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ドナルド・マレー(4)
2012年 2月 16日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第25回
1901年1月25日、マレーは、ニューヨーク31丁目西12番地の米国電気学会(The American Institute of Electrical Engineers)にいました。ポスタル・テレグラフ・ケーブル社のバンサイズ(William Baldwin Vansize)と共に、遠隔タイプライターに関する論文を、米国電気学会誌に発表するためです。

マレーの遠隔タイプライターの外観(写真左方が送信機、右方が受信機)

送信側の鑽孔タイプライター(U.S. Patent No. 710163)
この時点でのマレーの遠隔タイプライターは、送信側にも鑽孔テープを使うものになっていました。すなわち、鑽孔タイプライターで1文字5列ずつの鑽孔テープを作っておき、それを電流パターンに変換して送信します。受信側では、電流パターンに合わせて紙テープに鑽孔を開けていき、その鑽孔テープをアクチュエーターにかけることで、「Bar-Lock」に電文が印字されるわけです。
当日の米国電気学会での質疑応答の記録から、ハンチェット(George Tilden Hanchett)とのやりとりを、少し覗いてみましょう。
ハンチェット 私は電信技術者ではないのだが、このマレーの機械の商業的価値は、次に述べるような条件にかかっていると感じる。すでに世の中には、十分満足のいく電信サービスがある。モールス音響受信機とタイプライター、そしてそれらを扱うオペレーター。この機械は、それより複雑なタイプライターと、鑽孔受信機と、そしてオペレーターが必要だ。さて、システムをあえて複雑にしてまで、果たしてどういう利得があるのか、ということが問われるわけだ。
私は、普通のタイピストが1分間に何ワード打てるのか知らないのだが、それでも、このマレーの送信機でタイピストが打てるワード数ぐらいは、モールス電信機でも送信できると思う。タイピストが1分間に何ワード打てるのか、本当に私は知らないのだが、本日の速記者が教えて下さるだろう。ヘリング会長 速記者に発言を許します。この点に関して、何か情報をいただきたい。 速記者 熟練したタイピストであれば、文章の読み上げに対しては、最高で毎分75ワード程度でしょう。 ハンチェット そうであるならば、毎分75ワードと、このシステムの最高速度との差が、問題に… マレー 説明をお許しいただけますか。このシステムの最高速度は、受信タイプライターの能力には制限されません。もちろん、受信タイプライターは、毎分90ワードまで動作可能ですが、それは例外的な場合です。私自身は、タイピストとしてもそこそこの経験があると自負するのですが、平均で毎分50ワードそこそこです。もちろん、もっと腕のいいタイピストなら、もう少し可能でしょう。問題はむしろ、モールス送信者です。1時間連続で電鍵を叩く場合、送信者のスピードは平均で毎分15ワード、最高でも毎分30ワードです。 ハンチェット すなわち、もし、毎分15ワードが平均的なモールス送信者のスピードだとすれば、このシステムが達成しうるスピード、つまり毎分100ワード、との差が利得であり、このシステムの価値を示しているわけだ。 マレー 今後の高速通信の分野において、モールス電鍵と音響受信機が優位に立つことなど、もはや有り得ません。今宵バンサイズ氏が紹介いたしました印刷電信システムとその周辺システムは、いわば急行列車のような、巨大で高いパワーを持つシステムです。それは、人口の密集した都市どうしを結ぶ、大量の電信ビジネスにこそ用いられるべきものです。このシステムは、特殊な分野にこそ、その高い能力の真価が発揮されるのです。たとえば、このシステムを新聞社で採用した場合、受信側の鑽孔テープは、ライノタイプや写植機の自動制御に使用できるのです。
しかし、実のところ、ポスタル・テレグラフ・ケーブル社は、マレーの遠隔タイプライターを、同社の電信機に採用しませんでした。結局、マレーはニューヨークを離れ、新たな地へと旅立つことになるのです。
(ドナルド・マレー(5)に続く)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。
編集部から
安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
ドナルド・マレー(3)
2012年 2月 9日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第25回

「Bar-Lock」の下に置かれたアクチュエーター(U.S. Patent No. 638591)
「Bar-Lock」は、78個のキーとスペースバーを有するタイプライターでした。マレーは、「Bar-Lock」の各キーの下に79本のワイヤーを繋ぎ、各ワイヤーの下部に梃子となるシャフトを繋いで、それぞれ電磁石で引っ張るようにしました。78個のキーとスペースバーを、電気的に制御できるようにしたのです。
さらに、スペースを除く78個のキーを、大文字26字、小文字26字、数字・記号の26字に分けました。次に、コンマとピリオドを数字・記号の26字から外して、代わりに「l」(小文字のエル)と「O」(大文字のオー)を、数字の「1」と「0」として加えました。そして、「-+---」を大文字へのシフト符号、「--+--」を小文字へのシフト符号、「---+-」を数字・記号へのシフト符号と決め、カム・シャフトでシフト状態を記憶しておく仕掛けを作りました。すなわち、「-++-+」という電流パターンを受け取った場合に、カム・シャフトが大文字であれば「P」を、カム・シャフトが小文字であれば「p」を、カム・シャフトが数字・記号であれば「0」(実際には大文字の「O」)を、それぞれ印字するようにしたのです。また、コンマとピリオドとスペースに関しては、カム・シャフトの状態にかかわらず、常に、コンマとピリオドとスペースだとみなすことにしました。
マレーは、この印字機構をアクチュエーターと名づけ、遠隔タイプライターの受信機として使うことにしました。しかし、この受信機には、まだ大きな問題がありました。アクチュエーターがあまりに低速で、送信者のスピードに追いつけなかったのです。アクチュエーターを高速化できればよかったのですが、当時のマレーにその技術はありませんでした。すなわち、受信機のスピードが送信機のスピードに追いつけない以上、受信データをどこかでバッファリングする必要が生じたのです。

マレー受信機の鑽孔テープ(U.S. Patent No. 638591)
バッファリングの手段として、マレーは、鑽孔テープ(紙テープに鑽孔を開けたもの)を用いることにしました。受信した電気信号は、直接アクチュエーターにかけずに、まずは5穴の鑽孔テープに打ち出します。たとえば、「-++-+」という電流パターンに対しては、紙テープに「 ○○ ○」という穴を開けるわけです。その鑽孔テープを、アクチュエーターに読み込ませて印字するのですが、その際には、アクチュエーターの印字速度に合わせて、鑽孔テープを読み込ませる仕掛けにしました。これならば、紙テープに穴を開ける機構を十分高速にすればよく、アクチュエーターが多少おそくてもかまわないわけです。
1899年3月、マレーは、遠隔タイプライターの試作機とともに、シドニーを出発しニューヨークへと旅立ちました。残念ながらオーストラリアでは、マレーの遠隔タイプライターは、実用化できなかったのです。遠隔タイプライターを商品化して一儲けすべく、マレーは、新天地アメリカに賭けたのです。
(ドナルド・マレー(4)に続く)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。
編集部から
安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
ドナルド・マレー(2)
2012年 2月 2日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第24回
サイエンティフィック・アメリカン誌の1893年7月29日号には、マレーの遠隔タイプライターが、『新型印刷電信機』として、図版つきで掲載されました。しかし、これはおかしな話でした。この時点では、マレーの遠隔タイプライターは、完成どころか、試作品すら存在しなかったのです。

サイエンティフィック・アメリカン誌1893年7月29日号に掲載されたマレーの遠隔タイプライター
サイエンティフィック・アメリカン誌は、1893年5月30日に成立したマレーの特許(United States Patent No.498674)から、まさに想像で、マレーの遠隔タイプライターを作り上げたのでした。しかし、マレーの特許は、あくまで送信機と通信機構に関するアイデアだけのものであり、受信機に関する言及がほとんどありませんでした。それもそのはず、この時点のマレーは、受信機をどう製作するのか、まだ考えていなかったのです。
遠隔タイプライターの受信機は、たとえば「-++-+」という5つの電流を受け取ったら「P」を印字する、というようなものであればOKです。そこに、タイプライターのシフト機構を組み合わせれば、大文字のA~Zも、小文字のa~zも、あるいは他の26種類の文字も、切り替えて印字できるはずです。しかし、そのような受信機は、いったいどうすれば実現できるのでしょう。
マレーは、余暇を利用して、受信機の設計を始めました。印字部分を一から作るのは難しいことから、印字は既存のタイプライターを流用し、タイプライターのキーを自動で押す機械を、設計することにしました。印字に流用するタイプライターとしては、「Williams」のようなダブル・シフト機構(大文字のためのシフト機構と、記号のためのシフト機構の2つがあり、1つのキーで3種類の文字が打てる)を有するタイプライターを用いることにしました。

「Williams」
しかし、このやり方は、あまりうまくいきませんでした。ダブル・シフト機構を外から制御するというのは、かなり細かな操作が必要な上に、「Williams」の印字機構(グラスホッパー・アクション)は故障が多く、受信機としては適当ではなかったのです。
そこでマレーは、逆に、シフト機構のないタイプライターを印字に使うことにしました。送信機側から「大文字へのシフト」を表す信号が来たら、その後は大文字を印字し、「小文字へのシフト」を表す信号が来たら、その後は小文字を印字すればいいのですから、タイプライター自身にシフト機構がなくても、それを制御する機械の方にシフト状態を覚えておく機構がありさえすればいいのです。また、タイプライターのキーを押すのではなく、キーを下から引っ張ることにしました。その方が動作が安定するからです。そのようなタイプライターとして、マレーは、今度は「Bar-Lock」を選びました。

「Bar-Lock」
(ドナルド・マレー(3)に続く)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
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ドナルド・マレー(1)
2012年 1月 26日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第23回

遠隔タイプライターの父、マレー(Donald Murray)は、1865年9月20日、ニュージーランドのインバーカーギルに生まれました。オークランド・グラマー・スクールで中等教育を終えたのち、マレーはリンカーン農業カレッジに進学したのですが、どうも農業が肌に合わなかったらしく、そこを2年で退学しています。その後、ヨーロッパを2年間ほど放浪したマレーは、オークランドに戻ってニュージーランド・ヘラルド紙の記者として働きはじめ、タイプライターの技術を身につけました。同時に、ニュージーランド大学のオークランド・カレッジに入学し、1890年12月にニュージーランド大学の学士号を取得しました。
翌年2月、マレーはオーストラリアに渡り、シドニー大学文学部の論理学・心理学・倫理学・政治哲学科(School of Logic, Mental, Moral and Political Philosophy)修士課程に編入学します。そこでマレーは、電信技術を学ぶことになりました。シドニー大学には当時、文学部以外に、法学部と医学部と理学部があり、電磁気学の授業も開講されていたのです。モールス電信の原理を知ったマレーは、タイプライターを電信に応用できないか、と考えました。この頃マレーは、シドニー・モーニング・ヘラルド紙の編集者としても働き始めていたのですが、各支局と電信をやりとりするためには、いちいちモールス電信のオペレーターを介する必要がありました。でも、タイプライターを送受信機にできれば、モールス電信には素人の記者や編集者でも、直接、記事のやり取りがおこなえるはずだ、と考えたのです。
電流の+と-の組合せでアルファベットを表そうとした場合、たとえば「P」に対しては「-++-+」という5つの電流で表すということにすれば、最大32種類の組合せが可能なので、A~Zの26種類には十分なはずです。そこで、回路上は5つの電流で1文字を表すことにしておいて、それとタイプライターのシフト機構を組み合わせれば、小文字a~zの26種類や、あるいは他の26種類の文字を、どんどん切り替えて送受信することも可能になるはずです。このアイデアを、マレーは、シドニー大学在学中の1892年11月2日、アメリカ特許として申請しました。そして、1892年12月にシドニー大学の文学修士を取得した後も、オーストラリアに残って、シドニー・モーニング・ヘラルド紙の編集者を続けたのです。
(ドナルド・マレー(2)に続く)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
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フランク・エドワード・マッガリン(12)
2012年 1月 19日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第22回
ユタ州成立後のマッガリンは、銀行家および実業家として、どんどん成り上がっていきました。1899年にはソルト・レーク・ストック&マイニング社の設立に携わり、1905年にはソルト・レーク・セキュリティ&トラスト社の頭取に就任しています。また、この間に、家庭用ゴミ焼却炉の生産・販売にも手を染め、それに関する特許を3つ取得しています(United States Patents Nos.704359,779960,and 835311)。
一方、マッガリンとLDSの確執は、ますます深まるばかりでした。連邦議会上院は1904年1月、LDSのスムート(Reed Owen Smoot)上院議員に対する査問を開始しましたが、これに際してマッガリンは、スムートの議席剥奪を主張し、あちこちの新聞インタビューで「反モルモン」の旗印を前面に押し出したのです。結局、1907年2月20日の罷免投票でスムートは勝ち、上院の議席を保持しました。しかしそれは、マッガリンとLDSの確執を、さらに助長する結果となったのです。
他方、マッガリンは、ユタ州やその周辺地域の開発事業にも力を注ぎました。ネバダ州トノパー近郊の鉱山発掘を手始めに、ハモンド運河(カトラー・ダムからブリガム・シティに至る高低差1300mの運河)の開発、各都市でゴルフ場の造成をおこなったのです。ところが、開発事業も中途の1915年10月、ソルト・レーク・セキュリティ&トラスト社が乗っ取られました。LDSのキャノン(George Mousley Cannon)が仕掛けたもので、SLCC (Salt Lake Commercial Club)議長のウッドラフ(Edward Day Woodruff)が、理事取締役の座に着きました。その直後にマッガリンは頭取を辞職し、カリフォルニア州オークランドに脱出しました。
オークランドの郊外には、マッガリンが造成の一翼を担ったセコイヤ・カントリー・クラブというゴルフ場がありました。54歳のマッガリンは、オークランドで開発をおこなう実業家として、また、このゴルフ場をホームとするプロゴルファーとして、残りの人生を生きることを決意したのです。そして18年後の1933年8月17日、マッガリンは永眠しました。72歳でした。マッガリンの葬儀は、セコイヤ通り9000番地の自宅でおこなわれ、セント・ルイス・カトリック教会で安息のミサがおこなわれました。
セコイヤ・カントリー・クラブのすぐ北側には、マッガリン通りと名づけられた袋小路が、今も残っています。セコイヤ通り9000番地の袋小路を、マッガリンにちなんで改名したのです。しかし、オークランドの東のはずれにあるこの小さな袋小路が、タッチタイピングの祖にちなむ通りであることを知る人は、もうほとんど残っていません。

マッガリン通り入口
(フランク・エドワード・マッガリン終わり)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。
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安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
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フランク・エドワード・マッガリン(11)
2012年 1月 12日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第21回
公職を失ったマッガリンは、なんと、銀行家に転身をはかりました。以前から書記を務めていたSLB&LA (Salt Lake Building & Loan Association)の取締役を引き受けたのです。SLB&LAは元々、非LDS系の金融機関だったのですが、マッガリンが取締役となったことで、「反モルモン」の立場を鮮明に打ち出しました。この結果、LDS系の銀行や団体あるいは個人との間で、怪文書の応酬による中傷合戦を引き起こしてしまいます。マッガリンは「ゴリラ顔のボス」と揶揄されながらも、それに負けないくらいの中傷文書を次々とタイプしていたようです。
1895年3月4日、マッガリンは、ユタ州憲法起草議会に出席していました。州憲法の制定は、ユタ準州を州に昇格させるために不可欠なものでした。LDSのスミス(John Henry Smith)を中心とする起草準備委員会は、あえてマッガリンを、起草議会の公式速記者に指名したのです。ただ、この頃のマッガリンは、中傷文書や借金取立にまつわる裁判を、数多く抱えていました。そのため起草議会は、1895年3月20日、マッガリンに関する非常に個人的ともいえる決議案を議論しています。当日の議事録から、やりとりを見てみましょう。
ウェルズ 速記者に関する以下の決議を、議会の満場一致で採択されることを望みたい。それでは読み上げる。
「フランク・E・マッガリンが当議会の唯一人の公式宣誓速記者であることにかんがみ、また、彼の日々の議会への出席が当議会の運営において必要不可欠であることにかんがみ、また、彼がソルトレークシティの第3地方裁判所において証人として出頭を求められていることにかんがみ、当議会は、裁判所がマッガリンの出頭をできる限り早く免除するよう求めることを決議する、それとともに、この決議の写しを裁判所に即日交付するための委員会を議長指名で組織することを決議する」エバンス この決議に一つ付け加えたい。ごらんのとおり、欠席しているF・E・マッガリンの席には、今現在、彼の弟(Frederick T. McGurrin)が座っている。F・E・マッガリン不在の際には、F・T・マッガリンが公式速記者の任にあたる、という動議を提案したい。 ウェルズ 私に異議はない。 ジェームズ それは決議の追加なのか。 エバンス はい、そうです。彼が不在の時には、彼の場所は彼の弟が占めるという追加です。 スカイヤーズ その追加を受け入れると、裁判所に交付される決議の写しには「マッガリンの席には代わりの者が座っている」ということが書かれていて、裁判所としてはマッガリンを放さないだろう。一方、その追加を別々の決議にするならば、もちろん同じ結果になる可能性もあるのだが、マッガリンの席が埋まっているかどうか裁判所に知らせなくていい。 エバンス それまでは公式速記者が不在ということになりますが。 サーマン この決議に何の意味があるのだ。彼は当議会の公式速記者で、裁判所での用がすめば大急ぎで戻ってくるし、裁判所に対しても「議会で仕事がある」と疎明するだろう。こんな決議で議事録をいっぱいにすることに、何か意味があるとは思えない。彼の弁明は既になされたし、欠席の理由書も提出された。この決議に、私は反対する。不必要だからだ。全く不必要だからだ。 バリアン 私の理解する限り、裁判所は現時点では何も知らない。どちらかの訴訟代理人がマッガリン氏を召喚したので、彼は裁判所に出向いて、法廷に証人として呼ばれるのを待っているというだけのことだ。この問題が裁判所の知るところとなったなら、何らかの手はずが整うだろうことは想像に難くない。それによってマッガリン氏は、とりあえず証言台から遠のくだろう。それはごく普通のことだし、また、当議会がそれを強く主張するなら、裁判所が議会議員を召喚できないのと同様に、裁判所は議会の事務方を召喚したりはしないだろう。 キンボール ウェーバー郡代表(エバンス)の追補に、さらなる追補を提案したい。
「当議会の公式速記者が、不可避の理由で議会に出席できない場合、十分な技量を持つ代理の速記者を任命する権限を、当議会は公式速記者に与えるものとする」この動議は承認された。 バリアン 元々の決議案は、見たところ矛盾があって不条理だ。また、追加の提案だか決議だかも、支持されていない。これらの理由により、残る問題すべてを棚上げにすることを提案する。 この動議は承認された。 バトン それならば、最後の追補を維持するために、3分の2以上の再可決が必要なのではないか。 スミス議長 その必要はない。
66日間の議論の後、1895年5月8日、ユタ州憲法草案は完成しました。マッガリンも、最後まで公式速記者を務めあげました。重婚の禁止をうたったユタ州憲法は、その後、ユタ州成立(1896年1月4日)を担う一翼となったのです。
(フランク・エドワード・マッガリン(12)に続く)
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安岡孝一(やすおか・こういち)
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フランク・エドワード・マッガリン(10)
2012年 1月 5日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第20回
マッガリンには、速記者とタイピストと、そしてもう一つ顔がありました。自由党(The Liberal Party)の党員として、一夫多妻制に反対する活動家としての顔です。ユタ準州の自由党は、当時のLDS (Church of Jesus Christ of Latter-Day Saints,末日聖徒イエス・キリスト教会)による政治支配に対し、それに反対するグループが結成した政党で、いわゆる「反モルモン」の立場を強く打ち出していました。自由党がもっとも力を入れていた活動は、ユタ準州における一夫多妻制の根絶でした。エドモンド・タッカー法(連邦政府による重婚禁止法)の違反者に対する告発を含め、自由党はかなり多くの決議文を発表しており、それらの口述速記やタイピングは、大部分をマッガリンがおこないました。
1890年2月のソルトレークシティ市長選で、自由党のスコット(George Montgomery Scott)が、LDSのクローソン(Orson Spencer Clawson)を破り、ソルトレークシティ初めての非LDSの市長となりました。ただし、自由党の支持者がLDSを上回ったわけではなく、LDS支持者の多くは重婚だったことから、逮捕されたり、あるいは逮捕される危険があったりして、投票に出向くことができなかったのです。さらに1890年5月19日、連邦最高裁判所は、LDSの全財産の没収、さらには、LDSとその関連会社や団体の全面的解散を命じます。これに対し、LDSは1890年10月6日、一夫多妻制を教義から外し、今後その推進活動をおこなわない、との声明を発表しました。この結果、LDSは解散をまぬがれ、財産没収もおこなわれなかったのです。
ところが、LDSが一夫多妻制を放棄すると、自由党は急速に求心力を失いました。一夫多妻制の根絶という目的を果たした自由党は、共和党派(Republican)と民主党派(Democrats)に、分裂を始めてしまったのです。1891年6月25日、ウェスト(Caleb Walton West)を始めとする多くの党員が自由党からの離脱を宣言、マッガリンも共和党への離脱を決めました。しかしながら、自由党の分裂に際し、共和党に移った党員と、民主党に移った党員との間には、かなり大きなしこりが残った、というのもまた事実でした。
1894年1月、ユタ準州最高裁判所の主任判事に、メリット(Samuel Augustus Merritt)が就任しました。メリットは、ソルトレークシティの第3地方裁判所の判事を兼任するにあたり、ある条件を出しました。それは、第3地方裁判所の公式速記官から、マッガリンを解任することでした。メリットはマッガリンと同じく自由党の党員だったのですが、自由党の分裂に際し、民主党に戻ることを選んだ人物でした。2月14日には、新たな速記官を決める試験がおこなわれたのですが、マッガリンは試験場への入場を断られ、他の12名だけで試験がおこなわれました。翌15日、マッガリンの抗議をメリットは却下し、新たな公式速記官はマリオノス(Thomas Marioneaux)に決まりました。
(フランク・エドワード・マッガリン(11)に続く)
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安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
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フランク・エドワード・マッガリン(9)
2011年 12月 29日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第19回
1889年1月22日、マッガリンは、シンシナティ速記協会(Cincinnati Stenographers’ Association)の招きで、シンシナティのホプキンス・ホールにいました。300人もの観衆の前で、速記とタイプライターのデモンストレーションをおこなうためです。会長のハワード(Jerome Bird Howard)の紹介でステージに現れたマッガリンは、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社のマクレイン(John Fleming McClain)の読み上げで、口述タイピングのトライアルを7回おこないました。この時のマッガリンの最高記録は、毎分118ワードでした。さらにマッガリンは、速記録の清書や、「Now is the time for all good men to come to the aid of the party.」という同じ文章を繰り返し打つトライアルをおこないました。
そして、トローブがステージに呼び出されました。半年前にマッガリンに敗退したトローブが、マッガリンに再戦を挑んだのです。約束通りトローブは「Caligraph No.2」を捨てており、マッガリンと同じ「Remington Standard Type-Writer No.2」で、5分間の口述タイピングがおこなわれることになりました。ただし、レミントンにおける経験の差を考慮して、トローブには10%のハンディキャップが与えられました。マッガリンは別室に下がり、マクレインの読み上げで、トローブが先に口述タイピングをおこないました。結果は434ワードで、毎分平均86.8ワードでした。次に、マッガリンが全く同じ口述タイピングをおこない、結果は447ワードで、毎分平均89.4ワードでした。10%のハンディキャップを含めると、トローブの勝利です。半年前に「Caligraph No.2」で敗退したトローブが、たった半年「Remington Standard Type-Writer No.2」を使っただけで、今度は勝利してしまったのです。
ただし、トローブの勝利には、実はウラがありました。一つはマクレインの読み上げです。口述タイピングのスピードは、読み上げをおこなう者にかなり左右されるのです。先攻がトローブで、10%のハンディキャップ付きというのも、妙に作為的です。マクレインにその気があれば、トローブのスピードを見てから、ほんの少し速くマッガリンに口述すればいいのです。その結果、マッガリンは敗退しますが、それは10%のハンディキャップによるものですから、マッガリンの名声は傷つきません。さらにもう一つ、トローブは434ワード中、166ワードもの打ち間違いがありました。対するマッガリンは、447ワード中、打ち間違いはわずかに1つだけでした。つまり、打ち間違いを差し引いたならば、トローブが268ワードに対し、マッガリンが446ワードで、現実にはマッガリンの圧倒的勝利だったのです。
しかし、ホプキンス・ホールの聴衆には、そのことは全く伝えられませんでした。「Caligraph No.2」を捨てて「Remington Standard Type-Writer No.2」に乗り換えたトローブは、たった半年でマッガリンに匹敵するタイピストとなった、ということを示すのが、マクレインと、そしてマッガリンの狙いだったのです。
(フランク・エドワード・マッガリン(10)に続く)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。
編集部から
安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
フランク・エドワード・マッガリン(8)
2011年 12月 22日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第18回
1888年9月4日、マッガリンはシカゴにいました。クラーク通りとワシントン通りの交差点南東角にあるメソジスト教会ビルの一室で、タイプライターのトライアルをおこなうためです。この日の正午、集まったタイピストや速記者の前で、マッガリンは、新聞記事をタイプライターでコピーするトライアルを、最初におこないました。1分間のトライアルで、マッガリンは95ワードを打ち、間違いは3つだけでした。次にマッガリンは、裁判記録の口述タイピングをおこないました。やはり1分間のトライアルで、マッガリンは108ワードを打ち、間違いは3つでした。マッガリンは最後に、目隠しをして口述タイピングをおこないました。この1分間のトライアルでも、マッガリンは107ワードを打ちました。目隠しをしていてもしていなくても、マッガリンのタイピングスピードはほとんど変わらない、ということを、シカゴのタイピストたちに示したのです。
翌9月5日、デメントの提案で、マッガリンのタイピングスピードを、公式な記録として残すことになりました。午後8時、メソジスト教会ビルに集まった約75人の証人と、3人の審判の前で、マッガリンは5分間の口述タイピングをおこないました。裁判記録の読み上げは、デメント自身がおこないました。マッガリンは5分間に583ワードを打ち、誤りを除いた結果は575ワードでした。1分あたり115ワードという新記録を、マッガリンは打ち立てたのです。さらにマッガリンは、目隠しをして口述タイピングをおこないました。この日のマッガリンは、かなり調子が良く、1分間に125ワードを打ち、間違いは3つだけでした。
7週間に渡るマッガリンの夏季休暇は、こうして終わりました。ソルトレークシティに帰ったマッガリンは、かなりの熱狂を持って迎えられました。ソルトレークシティでは、いくつかのタイプライターコンテストが予定されており、それらにマッガリンは特別ゲストとして招待されたのです。
そんな中、マッガリンは、かねてからの計画を進めることにしました。速記とタイピングの専門学校を、ソルトレークシティに開校しようというのです。校長はもちろんマッガリンで、速記についてはグラハム式速記を、タイピングについてはマッガリン自身のタイピング法を、それぞれ教授する予定でした。ただ、グラハム式速記は教則本があるものの、マッガリン自身のタイピング法は、もちろん教本になどなっていません。そこでマッガリンは、自身のタイピング法を、雑誌記事の形で掲載することにしました。すなわち、人差指は1、中指は2、薬指は3、そして小指は4、という形で、典型的な単語の指づかいを示していったのです。
マッガリンの指づかい(The Phonographic World, 1889年1月号) ※experimentalの指づかいは誤植の可能性あり

(フランク・エドワード・マッガリン(9)に続く)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。
編集部から
安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
フランク・エドワード・マッガリン(7)
2011年 12月 15日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第17回
1888年8月18日、ニューヨークに戻ったマッガリンは、『The Phonographic World』誌編集長のマイナー(Enoch Newton Minor)に面会を求めました。新たなタイプライターコンテストをおこなうべく、『The Phonographic World』誌に以下の手紙を掲載してもらうためでした。
私はここに、実務におけるオールラウンドなタイピストの世界一を決定すべく、次に述べるようなスピードコンテストの形式で、皆さんに挑戦したいと思います。
タイピングする文章も、コンテストに要する時間の長さも、そしてコンテストの賭金も、全てコンテストの相手方に一任いたします。ただし、タイピングする文章は、相手方にとっても未見のものとし、コンテストのために新たに作られたものではなく、それまでに既に存在している文章とします。また、両者の本当の技量をはかるべく、ちょっとしたアクシデントが結果に影響しないように、コンテストに要する時間は十分に長く取るものとします。相手方は、大文字のみしか打てない機械を用いても、大文字小文字の両方が打てる機械を用いてもかまいませんが、大文字のみの機械の場合には、その旨をコンテストの30日前に私に知らせるものとします。
なお、この挑戦に対する私の決意の証しとして、本日1888年8月18日、私はマイナー氏に25ドルをお預けいたします。コンテストの相手方が、万難を排して私の挑戦を受けて下さったにもかかわらず、私がコンテストの場に現れなかった場合には、この25ドルを受け取って下さって結構です。
フランク・E・マッガリン
マッガリンがトロントでオール女史に敗退したのは、コンテストの時間が合計10分と短かったから、と言わんばかりの手紙です。しかし、マッガリンのこの挑戦を受ける相手は、残念ながら現れませんでした。
4日後の8月22日、マッガリンはレークジョージにいました。ニューヨーク州速記者協会の第13回年次大会に出席するためでした。マイナーの紹介で同協会の名誉会員となったマッガリンは、デメントやオズボーンとのタイプライターコンテストを希望していました。しかし、デメントもオズボーンも、マッガリンとの一戦を望まず、結局、マッガリンが単独で、口述タイピングのトライアルをおこなうことになりました。1回目のトライアルで、マッガリンは5分間に554ワードを叩き、打ち間違いを除いた結果は544ワード、毎分平均108.8ワードで、マッガリン自身にとっても新記録となりました。2回目のトライアルは毎分平均102ワード、3回目のトライアルは毎分平均106.7ワードでした。また、4回目のトライアルでマッガリンは、目隠しをしたまま1分間に109ワードを叩き、打ち間違いを除いた結果は107.8ワードでした。この結果を目の当たりにしたデメントは、同様の公開トライアルをシカゴでもおこなってほしい、とマッガリンに提案しました。
(フランク・エドワード・マッガリン(8)に続く)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
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2007年









