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人名用漢字の新字旧字:「仐」と「傘」と「繖」

2017年 3月 23日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第129回 「仐」と「傘」と「繖」

129kasa-new.png新字の「仐」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「繖」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。こんな妙なことになってしまった原因は、俗字の「傘」が常用漢字になってしまったからなのです。なお、新字の「仐」と俗字の「傘」は、いわゆる象形文字ですが、旧字の「繖」は、サンという音を「散」で表した形声文字だと考えられます。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の人部には「傘」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「仐」が添えられていました。「傘(仐)」となっていたわけです。簡易字体の「仐」は、「傘」の代わりに使っても差し支えない字、ということになっていました。一方、旧字の「繖」は、標準漢字表のどこにも含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。ところが当用漢字表には、新字の「仐」も、俗字の「傘」も、旧字の「繖」も、収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「仐」も「傘」も「繖」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「仐」も「傘」も「繖」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、俗字の「傘」が収録されました。新字の「仐」も、旧字の「繖」も、カッコ書きにすら入っていませんでした。10月1日に常用漢字表は内閣告示され、俗字の「傘」は常用漢字になりました。この結果、俗字の「傘」が、子供の名づけに使えるようになりました。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「繖」は、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が3回で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区はありませんでした。新字の「仐」は、JIS第4水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が0回で、出生届を拒否された管区はありませんでした。この結果、旧字の「繖」も、新字の「仐」も、「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

その一方で法務省は、平成23年12月26日に入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、俗字の「傘」に加え、新字の「仐」や旧字の「繖」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、俗字の「傘」はOKですが、新字の「仐」や旧字の「繖」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

広告の中のタイプライター(3):Remington Noiseless No.10

2017年 3月 16日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Fortune』1934年2月号

『Fortune』1934年2月号(写真はクリックで拡大)

1927年2月9日、レミントン・タイプライター社はランド・カーデックス社などと合併し、レミントン・ランド社になりました。レミントン・ランド社のタイプライター部門は、基本的にそれまでのレミントン・タイプライター社のモデルを踏襲しましたが、1933年3月のタイプライター60周年イベントと前後して、新たなモデルを発表しました。1933年12月に発売された「Remington Noiseless No.10」も、その1つです。「Remington Noiseless No.10」は、42キーのフロントストライク式タイプライターで、「Noiseless」の名の通り、静かさを売りにしていました。アーム(type arm)とプラテンの間が近接していて、印字の際の音が小さくなっており、さらにアームの上にカバーをかぶせることで、音が部屋に響かないよう設計されていたのです。

「Remington Noiseless No.10」のキー配列は、基本的にQWERTYです。キーボードの最下段の左右の端に「SHIFT KEY」が配置されており、それぞれ少し上に「SHIFT LOCK」があって、いずれのキーもプラテンを上下させることで、大文字小文字を打ち分けます。キーボードの最上段は、234567890-のシフト側に“#$%_&’()*が配置されているのが、上の広告から見て取れます。数字の「1」にあたるキーは無く、小文字の「l」で代用したようです。「2」の左側にあるキーは「BACK SPACE」(1文字戻す)、「-」の右上に少し離れているキーは「MARGIN RELEASE」(右端のマージンを越えてさらに右側に打つ)です。「3」と「0」のすぐ上にある赤いキー(広告はモノクロ)は、それぞれ「CLEAR KEY」と「SET KEY」で、タブ位置の解除と設定をおこないます。設定したタブ位置への移動は、「CLEAR KEY」と「SET KEY」の間にある長い「TABULATOR」キーでおこないます。「TABULATOR」キーのすぐ上にある金属製のツマミは、印字濃度を変化させます。ツマミを左端の0にすると、印字が薄くなり、その結果として、印字音が小さくなります。逆にツマミを右端にすると、印字音は大きくなりますが印字が濃くなり、カーボン紙を挟んだ複数枚の紙に印字できるようになります。

当時、レミントン・ランド社は、CBS(Columbia Broadcasting System)の金曜夜のラジオ番組『March of Time』に、スポンサーの1つとして名を連ねていました。番組の終わりには、もちろん「Remington Noiseless No.10」の広告も流れました(音声)。ただ、静かさが売りのはずの「Remington Noiseless No.10」を、どのようにしてラジオというメディアで広告するのか、なかなかに苦労があったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「弾」と「彈」

2017年 3月 9日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第128回 「弾」と「彈」

新字の「弾」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「彈」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。つまり、新字の「弾」も旧字の「彈」も、出生届に書いてOK。どうして、こんなことになったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されており、弓部に、旧字の「彈」が含まれていました。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「彈」が収録されていました。

昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表にも、旧字の「彈」が収録されていました。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。当用漢字表の字体は、まだ変更される可能性があったのです。

字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。この活字字体整理案では、「彈」を「弾」へと整理することが提案されていました。

報告を受けた国語審議会では、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する主査委員会を組織しました。この間、昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「彈」が収録されていたので、「彈」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「弾」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表では、新字の「弾」が収録されていました。活字字体整理案に従った結果、新字の「弾」が当用漢字となり、旧字の「彈」は当用漢字ではなくなってしまったのです。当用漢字表にある旧字の「彈」と、当用漢字字体表にある新字の「弾」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「彈」も新字の「弾」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。つまり、昭和24年の時点で、旧字の「彈」も新字の「弾」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、「弾(彈)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、「弾」は常用漢字になりました。同時に「彈」は人名用漢字になりました。それが現在も続いていて、旧字の「彈」も新字の「弾」も、どちらも子供の名づけに使えるのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(2):Royal KMM

2017年 3月 2日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

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『Life』1942年10月26日号(写真はクリックで拡大)

18台の「Royal KMM」を前に演説する男。演説台には、アメリカ海軍を象徴するかのような白頭鷲の模型と、アメリカ国旗をデフォルメした装飾。左上には「A message to the typewriters we sold before Pearl Harbor」の文字。18台の「Royal KMM」のラインフィード・レバーは、あたかも右腕を振り上げているかのようです。この広告は、何を意味しているのでしょう。

「Royal KMM」は、ロイヤル・タイプライター社が1938年に発売したフロントストライク式タイプライターです。それまでのロイヤル・タイプライター社のモデルと異なり、インクリボンが剥き出しになっておらず、金属製のカバーに「ROYAL」のロゴが特徴的です。キー数は42で、基本的にはQWERTY配列です。ただし、映画『ドボラック簡素化タイプライターキーボードにおける動作研究』(A Motion Study of the Dvorak Simplified Typewriter Keyboard)には、ドボラック式配列の「Royal KMM」も登場するので、他のキー配列もオプションで注文可能だったと考えられます。

1941年12月7日、日本軍はハワイ真珠湾(Pearl Harbor)を奇襲攻撃し、日米は開戦しました。これに伴い、ロイヤル・タイプライター社は、「Royal KMM」など民間向けタイプライターの生産を停止、軍需向け「Royal Arrow Portable」の生産に注力することになりました。そんな中、ロイヤル・タイプライター社は、いわゆる愛国主義的な広告を、各誌に掲載しました。その一つが、上の広告です。「A message to the typewriters we sold before Pearl Harbor」(真珠湾以前に我々が販売したタイプライターへのメッセージ)と題するこの広告は、その名のとおり、1941年以前にロイヤル・タイプライター社が販売したタイプライターに向けたメッセージでした。

12月7日以前に我々が販売した全てのロイヤル・タイプライターたちよ、聴き給え。君たちのもとには、今まさに「本当の仕事」がある。君たちは、この戦争が終わるその日まで、踏ん張ってもらわねばならない。君たちは、アメリカのビジネスにおける極めて重要な一翼を担っているとともに、しばらくの間、君たちの後釜となるマシンは無い。というのも、我々は今、軍需品の生産に忙殺されているからだ。

君たちが堂々と仕事をおこなえるよう、君たちには、かの有名な、信頼すべき、ロイヤルのサービスがついている。君たちが今現在どれほど古びてしまっているとしても、どれほど長期に渡って酷使されてきたとしても、今後も君たちは使わなければならない。この戦争に勝つまでは!

実際、1945年末まで、「Royal KMM」の生産は再開されませんでした。アメリカの対日戦争を、このような形で、ロイヤル・タイプライター社は支えていたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「吊」と「弔」

2017年 2月 23日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第127回 「吊」と「弔」

旧字の「弔」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「吊」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「吊」と「弔」は、そもそもは新旧の関係にあったらしいのですが、現代では「つる」と「とむらう」で使い分けるようです。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。当用漢字表は、弓部に旧字の「弔」を収録していましたが、新字の「吊」は収録されていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「弔」は当用漢字になりました。

昭和22年9月29日、国語審議会は当用漢字音訓表を、文部大臣に答申しました。当用漢字音訓表は、当用漢字表1850字の音訓を定めたもので、「弔」には、「チョウ」と「とむらう」という音訓が付けられていました。この結果、「弔」を「つる」と読むことが、できなくなってしまったのです。

昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には旧字の「弔」が収録されていたので、「弔」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「吊」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「吊」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無かったものの、漢字出現頻度数調査の結果が949回で、JIS X 0213の第1水準漢字だったので、人名用漢字の追加候補となりました。

平成16年6月11日、人名用漢字部会は、578字の追加案を公開しました。この578字の中に、新字の「吊」が含まれていました。ところが、7月9日までおこなわれたパブリックコメントの結果、「吊」を人名用漢字に追加すべきでないというコメントが、15通も寄せられました。これを根拠に、人名用漢字部会は、「吊」を人名用漢字の追加候補から削除しました。平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申しましたが、この中に「吊」は含まれていませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「弔」に加え、新字の「吊」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「弔」はOKですが、新字の「吊」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(1):IBM Electromatic

2017年 2月 16日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

19世紀末から20世紀にかけて、一世を風靡したタイプライター。21世紀の今は、ほとんど実物を目にすることが無くなりました。そんなタイプライターを、当時の雑誌や新聞の広告から拾い上げるのが、この連載「広告の中のタイプライター」。タイプライターが日常生活の一部だった時代を、ちょっとだけ覗いてみましょう。

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『Fortune』1934年2月号(写真はクリックで拡大)

1933年6月20日、IBM (International Business Machines Corporation)は、エレクトロマチック・タイプライターズ社を買収、同社の「Electromatic」をIBMブランドとして販売しはじめました。「IBM Electromatic」は「ALL ELECTRIC」(完全電動)を売りにしていて、広告にも「電気」をイメージした「ビカビカの雷マーク」が青く描かれています。全ての動作がキーボード上のキーで電気的におこなわれる、というのが「IBM Electromatic」の売りで、すなわち、各文字の印字やシフト機構だけでなく、キャリッジ・リターンも、改行も、タブ機構も、バックスペースも、全てが電動だったのです。

「IBM Electromatic」は、フロントストライク式の電動タイプライターで、大文字26種類、小文字26種類、数字10種類、記号20種類が印字可能です。キー配列は、大文字と小文字がQWERTY配列になっており、最上段に数字が1234567890と並んでいて、そのシフト側に記号が!@#$%¢&*()と並んでいます。すなわち、「@」が「2」のシフト側にあって、これが「IBM Electromatic」のキー配列を特徴づけていました。「P」のすぐ右のキーには、ハイフン「-」のシフト側にアンダーライン「_」が載せられています。「L」のすぐ右のキーには、セミコロン「;」のシフト側にコロン「:」、そのすぐ右のキーには、シングルクォート「」のシフト側にダブルクォート「」が載せられています。「M」のすぐ右のキーはコンマ「,」で、シフトを押してもコンマのままです。そのすぐ右のキーはピリオド「.」で、シフトを押してもピリオドのままです。そのすぐ右のキーには、「/」のシフト側に「?」が載せられています。コンマとピリオドがダブっているため、82種類の文字が42個のキーに載っているのです。

「IBM Electromatic」では、全ての文字幅は同一で、たとえば、「l」も「W」も同じ文字幅で印字されました。また、印字される文字の濃さが全て同一となるよう、常に同じ濃さで、活字棒(type arm)がプラテンの前面を叩くようになっていました。キーを押す力の強さを揃える必要はなく、最大20枚までのカーボンコピーが可能というのが謳い文句でした。右端の「CARRIAGE RETURN」キーは、キャリッジ・リターンと改行を同時におこなうもので、重いキャリッジを手で戻す必要が無くなったのです。

1933年発売の「IBM Electromatic」は、IBMにとって最初のタイプライターでした。その後のIBMタイプライターは、「IBM Electromatic」の路線を踏襲し、電動タイプライターを次々に発売していくことになるのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「宝」と「寶」

2017年 2月 9日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第126回 「宝」と「寶」

新字の「宝」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「寶」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「宝」と「寶」の間には、「寳」や「寚」のような俗字があるのですが、これらの俗字も子供の名づけに使えません。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の宀部には「寶」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「宝」が添えられていました。「寶(宝)」となっていたわけです。簡易字体の「宝」は、「寶」の代わりに使っても差し支えない字、ということになっていました。

昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表では、宀部に「宝」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「寶」が添えられていました。「宝(寶)」となっていたのです。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「宝」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「宝」が収録されていたので、「宝」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「寶」や俗字の「寳」「寚」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、やはり「宝(寶)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「宝」は常用漢字になりました。しかし、旧字の「寶」は人名用漢字になれませんでした。旧字の「寶」は、常用漢字表のカッコ書きに入ってるけど当用漢字表に収録されてなかったからダメ、となったのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「寶」は、全国50法務局のうち1つの管区で出生届を拒否されていて、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が87回でした。俗字の「寳」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が77回でした。この結果、「寶」も「寳」も「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。一方、俗字の「寚」は、そもそもJIS第1~4水準漢字に含まれていないので、追加対象になりませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「宝」や旧字の「寶」、さらには俗字の「寳」「寚」も含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「宝」に加え、「寶」も「寳」も「寚」も書けるようになりました。これに対し、日本人の子供の出生届には、新字の「宝」はOKですが、旧字の「寶」や俗字の「寳」「寚」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(21)

2017年 2月 2日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第31回

菊武学園タイプライター博物館(20)からつづく)

菊武学園の「Monarch Pioneer」

菊武学園の「Monarch Pioneer」

菊武学園タイプライター博物館には、「Monarch Pioneer」も展示されています。「Monarch Pioneer」は、1932年頃から1938年にかけて、モナーク・タイプライター社が販売していたタイプライターです。ただし、この時期のモナーク・タイプライター社は、もはや実質的な生産拠点を持っておらず、菊武学園の「Monarch Pioneer」も、製造はレミントン・ランド社がおこなったと考えられます。

菊武学園の「Monarch Pioneer」右側面

菊武学園の「Monarch Pioneer」右側面

「Monarch Pioneer」の印字機構や筐体は、同時期の「Remington Remie Scout Model」を、かなりの部分で使い回しています。右側面のレバーも、その一つです。「Monarch Pioneer」は、右側面のレバーを手前に倒した状態では、印字できません。右側面のレバーを奥に倒すことで、タイプ・バスケット全体がせり上がります。この状態でキーを押すと、対応するタイプ・アーム(type arm)が、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。いわゆるフロントストライク式の印字機構であり、打った文字がすぐ読めるのです。

「Monarch Pioneer」右側面のレバーを奥に倒す

「Monarch Pioneer」右側面のレバーを奥に倒す

この「右側面のレバーを倒すことでタイプ・バスケット全体がせり上がる」という機構は、もともとは「Remington Portable No.1」で採用され、その後「Remington Remie Scout Model」や「Monarch Pioneer」にも転用されたものです。菊武学園の「Monarch Pioneer」のタイプ・アームの先には、それぞれ活字が2つずつ埋め込まれています。2つの活字は、上が大文字(および記号)で、下が小文字(および数字)です。キーボード左端の「SHIFT KEY」を押すことで、プラテンが奥へと移動し、大文字(および記号)が印字されるようになるのです。

菊武学園の「Monarch Pioneer」のキーボード左半分

菊武学園の「Monarch Pioneer」のキーボード左半分

「SHIFT KEY」のすぐ上の「SHIFT LOCK」キーを押すと、「SHIFT KEY」が下がりっぱなしになります。菊武学園の「Monarch Pioneer」では、42個のキーはQWERTY配列に並んでいますが、キートップが小文字なのが特徴的です。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「无」と「無」と「𣠮」

2017年 1月 26日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第125回 「无」と「無」と「𣠮」

125nothing-old.png新字の「无」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「𣠮」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。こんな妙なことになってしまった原因は、俗字の「無」が当用漢字になってしまったからなのです。なお、「无」と「𣠮」の新旧には議論があるのですが、ここでは「无」を新字、「𣠮」を旧字としておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、火部に俗字の「無」が収録されていましたが、新字の「无」や旧字の「𣠮」は収録されていませんでした。文部省は12月4日に標準漢字表を発表しましたが、そこでも俗字の「無」だけが含まれていて、新字の「无」や旧字の「𣠮」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、火部に俗字の「無」が含まれていて、新字の「无」や旧字の「𣠮」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、俗字の「無」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、俗字の「無」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には俗字の「無」が収録されていたので、「無」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「无」や旧字の「𣠮」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「无」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が106回でした。この結果、新字の「无」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。一方、旧字の「𣠮」は、そもそもJIS第1~4水準漢字に含まれていないので、追加対象になりませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「无」と俗字の「無」を含んでいました。しかし、入国管理局正字にも、旧字の「𣠮」は含まれていませんでした。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、俗字の「無」に加え、新字の「无」も書けるようになりましたが、旧字の「𣠮」はダメなのです。これに対し、日本人の子供の出生届には、俗字の「無」はOKですが、新字の「无」や旧字の「𣠮」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(20)

2017年 1月 19日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・番外編第30回

菊武学園タイプライター博物館(19)からつづく)

菊武学園の「American Model No.8」

菊武学園の「American Model No.8」

菊武学園タイプライター博物館には、「American Model No.8」も展示されています。「American Model No.8」は、アメリカン・タイプライター社が1908年頃から1915年にかけて、コネチカット州ブリッジポートで製造していたタイプライターです。キーボードはQWERTY配列で、27個のキーに81種類の文字が搭載されています。左上の「FIG」キーを押すと、プラテンが奥の方に移動して、記号や数字が印字されるようになります。その下の「CAP」キーを押すと、プラテンが手前に移動して、大文字が印字されるようになります。ただし、「American Model No.8」はアップストライク式タイプライターであり、印字はプラテンの下に挟まれた紙の下面におこなわれます。

菊武学園の「American Model No.8」のプラテンを持ち上げる

菊武学園の「American Model No.8」のプラテンを持ち上げる

プラテンを持ち上げると、すぐ下にはインクリボンがあり、その下に27本の活字棒が見えます。活字棒には、それぞれ記号(数字)・小文字・大文字の3種類の活字が埋め込まれており、これによって81種類の文字を印字できるのです。アップストライク式タイプライターでは、印字中の文字はオペレータからは見えません。間違わずに文章を打てているかどうか確認するためには、いちいちプラテンを持ち上げて、印字面を確かめるしかないのです。

菊武学園の「American Model No.8」背面

菊武学園の「American Model No.8」背面

「American Model No.8」には、左右のマージンを設定する機能もあり、本体の背面に、マージンセッターが左右2つ準備されています。ただ、ヤヤコシイことに、左側のマージン(行頭の紙あき幅)を、オペレータから見て右奥のマージンセッターで設定します。一方、右側のマージン(行末の紙あき幅)は、左奥のマージンセッターで設定します。左奥のマージンセッターにはベルが付いていて、行末の5文字前でベルが鳴る仕掛けになっています。

「American Model No.8」は、1910年代という時代を考えると、すでに時代遅れともいえるデザインのタイプライターでした。印字面がオペレータから見えず、マージンの設定も左右逆で、ユーザ・インターフェースがあまり良くなかったのです。アメリカン・タイプライター社の社主だったペイン(Halbert Edwin Payne)は、1915年8月にアメリカン・タイプライター社を閉鎖し、「American Model No.8」の製造も幕を閉じたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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