofa」キーボード左端

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。


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