著者ごとのアーカイブ

広告の中のタイプライター(6):Rex Visible Typewriter No.4

2017年 4月 27日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Popular Mechanics』1915年12月号

『Popular Mechanics』1915年12月号(写真はクリックで拡大)

「Rex Visible Typewriter No.4」は、ハリス(De Witt Clinton Harris)率いるレックス・タイプライター社が、1915年から1922年にかけて製造販売したタイプライターです。ハリスはそれまで、ウィスコンシン州フォンデュラックのハリス・タイプライター社で、「Harris Visible Typewriter No.4」などを製造していましたが、シカゴに本社を移した時点でレックス・タイプライター社に社名を変え、「Rex Visible Typewriter No.4」を製造販売しはじめました。

「Rex Visible Typewriter No.4」は、28キーのフロントストライク式タイプライターです。キー配列はいわゆるQWERTY配列で、各キーに大文字・小文字・記号(あるいは数字)の3種類の文字が配置されています。上段の10個のキーには、大文字のQWERTYUIOPと、小文字のqwertyuiopと、数字の1234567890が、それぞれ配置されており、その右側に「BACK SPACER」キー(上の広告では赤字の6)があります。中段の9個のキーには、大文字のASDFGHJKLと、小文字のasdfghjklと、記号の@$%^*=/¢#が、それぞれ配置されており、左右の端には「FIG」キーがあります。下段の9個のキーには、大文字側にZXCVBNM&.が、小文字側にzxcvbnm-,が、記号側に()?’”:;_.が、それぞれ配置されており、左右の端には「CAP」キーがあります。

28個の各キーを押すと、対応する活字棒(type arm)が立ち上がって、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。通常の状態では小文字が印字されますが、「CAP」キーを押すとタイプバスケットが持ち上がって大文字が、「FIG」キーを押すとタイプバスケットが下がって記号や数字が、それぞれ印字されます。「SHIFT LOCK」キー(上の広告では赤字の5)も準備されており、「CAP」キーもしくは「FIG」キーを押しっぱなしにできます。黒赤2色のインクリボンにより2色の印字が可能で、それを強調すべく、上の広告も2色刷りです。黒赤の切り替えは、本体右側のツマミ(上の広告では赤字の4)でおこないます。また、上の広告で赤字の3で示されているのは、改行幅を変更するためのレバーで、シングル・1½・ダブルスペーシングが設定可能だったようです。

この時点のレックス・タイプライター社は、自前の販売網を持たず、広告で各地の代理店を募る、という状態でした。ハリス・タイプライター社の時代には、シアーズ・ローバック社(Sears, Roebuck & Company)が代理店を務めており、全米に渡ってカタログ通信販売がおこなわれていたのですが、レックス・タイプライター社は、シアーズ・ローバック社以外の独自販路を開拓する、という経営判断をおこなったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

人名用漢字の新字旧字:「戸」と「戶」

2017年 4月 20日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第131回 「戸」と「戶」

131door-old.png新字の「戸」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「戶」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。でも実は、旧字の「戶」が、子供の名づけに使えた時期もあったのです。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されており、戶部に、旧字の「戶」が含まれていました。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、 そこでも旧字の「戶」が収録されていました。

昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表にも、旧字の「戶」が収録されていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「戶」は当用漢字になりました。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。当用漢字表の字体は、まだ変更される可能性があったのです。

字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。この活字字体整理案では、「戶」を「戸」へと整理することが提案されていました。

報告を受けた国語審議会では、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する主査委員会を組織しました。この間、昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には旧字の「戶」が収録されていたので、「戶」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「戸」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表では、新字の「戸」が収録されていました。活字字体整理案に従った結果、新字の「戸」が当用漢字となり、旧字の「戶」は当用漢字ではなくなってしまったのです。当用漢字表にある旧字の「戶」と、当用漢字字体表にある新字の「戸」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「戶」も新字の「戸」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。つまり、昭和24年の時点で、旧字の「戶」も新字の「戸」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

昭和56年3月23日に国語審議会が答申した常用漢字表では、新字の「戸」が収録されました。旧字の「戶」は、カッコ書きにすら入っていなかったのです。昭和56年4月22日、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを、子供の名づけに認めることにしました。旧字の「戶」はカッコ書きに入っていないので、今後は子供の名づけには認めない、と決定したのです。昭和56年10月1日、常用漢字表は内閣告示され、新字の「戸」は常用漢字になりました。同じ日に、旧字の「戶」は子供の名づけに使えなくなってしまいました。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「戸」と旧字の「戶」が含まれていたのです。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「戸」に加え、旧字の「戶」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「戸」はOKですが、旧字の「戶」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(5):Oliver No.9

2017年 4月 13日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Popular Science Monthly』1919年2月号

『Popular Science Monthly』1919年2月号(写真はクリックで拡大)

「Oliver No.9」は、シカゴのオリバー・タイプライター社が、1915年から1922年頃にかけて製造したタイプライターです。この時期のオリバー・タイプライター社は、奇数No.を国内向けモデル、偶数No.を輸出向けモデルとしていました。この「Oliver No.9」はアメリカ国内向けであり、次の「Oliver No.10」は輸出向けでした。

「Oliver No.9」は、28キーのダウンストライク式タイプライターで、左右に14個ずつ翼のようにそびえ立った活字棒(というよりは活字翼)が特徴的です。28個のキーからは、左右14個ずつのキーに分かれて、背面の奥へとシャフトが伸びています。各シャフトは、それぞれが活字翼に繋がっており、キーを押すと対応する活字翼が打ち下されて、プラテンの上に置かれた紙の上面に印字がおこなわれます。これにより、打った文字がその瞬間に見えるのです。28個の活字翼には、それぞれ活字が3つずつ埋め込まれていて、プラテン・シフト機構により、84種類の文字が印字できます。キーボード下段の左右端にある「CAP」を押すと、プラテンが奥に移動し、大文字が印字されるようになります。キーボード中段の左右端にある「FIG」を押すと、プラテンが手前に移動し、数字や記号が印字されるようになります。この活字翼と印字機構は、創業者オリバー(Thomas Oliver)の発明によるものですが、オリバーは1909年2月9日に亡くなっており、「Oliver No.9」そのものにはタッチしていません。

「Oliver No.9」は、重さが約28ポンド(13キログラム)もあり、当時としても、かなり重たいタイプライターでした。そのためか、本体下部の左右には、持ち上げるための取っ手がついています。また、2色インクリボン(通常は赤と黒)を装着可能だったのですが、それは、上の広告からは読み取れません。ちなみに、右活字翼の枠の上に付いているのは、ペンホルダーです。

「打った文字がその瞬間に見える」タイプライターは、1910年代には、もはや珍しくなくなっていました。「Oliver No.9」は、その意味では時代遅れになりつつあったのです。「Oliver No.9」の発売当時の価格は100ドルだったのですが、1917年には49ドルに値下げし、1919年には57ドルに値上げしています。上の広告にもあるとおり、月々3ドルずつの月賦払いも可能でした。ただ、月々3ドルだと、総額49ドルでは割り切れないので、割り切れる57ドルに値上げしたのだろうか、という憶測も働いてしまいます。また、57ドルはアメリカ国内向けの価格で、対カナダ向けは72ドルだったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「罪」と「辠」

2017年 4月 6日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第130回 「罪」と「辠」

130tsumi-old.png新字の「罪」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「辠」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「罪」と「辠」は、元々は別々の意味だったらしいのですが、秦の始皇帝が「辠」という字を嫌って、同じ音の「罪」という字に「つみ」の意味をなすりつけた、という伝説があるそうです。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、网部に新字の「罪」が収録されていましたが、旧字の「辠」は収録されていませんでした。文部省は12月4日に標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「罪」だけが含まれていて、旧字の「辠」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、网部に新字の「罪」が含まれていて、旧字の「辠」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、新字の「罪」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「罪」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には新字の「罪」が収録されていたので、「罪」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「辠」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、新字の「罪」が収録されていましたが、旧字の「辠」はカッコ書きにすら入っていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「罪」は常用漢字になりました。その一方で旧字の「辠」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「罪」と旧字の「辠」が含まれていたのです。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「罪」に加え、旧字の「辠」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「罪」はOKですが、旧字の「辠」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(4):Hammond Multiplex

2017年 3月 30日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Time』1925年4月6日号

『Time』1925年4月6日号(写真はクリックで拡大)

創業者のハモンド(James Bartlett Hammond)が1913年1月27日に死去し、ハモンド・タイプライター社の経営は、当時29才だったベッカー(Neal Dow Becker)の手に委ねられました。ベッカーは、ハモンドが残した技術のうち、タイプ・シャトルと呼ばれる印字機構を中心に、「Hammond Multiplex」を完成・発売しました。

「Hammond Multiplex」には、キーボードが曲がっている(Curved Keyboard)モデルと、キーボードが直線的な(Straight Keyboard)モデルがあり、いずれも1913年に製造を開始しました。その後1916年には、筐体の上面を金属板のカバーでくるんだ(Metal Cover)モデルになりました。上の広告に掲載されている「Hammond Multiplex」は、直線キーボード金属板カバーモデル(Straight Keyboard, Metal Cover Model)です。キーボードの上段が13キー、中段が12キー、下段が12キーなので、下段の左右端が「CAP.」キー、中段の左右端が「FIG.」キー、上段の左端がロックキー、上段の右端のキーがバックスペース、そのすぐ左側のキーがマージンリリースだと考えられます。「Hammond Multiplex」には、「CAP.」と「FIG.」のロックキーがそれぞれ独立しているモデルもあるのですが、この広告のモデルでは一体化しているようです。

中央の円筒内部に組み込まれたタイプ・シャトルには、30行×3列=90字の活字が埋め込まれています。タイプ・シャトルの3列の活字のうち、下の列には「FIG.」に対応する数字その他の記号が、真ん中の列には「CAP.」に対応する英大文字等が、上の列には英小文字等が、それぞれ埋め込まれています。残る30個の各キーを押すと、タイプ・シャトルの対応する活字が紙の方へと移動し、紙の背面からハンマーが打ち込まれることで、紙の前面に印字がおこなわれるのです。また、円筒内部には、2枚のタイプ・シャトルをセットしておくことができます。タイプ・シャトルの切り替えは、円筒の真ん中にあるツマミを、180度回転させることでおこないます。この機構により、「Hammond Multiplex」は、最大180種類の文字を打ち分けることが可能でした。

ただし、1920年代においては、フロントストライク式タイプライターが全盛を極めていて、「Hammond Multiplex」のタイプ・シャトル機構は、すでに時代遅れとなっていました。紙の背面からハンマーを打ち込む機構では、紙の厚みによって印字の濃さが左右され、そもそも分厚い紙への印字が不可能です。ベッカーは、フェデラル・アディング・マシン社を1921年に買収し、同社のフロントストライク式タイプライター「Federal Visible」の技術を、「Hammond Multiplex」に援用すべく試みたようです。しかしながら、現実には、ハモンド・タイプライター社において、フロントストライク式の技術が実用化されることはありませんでした。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「仐」と「傘」と「繖」

2017年 3月 23日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第129回 「仐」と「傘」と「繖」

129kasa-new.png新字の「仐」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「繖」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。こんな妙なことになってしまった原因は、俗字の「傘」が常用漢字になってしまったからなのです。なお、新字の「仐」と俗字の「傘」は、いわゆる象形文字ですが、旧字の「繖」は、サンという音を「散」で表した形声文字だと考えられます。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の人部には「傘」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「仐」が添えられていました。「傘(仐)」となっていたわけです。簡易字体の「仐」は、「傘」の代わりに使っても差し支えない字、ということになっていました。一方、旧字の「繖」は、標準漢字表のどこにも含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。ところが当用漢字表には、新字の「仐」も、俗字の「傘」も、旧字の「繖」も、収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「仐」も「傘」も「繖」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「仐」も「傘」も「繖」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、俗字の「傘」が収録されました。新字の「仐」も、旧字の「繖」も、カッコ書きにすら入っていませんでした。10月1日に常用漢字表は内閣告示され、俗字の「傘」は常用漢字になりました。この結果、俗字の「傘」が、子供の名づけに使えるようになりました。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「繖」は、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が3回で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区はありませんでした。新字の「仐」は、JIS第4水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が0回で、出生届を拒否された管区はありませんでした。この結果、旧字の「繖」も、新字の「仐」も、「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

その一方で法務省は、平成23年12月26日に入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、俗字の「傘」に加え、新字の「仐」や旧字の「繖」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、俗字の「傘」はOKですが、新字の「仐」や旧字の「繖」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(3):Remington Noiseless No.10

2017年 3月 16日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Fortune』1934年2月号

『Fortune』1934年2月号(写真はクリックで拡大)

1927年2月9日、レミントン・タイプライター社はランド・カーデックス社などと合併し、レミントン・ランド社になりました。レミントン・ランド社のタイプライター部門は、基本的にそれまでのレミントン・タイプライター社のモデルを踏襲しましたが、1933年3月のタイプライター60周年イベントと前後して、新たなモデルを発表しました。1933年12月に発売された「Remington Noiseless No.10」も、その1つです。「Remington Noiseless No.10」は、42キーのフロントストライク式タイプライターで、「Noiseless」の名の通り、静かさを売りにしていました。アーム(type arm)とプラテンの間が近接していて、印字の際の音が小さくなっており、さらにアームの上にカバーをかぶせることで、音が部屋に響かないよう設計されていたのです。

「Remington Noiseless No.10」のキー配列は、基本的にQWERTYです。キーボードの最下段の左右の端に「SHIFT KEY」が配置されており、それぞれ少し上に「SHIFT LOCK」があって、いずれのキーもプラテンを上下させることで、大文字小文字を打ち分けます。キーボードの最上段は、234567890-のシフト側に“#$%_&’()*が配置されているのが、上の広告から見て取れます。数字の「1」にあたるキーは無く、小文字の「l」で代用したようです。「2」の左側にあるキーは「BACK SPACE」(1文字戻す)、「-」の右上に少し離れているキーは「MARGIN RELEASE」(右端のマージンを越えてさらに右側に打つ)です。「3」と「0」のすぐ上にある赤いキー(広告はモノクロ)は、それぞれ「CLEAR KEY」と「SET KEY」で、タブ位置の解除と設定をおこないます。設定したタブ位置への移動は、「CLEAR KEY」と「SET KEY」の間にある長い「TABULATOR」キーでおこないます。「TABULATOR」キーのすぐ上にある金属製のツマミは、印字濃度を変化させます。ツマミを左端の0にすると、印字が薄くなり、その結果として、印字音が小さくなります。逆にツマミを右端にすると、印字音は大きくなりますが印字が濃くなり、カーボン紙を挟んだ複数枚の紙に印字できるようになります。

当時、レミントン・ランド社は、CBS(Columbia Broadcasting System)の金曜夜のラジオ番組『March of Time』に、スポンサーの1つとして名を連ねていました。番組の終わりには、もちろん「Remington Noiseless No.10」の広告も流れました(音声)。ただ、静かさが売りのはずの「Remington Noiseless No.10」を、どのようにしてラジオというメディアで広告するのか、なかなかに苦労があったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「弾」と「彈」

2017年 3月 9日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第128回 「弾」と「彈」

新字の「弾」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「彈」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。つまり、新字の「弾」も旧字の「彈」も、出生届に書いてOK。どうして、こんなことになったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されており、弓部に、旧字の「彈」が含まれていました。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「彈」が収録されていました。

昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表にも、旧字の「彈」が収録されていました。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。当用漢字表の字体は、まだ変更される可能性があったのです。

字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。この活字字体整理案では、「彈」を「弾」へと整理することが提案されていました。

報告を受けた国語審議会では、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する主査委員会を組織しました。この間、昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「彈」が収録されていたので、「彈」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「弾」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表では、新字の「弾」が収録されていました。活字字体整理案に従った結果、新字の「弾」が当用漢字となり、旧字の「彈」は当用漢字ではなくなってしまったのです。当用漢字表にある旧字の「彈」と、当用漢字字体表にある新字の「弾」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「彈」も新字の「弾」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。つまり、昭和24年の時点で、旧字の「彈」も新字の「弾」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、「弾(彈)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、「弾」は常用漢字になりました。同時に「彈」は人名用漢字になりました。それが現在も続いていて、旧字の「彈」も新字の「弾」も、どちらも子供の名づけに使えるのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(2):Royal KMM

2017年 3月 2日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

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『Life』1942年10月26日号(写真はクリックで拡大)

18台の「Royal KMM」を前に演説する男。演説台には、アメリカ海軍を象徴するかのような白頭鷲の模型と、アメリカ国旗をデフォルメした装飾。左上には「A message to the typewriters we sold before Pearl Harbor」の文字。18台の「Royal KMM」のラインフィード・レバーは、あたかも右腕を振り上げているかのようです。この広告は、何を意味しているのでしょう。

「Royal KMM」は、ロイヤル・タイプライター社が1938年に発売したフロントストライク式タイプライターです。それまでのロイヤル・タイプライター社のモデルと異なり、インクリボンが剥き出しになっておらず、金属製のカバーに「ROYAL」のロゴが特徴的です。キー数は42で、基本的にはQWERTY配列です。ただし、映画『ドボラック簡素化タイプライターキーボードにおける動作研究』(A Motion Study of the Dvorak Simplified Typewriter Keyboard)には、ドボラック式配列の「Royal KMM」も登場するので、他のキー配列もオプションで注文可能だったと考えられます。

1941年12月7日、日本軍はハワイ真珠湾(Pearl Harbor)を奇襲攻撃し、日米は開戦しました。これに伴い、ロイヤル・タイプライター社は、「Royal KMM」など民間向けタイプライターの生産を停止、軍需向け「Royal Arrow Portable」の生産に注力することになりました。そんな中、ロイヤル・タイプライター社は、いわゆる愛国主義的な広告を、各誌に掲載しました。その一つが、上の広告です。「A message to the typewriters we sold before Pearl Harbor」(真珠湾以前に我々が販売したタイプライターへのメッセージ)と題するこの広告は、その名のとおり、1941年以前にロイヤル・タイプライター社が販売したタイプライターに向けたメッセージでした。

12月7日以前に我々が販売した全てのロイヤル・タイプライターたちよ、聴き給え。君たちのもとには、今まさに「本当の仕事」がある。君たちは、この戦争が終わるその日まで、踏ん張ってもらわねばならない。君たちは、アメリカのビジネスにおける極めて重要な一翼を担っているとともに、しばらくの間、君たちの後釜となるマシンは無い。というのも、我々は今、軍需品の生産に忙殺されているからだ。

君たちが堂々と仕事をおこなえるよう、君たちには、かの有名な、信頼すべき、ロイヤルのサービスがついている。君たちが今現在どれほど古びてしまっているとしても、どれほど長期に渡って酷使されてきたとしても、今後も君たちは使わなければならない。この戦争に勝つまでは!

実際、1945年末まで、「Royal KMM」の生産は再開されませんでした。アメリカの対日戦争を、このような形で、ロイヤル・タイプライター社は支えていたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

人名用漢字の新字旧字:「吊」と「弔」

2017年 2月 23日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第127回 「吊」と「弔」

旧字の「弔」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「吊」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「吊」と「弔」は、そもそもは新旧の関係にあったらしいのですが、現代では「つる」と「とむらう」で使い分けるようです。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。当用漢字表は、弓部に旧字の「弔」を収録していましたが、新字の「吊」は収録されていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「弔」は当用漢字になりました。

昭和22年9月29日、国語審議会は当用漢字音訓表を、文部大臣に答申しました。当用漢字音訓表は、当用漢字表1850字の音訓を定めたもので、「弔」には、「チョウ」と「とむらう」という音訓が付けられていました。この結果、「弔」を「つる」と読むことが、できなくなってしまったのです。

昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には旧字の「弔」が収録されていたので、「弔」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「吊」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「吊」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無かったものの、漢字出現頻度数調査の結果が949回で、JIS X 0213の第1水準漢字だったので、人名用漢字の追加候補となりました。

平成16年6月11日、人名用漢字部会は、578字の追加案を公開しました。この578字の中に、新字の「吊」が含まれていました。ところが、7月9日までおこなわれたパブリックコメントの結果、「吊」を人名用漢字に追加すべきでないというコメントが、15通も寄せられました。これを根拠に、人名用漢字部会は、「吊」を人名用漢字の追加候補から削除しました。平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申しましたが、この中に「吊」は含まれていませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「弔」に加え、新字の「吊」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「弔」はOKですが、新字の「吊」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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