著者ごとのアーカイブ

広告の中のタイプライター(13):Caligraph No.2

2017年 8月 10日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『American Railroad Journal』1882年1月7日号

『American Railroad Journal』1882年1月7日号
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「Caligraph No.2」は、ヨスト(George Washington Newton Yost)率いるアメリカン・ライティング・マシン社が、1882年に製造・販売を開始したタイプライターです。72キー(12個×6列)のキーボードに、大文字26種類、小文字26種類、数字8種類、記号12種類「($&):;’?”.,-」を配置しているのが特徴で、シフト機構なしに72種類の文字を打ち分けることができます。なお、数字の「0」は大文字の「O」で、数字の「1」は大文字の「I」で、それぞれ代用することになっており、スペースキーは、キーボードの左右に配置されています。

「Caligraph No.2」のキー配列

「Caligraph No.2」は、大文字も小文字も数字も記号も、全て一打で打つことができる、という点を売りにしていました。ただし、大文字のキー配列と小文字のキー配列は、互いにほとんど関係づけられておらず、どのキーがどこにあるのか覚えにくく探しにくい、という弱点がありました。また、活字棒(type bar)も72本あり、それら72本が全て、プラテンの下に円形にぐるりと配置されていました。各キーを押すと、対応する活字棒が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテンの下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。「Caligraph No.2」は、いわゆるアップストライク式タイプライターで、印字の瞬間には、印字された文字を見ることができないのです。

72個のキーと72本の活字棒による、かなり巨大な印字機構にもかかわらず、可鍛鋳鉄で造られた「Caligraph No.2」は、全体の重さが20ポンド(約9キログラム)に抑えられていて、しかも値段は80ドルでした。値段を安く抑えたため、「Caligraph No.2」の売れ行きに較べて、経営は火の車で、ヨストは1885年にアメリカン・ライティング・マシン社を、コネティカット州ハートフォードのフェアフィールド(George Albert Fairfield)に売却してしまっています。ヨストの手を離れた後も、アメリカン・ライティング・マシン社は「Caligraph No.2」の製造・販売を続けており、少なくとも19世紀の終わりまでは、製造が続いていたようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「蝉」と「蟬」

2017年 8月 3日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第138回 「蝉」と「蟬」

新字の「蝉」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「蟬」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。「蟬」は出生届に書いてOKですが、「蝉」はダメ。どうして、こんなことになったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の虫部には、旧字の「蟬」が収録されていましたが、新字の「蝉」は収録されていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「蟬」だけが含まれていて、新字の「蝉」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表で、国語審議会は、旧字の「蟬」を削除してしまいました。当用漢字表は「使用上の注意事項」で「動植物の名称は、かな書きにする」としており、このルールに従えば、新字の「蝉」も旧字の「蟬」も、当用漢字表には不要だと判断されたのです。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「蝉」も「蟬」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「蝉」も「蟬」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「蟬」は、JIS X 0213の第3水準漢字で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、出現頻度数調査の結果が664回でした。新字の「蝉」は、JIS X 0213の第1水準漢字で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、出現頻度数調査の結果が30回でした。この結果、旧字の「蟬」は人名用漢字の追加候補となり、新字の「蝉」は追加候補になりませんでした。

追加候補選定基準 漢字出現頻度数調査
200回以上 50~199回 1~49回
不受理の法務局数 11以上 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1・2水準
8~10 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1水準
6~7 JIS第1~3水準 JIS第1水準 JIS第1水準
0~5 JIS第1・3水準 - -

平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申し、9月27日の戸籍法施行規則改正で、これら488字は全て人名用漢字に追加されました。この結果、旧字の「蟬」は人名用漢字になり、子供の名づけに使えるようになったのです。しかし、新字の「蝉」は、人名用漢字になれませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「蟬」に加えて、新字の「蝉」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「蟬」はOKですが、新字の「蝉」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(12):Crandall New Model

2017年 7月 27日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Scribner's Magazine』1888年12月号

『Scribner’s Magazine』1888年12月号(写真はクリックで拡大)

「Crandall New Model」は、クランドール(Lucien Stephen Crandall)が、1886年から1894年頃にかけて、ニューヨーク州グロトンで製造していたタイプライターです。ただし、クランドールは一夫多妻主義者で、グロトン以外にも複数の生活拠点があったらしく、「Crandall New Model」の注文販売は、ニューヨーク州ビンガムトンのアイルランド・ベネディクト社にまかせていました。「Crandall New Model」の特徴は、タイプ・スリーブ(type sleeve)と呼ばれる金属製の活字円筒が、プラテンのすぐ手前にそびえ立っていて、他には印字機構が見当たらない点です。タイプ・スリーブには、84個(14個×6列)の活字が埋め込まれていて、このタイプ・スリーブが、プラテンに向かって倒れ込むように叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれるのです。84個の活字は、最上列とその次の列が小文字、真ん中の2列が大文字、下の2列が数字と記号になっています。

キーボードも特徴的で、29個のキーが、上段に14個、下段に15個(空白を含む)、扇状に並んでいます。上段のキーはzprchmilfesdbkと並んでおり、下段のキーは真ん中に空白があってjvxunw. ,toagyqと並んでいます。各キーを押すと、タイプ・スリーブが回転し、対応する文字がプラテン側に来ると同時に、倒れ込むように叩きつけられて、印字がおこなわれます。前面右側の「CAP’S」キーを押し下げると、タイプ・スリーブが上がって、大文字が印字されます。ただし、ピリオド・空白・コンマは、そのままです。前面左側の「F&P.」キーを押し下げると、さらにタイプ・スリーブが上がって、上段のキーは12345&’-;67890に、下段のキーは!$¢_/#. ,:%”()?になります。この仕掛けにより、最大84種類の文字が印字できるのですが、通常はピリオドとコンマの活字を3個ずつ重複して埋め込んでおり、全部で80種類の文字となっていたようです。

「Crandall New Model」では、印字がプラテンの前面におこなわれることから、印字した文字が、すぐ直後にオペレータから見えるようになっています。また、タイプ・スリーブの交換は、オペレータが簡単におこなえるようになっており、別の種類の活字や字体に対応可能というのが、上の広告にもあるとおり「Crandall New Model」の売りでした。ただ、残念ながら「Crandall New Model」の印字機構は、高速な印字には向いておらず、調整もかなり面倒でした。それに加え、傷んだ活字だけを単独で交換することができず、タイプ・スリーブ全体を交換しなければいけなかったのです。独創的な印字機構が、むしろ「Crandall New Model」の寿命を縮めた、と言えるのかもしれません。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「𪚲」と「𪚮」

2017年 7月 20日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第137回 「𪚲」と「𪚮」

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新字の「𪚲」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「𪚮」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。『国字の字典』は、月部に新字の「𪚲」を収録していて、日本の国字(和製漢字)だとみなしています。一方、『説文解字』は、龜部に旧字の「𪚮」を収録していて、秦の時代以前から存在する漢字だとみなしているようです。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「𪚲」も「𪚮」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「𪚲」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第4水準漢字で、出現頻度数調査の結果が0回でした。この結果、新字の「𪚲」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。旧字の「𪚮」は、そもそもJIS第1~4水準漢字に含まれていないので、審議の対象になりませんでした。

その一方で、平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、新字の「𪚲」と旧字の「𪚮」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」も許しませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「𪚲」が含まれていたのです。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「𪚲」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「𪚲」も旧字の「𪚮」もダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(11):Sholes & Glidden Type-Writer

2017年 7月 13日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『The Nation』1875年12月16日号

『The Nation』1875年12月16日号(写真はクリックで拡大)

「Sholes & Glidden Type-Writer」は、1874年にE・レミントン&サンズ社が製造を開始したタイプライターです。当初はデンスモア(James Densmore)が販売権を握っていましたが、すぐに立ち行かなくなり、1875年11月にはロック・ヨスト&ベイツ社(David Ross Locke, George Washington Newton Yost & James Hale Bates)に販売権が移っています。ロック・ヨスト&ベイツ社は、「Sholes & Glidden Type-Writer」の販売をテコ入れするため、あちこちの雑誌や新聞に広告を掲載しました。上に示した広告もその一つなのですが、発明者のショールズ(Christopher Latham Sholes)やグリデン(Carlos Glidden)に断りなく、広告のブランド名を「Type-Writer」に縮めてしまっています。というのも、この時点の「Sholes & Glidden Type-Writer」には、筐体のどこにも、ブランド名が記されていなかったのです。

「Sholes & Glidden Type-Writer」は、44キーのアップストライク式タイプライターです。外見は足踏み式のミシンに似ており、専用の台の上にマウントされていて、フットペダルがついています。フットペダルを踏み込むと、プラテンが右端に移動し、いわゆるキャリッジリターン動作をおこないます。キー配列は下図に示すとおりです。このキー配列は、最終的にはショールズが決定したものですが、決まるまでには、かなりの紆余曲折があったようです。

「Sholes & Glidden Type-Writer」のキー配列

「Sholes & Glidden Type-Writer」には、小文字は無く、大文字しか打つことができません。また、数字の「1」は大文字の「I」で、数字の「0」は大文字の「O」で、代用することになっていました。しかも打った文字は、その場では見ることができません。キーを押すと、対応する活字棒(type bar)が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテン下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。

大文字しか印字できない「Sholes & Glidden Type-Writer」は、モールス符号の受信には使えるものの、一般的なビジネス分野への導入には無理がありました。もちろん、クリスマス・プレゼントとしても、かなり無理のあるものだったのですが、ロック・ヨスト&ベイツ社は、あえてそこからスタートしたようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「亀」と「龜」

2017年 7月 6日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第136回 「亀」と「龜」

昭和15年12月15日、国語協会は『標準名づけ読本』を発表しました。『標準名づけ読本』は、やさしくわかりやすい名前を子供につけることで国字運動の一翼を担おう、という意図のもとに編纂されたもので、端的に言えば、子供の名づけに用いる漢字を500字に制限しようとするものでした。この500字の中に、旧字の「龜」が含まれていました。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の龜部には「亀」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「龜」が添えられていました。「亀(龜)」となっていたわけです。簡易字体の「亀」は、旧字の「龜」に代えて一般に使用すべき漢字、ということになっていました。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表には、しかし、新字の「亀」も、旧字の「龜」も、収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「亀」も「龜」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「亀」も「龜」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

昭和26年3月13日、国語審議会のもと発足した固有名詞部会では、子供の名づけに使える漢字を、当用漢字以外にも増やす方向で議論が進みました。固有名詞部会は『標準名づけ読本』の500字をチェックし、500字のうち75字が当用漢字に含まれていないことを確認しました。この75字の中に、旧字の「龜」が含まれていたのです。固有名詞部会は、この75字に17字を加えた92字を、追加すべき人名用漢字として国語審議会に報告しましたが、「龜」は簡易字体の「亀」で代えることにしました。これを受けて、国語審議会は昭和26年5月14日、人名漢字に関する建議を発表しました。翌週25日、この92字は人名用漢字別表として内閣告示され、新字の「亀」が子供の名づけに使えるようになりました。

一方、旧字の「龜」は、子供の名づけに使えない、と思われていました。これに対し、昭和36年12月15日、当時の栃木県今市市の戸籍事務担当者は、今市市長経由で宇都宮地方法務局長に対し、旧字の「龜」を名に含む出生届を受理してよいかどうか、照会をおこないました。法務省民事局長の回答(昭和37年1月20日)は、旧字の「龜」も受理してさしつかえないが、なるべく新字の「亀」で出生届を提出させるよう指導してほしい、というものでした。

ところが、昭和56年5月14日の民事行政審議会答申は、この回答を覆すものでした。子供の名づけには、新字の「亀」だけを認め、旧字の「龜」は使うべきでない、という答申だったのです。昭和56年10月1日の常用漢字表内閣告示と同時に、戸籍法施行規則が改正され、新字の「亀」だけが人名用漢字になりました。旧字の「龜」は、この日をもって子供の名づけに使えなくなりました。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「亀」と旧字の「龜」が含まれていたのです。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「亀」に加え、旧字の「龜」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「亀」はOKですが、旧字の「龜」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(10):Fox Visible Typewriter No.24

2017年 6月 29日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Popular Mechanics』1911年4月号

『Popular Mechanics』1911年4月号(写真はクリックで拡大)

「Fox Visible Typewriter No.24」は、フォックス(William Ross Fox)率いるフォックス・タイプライター社が、1908年頃に発売したフロントストライク式タイプライターです。1888年にフォックス・マシン社を創業して以来、フォックスは、トリマーや製粉機あるいは自転車などを、ミシガン州グランドラピッズで作り続けてきました。加えて、フォックス・タイプライター社を併設し、アップストライク式タイプライターを製造・販売していたのですが、「Underwood Standard Typewriter No.5」の爆発的ヒットに触発されたのか、フロントストライク式タイプライターの製造も始めたのです。

「Fox Visible Typewriter No.24」は、44キーのフロントストライク式タイプライターで、円弧状2列に配置された44本の活字棒(type arm)と、その上にかぶさる「THE FOX」の金文字が特徴的です。活字棒は、タイプバスケットの手前に26本、奥に18本が配置されています。各キーを押すと、対応する活字棒が立ち上がって、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。これにより、打った文字がその瞬間に見えるのです。44本の活字棒には、それぞれ活字が2つずつ埋め込まれていて、シフト機構により、88種類の文字が印字できます。通常は小文字や数字が印字されるのですが、キーボード最下段の左右端にある「SHIFT KEY」を押すと、タイプバスケット全体が持ち上がって、大文字が印字されるようになるのです。

キー配列は基本的にQWERTY配列で、上の広告のキーボードでは、最上段の数字側は23456789-¢/、シフト側は“#$%_&’()@⅛と並んでいるようです。次の段は、小文字側がqwertyuiop½⅞、大文字側がQWERTYUIOP¼¾と並んでいます。その次の段は、小文字側がasdfghjkl;⅝、大文字側がASDFGHJKL:⅜と並んでいます。最下段は、小文字側がzxcvbnm,.=、大文字側がZXCVBNM?.+です。また、黒赤2色のインクリボンにより2色の印字が可能で、キーボード最上段の左端(「2」の左側)にある赤いキーで印字を赤に、その次の段の左端(「Q」の左側)にある黒いキーで印字を黒に、それぞれ切り替えることができます。キーボード最上段の右端(「/」の右側)が「MARGIN RELEASE」キー、その上方のフロントパネル前面にあるのが「BACK SPACER」キーです。

フォックス・タイプライター社は、「Fox Visible Typewriter No.24」の標準価格を、100ドルに設定していました。500日間で割ると、1日20セント。ただ、日曜や祝日を除いて500日間となると、約20ヶ月が必要となるはずなのですが、上の広告では、そこまでは触れていなかったようです。

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安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「愛」と「㤅」

2017年 6月 22日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第135回 「愛」と「㤅」

135love.png新字の「愛」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「㤅」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「㤅」は、下部に夊がくっついて「𢙴」になり、上部の旡が変化して「𢜤」さらには新字の「愛」になった、と考えられていますが、細かいことはわかりません。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、心部に新字の「愛」が収録されていましたが、旧字の「㤅」は収録されていませんでした。文部省は12月4日に標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「愛」だけが含まれていて、旧字の「㤅」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、心部に新字の「愛」が含まれていて、旧字の「㤅」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、新字の「愛」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「愛」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には新字の「愛」が収録されていたので、「愛」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「㤅」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、新字の「愛」が収録されていましたが、旧字の「㤅」はカッコ書きにすら入っていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「愛」は常用漢字になりました。その一方で旧字の「㤅」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、「愛」「𢜤」「𢙴」「㤅」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、「愛」も「𢜤」も「𢙴」も「㤅」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には新字の「愛」しか許しませんでした。その結果、現在も、子供の名づけに新字の「愛」は使えますが、旧字の「㤅」は使えないのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

広告の中のタイプライター(9):Corona 3

2017年 6月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Popular Science Monthly』1921年7月号

『Popular Science Monthly』1921年7月号(写真はクリックで拡大)

1912年にスタンダード・フォールディング・タイプライター社が発売した「Corona 3」は、ポータブル・タイプライター市場に一大センセーションを巻き起こし、同社はコロナ・タイプライター社に社名を変更しました。「Corona 3」は、フロントストライク式にもかかわらず、タイプライター本体を小さく折りたたむことが可能で、本体の重さが8ポンド(3.6kg)、キャリーケースが2ポンド(0.9kg)と、出張先や旅行先などへも携帯可能だったのです。

「Corona 3」は、28キーのフロントストライク式タイプライターです。基本となるキー配列はQWERTY配列で、各キーに大文字・小文字・記号(あるいは数字)の3種類の文字が配置されています。上段の10個のキーには、大文字のQWERTYUIOPと、小文字のqwertyuiopと、数字の1234567890が、それぞれ配置されています。中段の9個のキーには、大文字のASDFGHJKLと、小文字のasdfghjklと、記号の@$%!_*/=#が、それぞれ配置されており、左端には「FIG」キーがあります。下段の9個のキーには、大文字側にZXCVBNM.&が、小文字側にzxcvbnm,-が、記号側に()?’”:;.¢が、それぞれ配置されており、左端には「CAP」キーがあります。

28個の各キーを押すと、対応する活字棒(type arm)が立ち上がって、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。通常の状態では小文字が印字されますが、「CAP」キーを押すとプラテンが持ち上がって大文字が、「FIG」キーを押すとプラテンがさらに持ち上がって記号や数字が、それぞれ印字されます。「FIG」キーのすぐ左側にはシフトロック・ノブがあり、「FIG」キーや「CAP」キーを押しっぱなしで固定できるようになっています。また、本体を折りたたむ際には、「FIG」も「CAP」も押さずに、シフトロック・ノブを固定します。これにより折りたたみ時に、プラテンシフト機構が動かないようにできるのです。

プラテンには、キャリッジリターンのためのノブ等は付いておらず、プラテンそのものを右へ押すことで、キャリッジリターンをおこないます。ただし、プラテンを支える2本のシャフトのうち、向かって右側のシャフトに「BACK SPACE」キーが付いており、これを押すことでプラテンを1文字分戻すことができます。また、黒赤2色のインクリボンにより、2色の印字が可能なのですが、切り替えツマミが左のインクリボン・スプールの右下という、かなり分かりにくいところに付いていました。さらには、本体を折りたたむ手順も、マニュアル無しでは分かりにくいものでした。

それもあって、上の広告にも見える通り、「HOW TO USE CORONA ― The Personal Writing Machine」という16ページの小冊子が、「Corona 3」のキャリーケースに添付されていました。この小冊子には、各部分の機能、折りたたみの手順、さらには、メンテナンスの方法や注意点までが詳細に書かれており、各オペレータが「Corona 3」の機構を自習できるようになっていたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

人名用漢字の新字旧字:「麺」と「麵」と「麪」

2017年 6月 8日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第134回 「麺」と「麵」と「麪」

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新字の「麺」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「麪」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「麺」と「麪」が、こういうややこしいことになってしまった一因には、俗字の「麵」の存在があるのです。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の麥部には「麺」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「麵」が添えられていました。「麺(麵)」となっていたわけです。簡易字体の「麺」は、俗字の「麵」に代えて一般に使用すべき漢字、ということになっていましたが、標準漢字表では、旧字の「麪」については触れられていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表には、しかし、新字の「麺」も、俗字の「麵」も、旧字の「麪」も、収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「麺」も「麵」も「麪」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「麺」も「麵」も「麪」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「麺」は、JIS X 0213の第1水準漢字だったものの、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、出現頻度数調査の結果が42回でした。俗字の「麵」は、JIS X 0213の第3水準漢字で、出生届を拒否された管区は無く、出現頻度数調査の結果が149回でした。旧字の「麪」は、JIS X 0213の第2水準漢字で、出生届を拒否された管区は無く、出現頻度数調査の結果が3回でした。この結果、「麺」も「麵」も「麪」も「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

平成22年6月7日、文化審議会が答申した改定常用漢字表には、新字の「麺」が収録されていて、その直後に、カッコ書きで俗字の「麵」が添えられていました。「麺(麵)」となっていたわけです。平成22年11月30日に内閣告示された新しい常用漢字表でも、「麺(麵)」となっていました。この結果、新字の「麺」が、子供の名づけに使えるようになりました。しかし、俗字の「麵」や旧字の「麪」は、人名用漢字になれませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、「麺」に加えて「麵」も「麪」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「麺」はOKですが、俗字の「麵」や旧字の「麪」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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