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人名用漢字の新字旧字:「集」と「雧」

2018年 2月 22日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第152回 「集」と「雧」

152gather-old.png新字の「集」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「雧」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「集」は出生届に書いてOKですが、「雧」はダメ。新字の「集」には隹が一羽しかおらず、あまり集まっているように見えないのですが、どうしてこんなことになったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、隹部に新字の「集」が収録されていました。その一方、旧字の「雧」は標準漢字表には含まれていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「集」だけが含まれていて、旧字の「雧」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、隹部に新字の「集」が含まれていて、旧字の「雧」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、新字の「集」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、新字の「集」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には新字の「集」が収録されていたので、「集」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。旧字の「雧」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、新字の「集」が収録されていましたが、旧字の「雧」はカッコ書きにすら入っていませんでした。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、新字の「集」は常用漢字になりました。その一方で旧字の「雧」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、「集」と「雧」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、「集」も「雧」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には新字の「集」しか許しませんでした。結局、それが現在も続いていて、新字の「集」は子供の名づけに使えますが、旧字の「雧」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

広告の中のタイプライター(26):Underwood Golden Touch Electric

2018年 2月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Life』1956年11月26日号

『Life』1956年11月26日号
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「Underwood Golden Touch Electric」は、アンダーウッド社が1956年に発売した電動タイプライターです。この当時、アンダーウッド社の主力製品は、「Underwood Golden Touch Portable」「Underwood Golden Touch Standard」「Underwood Golden Touch Electric」といずれもGolden Touchを売りにしていて、「Underwood Golden Touch Electric」は、その最上位機種にあたるものでした。

「Underwood Golden Touch Electric」の特徴は、各キーの形にあります。半月形というか、ハート型を少し丸めたようなキートップは、爪を長くしていてもキーにひっかからない、という考慮のもとでデザインされています。各キーのストロークは、かなり小さ目に設計されていて、その意味でも「指に優しい」タイプライターです。キー配列は基本的にQWERTYで、最上段のキーは、小文字側に234567890-=が、大文字側に“#$%*&’()_+が配置されています。すなわち「2」のシフト側に「」があり、その一方「@」は、キーボード中段の大文字側にASDFGHJKL:@と並んでいます。

「Underwood Golden Touch Electric」は、電動タイプライターですが、印字機構そのものはフロントストライク式です。プラテンの手前には、43本の活字棒(type arm)が扇状に配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒が電動でプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。ただし、複数のキーを同時に押しても、活字棒は1本だけしか動かず、ジャミングは避けられるようになっていました。また、キーボードの左右の端には、キャリッジ・リターン・レバーがあり、電動でプラテンを戻す仕掛けになっていました。空白、タブ、バック・スペース、黒赤インク・リボンの切り替えなど、ほぼ全ての機構が電動だったのです。ただし、シフト機構に関しては、左右のシフトキーを押すことで、タイプ・バスケット全体が下がる仕掛けになっていました。

なお、翌1957年、アンダーウッド社は、GoldenとTouchの間にハイフンを入れ、「Underwood Golden Touch Electric」を「Underwood Golden-Touch Electric」に改称しています。ハイフン無しの「Golden Touch」では商標を登録できなかったらしく、下の広告も含め、これ以後「Golden-Touch」で統一したようです。

『Life』1957年4月1日号

『Life』1957年4月1日号
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【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「鴬」と「鶯」

2018年 2月 8日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第151回 「鴬」と「鶯」

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の鳥部には「鶯」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「鴬」が添えられていました。「鶯(鴬)」となっていたわけです。簡易字体の「鴬」は、「鶯」の代わりに使っても差し支えない字、ということになっていました。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでは旧字の「鶯」だけが含まれていて、新字の「鴬」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表で、国語審議会は、「鴬」も「鶯」も削除してしまいました。当用漢字表は「使用上の注意事項」で「動植物の名称は、かな書きにする」としており、このルールに従えば、新字の「鴬」も旧字の「鶯」も、当用漢字表には不要だと判断されたのです。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「鴬」も「鶯」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「鴬」も「鶯」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「鴬」は、全国50法務局のうち出生届を拒否した管区は無く、JIS第1水準漢字で、出現頻度数調査の結果が22回でした。旧字の「鶯」は、全国50法務局のうち出生届を拒否した管区は無く、JIS第2水準漢字で、出現頻度数調査の結果が574回でした。この結果、新字の「鴬」も旧字の「鶯」も、「常用平易」とはみなされず、人名用漢字には追加されませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「鴬」も旧字の「鶯」も書けることになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「鴬」も旧字の「鶯」もダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(25):Rem-Sho Typewriter No.2

2018年 2月 1日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Typewriter World』1898年4月号

『Typewriter World』1898年4月号
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「Rem-Sho Typewriter No.2」は、シカゴのレミントン・ショールズ社が、1898年に製造を開始したタイプライターです。レミントン・ショールズ社は、レミントン(Philo Remington)の甥フランクリン(Franklin Remington)と、ショールズ(Christopher Latham Sholes)の息子ザルモン(Zalmon Gilbert Sholes)が率いるタイプライター会社で、1896年に「Remington-Sholes Typewriter」を発売しています。「Rem-Sho Typewriter No.2」は、その後継にあたるタイプライターで、上の広告にもあるとおり、販売をハウ・スケール社に委託していました。

「Rem-Sho Typewriter No.2」は、38キーのアップストライク式タイプライターです。タイプバスケットに円形に配置された38本の活字棒は、それぞれがキーにつながっており、キーを押すと、対応する活字棒が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。打った文字をその場で見ることはできず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。活字棒の先には、活字が2つずつ埋め込まれていて、キーボード左下の「CAP」キーを押し下げると、タイプバスケット全体が手前にシフトし、大文字が印字されるようになります。「CAP」キーを離すと、タイプバスケット全体が奥にシフトし、小文字が印字されるようになります。「CAP」キーのすぐ上には、「CAP」をロックするための小さなキーがあります。

「Rem-Sho Typewriter No.2」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。最上段のキーは、大文字側に“#$%_&’()が、小文字側に23456789-が、それぞれ配置されています。その次の段は、大文字側にQWERTYUIOPが、小文字側にqwertyuiopが配置されています。その次の段は、大文字側にASDFGHJKL:が、小文字側にasdfghjkl;が配置されています。最下段は、大文字側にZXCVBNM?.が、小文字側にzxcvbnm,/が配置されています。筐体の右側に見える七角形のノブには、「RLRLR」と記されています。このノブは、インクリボンの進行方向を変えるもので、「R」に合わせるとインクリボンは右へ、「L」に合わせるとインクリボンは左へ、それぞれ動いていきます。1本のインクリボンを、全部で5回(2往復半)使うための仕掛けです。インクリボンの幅は35mm(1インチ3/8)もあって、片道ごとに7mm幅ずつ使うよう、「RLRLR」で少しずつインクリボンの位置が前後にずれる仕組みになっています。

レミントン・ショールズ社は、レミントン・スタンダード・タイプライター社とは直接の関係がなく、しかも1901年には商標訴訟に負けています。その結果、レミントン・ショールズ社は、フェイ・ショールズ社に社名を変更し、「Rem-Sho Typewriter No.2」も「Fay-Sholes Typewriter No.2」に改称せざるを得なかったようです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「阴」と「隂」と「陰」

2018年 1月 25日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第150回 「阴」と「隂」と「陰」

150nega.png旧字の「陰」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「阴」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。また、俗字の「隂」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。どうして、こうなってしまったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、阜部に旧字の「陰」が収録されていました。その一方、新字の「阴」や俗字の「隂」は、標準漢字表には含まれていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「陰」だけが含まれていて、「阴」や「隂」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字では、阜部に旧字の「陰」が収録されていて、「阴」や「隂」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、旧字の「陰」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「陰」は当用漢字になりました。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。当用漢字表の字体は、まだ変更される可能性があったのです。

字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。この活字字体整理案では、「陰」を「隂」へと整理することが提案されていました。報告を受けた国語審議会では、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する主査委員会を組織しました。主査委員会では、ところが、当用漢字の画数を減らす方向で議論が進みました。活字字体整理案で画数が増えてしまっていた「隂」は、「陰」に戻すことになったのです。この間、昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「陰」が収録されていたので、「陰」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。「阴」や「隂」は、子供の名づけに使えなくなりました。そして、昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表にも、旧字の「陰」だけが収録されていました。その後、常用漢字表の時代になっても、旧字の「陰」だけが出生届に書いてOKで、「阴」や「隂」はダメでした。

平成16年4月1日、法務省民事局は『戸籍手続オンラインシステム構築のための標準仕様書』を通達、合わせて戸籍統一文字を発表しました。戸籍統一文字は、電算化戸籍に用いることのできる文字で、当初の時点では、漢字は55255字が準備されていました。この55255字の中に、「阴」と「隂」と「陰」が含まれていたのです。つまり、コンピュータ化された戸籍の氏名には、「阴」も「隂」も「陰」も使えるよう、システム上は設計されているのです。けれども法務省は、出生届には旧字の「陰」しか許しませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、「阴」と「隂」と「陰」を含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「陰」に加えて、新字の「阴」も俗字の「隂」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「陰」だけがOKで、新字の「阴」や俗字の「隂」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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広告の中のタイプライター(24):Ideal Schreibmaschine

2018年 1月 18日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Sport & Salon』1902年5月3日号

『Sport & Salon』1902年5月3日号
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「Ideal Schreibmaschine」は、ドレスデンのザイデル&ナウマン社が、1900年に発売したタイプライターです。このタイプライターは、ニューヨーク州グロトンのバーニー(Edwin Earl Barney)とタナー(Frank Jay Tanner)が発明したもので、アメリカ特許は、ユニオン・タイプライター社からモナーク・タイプライター社へと引き継がれ、一部は「Monarch Visible」にも使用されたようです。一方、ドイツでは、当初「Ideal Schreibmaschine」という名で発売されましたが、その後にザイデル&ナウマン社が「Ideal B」を発売したため、それ以前の「Ideal Schreibmaschine」は「Ideal A」と呼びならわされるようになりました。ただし、実は「Ideal A」は、コレクターたちの地道な調査によって、現在では少なくとも4種類の異なるモデルが知られており、上の広告のモデルは「Ideal A1」と、下の広告のモデルは「Ideal A3」と呼ばれています。

「Ideal Schreibmaschine」は、42キーのフロントストライク式タイプライターです。円弧状に配置された42本の活字棒は、各キーを押すことで立ち上がり、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。通常の印字は小文字ですが、キーボード左右端にあるシフトキーを押した状態では、タイプバスケットが少し持ち上がると同時に、プラテンが少し下に移動することで、大文字が印字されるようになります。また、フロントパネルの左端にはシフトロックボタンがあって、シフトキーを押し下げたままの状態にできます。これに加え、特徴的なのがキャリッジリターン機構で、フロントパネル右側のレバーを右に倒すことで、キャリッジリターンと改行がおこなわれます。プラテンに手を伸ばす必要が無いのです。

「Ideal Schreibmaschine」のキー配列は、各国向けごとにバラバラです。下の広告のモデルはフランス向けらしく、いわゆるAZERTY配列です。すなわち、上段の小文字側がazertyuiop^で、中段がqsdfghjklmùで、下段がwxcvbn,;:=です。最上段は锑(-è_çà)と並んでおり、アクセント記号付きの小文字が準備されているのが特徴的です。なお、アクセント記号付きの大文字や「ÿ」等を打つ場合は、バックスペースキー(「Q」のすぐ左)を駆使して、シングルクォートやトレマ等と重ね打ちします。2~9の数字は、最上段のシフト側に配置されていて、数字の0は大文字の「O」で、数字の1は大文字の「I」で代用します。その一方、ドイツ国内向けの「Ideal Schreibmaschine」のキー配列は、基本的にQWERTZ配列でした。イギリスやアメリカ向けはQWERTY配列という風に、それぞれ各国向けのモデルを生産しており、さらには特注のキー配列も受注生産していたようです。

『Typewriter Topics』1907年8月号

『Typewriter Topics』1907年8月号
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【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「㐂」と「喜」

2018年 1月 11日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第149回 「㐂」と「喜」

149yorokobu-new.png旧字の「喜」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「㐂」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。「喜」は出生届に書いてOKですが、「㐂」はダメ。どうしてこんなことになったのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、口部に旧字の「喜」が収録されていました。その一方、新字の「㐂」は標準漢字表には含まれていませんでした。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも旧字の「喜」だけが含まれていて、新字の「㐂」は含まれていませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、口部に旧字の「喜」が含まれていて、新字の「㐂」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、旧字の「喜」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「喜」は当用漢字になりました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には旧字の「喜」が収録されていたので、「喜」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「㐂」は、子供の名づけに使えなくなってしまいました。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表1945字には、旧字の「喜」が収録されていました。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、旧字の「喜」は常用漢字になりました。その一方で新字の「㐂」は、常用漢字にも人名用漢字にもなれなかったのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「㐂」は、全国50法務局のうち1つの管区で出生届を拒否されていて、JIS第3水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が0回でした。この結果、新字の「㐂」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「喜」に加えて、新字の「㐂」も書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「喜」はOKですが、新字の「㐂」はダメなのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

広告の中のタイプライター(23):Smith Premier No.1

2018年 1月 4日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『Phonographic Magazine』1893年1月1日号

『Phonographic Magazine』1893年1月1日号
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「Smith Premier No.1」は、スミス(Lyman Cornelius Smith)率いるスミス・プレミア・タイプライター社が、1889年に製造・販売を開始したタイプライターです。スミスは、ニューヨーク州シラキューズで、L・C・スミス・ショットガン社を経営していましたが、ショットガンの特許と製造権をハンター・アームズ社に売却し、タイプライターの製造・販売に乗り出したのです。なお、上の広告の時点では、このタイプライターは「Smith Premier Typewriter」と呼ばれていましたが、その後「Smith Premier No.2」の発売に伴って「Smith Premier No.1」と呼ばれるようになりました。

「Smith Premier No.1」は、大文字も小文字も数字も記号も、全て一打で打つことができる、という点を売りにしていました。76本の活字棒(type bar)は、プラテンの下に円形にぐるりと配置されていて、キーボードの各キーにそれぞれ対応しています。各キーを押すと、対応する活字棒が跳ね上がってきて、プラテンの下に置かれた紙の下側に印字がおこなわれます。プラテンの下の印字面は、そのままの状態ではオペレータからは見えず、プラテンを持ち上げるか、あるいは数行分改行してから、やっと印字結果を見ることができるのです。「Smith Premier No.1」は、いわゆるアップストライク式タイプライターで、印字の瞬間には、印字された文字を見ることができないのです。

「Smith Premier No.1」のキーボードは76字が収録されており、大文字小文字が、全て別々のキーに配置されています。標準のキー配列では、キーボードの最上段は“QWERTYUIOP#と、その次の段は&ASDFGHJKL:$と、その次の段は2ZXCVBNM!?-6と、その次の段は3qwertyuiop7と、その次の段は4asdfghjkl;8と、その次の段は5zxcvbnm,.’9と、最下段は左右のスペースキーに挟まれて/()%と並んでいました。数字の「0」は大文字の「O」で、数字の「1」は大文字の「I」で、それぞれ代用することが想定されていたようです。

1893年にスミスは、スミス・プレミア・タイプライター社の株式を、ユニオン・タイプライター社に売却しています。経営権はスミスに残されたことから、そのままスミス・プレミア・タイプライター社の経営を続けますが、結局スミスは1903年にスピンアウトし、新たにL・C・スミス&ブラザーズ・タイプライター社を設立しています。

『Phonographic World』1891年12月号

『Phonographic World』1891年12月号
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安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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人名用漢字の新字旧字:「験」と「驗」

2017年 12月 28日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第148回 「験」と「驗」

大日本帝国陸軍が昭和15年2月29日に通牒した兵器名称用制限漢字表は、兵器の名に使える漢字を1235字に制限したものでした。陸軍では、おおむね尋常小学校4年生までに習う漢字959字を一級漢字とし、これに兵器用の二級漢字276字を加えて、合計1235字を兵器の名に使える漢字として定めたのです。この二級漢字の中に、旧字の「驗」が含まれていました。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されており、馬部に旧字の「驗」が含まれていました。

昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字でも、馬部に旧字の「驗」が含まれていて、新字の「験」は含まれていませんでした。国語審議会が11月5日に答申した当用漢字表でも、旧字の「驗」だけが含まれていました。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示され、旧字の「驗」は当用漢字になりました。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。当用漢字表の字体は、まだ変更される可能性があったのです。

字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。この活字字体整理案では、「驗」を「験」へと整理することが提案されていました。報告を受けた国語審議会では、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する主査委員会を組織しました。この間、昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「驗」が収録されていたので、「驗」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。新字の「験」は、子供の名づけに使えなくなりました。

昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表では、新字の「験」が収録されていました。活字字体整理案に従った結果、新字の「験」が当用漢字となり、旧字の「驗」は当用漢字ではなくなってしまったのです。当用漢字表にある旧字の「驗」と、当用漢字字体表にある新字の「験」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「驗」も新字の「験」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。つまり、昭和24年の時点で、旧字の「驗」も新字の「験」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、「験(驗)」となっていました。これに対し、民事行政審議会は、常用漢字表のカッコ書きの旧字を子供の名づけに認めるかどうか、審議を続けていました。昭和56年4月22日の総会で、民事行政審議会は妥協案を選択します。常用漢字表のカッコ書きの旧字355組357字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを子供の名づけに認める、という妥協案です。昭和56年10月1日に常用漢字表は内閣告示され、「験」は常用漢字になりました。同時に「驗」は人名用漢字になりました。それが現在も続いていて、旧字の「驗」も新字の「験」も、どちらも子供の名づけに使えるのです。

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

広告の中のタイプライター(22):Bar-Lock No.2

2017年 12月 21日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・補遺

『The Author』1891年1月号

『The Author』1891年1月号
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「Bar-Lock No.2」は、スピロ(Charles Spiro)が発明したダウンストライク式タイプライターで、ニューヨークのコロンビア・タイプライター社が1890年に発売したものです。コロンビア・タイプライター社は、ヨーロッパへの輸出も精力的におこなっていて、上の広告の時点では、ロンドンのタイプ・ライター社を中心とする販売網を展開していました。この頃のコロンビア・タイプライター社の主力製品は、「Bar-Lock No.2」と「Bar-Lock No.3」だったのですが、「Bar-Lock No.3」はプラテンの幅が14インチで、本体幅より長いプラテンを搭載していました。その点を考えると、上の広告は「Bar-Lock No.2」を描いていると思われます。

「Bar-Lock No.2」の特徴は、プラテンの手前に屹立した72本の活字棒(type bar)にあります。活字棒は、それぞれがキーに繋がっていて、キーを押すと、対応する活字棒がプラテンの上面に打ち下ろされます(ダウンストライク式)。プラテンの上面には紙とインクリボンが置かれていて、印字の瞬間には、インクリボンごと活字棒が打ち下ろされるのです。打ち下ろされた活字棒は、バネの力で元の位置に戻ります。すなわち、プラテンの上面で印字がおこなわれるので、オペレータが少し上から覗き込めば、印字された文字が直接見えるのです。

「Bar-Lock No.2」のキーボードは、12字×6列=72字が収録されており、大文字小文字が、全て別々のキーに配置されています。標準のキー配列では、キーボードの最上段は2QWERTYUIO67と、その次の段は3ASDFGHJKL89と、その次の段は45ZXCVBNMP-£と、その次の段は&qwertyuio?;と、その次の段は()asdfghjkl_と、最下段は/’zxcvbnmp,.と並んでいました。数字の「0」は大文字の「O」で、数字の「1」は大文字の「I」で、それぞれ代用することが想定されていたようです。

「Bar-Lock No.2」のプラテン幅は9インチ(23センチメートル)あり、筐体の高さもほぼ9インチです。筐体は全て鉄製で、重さは26ポンド(約12キログラム)もありました。そう考えると、上の広告に描かれている「Bar-Lock No.2」は、実際の大きさに較べると、少し小さ過ぎるように思えます。「Bar-Lock No.2」は、女性一人で持ち運ぶには、かなり重たいタイプライターだったのです。

『Business』1891年10月号

『Business』1891年10月号
(写真はクリックで拡大)

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

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