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人名用漢字の新字旧字:「楽」と「樂」

2018年 4月 19日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第156回 「楽」と「樂」

新字の「楽」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「樂」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「楽」も旧字の「樂」も、出生届に書いてOK。どうして、こんなことになったのでしょう。

大日本帝国陸軍が昭和15年2月29日に通牒した兵器名称用制限漢字表は、兵器の名に使える漢字を1235字に制限したものでした。三省堂編輯所の『常用漢字新辞典』をもとに、おおむね尋常小学校4年生までに習う漢字959字を一級漢字とし、これに兵器用の二級漢字276字を加えて、合計1235字を兵器の名に使える漢字として定めたのです。この一級漢字の中に、新字の「楽」が含まれていて、カッコ書きで旧字の「樂」が添えられていました。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されており、木部に旧字の「樂」が含まれていました。新字の「楽」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字でも、木部に旧字の「樂」が含まれていて、新字の「楽」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、旧字の「樂」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「樂」は当用漢字になりました。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。当用漢字表の字体は、まだ変更される可能性があったのです。

字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。この活字字体整理案では、「樂」を「楽」へと整理することが提案されていました。報告を受けた国語審議会では、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する主査委員会を組織しました。この間、昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「樂」が収録されていたので、「樂」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「楽」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表では、新字の「楽」が収録されていました。活字字体整理案に従った結果、新字の「楽」が当用漢字となり、旧字の「樂」は当用漢字ではなくなってしまったのです。当用漢字表にある旧字の「樂」と、当用漢字字体表にある新字の「楽」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「樂」も新字の「楽」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。つまり、昭和24年の時点で、旧字の「樂」も新字の「楽」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、「楽(樂)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、「楽」は常用漢字になりました。同時に「樂」は人名用漢字になりました。それが現在も続いていて、旧字の「樂」も新字の「楽」も、どちらも子供の名づけに使えるのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

広告の中のタイプライター(30):Brother Valiant JPI-121

2018年 4月 12日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『朝日ジャーナル』1964年4月26日号

『朝日ジャーナル』1964年4月26日号
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「Brother Valiant JPI-121」は、ブラザー工業が1961年に発売した「Brother Valiant JPI-111」の後継機にあたります。元々は輸出用に開発された「Brother Valiant JPI-111」ですが、日本国内でのタイプライター需要も高まってきたことから、改良型の「Brother Valiant JPI-121」を1962年に発売したのです。

「Brother Valiant JPI-121」は、44キーのフロントストライク式タイプライターです。プラテンの手前に44本の活字棒(type arm)が配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒がプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。複数のキーを同時に押すと、複数の活字棒が印字点で衝突して引っかかってしまい、そのまま動かなくなるという欠点はあったものの、印字の強さを左端のレバーで設定(HはHeavy、LはLight)できるなど、小型の機械式タイプライターとしては、かなり高い性能を誇っていたようです。

「Brother Valiant JPI-121」のキー配列は、上の広告に見える英文標準配列が基本です。これに加え、ユニバーサル配列(英・独・仏語兼用)、ドイツ語配列、スペイン語配列、ローマ字配列、カナ英文コンビ配列なども、受注生産していました。中でもカナ英文コンビ配列は、カタカナ46字と濁点・半濁点・長音・句点・読点に加え、英大文字26字・数字8字・左カッコ・右カッコ・スラッシュからなる88字のキー配列で、日本国内での需要に合わせたものです。カナ英文コンビ配列の最上段は、シフト側がム23456789()-と、カタカナ側がメフアウエオヤユヨワホヘと並んでいます。次の段は、左端にマージンリリースキー、右端にバックスペースキーがあって、シフト側がQWERTYUIOP゚と、カタカナ側がタテイスカンナニラゼと並んでいます。その次の段は、左端にシフトロックキーがあって、シフト側がASDFGHJKLソ/と、カタカナ側がチトシハキクマノリレケと並んでいます。最下段は、両端にシフトキーがあって、シフト側がZXCVBNMヌロ,と、カタカナ側がツサヲヒコミモネル.と並んでいます。カナ英文コンビ配列では、数字の「1」は英大文字の「I」で、数字の「0」は英大文字の「O」で、それぞれ代用することが想定されていたようです。

ブラザー工業は、1964年に開催された東京オリンピックのプレスセンターで、「Brother Valiant JPI-121」など約300台のタイプライターを、外国人記者たちに無償で提供しました。その後もブラザー工業は、新たなモデルの発表を続け、国産タイプライターのトップシェアを、維持し続けたのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「竪」と「豎」

2018年 4月 5日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第155回 「竪」と「豎」

新字の「竪」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「豎」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「竪」と「豎」の新旧には議論があるのですが、ここでは「竪」を新字、「豎」を旧字としておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したものでしたが、新字の「竪」も旧字の「豎」も含まれていませんでした。国語審議会は、昭和21年11月5日に当用漢字表を答申しましたが、やはり「竪」も「豎」も収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「竪」も「豎」も収録されていませんでした。昭和23年1月1日、戸籍法が改正され、子供の名づけは当用漢字1850字に制限されました。この時点で、新字の「竪」も旧字の「豎」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

半世紀後の平成12年12月8日、国語審議会は表外漢字字体表を答申しました。表外漢字字体表は、常用漢字(および当時の人名用漢字)以外の漢字に対して、印刷に用いる字体のよりどころを示したもので、1022字の印刷標準字体が収録されていました。この中に、新字の「竪」が含まれていました。印刷物には、旧字の「豎」ではなく、新字の「竪」を用いるべきだ、と、国語審議会は文部大臣に答申したのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「竪」は、全国50法務局のうち2つの管区で出生届を拒否されていて、JIS第1水準漢字で、出現頻度数調査の結果が223回でした。旧字の「豎」は、全国50法務局のうち1つの管区で出生届を拒否されていて、JIS第2水準漢字で、出現頻度数調査の結果が4回でした。この結果、新字の「竪」は人名用漢字の追加候補となり、旧字の「豎」は追加候補になりませんでした。

追加候補選定基準 漢字出現頻度数調査
200回以上 50~199回 1~49回
不受理の法務局数 11以上 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1・2水準
8~10 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1水準
6~7 JIS第1~3水準 JIS第1水準 JIS第1水準
0~5 JIS第1・3水準 - -

平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申し、9月27日の戸籍法施行規則改正で、これら488字は全て人名用漢字に追加されました。この結果、新字の「竪」は人名用漢字になり、子供の名づけに使えるようになったのです。しかし、旧字の「豎」は、人名用漢字になれませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「竪」に加えて、旧字の「豎」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「竪」はOKですが、旧字の「豎」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(29):Hartford Typewriter

2018年 3月 29日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Art Education』1895年4月号

『Art Education』1895年4月号
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「Hartford Typewriter」は、ハートフォード・タイプライター社が、1894年に製造・販売を開始したタイプライターです。当時、コネティカット州ハートフォードでは、アメリカン・ライティング・マシン社が「Caligraph No.2」を製造・販売していたのですが、同社にいたフェアフィールド(John M. Fairfield)が中心となって、新たなタイプライター会社であるハートフォード・タイプライター社を設立しました。そのため、ハートフォード・タイプライター社は、本社をニューヨークに置いていたものの、生産拠点はハートフォードにありました。

「Hartford Typewriter」のキーボードは、76個のキーが6段に並んでいます。キー配列は基本的にはQWERTYですが、大文字小文字それぞれに別々のキーが準備されています。キーボード最上段は“QWERTYUIOP()と並んでおり、次の段は&ASDFGHJKL:$/と、その次の段は2ZXCVBNM?_·6と、その次の段は3qwertyuiop78と、その次の段は4asdfghjkl;9と、最下段は5zxcvbnm,.’%と並んでいます。数字の0は大文字の「O」で、数字の1は大文字の「I」か小文字の「l」で、それぞれ代用したようです。

「Hartford Typewriter」の活字棒(type bar)は76本あり、それら76本が全て、プラテンの下に円形にぐるりと配置されていました。各キーを押すと、対応する活字棒が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテンの下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。「Hartford Typewriter」は、いわゆるアップストライク式タイプライターで、印字の瞬間には、印字された文字を見ることができませんでした。

「Hartford Typewriter」の最大の売りは、50ドルという低価格にありました。当時のタイプライターとしては、破格ともいえる値段だったのです。しかも、次のモデルである「Hartford Typewriter No.2」においても、ハートフォード・タイプライター社は、この低価格路線を維持しました。ただし、資金繰りは非常に苦しく、開発費などを捻出できなかったのか、「Hartford Typewriter No.2」は「Hartford Typewriter」とほとんど同一の設計だったようです。

『Frederick News』1897年1月29日号

『Frederick News』1897年1月29日号
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【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「麦」と「麥」

2018年 3月 22日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第154回 「麦」と「麥」

新字の「麦」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「麥」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「麦」は、しばしば「夌」の別体としても用いられるのですが、ここでは「麦」と「麥」を新旧の関係としておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の麥部には「麦」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「麥」が添えられていました。「麦(麥)」となっていたわけです。簡易字体の「麦」は、旧字の「麥」に代えて一般に使用すべき漢字、ということになっていました。

昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表では、麥部に「麦」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「麥」が添えられていました。「麦(麥)」となっていたのです。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「麦」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「麦」が収録されていたので、「麦」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「麥」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、やはり「麦(麥)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「麦」は常用漢字になりました。しかし、旧字の「麥」は人名用漢字になれませんでした。旧字の「麥」は、常用漢字表のカッコ書きに入ってるけど当用漢字表に収録されてなかったからダメ、となったのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「麥」は、全国50法務局のうち出生届を拒否した管区は無く、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が7回でした。この結果、旧字の「麥」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「麦」と旧字の「麥」を含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「麦」に加え、旧字の「麥」も書けるようになりました。これに対し、日本人の子供の出生届には、新字の「麦」はOKですが、旧字の「麥」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(28):Royal Futura 800

2018年 3月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Life』1958年10月号

『Life』1958年10月号
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「Royal Futura 800」は、ロイヤル・タイプライター社が1958年に発売したタイプライターです。「Futura」という名称は、ドイツのレンナー(Paul Friedrich August Renner)が1927年に発表した活字書体「Futura」にちなんでいて、「フトゥーラ」と発音するようです。ただし、「Royal Futura 800」に搭載されている活字は「Futura」ではなく、「Royal Typewriter Elite」とよばれる等幅(1インチあたり12字)活字です。

「Royal Futura 800」の印字機構は、フロントストライク式と呼ばれるものです。プラテンの手前に44本の活字棒(type arm)が配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒がプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。複数のキーを同時に押すと、複数の活字棒が印字点で衝突して引っかかってしまい、そのまま動かなくなるという欠点はあったものの、印字の強さ(すなわちキーの重さ)を各個人に合わせて設定できる点など、機械式のタイプライターとして十分な利点があったようです。

「Royal Futura 800」のキー配列は、いわゆるQWERTY配列です。各キーにはそれぞれ2種類の文字が対応しており、キーボード最下段両端のシフトキーで、大文字小文字を打ち分けます。活字棒の先には、それぞれ2種類の活字が埋め込まれており、シフトキーを押すと、活字棒全体が下に沈んで、大文字が印字されるようになります。シフトキーを離すと、活字棒全体が上に戻って、小文字が印字されるようになります。これにより、44キーで88種類の文字が印字できるのです。なお、キーボード最上段の小文字側は1234567890-=と並んでおり、数字を他の文字で代用する必要はありません。

「Royal Futura 800」の最大の売りは、必要な数だけ設定できるタビュレーション機構にあります。フロントパネル右端の「TAB SET」ボタンを押すだけで、現在位置にタブ・カラムを設定できるのです。設定したタブ・カラムへの移動は、キーボード上段右端の「TAB」キーでおこないます。打っている最中に新たなタブ・カラムを追加設定することもできますし、逆に設定したタブ・カラムを解除するのは、フロントパネル左端の「TAB CLEAR」ボタンでおこなえます。端的には「TAB SET」と「TAB CLEAR」で、複数のタブ・カラムをその場その場で、自由に追加・解除できるのです。ちなみに、全てのタブ・カラムを解除するには、「TAB CLEAR」を押しっぱなしにしながら、「TAB」キーを解除すべき回数だけ押す、という操作で可能となっています。

これに加え、プラテン奥の両側(上の広告の❻)の赤い「Magic Margin」ボタンが、「Royal Futura 800」の特徴です。タブ・カラムと同様、現在位置にマージン・ストップ(印字位置の端)を設定できるのが、この「Margic Margin」ボタンです。すなわち、印字位置の左端は左側の「Magic Margin」ボタンで、右端は右側の「Magic Margin」ボタンで、それぞれ設定するのです。設定したマージン・ストップを、一瞬だけ超えなければならない場合は、キーボード中段右端の「MAR REL」(マージン・リリース)を押すことになります。

これだけ複雑な機構を、「Royal Futura 800」は全て機械仕掛けで実現していました。電気がなくても印字可能なポータブル・タイプライターという点で、「Royal Futura 800」は時代の最先端を行く機械だったのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「甜」と「甛」

2018年 3月 8日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第153回 「甜」と「甛」

153amai-old.png新字の「甜」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「甛」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「甜」と「甛」の新旧には、実は議論があるのですが、ここでは「甜」を新字、「甛」を旧字ということにしておきましょう。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表には、新字の「甜」も旧字の「甛」も収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「甜」も「甛」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、新字の「甜」も旧字の「甛」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「甜」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第1水準漢字で、出現頻度数調査の結果が128回でした。この結果、新字の「甜」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。旧字の「甛」は、そもそもJIS第1~4水準漢字に含まれていないので、審議の対象になりませんでした。

その一方で、平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、新字の「甜」と旧字の「甛」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、新字の「甜」も旧字の「甛」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には、新字の「甜」も旧字の「甛」も許しませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、13287字を収録していました。この13287字の中に、新字の「甜」と旧字の「甛」が含まれていたのです。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、「甜」や「甛」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「甜」も旧字の「甛」もダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

広告の中のタイプライター(27):New Yost

2018年 3月 1日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Century Magazine』1892年10月号

『Century Magazine』1892年10月号
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「New Yost」は、ヨスト(George Washington Newton Yost)率いるヨスト・ライティング・マシン社が、1890年頃に発売したタイプライターです。アップストライク式に分類されるタイプライターですが、リバース・グラスホッパー・アクションと呼ばれる独自の印字機構を備えており、インクリボンは無く、インクを活字に塗布する点が特徴的です。

「New Yost」の78個のキーは、基本的にQWERTY配列ですが、大文字小文字にそれぞれ別々のキーが割り当てられていて、シフト機構はありません。標準的なキー配列では、最上段のキーは()%/_#“”と並んでおり、次の段は123456789$と、その次の段はQWERTYUIOPと、その次の段はASDFGHJKL’と、その次の段はZXCVBNM&;:と、その次の段はqwertyuiopと、その次の段は!asdfghjklと、最下段は?zxcvbnm,.と並んでいます。数字の「0」は、大文字の「O」で代用することが想定されていました。

78本の活字棒(typebar)は、中央の円筒の内側に、グルリと円形に配置されています。円筒内側の上端にはインクが塗られており、活字棒の先に埋め込まれた活字が、常にインクを補充する仕掛けになっています。キーを押すと、対応する活字棒が内側へと傾き、活字が円筒を離れます。活字は、いったん下方に下がったあと、中央のアライメント・ターゲットめがけて打ち上がります。活字棒の動きが、バッタの跳び方を上下逆にしたようなものであることから、リバース・グラスホッパー・アクションと呼ばれているのです。アラインメント・ターゲットを中心とするこの機構によって、紙に印字された文字がきれいに一直線に並ぶのです。ただし、印字は、プラテンの下に置かれた紙の下面におこなわれるので、印字した瞬間にはオペレータから見えません。プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。

「New Yost」は、リバース・グラスホッパー・アクションという巧妙な機構により、アラインメントの揃った美しい印字を実現していました。その反面、この機構は故障が多く、頻繁なメンテナンスが必要でした。また、円筒内側のインクも、常に補充が必要だったことから、「New Yost」それ自体の評価は、当時、必ずしも高くはなかったようです。

『North American Review』1897年6月号

『North American Review』1897年6月号
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【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

人名用漢字の新字旧字:「集」と「雧」

2018年 2月 22日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第152回 「集」と「雧」

152gather-old.png新字の「集」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「雧」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「集」は出生届に書いてOKですが、「雧」はダメ。新字の「集」には隹が一羽しかおらず、あまり集まっているように見えないのですが、どうしてこんなことになったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、隹部に新字の「集」が収録されていました。その一方、旧字の「雧」は標準漢字表には含まれていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「集」だけが含まれていて、旧字の「雧」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、隹部に新字の「集」が含まれていて、旧字の「雧」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、新字の「集」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「集」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には新字の「集」が収録されていたので、「集」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「雧」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、新字の「集」が収録されていましたが、旧字の「雧」はカッコ書きにすら入っていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「集」は常用漢字になりました。その一方で旧字の「雧」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、「集」と「雧」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、「集」も「雧」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には新字の「集」しか許しませんでした。結局、それが現在も続いていて、新字の「集」は子供の名づけに使えますが、旧字の「雧」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(26):Underwood Golden Touch Electric

2018年 2月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Life』1956年11月26日号

『Life』1956年11月26日号
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「Underwood Golden Touch Electric」は、アンダーウッド社が1956年に発売した電動タイプライターです。この当時、アンダーウッド社の主力製品は、「Underwood Golden Touch Portable」「Underwood Golden Touch Standard」「Underwood Golden Touch Electric」といずれもGolden Touchを売りにしていて、「Underwood Golden Touch Electric」は、その最上位機種にあたるものでした。

「Underwood Golden Touch Electric」の特徴は、各キーの形にあります。半月形というか、ハート型を少し丸めたようなキートップは、爪を長くしていてもキーにひっかからない、という考慮のもとでデザインされています。各キーのストロークは、かなり小さ目に設計されていて、その意味でも「指に優しい」タイプライターです。キー配列は基本的にQWERTYで、最上段のキーは、小文字側に234567890-=が、大文字側に“#$%*&’()_+が配置されています。すなわち「2」のシフト側に「」があり、その一方「@」は、キーボード中段の大文字側にASDFGHJKL:@と並んでいます。

「Underwood Golden Touch Electric」は、電動タイプライターですが、印字機構そのものはフロントストライク式です。プラテンの手前には、43本の活字棒(type arm)が扇状に配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒が電動でプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。ただし、複数のキーを同時に押しても、活字棒は1本だけしか動かず、ジャミングは避けられるようになっていました。また、キーボードの左右の端には、キャリッジ・リターン・レバーがあり、電動でプラテンを戻す仕掛けになっていました。空白、タブ、バック・スペース、黒赤インク・リボンの切り替えなど、ほぼ全ての機構が電動だったのです。ただし、シフト機構に関しては、左右のシフトキーを押すことで、タイプ・バスケット全体が下がる仕掛けになっていました。

なお、翌1957年、アンダーウッド社は、GoldenとTouchの間にハイフンを入れ、「Underwood Golden Touch Electric」を「Underwood Golden-Touch Electric」に改称しています。ハイフン無しの「Golden Touch」では商標を登録できなかったらしく、下の広告も含め、これ以後「Golden-Touch」で統一したようです。

『Life』1957年4月1日号

『Life』1957年4月1日号
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【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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